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覚悟❖2


 残り四人。

 敵味方が入り乱れる崩壊した宮の中で、初の禍人種戦の火蓋は切って落とされた。


「アーミラ、無事でおったか」


 ふと、背後からオロルが現れ、俺は咄嗟にアーミラを背に隠して身構えた。


「…そう身構えるな。今更合言葉も意味がなかろう。困ったものじゃ」オロルはそう言って、床に伸びている偽物のアーミラを見つける。「……ほう、討ち取ったか」


 ――……あぁ、まだ殺してはないが。


「……阿呆が」


 トス。


 と、オロルは偽物のアーミラを刺す。指先から伸びる魔術の針が心臓を貫いて、泉のように朱が湧き出る。


 ――お、お前……!?


「とどめをささなければ意味がなかろう。……何を驚いているのじゃ?」オロルはさも当然のことのように言ってのける。そして、俺の胸に向かって指を向ける。

「…死ね」


 オロルが指先から針を伸ばし、俺の胸部を貫いた。今度は針は燐光を纏っていない。何だ? この針は。


 奇妙な魔呪術かと思えば、その針は爪が変形したものだった。


 ――……お前、オロルじゃねぇな?


「まだ喋るのか……死ね」オロルは偽物のアーミラから指を離して、次に俺の額を貫いた。


 ――……。


 俺は戦斧を握る手を弱め、床に落とす。


「やっと黙ったか。……おい、後ろにいるのはアーミラと言ったか。次はお前だ」


「ひっ……!」


 オロルの中指は鋭く変形し、アーミラに向かう!


 ガキン!


 鈍い音。オロルの中指は俺の腕に突き刺さり、アーミラには届かない。


「むっ!? 何故死なない!?」オロルの言葉を無視して俺は拳を振り上げる。


 ――知るかよ!!


 顎を目掛けて拳を振り抜き、オロルを殴り飛ばす。小さな身体は容易く吹き飛び、倒壊した建物の壁にぶつかると瓦礫とともに転がった。


「ぐぅッ! ……ならばッ!!」


 痛みに顔を歪めながら、左右五指の先を俺に向けて突き刺した。合わせて十。全てが俺を貫く。


 ――舐めんな……!


 俺はその針のような指先に貫かれてもなお前進を止めず、力にものを言わせた突進でさらに奥の壁に叩きつける。

 暗殺に特化しているらしいその指先は、俺を止めるには非力だ。


 ――アーミラ! 戦斧をくれ!


「…は、はい!」アーミラは床に転がる戦斧を投げて寄越す。


 それを片手で掴むとその場でくるりと乱舞させて、その遠心力を用いてオロルの指をぱきぱきと切り落とす。


「あッ!? があああぁぁぁ……ッ!?」オロルは指を失った両手を震えさせて、悲痛な叫びを上げながらも床から立ち上がろうとしているが、血で滑って背中を床に打つ。


 その姿を見下ろして、戦斧の切っ先を首に沿わせる!


「やめ、……やめでくれ……」オロルの姿は見る見るうちに変化して、禍人種の男に変わる。


 ――……ッ。


 その命乞いに、俺はおそろしい程に殺意を削がれた。

 竜のような頭角、肌にはうっすらと鱗が生えている。異形の敵の姿を見る。……中肉中背、薄汚いただの男だ。


 殺せるのか?

 人を?

 いや、敵だ。殺すべき敵だ。

 誰の敵だ?

 恨みもないのに。


「へ、へへ……隙アリッ!」禍人種は戦斧から弾かれるように距離を取って、舌を伸ばした!

 それは槍のように変形し、長く伸びてアーミラの胸を貫く! ……ことはないまま切り飛ばされ、床に転がった。


「っ危ない、危ない」


 斬首剣に付着した血液を振り払って、杖から現れたのはガントールだった。

 幌車を襲われた際に怪我をしたと言っていた通り、左肩を垂らして、衣服や碗甲には血の染みが広がっている。息も荒く、体力を消耗している。


「ぐんぅぅぅ……っ!?」禍人種は舌を刎ね飛ばされて悶絶する。


 いきなり現れたガントールに不意打ちを返されたことに理解が追いつかないようだ。


「アマトラ……」ガントールは俺の名を呟いて、冷たい視線を向ける。


 そして、ため息をひとつ吐いて、禍人種の首を刎ねた。


 俺は禍人種相手に躊躇った。


 そのせいでアーミラの身に危険が迫ったのだ。

 ガントールの背中が無言で語る。あの時ガントールが言いかけた言葉は『アマトラ……お前が殺すべきだ』と続いたのだろうか。





 二体の禍人種を討ち、残るはおそらく三体。

 俺達がやらなければならないのは、オロルの救出だ。


 ガントールは俺に何か言いたげな顔をしていたが、怒りを抑えてただ一言『覚悟を決めろ』と言い、アーミラとともに杖の中へ隠れた。これで、アーミラとガントールが現れても偽物であるとすぐにわかる。


 天球儀の杖は重く、床に突き刺さったまま微動だにしない。

 アーミラ以外持ち上げられないので、そのまま部屋に置いてオロルを探す。偽物の存在は大分絞られるので、そう苦労はしないだろう。


 打ち合う鉄の音。

 誰かが戦っている音だ。

 そこに必ず敵がいる。

 俺は駆け出す。





 得物を打ち合う戦闘の音。

 戦斧が鋭く鳴いてイクスがガントールとニールセンを相手に熾烈な争いを繰り広げる。

 イクスの後ろには血を流すナルが倒れていた。


 ――イクス!


 俺はその戦闘に横から介入して、ガントールを攫った。そのまま床に叩きつける。


「アキラ! ……本物だよな?」イクスは戦斧を手繰りながら俺を見る。仮面には血が滴り、全身にの皮膚も裂けている。流暢に話している暇はない。


 ――こっちは任せろ!


 イクスに向かって叫ぶ。そして偽物のガントールと対峙する。


「邪魔をするなアキラ! イクスとそこの侍女こそが偽物だ!」ガントールは俺に向かって訴える。そして背中を見せ付ける。三女神の刻印が夜闇に輝く。


 ――なっ……!?


 俺はその言葉に騙された素振りをする。

 偽物は俺をアマトラと呼ばず、侍女をナルと呼ばない。


「騙されるなよアキラ! ナルだって深傷ふかで負ってんだよ!!」そう叫ぶのはイクスだ。


 俺はイクスの言葉を無視して戦斧を向ける。この茶番を終わらせるにはこちらも愚か者を演じるのだ。


「……おい、ふざけるなよ……?」イクスは戸惑いのあまり、口調は震えている。怒りと絶望が綯交ぜとなった真に迫る声だった。


 三対一。ニールセンはニヤリと笑う。


「奴を討つぞ! アキ――


 ガントールの横腹を振り向きしなに戦斧で薙ぐ。寸手に斬首剣で捻ったか、火花が散り、硬い音が残響して壁まで吹き飛んだ。


 ――騙されるかよ。


「貴ッ様……!!」ガントールは激昂して俺を睨む。


 ガントールはすぐに反撃に転じて俺に猛攻を繰り出す。

 姿を真似しても、全てが同じとはいかない。偽物の技、剣捌き、どれも本物には劣る。


 俺はガントールの猛攻を受け流しながら、何度も躊躇い、見過ごしていたが、ついに覚悟を決めてその隙だらけの下腹に戦斧を滑らせた。

 体重を乗せた横薙ぎに体を上下に分けられ、どさりと床に転がるガントール。叫びもなく禍人種は絶命した。


 俺は、人を殺した。


 ――……ッ。


「チィッ!」ニールセンが背後から俺の首を剣で一閃。板金鎧の頭部を斬り飛ばした。


「アキラ!?」転がる俺の首を見て、イクスは叫ぶ。


 ――何か?


「ぁが!? ……こぷっ……」ニールセンの二撃目の突きを躱して、俺は戦斧を突き返す。「なん、で……」


 血液の塊を吐き出して、ニールセンは身体を震わせると、全身を弛緩させて絶命する。

 心臓に深々と突き刺さる戦斧から伝わる脈動、それは弱まり、停止した。


 ニールセンが床に倒れると、俺の持っていた戦斧の柄は音を立てて折れてしまった。俺は刃を失ってただの木切れと成り下がった戦斧を床に投げ捨てて、自分の頭を拾い上げた。頭がないと視界が悪い。とりあえず首を乗せて見たが、完全には治らない。


 それでいい。


 見たくないものが床に転がっているのだから、見えないままでいい。ありがたい。


「アキラ……それ……?」


 満身創痍のイクスは戦闘の決着よりも、俺の体に目を奪われている。板金鎧は穴が開いて、首は刎ね飛ばされている。しかし血は流れず、肉体はない。

 ぽかりと開いた首の穴。がらんどうの鎧が立って歩いている。


 ――……俺の体は、まぁ勇名の極致の一つだよ。それより、ナルは大丈夫なのか?


 イクスは俺の言葉にそんな筈はないと言いたそうにしばらく固まっていたが、すぐに首を振って気持ちを切り替える。


「あ、あぁ、……ナルの傷はあまり良くない……出来れば直ぐにでも止血をしないと死んじまう」


 ――なら、杖の中へ運ぼう


 イクスは俺の姿に戸惑いながらもナルを背負い、俺の後をついて歩く。天球儀の杖の中に、驚異の部屋があると伝え、あとはアーミラとガントールに任せる。


 酷く、心が痛い。


 人を殺めた。

 殺すに値する理由はある。

 命を奪う術だって磨いた。

 俺にはただ一つ、覚悟がなかったのだ。


 この世界で生きる覚悟。

 戦うための術を持つ意味を、軽く考えていたんだ。


 物語のように異形の化け物が現れて、教訓めいた悪役がいるような世界じゃない。

 正義と悪の二元論では語れない。


 命と命だ。


 ――くそったれ……!


 俺は星空に照らされた宮の瓦礫の中で叫んだ。おぉん。と、耳鳴りのように声が体内を反響した。





 あらゆる攻撃がその身に触れるより先に、空間に固定する。

 切っ先が眼前にあるというのに、涼しい顔をしている者がいる。


 オロルだ。疑う必要もない。

 いくつもの戦斧や、宮に飾られていた剣や槍。それらが空気の壁に突き刺さり、オロルに届かない。


 対峙しているのは最後の禍人種。ナルに化けている。


 ――……オロル、余裕そうだな。


「アキラか、……その口ぶりからすると、此奴は間者か」


 俺はオロルの言葉に頷く。


 ――本物は杖の中で手当を受けてるよ。


「そうか、いやぁ、此奴の真贋がわからんかったのじゃ。わしを偽物だという演技が、なかなか真に迫っておったのでな」


 オロルは欠伸をするような間の抜けた声で最後の禍人種の手足を硬化させる。まるで見えない十字架にはりつけにしたかのように。


 そして四肢の自由を奪うと、空中で静止している剣を一つ手にとってナルに向ける。


「な、や……やめろ! あの鎧が本物である確証がどこにある!?」ナルは叫ぶ。自由が利く首と身体を必死にもがいて、オロルの剣から逃れようとしている。


「アキラは本物じゃ。板金鎧を見ればわかる」肉体が無い事を知っているオロルからしてみれば、俺の真贋は一目でわかる。「お前を生かす理由はない。聞きたいこともないし、ここで死んでもらうぞ」


 オロルはゆっくりと剣を沈ませる。肋骨を避ける為、鳩尾みぞおちから斜め上に心臓を目指す。

 切っ先は衣服を突き破り、皮膚を裂く。


「やめて、や、痛ぃぃぃ……! 助けてぇ……」ナルは泣いて懇願する。


 剣の先はすでに深々と沈み、鮮血が滴る。痛みに堪えながらも、もがくことも出来ず、ただただ涙を流して命乞いをした。


「ならば、正体を見せよ。……忌まわしい術を解けば、命は助けてやるぞ」オロルは剣を少し抜いた。栓を抜かれた葡萄酒の樽のように血が噴き出す。


「解きます……! 助け、助けてください……」ナルに化けた禍人種は目を強く瞑り、術を解いた。硬化した四肢はナルのままだが、顔から胴体は似ても似つかぬ女に変わる。


「こ、これで、いいですか……? ねぇ助けっ……


 女が言葉を言い切る前に、オロルは心臓まで剣を沈ませた。鼓動に合わせて柄が音を立てて泉のように血を溢す。

 口から鼻から血が湧いて、顔には恐怖を張り付かせたまま絶命した。


 オロルが拘束を解くと、四肢は自由を取り戻し、水音を立てて床に落下した。

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