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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅰ章 異世界召喚編
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板金鎧に宿るもの❖2


 ――……つまり、ここは俺が住んでいた世界じゃない。ってことか。


「…そう、なります……」


 アーミラを問いただして数時間、なんとか状況を把握することができた。

 どうやら、俺は異世界というものに迷い込んだらしい。

 剣と魔法。勇者と魔物。非現実的だが、それを証明する一つの証拠がある。


 それはつまり、俺の体。


 アーミラが行った禁忌。魂の生成魔法。それを、この体――板金鎧フルプレート・メイル――に行ったのだそうだ。そしてなぜか、俺がこの鎧に宿った。


 人としての肉体を失い、魂だけがこの世界に迷い込んだ。……荒唐無稽な話だが、今は信じるしかない。


 ――それで、明日出発するってのは、どういう話だ?


 状況を理解した俺は、アーミラに今後の話を伺う。


「わ、私、三女神ホーライの刻印があるので、明日から神殿に向けて出発するんです」


 アーミラはベッドの上で毛布に包まっている。

 生成に失敗した上、異世界に、さらに言えば鎧の中に俺を閉じ込めたことに落ち込んでいるらしい。絶望の色に染まった顔で、瞳は涙を溜めている。


 ――…はぁ、そんな顔するなよ。もう元に戻れないって決まったわけじゃないんだから。


「そうなんですけど、申し訳ないです」アーミラはまた涙を零す。


 そんな態度をされてはさすがに怒る気にならない。それに、剣と魔法の世界。

 むしろ、心が躍るではないか。


 ――えっと、三女神の刻印ってのは?


「胸にあるんです。…見せませんけど」


 ――胸か、確かに見れないな。


「その、三女神の刻印は本来ならば生まれたばかり子供に現れるんです。世界で三人、娘の身体に現れます」


 ――へぇ、それっぽい話だな。


「三人の娘は、それぞれ継承された力を授かり、その力で世界を救う使命を果たさなければならないのです」


 ――継承された力?


「私は『次女・天球儀の継承者』に選ばれました。受け継がれた伝説の杖もあります」


 ――お? だったらその杖を見せてくれ。刻印を見せられないなら、ちょうどいいだろ。


「…そうですね。百聞は一見に如かずです。

 では、外にあるので体を運びますね」


 アーミラは毛布で涙を拭うと、胴と首しかない俺の体を抱きかかえて部屋を出る。

 背中にアーミラの慎ましやかな胸が触れているのだが、神経が鈍いせいで、微かな圧を感覚する程度しかできない。


 壁に沿って下に繋がる木組みの階段を下りる。俺がいた場所が二階だったことをここで初めて知る。

 一階はどうやら書庫のようで、狭い空間に書棚が整然と並んでいる。そして、書棚を左右に分けた通路の先に、観音開きの扉がある。玄関だ。

 アーミラがその扉を開けると、隙間から光が漏れだして、目の前が真っ白になる。


 ――うぉ、……眩しいな。


 光に目を焼かれて、残像がしばらく張り付く。それが少しずつ消えていくと、やっと世界を見渡せる。


 ――おぉ…、これが異世界……!


 俺はアーミラに抱えられて、世界を見渡す。

 まさに剣と魔法の世界そのものだ。

 馴染みのない文字が掲げられた看板と出店。店先には鉱石や武具、装飾品の他、露店も軒を連ね、馴染みの無い文化の香りを纏っている。


 石畳の敷かれた道は人の往来が激しい。服は生成きなりだろうか、皆同じ服を纏い、腰布を締めている。髪や瞳の色は鮮やかで、耳の形が丸い者と尖っている者がいた。


「…これが杖ですけど」アーミラは体を反転させ、小さい声で俺に言う。


 視界はぐるりと半回転して、先ほど出てきたアーミラの家を映す……と思ったが、そこには家らしき建物はない。アーミラの身の丈を超える天球儀が、記念碑のように立てられているのみだ。


 ――あれ? アーミラの家は?


「家はこの杖ですけど。…あの、もういいですか? 中に入りたいです」


 アーミラは、言うが早いかすぐ記念碑の中に、正確には杖の上部に取り付けられた天球儀に潜り込んだ。

 今度は光に目を焼かれることなく、あっという間に書庫の景色。アーミラの部屋の中だ。


 ――おい!? まだちゃんと見てないぞ。


「うぅ、人が沢山……勘弁してほしいんですけど…」


 ――もっとちゃんと見ないとわかんないだろ。


「えー、自分で見てほしい……」


 ――手足が無ぇんだよ!





 アーミラは「あぁ」とか「うぅ」とか面倒くさそうなため息を吐きながら鎧と格闘している。


 ――明日から神殿に行くんだよな? 一人で行くのか?


 俺は嫌な予感を感じて、確認する。


「そんな、とてもじゃないです。戦えないんですけど」アーミラは当たり前のように言うが、大丈夫なのだろうか。


 ――戦えないって、三女神の刻印がある三人は、使命があるんだろう? 戦わないでできるのか? お役所仕事をするとか?


「…戦います。戦いますけど。……それを貴方に任せるために、魂を生成したんですけど……」


 丸投げかよ。


 ――…あーもー、とにかく手足を付けてくれよ。


 俺は肩を落とし、項垂れる。

 アーミラは先程から右腕の接続を試みているが、表情を察するに付け方がわかっていない。分解した時は考えなしに外したのだろう。


 ――付け方わかんないんだろ?


「あぅ、…そう、です、けど……」言葉尻が消え入りそうだ。図星を指されて落ち込んでいる。俺だって落ち込みたいのに、アーミラの姿は見るに堪えない。


 いじけた顔で、もたもたと鎧に悪戦苦闘している。

 思えば出会ってからずっとアーミラは困惑しているし、事情はどうあれ、これから使命を果たさなければならない身だというし、大変そうだ。

 確かに俺は被害者だが、アーミラ自身も悪気はないのだから、もう少し優しくしてやろう。


 ――接続面を見せてくれ、異世界の鎧なんて、俺にはわからないかもしれないけど。


「…え、あの、怒らないんですか? 私、こんなにアキラに迷惑をかけたのに」


 ――いいよ。別に。悪気があったわけじゃないだろうし、これから大変なんだろ?


「……異世界人は、みんなアキラみたいに優しいんでしょうか?」


 ――それは、どうだろ…。記憶が何にも無いからわからないや。……この世界と変わらないんじゃないか。


 俺はアーミラが目の前に持ってきた鎧の右肩を見つめる。

 アンティークとしての甲冑か、それとも異世界の代物だからか、関節の構造も完全に金属で覆われている。重なる金属板が噛み合うような複雑な構成で、なるほど。わからない。


 ――アーミラが問題ないなら、魔法でくっつけていいんじゃないか?


「……あ。」


 明らかに『その手があったか』みたいな反応だが、突っ込んだらまたいじけてしまうだろうし、何も言うまい。


「…汝、在るべき姿へ!」


 ガチャン!


 アーミラは簡単に唱えると、右腕は燐光を放ち浮遊する。そしてひとりでに肩に繋がると、しっかりと噛み合い、血が通ったかのように俺の意思で動かせるようになった。


 おいおい。


 最初からそれでよかったではないか。


 ……と、言いたい。が、言わない。

 アーミラの顔を見ればわかる。本人もそれが痛いほどわかっているようだ。


 ――おぉ、初めて見たよ。今のが魔法か?


「うぅ、そうですけど……」


 アーミラは目を合わせてくれない。

 もじもじと両手を擦り合わせて、自分の家の中だというのに居心地が悪そうだ。


 ……俺は決めた。アーミラは褒めて伸ばすことにしよう。


 ――へぇ、すごいな。この調子で全身直してくれ。


 俺がそう言うと、アーミラは間をおいてから、言葉の意味を理解して、喜色のよい笑顔で碧眼を爛々と輝かせた。褒めがいのある反応だ。


「…で、ですよね! いやぁこれでも? 私魔法の腕に関しては自信があるっていうか、こんなの朝飯前っていうか! 超簡単なんですけど!」アーミラは鼻を高くして手柄顔だ。


 ……おだてるとそれはそれで、面倒くさそうな奴だな。


 それから間もなく、アーミラの魔法によって俺のこの世界での体はやっと五体満足となった。

 黒鉄色の板金鎧。しなやかで可動域は不自由がない。全身の凹みや歪み、傷痕も、まるで歴戦の勇者然としている。

 寸胴な輪郭を想像していたが、人体の形状に沿って作られており、思ったより細身だ。


 部屋の中を少し歩いて、体の感覚を確かめる。筋肉量は関係ないので、重い金属の体でも問題はなさそうだ。

 なかなか、格好いい。


 ――鏡はないのか? どんな姿か見たい。


「ありますよ。この驚異ヴンダー部屋カンマーに無いものはありません」


 アーミラは指を鳴らす。小気味良い音が弾けて、姿鏡が部屋の何処かから俺の前にやって来た。

 そこには、俺の知るどの文化とも違う意匠の金属の重なりで構成された、板金鎧の戦士の姿があった。


 ――すごい。この鎧は特別な物なのか?


「鎧自体はこの部屋に元からありました。驚異の部屋の蒐集しゅうしゅう品の一つなので、凡百の鎧とは一線を画す代物でしょう」


 フフン。と、アーミラは得意げに鼻を鳴らす。


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