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戦うための術❖5


 驚異ヴンダー部屋カンマー


 そこに足を踏み入れると、部屋の中の無音が耳に張り付いた。

 俺はこの世界に来てもう何度となく固めた筈の意志をかき集めて階段を上る。


 ――アーミラ。入るぞ。


 二階の部屋の扉を開けて、中に入る。

 アーミラの姿は無い。


 最初に会った日と同じようにめくれた毛布がベッドの隅に押し込まれ、壁棚や机の上には石や小物。読みかけの本が置かれている。

 初めて俺が目を覚ましたのはベッドの向かい側、壁の隅だ。そこに移動して、座る。

 アーミラはここに戻ってくるだろうから、待つことにした。


 およそ五分程して、階段を上る足音が聞こえる。


「……あ」


 アーミラは中に入るとすぐに俺に気付いて、声を漏らす。


 ――待たせてもらったよ。


 俺の言葉に、アーミラは返事を返さず、目を伏せた。


 ――……腕、痛むか?


「え? ……あぁ、いえ。もう治りましたから」


 ――そう、か。


 俺は立ち上がり、アーミラの側に立つ。


 ――本当に、ごめん。俺はアーミラが思ってる以上に非力な世界から来た人間で、これからもきっと、迷惑をかける。……正直、足手纏いになりそうだ。


 ――それでも、修行して強くなってみせる。約束する……だから……


「……違うんです!」


 アーミラは言葉を遮る。


「違うんです。…私はそもそも、アキラのこと怒ってない。 ……非力なのも、 ……不甲斐ないのも、 全部私ですっ……!」


 悲痛な声でそう言うと、アーミラは俺の胸に泣きついた。


「アキラは、いつも私を許してくれる。自分のせいだと言って、私に謝ってくる。

 それが……怒られるよりも辛い……」


 ――……そんな、こと……


「この世界に呼び出してしまったのも私!

 身体を失わせたのも私!

 戦いを押し付けたのも私!

 ……全部、全部私のせい……」


 アーミラは拳を何度も俺の胸に叩きつけ、力なく腕を垂らした。


 ――アーミラ……


「……ふさわしくないんです。三女神の刻印なんて、私に宿るべきではなかった」


 ――……だとしても、戦わなきゃならないんだろ? 俺も、お前も。


「……そうです。私たちはまだ一日も旅に出ていません。

 それなのにこの有り様です。

 ……ダメなのは、私です」


 ――そんなことを言うなよ。


 俺はアーミラの顎に手を添えて、視線を合わせる。碧眼の双眸が涙に濡れて輝いた。


 ――ダメかどうかはまだわからないだろ。


 そう言葉を口にして、前にも同じ言葉をかけた記憶が脳裏に浮かんだ。

 非力を嘆く少女の姿。元の世界にいた時の光景。

 全てに靄がかかっていて、その少女の顔はよく見えない。……しかし、とても懐かしい気持ちになる。

 『ダメかどうかは、まだわからないだろ』と、俺は少女の肩に手を乗せて、大切な思いをこぼすことなく伝えるために、丁寧に言葉を続ける。


 ――…ダメかどうかわかるのは、先に進むまでわからないから……二人で乗り越えよう。


「……ふたり、で……」


 記憶の情景と共に、視界は重なる。

 いつの間にか発した言葉は、目の前の少女ではなく、アーミラに届いた。


 いつかどこかで、似た姿の少女といた記憶。

 その幻覚が消えると、目の前のアーミラがはっきりと見えた。


「…二人で、乗り越えてくれるんですか?」


 ――……あ、あぁ。だからお互い、もうクヨクヨするのはやめだ。頑張ろうぜ。


「…アキラがそう言ってくれるのなら、頑張ります」アーミラはそう言ってはなをすすり、泣き腫らした目で笑みを作る。






 仲直り……というよりも、お互いの非力を嘆き、慰め合っただけの時間を過ごした。

 その中で、少しずつ、記憶を取り戻していく感覚。


 もしかして、この世界で旅をしていくことで、記憶も思い出せるのかもしれない。


「アキラ? アキラ、どうしたの?」アーミラは怪訝な顔をしている。どうやら俺は呆然としていたらしい。


 ――ん? いや、記憶が少し、戻ったんだ。


「…本当ですか? どんな記憶です?」


 ――どんな、って言われても、本当に断片的な記憶で、言葉にできない。


「記憶喪失、ですか」アーミラの顔は再び曇る。


 ――あーあー、その話はやめよう。


 人嫌いと言っても、アーミラは薄情ではない。むしろ泣き虫で、心根は優しい。


 ――そうだ、頑張るって決めたんだし、みんなの所に戻ろうぜ。


「えっ?! い、いや、それはちょっと別問題というか、いきなりすぎるんですけど……」


 ――ダメかどうかが分かるのは未来だろ? なら、俺たちがまずできること。それをやらなきゃダメだ。


「…アキラ……わ、わかりました……」





 アーミラを驚異の部屋から連れ出し、ガントールとオロルが待つ宿の部屋に出る。


「む、出てきたな」と、オロル。椅子の上で足を組んでくつろいでいる。


「アーミラと一緒か。…ということは、機嫌は治ったみたいだな」ガントールが微笑む。


 アーミラは手を振ってガントールに控えめに否定した。


「……機嫌が悪かったわけでは、ないんですけど、その……私たちは、お互いに弱すぎることを、り、理解しました」アーミラはここで、オロルに向き直り、言葉を続ける。「……改めて、オ、オロルさん。私に修行をさせて下さい……!」


 深々と頭を下げてオロルに頼み込むアーミラの姿。誰よりも驚いているのはもちろんオロル本人だ。


「なっ……!? わしがわざわざ教えなくとも、腕は確かなのじゃろう? 禁忌にまで手を伸ばせるのじゃから、教えることなぞ……」オロルは初めて見せる狼狽ぶり、顔を赤くして両手を突き出して拒否するが、どこか満更でもない態度だ。


 それを見てガントールは口の端を吊り上げて微笑ましそうに笑った。


「…私は、戦うためのアレスを知りません。部屋に篭って、ただ夢想する魔女でした」アーミラは頭を下げたままに独白する。「……私に、…私にそれを教えて頂きたいのです……!!」


 アーミラの真剣な言葉。

 そして臆することなく発した覚悟を目の前にして、オロルの金色の双眸がめらりと燃えた。


「その思い、しかと受け取った。」オロルは椅子の上に立ち上がり、熱のこもった声で返事をする。「その大仰な天球儀の杖にふさわしい魔女にしてやろう」


 どうやらここに師弟関係が結ばれたようだ。


 そして俺も。


 ――ガントール……もう俺が何を言おうとしているのか分かった顔をしているが、それでも言わせてもらう。

 ――俺にも、戦うための術を教えて欲しい……!


 アーミラに続いて俺も頭を下げる。


「戦うためのアレス、か。……いいよ。前線にたどり着くまでにはアキラ殿を名実共に勇名の者にしてやろう」ガントールの声にも火が灯る。


 オロルとガントールそれぞれを師として、戦うための術を身につける。


 それからは修行の日々が始まった。

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