戦うための術❖4
何が起きているのかわからないが、俺の周りを取り囲む男達の風貌から、嫌な予感がしている。
「よう。旅のお方」
そう言ったのは恐らくリーダー格。冷めた目で俺を見下ろす。他の二人は辺りを牽制し、人払いをしている。
――なんだ?
俺は気丈に振る舞う。見た目だけならハッタリが利く板金鎧だ。
「すこし話があるんだが」男は顎で指し示す。薄暗い通路の裏側に続いている闇、地下壕へ……
――アーミラ……これはなんだ?
声を潜めて、体内にいるアーミラに呼びかける。
「……困り、ましたね。賊ですけど……アキラさんどうしましょう……!?」アーミラもまた息を殺して俺に助けを求めてくる。
『どうしましょう』と言われても、どうしたものか……
とりあえずは賊の言葉に従い、俺は暗い裏通りから梯子を下り、地下壕へ連れられていく。
――なんで賊が俺に目をつけたんだ?
「大通りから目をつけてたさ。……高そうな鎧だなぁ」背後に付いている男が言う。
そうか、地下壕からの視線は気のせいではなかったのか!
俺は自分の迂闊さを嘆きながらも、平静を装う。
――そうだな。魔獣にもビクともしないぞ。
「……ふん。ハッタリはよせ。この街での所作、武器屋での武器の扱い。見ていたぞ」
――……。
俺は努めて冷静に振舞っても、賊の目利きははるかに敏く、俺の力量を測っていた。
「一人で大通りをうろつく所だ。……まるで子供だな。武器を触るのも初めてといった態度。戦いを知らない素人のそれだ」冷めた視線で俺を見下ろすつまらなそうな顔をした男。おそらくは賊のリーダー格は言う。
「身包み寄越せ。鎧全部だよ。坊ちゃん」
……『坊ちゃん』か。
端から見て俺の姿はそれ程までに未熟に見えるのか。
悔しいな。
誰もいない路地の裏。そこで男達に囲まれ、俺の中にはアーミラがいる。……最悪だ。
――悪いが、……抵抗させてもらう!
俺は言うが早いかすぐに拳を固めて賊のリーダーに殴りかかる。
その振り仰いだ拳は男の顎に届く前に、掌で受け止められ、捻られた。
板金鎧の噛み合わせが軋み、俺の腕は関節を決められる。
「…い、痛いです……っ! 痛い痛い痛い!!」
叫ぶのはアーミラだ。
「はぁ? 中身は女かよ」背後にいた男は口の端を吊り上げて俺の背を蹴り倒す。
音を立てて俺は地面に頽れる。俺の中で痛みに喘いでいるアーミラに呼びかける。
――スマン! この場はもう逃げるぞ!
俺は急いで立ち上がり、地下壕から出ようと走り出す。
一歩目で男をかいくぐり、二歩目で脚を絡められて、再び地面に叩きつけられる。
「逃がすかよ坊ちゃん。……いや、お嬢ちゃんだったな」
ギチッ。
「あぁっ! ぃ、痛い……」アーミラは腕を後ろに捻られて、悲痛な声を漏らす。
俺だけの体なら、蹴散らすこともできるだろうが、この場では分が悪い。
「これ以上痛い目見たくないなら、この鎧全部置いてけよ」
ちくしょう。
腹が立って仕方がない。
――アーミラ! 俺を脱ぎ捨てろ!!
「……はい……っ!」
バカンッ。
背中の留め具を魔法で外し、鎧から這い出るように脱出する。
「お嬢ちゃん、ここは怖い街だからねぇ? 鎧は全部置いて逃げましょうねぇ」獲物を手に入れて、下卑た笑みを浮かべる男はアーミラにそう言いながらも、前に立ちはだかり逃がそうとはしない。
「…あっ……」
アーミラはたじろいで身体を強ばらせる。男に手を掴まれ、咄嗟に魔法を飛ばして俺の背中を閉じる。
留め具がしっかりと噛み合って、俺は男を睨む。相手はアーミラに向いていて、俺が動き出すとは思っていない。
「身の代金のために、お嬢ぢぁ……
下卑た笑みの男が言葉を言い切る前にこめかみに拳を叩きつける。
――クソったれが……!
「アキラぁ……」
アーミラは地面に伸びた男の手を振り払って、すぐに俺の背中に隠れる。
「勝手に、動いて……!?」もう一人の男が驚いた顔で俺を見る。
「ただの魔法だろ! 操ってる女をやれ!!」
リーダー格の男は俺に向かってすでに構えている。その手にはナイフ。
――防壁とか張れるか?
俺は背後のアーミラに問う。
「…は、はい!」
――なら、アーミラは自分の身を守り続けろ!
俺はアーミラに命令して、もう一人の手下の前に立つ。
「クソがぁ!」
手下の顔は怒りに歪み、怒号とともに拳が叩き込まれる。しかし俺には衝撃は伝わらない。拳のほうが赤く皮を擦りむいている。
「関節を決めろ!」リーダー格の男が叫ぶ。
その指示に反応して、手下は俺の腕を掴み、背中に捻る。
――俺は、痛くねぇんだよ!!
「ごは……っ!?」
背中に捻られた腕をそのままに、俺は背中を壁に叩きつける。間に挟まれた手下は肺を潰されて呻き、空気を吐き出す。
よろめく手下の服を掴んで投げ飛ばす。
最初に殴り飛ばした男も立ち上がり、状況は振り出しに戻る。
双方睨み合う中で、俺は口を開く。
――この方は三女神継承者、アーミラ様だ。
俺の名乗りに賊は目を丸くした。さすがに相手が悪いとわかったようだ。
――俺を売って金になるか? おそらくはお前らの首が飛ぶんじゃないか?
俺は賊に対して脅しを行う。
攻め手に欠けて、それ以外の方法がなかったのだ。
倒そうと思えば倒せる。しかし、護りきれるかと言われると、自信が無い。
格好悪りぃなぁ……。
❖
「……なぁにがあったのじゃ?」
宿の夕食を囲む三女神。オロルは言う。
アーミラは暗い顔をして料理に一口も手を付けない。
「明日もまた歩くんだ。飯を食わないと体は持たないぞ?」ガントールも流石に心配している。
今のアーミラはいつにも増して心の壁を作っている。人嫌いの壁は俺にまで高く聳える。
――あ、アーミラ……
「……!」
アーミラは身を強張らせ、椅子から立ち上がる。そして、皿に盛られたスープとパンのみを持って、逃げるように天球儀の杖の中へ隠れてしまった。
卓には所在無げな鳥肉の煮込み料理の皿と、未使用のまま置かれたナイフ。そして俺。
――……。
俺は自分の不甲斐なさに怒りを感じながらも、どうすることも出来ず、卓に座った。
この光景に困惑するのはガントールとオロル。先程まで二人で散歩していたのでは? と首を傾げる。
「じゃから、何があったと聞いておる」オロルは俺に聞いてくる。
これでは飯が不味くなる。と、視線で語る。
――自分の弱さを実感したよ。
「意味がわからん。順序よく話せ」
「まぁまぁ、オロル」とガントールは宥め、俺の隣の椅子に移動する。「アキラ殿。最初から話して欲しい。…何があったのだ?」
俺は先程起こった出来事を話した。賊を蹴散らすことも出来ず、鎧の体でありながらアーミラを守れず、暴れ散らすだけ暴れ散らした挙句、三女神の肩書きを利用して、賊を逃がしてしまった。
三女神の名を借りて護身を行うなんて、それでは護衛の意味がない。
賊に苦戦するなんて、この先の戦いでは話にならない。
「……アキラ殿は鎧の体で生まれてきたわけではない。中にいるアーミラを守れなかったのはしょうがないことだ」ガントールは俺の前に立ち上がり、頭を掻き抱く。
「おい……ガントール?」オロルは眉根を寄せて驚いている。
「どうした? オロル」
「アキラはそんな子供ではないであろう」
「この世界ではそうだね。……だが、アキラ殿は慣れない世界に迷い込んで、右も左も分からないのに頑張ってくれている。
不甲斐ないと自分を責める必要はない」ガントールはそう言って、俺の頭を撫でる。
「肉体を持たないアキラ殿が傷付いたとするなら、それは心の痛みだ」
「……ふん……」オロルは鼻を鳴らし、それ以上何も言わない。
金属の表面を滑る指先。俺に肉体があれば、安らぎを感じ取れたのだろうか。温みさえ感じ取れない檻の体。
ガントールの優しさが、近くて遠い。
――……あぁ、身体が欲しい。
俺の呟きにオロルは困惑したようにため息を吐く。それから飯を食べ始めた。
「……それは、同情するよ」
「よしよし。明日から修業をしよう。アキラ殿」ガントールは何度も俺の頭を撫で続けた。
❖
「飯が冷めない内に、アーミラの所に運んでくるから」しばらくした後、ガントールはそう言って皿を持って杖の中へ消えた。
部屋には俺とオロルだけ。静かに食事を摂る音が部屋に響く。
「わしは厳しいか?」
――え?
「……わしは、厳しいか?」
オロルの言葉の意図がわからない。俺は取り敢えず否定する。
――そんなことはないよ。
「……そうか」それだけ言って、鳥肉を口に運ぶと静かに咀嚼して飲み込んだ。
「わしは、時々人を傷付けてしまうらしくてな。
自分の努力と同じものを他人に期待してしまう。術…『アレス』を扱う者としては、なんとも器が小さい。悪い性癖じゃの」
オロルはそう言って、卓に置かれた食後酒を杯に注ぐと一口舐める。
――オロルは審問で助けてくれたし、頭が切れて頼りになる。嫌いにはならないよ。
「……そうか」オロルはまた、酒を舐める。「時間を司るわしが、解決を図るのは、野暮というものじゃ」と、呟く。
何か意味がありそうな言葉だが、俺にはそれがわからない。
そこでちょうどガントールが杖から出てきた。
「ふぅ、ただいま」
「うむ。アーミラは?」
「相変わらず私には話してくれないよ。取り敢えず料理は置いてきた」
「しょうがないな」
「……アキラ殿。いつもの通り、任せたぞ」
――え?
「アーミラの機嫌を直せるのはアキラ殿しかいないからな」
ガントールは俺の肩を叩いて微笑んだ。