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戦うための術❖3


 ――この際だから改めて聞くが、禍人種って何だ?


 俺はアーミラに尋ねる。


「私たちが戦っている敵の人種ですけど。…魔獣は雑兵というか、敵の嫌がらせの一つに過ぎないのです。

 きっと前線では、人種での争いが主になります」アーミラは言う。その言葉は物悲しい響きがある。


 人種の争い。人が人を殺している。

 そして、三女神継承者として誰よりも人を殺すことになるだろう。


 なら、争いの理由は何だ。


 ――この戦争は、何のための戦争なの?


「宗教が違うのです。私達はヴィオーシュヌ信仰。禍人種の信じている神は、オルト信仰……背景はただそれだけの事ですが、歴史を積み重ねすぎました」


 ――…はぁ、……俺にはよくわかんない話だ。


 アーミラの言葉に俺はため息混じりに返事をして、空を見上げる。

 巨大な月が青白く輝き、塩基配列のような螺旋の塔が空に伸びている。


 異世界に来て、俺は心のどこかで英雄になれると思っていた。

 道中の敵は倒したら煙のように消滅して血も流さないような。最後には魔王みたいな奴を懲らしめて、褒め称えられる冒険をすると思って、軽い気持ちでいた。

 それがここに来て後悔というか、後ろめたさに変わる。


 守るべき人も、殺す相手も人。

 この戦いは宗教戦争なのだ。

 産まれた土地で白と黒が分かれているこの戦争に、果たして異世界から来た俺が入り込んでいいのだろうか、この立ち位置を白として、前線より向こう側を黒としていいのだろうか?


 もし、禍人種側に召喚されていたら、俺はアーミラ達を敵にして戦う事もありえた。そんな俺がこの戦争で何をするのか。


「……もしかして、悩んでいますか?」アーミラは俺の心情を察しているらしく、そう尋ねる。


 ――うん。


「だと、思いました。アキラはどちらの神も信じていない異世界人ですから、当然ですけど。

 ……私の事を叱ってくれたオロルの意味が、今のアキラにはわかりますね」


 ――……うん。わかる。


 オロルの怒りの意味。それは俺の命だとか、禁忌だけの話ではない。これから関わっていく人間全ての生死にも関わる大きな問題だ。

 ガントールは苦々しい顔をしながらも罪は無いと言っていた。それは禁忌の行いそのものに対して、情状酌量であり、オロルとは別の尺度でしかない。


 オロルは禁忌を行う未熟な精神を許さず。

 ガントールは禁忌とは違う成果に目を瞑った。


 ――魔獣相手ならいくらでも戦えるかもな。


「私も、人を殺すのは自信がないんです。ガントールやオロルは、その覚悟がある人です……私は、それが怖い」


 ――なるほどなぁ、あの二人を怖いって言ったのは、そういうことか。


 アーミラの言葉に納得する。殺す覚悟のある二人。その姿が怖いと言っていたのか。


 ――禍人種って、見た目はどうなんだ? 強さはどうだ?


「見た目は、実際に見た訳では無いですが、皮膚に鱗、頭角がある人種だそうです。

 魔、獣、賢人種と渡り合えるのですから……相当強いでしょうね」


 ――なら、俺が勝てるかどうかも怪しいのか。


 俺は露店街を往復して、宿の前まで戻ると、ため息を吐きながら呟いた。


 ――なんだか、旅が億劫になっちまったなぁ。


「旅に出て、まだ一夜も過ごしておらんぞ。アキラ」


 カチリと歯車の噛み合う音が聞こえた後、背中に重みを感じて姿勢を崩す。

 その場でよろめきながら背中を見ると、オロルが乗っていた。


 ――聞いていたのか?


「ちょうど宿に戻る時に、お主がおったのでな。アーミラはどうした?」と、オロル。


 ――中にいるよ。


 俺は自分の胸を軽く叩く。中にアーミラがいる分、反響音に余韻はなく、コツコツと音を立てた。


「…こ、ここですけど……」アーミラはオロルに控えめに主張する。


「ほう。楽しそうな事をしておるな。街を回ったのか」


「…はい」


 ――露店街を見て回ったんだ。オロルは何をしていたんだ?


「わしは先に言った通り観光じゃ。平和なものじゃな。内地というものは」


 オロルは俺の背中の上からムーンケイを眺め、しみじみと呟いた。





 先に戻っておるぞ。と、オロルは言って、俺の背中から降りた。

 俺とアーミラの邪魔をしないようにと気を回したようだが、そうなると宿に帰り辛い。もう少し街を回るべきか。


 ――……とはいえ、他に回りたいところなんてあるか?


「うーん……そういえば、アキラは武器が欲しいのではありませんか?」


 ――おぉ! そうだった。……でもなぁ。


 アーミラの言葉に最初こそ乗り気だったのだが、その武器を使う相手を知った今、迷っていた。武器を手に入れたら、未来が決定してしまう。しかし、このまま戦わないで生きていけるわけはない。


 ――今日は、見るだけでいいや。


 その一言で今日はやり過ごす。


「…見るだけですか。…分かりました。では武具屋を探しましょう」





 武具屋らしき店を探しながら、露店街の奥まで潜り込む。大通りを外れた裏通りでは、得物を持った旅人が目立った。そしてそこを悠々と闊歩する者がいる。

 緋色の髪を左右に結い分けた長身痩躯。ガントールだ。


 俺は大通りの露店街でさえそんな振る舞いはできないのに、そのガントールの姿は憧れてしまう。


「む?」ガントールはこちらに気付いて駆け寄る。「アキラ殿! こんなところでどうしたんだ?」


 ガントールは俺との友好の挨拶として、肩を軽く叩く。ガントールの固めた拳に纏ったガントレットが硬い音を立てる。アーミラが微かな声で呻いた。


 ――武器を見に来たんだ。中にアーミラもいる。


「中に! 私は着れないから、羨ましいな」ガントールは俺の周りを観察するが、アーミラは黙り込んでいる。


「それより、武器か。……アキラ殿はどんな武器が欲しいのだ?」


 ――試してみないとなんとも言えないな。とはいえ、見て回るだけだよ。


「ふむ。手に持って試してみるといい。武器屋はあそこの角にあったぞ」ガントールは裏通りの奥を指差した。


 ――それはわかったけど、ガントールは来ないのか?


「あぁ。大通りの露店街で軽く食べ歩きたいのでな」


 ――そ、そうか。


 確かに露店街には酒場や揚げ物の店も多くあったが、俺には縁遠い。去って行くガントールを引き留めることもせず、教えられた武器屋へ向かう。


 ――結局二人で回ってるな。


「そうですが、何か不満でも?」


 ――いやいや。


 俺は言葉を濁して武器屋に入る。


 大小様々な武器が並び、壁には鎧も飾られている。大剣から片手剣、槍や斧等といった武器もある。微妙な刃先の形状の差異、柄と刃渡の比率も細かな需要に応えて幅広く揃えられている。


「らっしゃい! すげぇ装備だな兄ぃちゃん」


 筋骨隆々な獣人の男が威勢よく話しかけてきた。この店の店主らしい。


 ――武器を見て回っているんだ。手に取ってもいいか?


「えぇ、いいですとも! 試し斬りはできませんがね」


 店主が入っていた通り、展示されている武器は全て怪我をしないように、刃は立てられていない。

 とりあえず目の前にある大剣の幾つかを手に取ってみる。


 ――正直、よくわからないな。重さくらいしか判断できない。


 小さな声でアーミラに言う。


「元の世界でも武器くらいはあるでしょう? 手に馴染むかどうか、なんとなくでもわかりませんか?」


 ――だから、俺の世界ではこんな大きな刃物はなかったって。


「魔法が無かっただけでなく、武器もなかったんですか?」


 ――包丁とか小さなナイフがせいぜいだよ。


「……アキラのいた世界って、本当に不思議な世界ですね」アーミラはうんざりしたように言う。「…根本から違う文化で、この先やっていけるのか、不安です」


 ――俺だって不安だよ。アーミラには元の世界に返してもらうように頑張ってもらいたいんだが?


 俺が皮肉を込めて言い返すと、苦々しげに呻いて、返答を濁した。

 ここで武器を見て回っても、きりがない。どうせ買う訳でもない物見遊山だ。気分も乗らないし、今日はもう宿に帰ろう。


 そう思い、武器屋を後にして裏通りに出ると、背後から獣人種の男が三人、俺を取り囲んだ。

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