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戦うための術❖2


 宿の大部屋を一つ。石造りの壁と床は磨き上げられており、光を反射する。上に嵌められている発光石だけでも部屋全体が爛々と明るい。


 ――今日はもうゆっくりするのか?


「わしは観光がてら逍遥しょうようしてくる」


「私も、少し露店を周るよ」


 オロルとガントールはそう言って、視線を横に向ける。アーミラの返事を待っている。


「…わ、私は、少し部屋に居ます」とアーミラ。


 なら、しばらく自由行動で。と、ガントールが手を一つ叩くと、各々部屋を後にする。


 残ったのは俺とアーミラ。


 つんつん。


 ――ん?


 俺の背中を指でつついてアーミラは呼ぶ。

 振り返ると、今度は天球儀の杖を指した。どうやら驚異ヴンダー部屋カンマーに来て欲しいそうだ。

 俺は指示された通りに驚異の部屋に入る。その後に続いてアーミラも部屋に入る。


 驚異の部屋の二階。アーミラの部屋で俺は正座をする。アーミラは目の前のベッドの上で鳶座りをしている。顔は晴れやかではない。


 ――なんだよ? 急に呼び出して。


「…他の二人と、仲良くなりすぎだと思うんですけど!」


 ――え、えぇ?


 一人にして欲しいって言うから、そうしたのだが……

 戸惑いながらアーミラを見つめる。アーミラは頬を膨らませて眉を吊り上げて真っ向から睨んでいた。


 ――というか、なんで俺にだけ普通に話せるんだよ。


「アキラは鎧だから、人というより話せる物です。

 ……そんなことより、神殿で言いましたよ? アキラは私の戦闘魔導具アルテマ・マギです。一人にしてと言っても、アキラは程よく私に付かず離れずでいて下さい」


 ――め、面倒くせぇ……そうは言われても、三女神同士で仲良くやっていけるように、繋いでるつもりだぞ?


 俺の言葉にアーミラ首を横に振る。


「繋がなくていいです。二人と二人に分かれても問題ないじゃないですか」


 ――い、いや、……この世界の事はわからないけど、多分問題あるって……


「うぅぅぅ。…兎に角! 昼間の分まで私と一緒に居て下さいっ」


 ――お、おぉ。わかった。


 真っ直ぐに頼まれると、断れない。

 俺が頷くとアーミラはやっと微笑んで、後ろに回る。てっきり部屋を出るのかと思ったら、どうやら違う。


「……えい」


 ガコンッ。


 背中から大きな音が聞こえ、それと同時に俺の視界は床に向いた。

 まるで糸が切れたように上半身が折れ曲り、踏ん張っても起き上がれない。


 ――何してるんだ? アーミラさん。


 俺は尋ねる。しかし、アーミラがやろうとしていることは分かっていた。


「アキラの中に入ってみようかと」


 アーミラは言いながら、ごそごそと俺の背中から、侵入してくる。まるで着ぐるみのような構造で、まず両足を入れて、次に垂れた上半身に両手を潜り込ませて、鎧の袖を通す。そうして最後に上半身を持ち上げながら、背中の金具を――魔法で――固定する。

 これで元どおり。しかし、板金鎧の中にはアーミラが入っている。


 俺は体の中にいるアーミラの存在感に慣れず、落ち着かない。下手に動くと、中にいるアーミラに怪我をさせてしまいそうで、ただ立ち尽くす。


「狭くて暗くて、落ち着きます。これがアキラの中ですか」


 ――外の様子は見えるか?


「かなり狭いですが、前だけなら見えます」


 ――動くけど大丈夫そうか?


「はい」


 恐る恐る、一歩を踏み出す。

 体が重い。中に満たされている質量に慣れない。まるで泥でも詰まっているような怠さがある。


「……ふふ。体が勝手に動いて、面白いです」


 ――そうかい。そりゃ、よかったね。


 緩慢とした動きで歩いていると、次第に勝手がわかり始めて、俺はそのまま階段を降りる。


 元々この板金鎧は、中に人を入れていることを想定している。いや、正しくは、人が身につける防具なのだ。中にアーミラがいることで、行動不能になるような作りではない。

 ただ、操り手が逆なだけだ。


 驚異の部屋から出て、俺もこの国を散歩する事にした。中にいるアーミラも、異議を唱える事はなく、大人しい。

 寧ろ衆目から隠れる外殻を楽しんでいるらしく、時折感嘆の声を漏らしている。


「……わぁ……アキラ、あの露店に行って!」


 ――あいよ。


 二人の声はとても小さい。鎧の内側にのみ響く微かな会話。街を歩く民や旅人には漏れ聞こえない声量で成立している。


 アーミラの希望通りに露店に立つ。

 そこは鉱石や金属の欠片が並ぶ店だった。

 俺には何の価値もない石にしか見えないが、アーミラは俺の内側から説明してくれた。


「……ここに並ぶ石は全て魔力を含んでいる魔鉱石です。一番右の紫色の石は最高級ですね。純度、濃度共に高く、様々な用途で使えます」


 ――お前らの魔法って、呪文を唱えるだけじゃないのか?


言葉スペルだけじゃ発動しません。……代償として消費されるエネルギーは必ずあります。服や装飾、杖等、身につけているものに魔鉱石をあつらっているんです」


 ――へぇ。


「……アキラの鎧だって、地金には魔鉱石や魔金属を使っているでしょうし、驚異の部屋蒐集(しゅうしゅう)品ですし、昔は恐ろしいほどの魔力に満ち満ちていたでしょうね。今はその体には雀の涙程の魔力しか残っていませんが」


 ――じゃあ、俺にも魔法って使えるのか?


「……それは、たぶん無理です」


 ――何で?


「それは、コンクリィトなる異世界の石と同じ理屈です。アキラは神のいない世界から来た魂です。あらゆる魔呪術を操るための言語スペルアレスを使えませんよ」


 俺は魔法が使えないと知り、少し落胆する。

 やはり俺には、この露店に並ぶ石の価値を見出す事は出来ない。





 ガントールやオロルの姿を探しながら歩いて回ったが、ついぞ見つける事は出来ないまま、露店街の道の果てまで来てしまった。


 ここから先は人通りも格段に減り、民家が静かに日々を過ごしている。旅人や冒険者が入り込むのは野暮というものだ。


 この世界での()()()を知らない足取り、周りの人と見比べても明らかに挙動不審な動きで露店街をふらついて、通りの端まで来てしまった。視界に飛び込む看板の文字も読めず、飯を食うこともできない。


 ――……ん?


 引き返そうとした時、何か違和感を覚えて、路地の奥に続く闇に目を向ける。


「梯子がどうかしました?」


 ――いや、視線を感じた気がしたんだが、気のせいだったらしい。


 それはアーミラが言う通り、梯子だった。というより、梯子が建てつけられた深い穴。

 一見して井戸かと思っていたが、釣瓶ではなく梯子があることから、地下の空間を示唆している。


「……あれは、古い地下壕かもしれませんね」


 ――地下壕?


「そ。遥か昔はここが前線でしたから。最初の三女神が活躍した舞台。そして三女神が骨を埋めた場所が砦となって、建国します。

 ムーンケイは初代三女の国ですね」


 ――……ここが前線だったって、神殿からかなり近いんだな……


「喉元まで近付いていた魔の手を払う力……今でこそ内地は平和ですが、三女神の継承者が少しずつ前線を押し広げているのは事実です。

 神の力、その恩恵を手に入れた私たちは、少なくとも前線を拡大するのが最低目標。あわよくば禍人種の皆殺しを完遂する事が使命ですよ? 式典で聞いていませんか?」


 ――そうだったか……式典では何一つ会話を聞く余裕がなかったから、初耳だ。


 俺は来た道を引き返して、露店街を往復する。もちろん中にいるアーミラごと。


 正直、俺は異世界に来て右も左もわからないままだ。

 ただアーミラを放っておけないから付いてきた。成り行き任せの結果、ここにいる。


 しかし、なるほど。


 少しずつこの世界の背景がわかり始めて来たぞ。

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