戦うための術❖1
式典の最後、割れんばかりの拍手で見送られながら、勇み出征した三女神一行。しかし、神殿の門が閉じて、その姿も見えなくなるほど歩き続けると、威厳なんて欠片もない、だらけた足取りになる。
「…そもそも、どこに行くんだ?」ガントールは言う。
長女継承者として先頭に立って歩いているが、行く先も決めずに前進しているらしい。
――決まってなかったのかよ!?
「いやぁ、とりあえず歩き続ける雰囲気だったから……。
そもそも、式典で次の目的地を教えてくれるのかと思ってた」
ガントールは演技然とした態度で、手を上げて首を振る。困っているようだ。
「まぁ、わしらが向かうのは前線と決まっておるからな。
…道筋まで強制されては、わしらの士気が下がる」ガントールの後ろを歩くオロルは言う。
「確かにな。三女神の使命とは言われても、前線まで幌車で運ばれたりしたらやる気もでない。生贄扱いじゃないか」
「うむ。…じゃからこそ、祈祷を捧げた後の事は全てこちらに任せておるのじゃろう。
それに、いろいろと戦力に不安もあるしの」
オロルはそんな風に皮肉を言って、お前の事じゃと言わんばかりに後ろを向いた。アーミラはとてとてと歩き、俺の背中に隠れる。
――まぁまぁ。アーミラを虐めてやるなよ。
俺はオロルを宥める。アーミラが行った禁忌に対して、未だ怒りは収まっていないようだ。
「お主もじゃ。アキラよ」
――えぇ? 俺も?
「当然じゃろう。この世界の事を知らない上に、戦闘も素人じゃとガントールから聞いたぞ」オロルの金色の瞳が俺を射抜く。
――戦闘が素人って、否定はしないけど……
俺はガントールを見る。誤解されていると思っていたが、意外と正当な評価じゃないか。
「アキラ殿は確かに強い。しかしそれは、打たれ強いだけだ。アキラ殿は攻め手に欠けて、隙だらけだ」ガントールは俺の視線を受け止めて正直に答える。
神殿の闘技場では、確かに一方的だった。俺がこの世界に迷い込んだ背景を知って、評価を正したのだろう。
「…旅を共にする以上、足手纏いはいらんのじゃ」オロルは切り捨てるように言う。
この合法ロリ、なかなか手厳しい。
――……わーかったよ。アーミラチームは落第ですってよ。…頑張ろうぜ、アーミラ。
「…が、頑張り、ます……」アーミラは自信なさげな頷きを返して、静かに会話の中から離脱しようとする。
――また人嫌いか? もうちょっと打ち解けろよ。ガントールもオロルも、これから背中を預ける事になるんだろ?
「…うぅ、そうですけど、…二人とも、怖いんですが……」
――オロルは分かるが、ガントールは怖くないだろ?
俺の言葉が聞こえていたらしく、オロルはこちらを睨んだ。
「…だって、背が高くて、大きくて、強そうじゃないですか」アーミラは声を顰めて俺に耳打ちする。悪気はないのだろうけど、なんだが陰口みたいで気が進まない。
――背が高くて、強そう。頼りになるじゃないか。一緒に酒を飲んだ仲だろ?
「…それとこれとは別なんですけどぉ……」アーミラは俺からも距離を置いて、後ろを歩く。
うぅむ。困ったものだ。
俺は一度アーミラから離れて、ガントールとオロルに合流する。
――結局、どこに向かうんだ?
「…多分、このまま道を歩いた先にはムーンケイがある。そこに向かうよ」ガントールは答える。
――ムーンケイって何だ?
異世界から来て間も無い俺の質問には、オロルが答えてくれた。
「ムーンケイは国じゃ。神殿から山を下って地続きの内地。魔呪術の礎であり、長い歴史があると聞いておるが、わしも行くのは初めてじゃわい」
「あれ、初めてなんだ。何となく神殿に来る前に立ち寄ったと思ってた」と、ガントール。
「…わしも、そのつもりでいたんじゃが、山の中で迷ってしまっての……」オロルは珍しく顔を曇らせる。そういえば方向音痴だった事を俺は思い出す。
――とりあえず、ムーンケイって国を目指していくんだな。
「ああ」
「うむ」
二人は頷く。
行き先が決まったので、俺は改めてアーミラの元へ戻る。
大きな杖をついて、一人で歩いている姿は、泣き虫なアーミラとは思えないくらい、平然としている。
――アーミラは、何でそんなに一人でいたがるんだよ。
「…それは、……言えませんけど……」
――まぁ、いいけど。…これからムーンケイってとこに向かうんだとよ。
「…そうですか」
アーミラは素っ気ない態度で一言返事をして、また黙り込んでしまった。
――アーミラと出会ったあの場所は、何て名前の国なんだ?
「…え?」アーミラは少し驚いた顔で俺を見る。
――なんだ?
「…まだ、話しかけてくるとは思いませんでした。…あの国はナルトリポカです……
あの、一人にしてくれていいんですけど」
――アーミラは一人になりたい?
「…ちゃんと後ろについて歩きますので……」
そう言ってアーミラは俺の背中を押した。
そこまで言われたらしょうがない。アーミラの事が気がかりだが、今は前を歩くガントールとオロルに合流してムーンケイを目指す。
❖
神殿からまっすぐに石畳が敷かれている道は歴代の三女神継承者が必ず歩く道として、整備されている。
俺たち四人がムーンケイに向かうのは、あの門から出発した時点で、ほとんど確定していたのだ。
そうして陽が沈み始めた頃、入れ替わりで大きな月が目の前の都市のシルエットを浮かび上がらせる。
「もうすぐ着くね」ガントールは道の先を指差して言う。
――あぁ、あれがムーンケイ……
俺はその幻想的な光景にしばし目を奪われる。
異国の地。そこに宿る宗教の香りを漂わせる独特の建造物が聳える。
まるでバベルの塔。
螺旋を描く塔が一つ。捻じれながら空を目指す。その周りには少し低い塔が囲んでいる。
俺の記憶の中で、都市のビル街の景色が重なる。何の記憶だろう……。東京だろうか?
誰と見たんだ?………だめだ。思い出せない。
何か確信めいた記憶の断片。しかし頭をどれだけ働かせても、蜃気楼のように逃げてしまう。
……あぁ、思い出せない。
「…キラ、アキラ!」
オロルの声が耳元で炸裂する。
――うぉっ!?
「…なんじゃ、ボーっとしおって。景色に見惚れていたのか?」
いつの間にか俺の背中にはオロルがいた。神殿で披露した時間停止でも行ったのだろうか。
――……そうかも、綺麗な国だな。
俺は軽く飛んで、背中におぶったオロルを背負い直して歩き始める。日も暮れたので、この国で夜を過ごすことになりそうだ。
三女神とは、かつて禍人種との争いの中で、劣勢を極めた魔人種、獣人種、賢人種に与えられた神の力。
その肩書を示す事で、旅の宿や武具。その他の援助は可能な限り約束される。
ムーンケイに入国して、宿に到着すると、オロルの刻印を提示した。
「私とアーミラは刻印が体にあるから、助かるよ」ガントールは籐の椅子に座って一息ついた。一つ席を開けてアーミラも座っている。会話に発展しないように、口には出さないが、表情には疲労の色が見える。
「わしはアキラの背に乗れるから、道すがら休める。刻印の提示は今後もわしが受け持とう」オロルは俺の背中越しに言う。
――もう着いたんだから降りろよ。部屋に行くぞ。