出征の日❖4
アーミラは顔面蒼白ながら、カムロから紙を受け取り、震える指で紙面を見つめる。
演技を続けているが、俺を操り名前を読み上げる事は出来ない……詰みだ。
途方に暮れるその時……
カチッ……
と、何かが噛み合う音がして、俺はその音の原因を探すために辺りを見回す。
一見して、すぐには違和感の正体に気付けなかった。しかし、見つめる内に理解する。一秒、二秒と見つめる内に違和感は浮き彫りになる。
景色が止まった。
誰一人動かない。
「…驚いたか? アキラよ」
――オロル……!
下に視線を落とすと金色の瞳と目が合う。
止まった景色のなかで、いつの間にかオロルが俺の側にいた。
「三女神の三女、柱時計……その能力の一つじゃ。まぁ、わしが触れているもの以外は動かせん難儀な力じゃな」
――驚いた……そうだ! その力で協力して欲しいんだけど。
「もちろん。そのために時を止めた。既に一人目の名前は把握した。時が動き出した時、『オクタ』と言うのじゃ。良いか? オクタじゃ」
――わかった。
「では、わしはアーミラにも話してくる。またな」
カチッ……
そして、時間は動き出した。
まるで白昼夢。俺は、何事もなく動き出す景色の中でオロルを見る。時を止める前と変わらない。
次にアーミラを見る。……確かに目が合った!
俺は、一人目の名前を言う。
――……一人目は、オクタ。
俺の言葉に神族たちは騒めく。カムロは信じられないという表情でアーミラを見る。
『二人目はザルマカシムじゃ』
――ザルマカシム。
『最後はヤーハバルじゃ』
――ヤーハバル。
まるで天啓。
授けられた神の声をそのまま呟くような感覚。
オロルによって答えは簡単に手に入る。
――いかがでしょうか? カムロさん。
俺はカムロに向かって、まるでアーミラに操られたという口調で、締めくくる。
カムロもこれ以上は疑う余地もなく、険しい顔をして俺を見つめたが、すぐに笑顔を作った。
「ありがとうございました。三女神の次女アーミラ様。
皆様も今一度拍手をお願い致します!」
カムロがにこやかに拍手をする。神族の者たちもすっかりアーミラの高い魔術操作を信じ切って感嘆の声と拍手を惜しまない。
式典の最後、これから旅発つ三女神に向かって、祈祷と加護の詠唱が行われると、出征の時が迫る。
高く聳える神殿の周りを囲む防壁、そして巨大な門。その重厚な門扉がゆっくりと開かれると、三女神の継承者、長女ガントールを先頭に歩き出した。
拍手で送られる俺たちは、石畳の道を悠然とした態度で歩き、門をくぐる。
遠くなる拍手を背中に浴びながら、門が閉まるまでは誇り高い三女神の継承者として歩き続ける。
山を切り開いた石畳の道を下ること数分。門が閉じた音が神殿内外に響き渡る。
そこでやっと、緊張の糸が切れた。
「…はぁぁぁ……。緊張したな」ガントールは少しだけ首を回して、そう呟く。
「…死ぬかと、……思いましたぁ」アーミラは未だに顔面蒼白。声も震えている。
「…死ぬかもしれないのは、この先の旅からが本番しゃわい」オロルは手厳しい。しかし、その通りだ。
――いろいろ大変だったけど、旅は今始まったんだよな。
俺の言葉にみんなは頷く。
「…でもさ、アキラは門の外で待ち合わせればよかったんじゃない?」
ガントールはふと思いついたらしく、そんなことを言う。
「そうすればこんな面倒は起こらんかったかもしれんな」と、オロル。
「……あー」アーミラはそんな声を漏らして、俺を見る。「…そうすれば、面倒にはならなかったかもですけど、私は楽しかったですよ?」
――……アーミラァ……!
俺は沸々と湧き起こる怒りに身を任せてアーミラを睨む。天球儀の杖の中でもいい。回避する方法はいくらでもあったのだ。
「ひっ!? ごめんなさい!!」
アーミラはその視線に背中を強張らせて咄嗟に謝る。
そんな俺たちを見て呵々と笑うのはガントールとオロル。
いよいよ旅が始まる。
❖Ⅰ章 異世界召喚編 ―終―