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天球儀は測らない❖4


「……っ」


 絶句。という他ない。


 憐れに思うことが果たして正しい感情なのか、死んで行った者達に釣り合うものなのかわからないが、この世界は果てもなく虚しく、遣る瀬無い。


「……そもそも、人の存在理由とは何か。君はわかるかい」


「存在理由?」俺はうっかり応えてしまう。業腹な態度を崩すつもりは無かったが知らず知らずのうちに怒りは下火となっていた。


「この世界に、あるいは星に生きる価値について、考えたことはないかね」


 価値。俺はその意味を考えたことが過去幾度かあった。誰しもが自問自答するいくつかの悩みの一つとして、取り留めのない問答の一つとして。

 しかしながら、生きることに対する明確な価値についての答えを見つけ出したためしはない。俺はこれまでの話から返答を見繕うことにした。


 様々な物事の循環は植物や動物が行う。そして人間だけが文明を作るのはその発達した大脳の恩恵だ――と、あくまで俺は仮定している――。それが神によるものだとするならやはり……


「……神が精を集めるために、人を作ったんじゃないのか?」


 確信はないが、大外れとはならないだろう。

 俺の答えに対して神は頷いた。


「当たってはいるが、それだけではない。

 必要悪みたいなものだよ。我等が人間を生み出した理由は星の代謝を上げるため。文明や生き死にの循環を促進するために必要なのだ」


「……? どういうことだ?」俺は思ったままを口にする。どういうことだ。


「まず、星というのは我等――ここでいう『等』とは神と龍を指す――の肉体と言っても過言ではない。星無しでは我等は存在せず、我等無しでは星は存在しえない」


 神は小さな手で指折り数える。


「星は『肉』

 神は『魂』

 龍は『骨』」


「……とにかく、その三つがあって世界が成り立つってわけだろ? それが人の存在理由にどう繋がるんだ?」


 俺は先を促す。


「『肉』を構成するものはより小さなもの、つまり細胞だ。……この辺りの知識は君になら分かるだろう。君が元いた世界はとても高度な文明を築いていたようだからね」


「ああ、分かる」


 幾何学フラクタルで果てのない摂理の曼陀羅。星そのものが一つの生命であり、肉体を構成する細胞とはより小さな動植物だと言いたいらしい。この世界に迷い込んでから今日まで、所謂『科学』と呼ばれる事柄について話すことがなかったから妙な気分だ。


 神は話を先へと進める。


「星そのものには自浄作用というものが備わっているが、そもそも星の老廃物とは何か……それは文明の栄枯によって遺されるもののことだ」


「文明は老廃物として洗い清められる。……ということは、必ず滅びるようにできていると」


「そうだよ。君の世界でも第五の時代を『マヤ文明』と呼んだりしていたはずだ。時代が生まれてから老いて滅びるまでの流れそのものが星の代謝。必然の摂理なのだよ」


 随分と大きな話になってきた。いや、神を相手にしているのだから当然か。


 ともかく、人の存在理由とは星の循環を促進するためにある。土地を汚し、動植物を殺し、最後には自滅することで大きな代謝の流れが一巡りするらしい。


「だとしたら。

 文明の栄枯盛衰が神によって仕組まれた()()()()だとしたら、今度はお前に疑問が出てくるだろ。

 だって、人間に文明を作らせた段階で分かるもんじゃないか? 『人間は神の頂を目指すようになる』って」


 俺は目敏く指摘する。


 理の龍が殺されたそもそもの原因は、文明が栄えるように仕向けた神自身の過失ではないか。

 人を愚かな生物として創造し、しっぺ返しをくらっただけではないか。


「そこを責められては痛いが、この世界は我も含めてまだまだ幼いのだ」


 残酷な世界を創造しておきながら、幼いという言葉で片付けるとは、俺は冷たくなじる。


「なら龍を失ったのは大きな痛手だな」


摂理システムの試作段階で致命的な損害を受けたと言えよう。……たとえ全知全能の神に見えたとしても我の現状は機能不全さ、そんな目で見ないでくれたまえ」


 神に指摘されて俺は目を逸らす。心境としては失望に近い念が満たしていた。


「我が生み出したのは獣人、魔人、賢人、翼人の四種属。それぞれに我が力と類似するアレスを与えた」


「獣人なら体術、魔人なら魔術、賢人なら呪術……翼人はなんだ?」


術。宗教は文明を築く上でとても重要だからね」


 なるほど巫術か。俺は神の言葉に納得する。

 その力を持っていたからこそ翼人種は人々を唆し、塔を作り、神の頂を目指したというものだ。


「でも、ちょっと待て。

 ……禍人種はお前が作り出したものじゃないのか?」


「龍人種ね。その名前の通り創造主は理の龍が創造した……わけではなく、理の龍が死んで以降副次的に生まれたものだよ。

 彼等は有史以前、塔を破壊されてからもその地に残り続けた四種属の生き残りだ」


「『残り続けた』?」俺は言葉を繰り返す。


 ヴィオーシュヌとオルトに語り継がれる神話と食い違っている。


「神話の舞台は神殿ではなく龍人領の塔なのはわかっているだろう。つまりヴィオーシュヌ教の方が史実と異なっているのさ。

 あの時龍を失った世界で、我は怒りに任せ塔を沈めた。それが今の『深き塔』だ」


「深き塔……」あの建造物はそんな名前が付けられていたのか。


「山脈へ逃げて神殿を築いたのが翼人種と大半の三種属。

 一方で、塔に留まった少数の種族はそこで民族の垣根を超えて血を混ぜた。代替わりの度に身体的な形態異常を繰り返し、オルト信仰の勃興と共に龍人種が生まれたのだ」


「だから龍人は三種属よりも優れているのか」


 俺は一人頷く。

 龍人についてはずっと疑問だったのだ。『禍人』と呼ばれながら獣人よりも体術に優れ、魔人賢人に魔呪術で引けを取らないその能力の高さ。それは血を混ぜたからこその顕性遺伝なのか。


 そして、ヴィオーシュヌ教が血を混ぜたがらない理由も理解できる。混血を許せばいつか答えに辿り着いてしまう……翼人はそれを避けるために神話を書き換えたのか。


「……そんな龍人が唯一劣っている才覚があった。翼人が持つ巫術の才能さ。

 この宗教戦争が長く拮抗していたのはその統率力が原因にあるだろうね」


「他人事みたいだな」


「先に話した通り我は我で、殺し合ってしまうのを願っていたからね。

 龍を殺されて許せなかったのがまず一つ。早く文明を崩壊させて一からやり直したい思いが一つ」


「翼人種のみを摘み取るわけにはいかないものなのか?」


 俺は純粋な疑問から問い質す。有史以前に起きた出来事は理解したが、ならば人々を唆した翼人種のみを罰することはできないのか。

 なぜ全ての人々がこれほどまでに苦しまなければならないのか。


「その質問は意味がないね。我が直々に手を下すことは容易いが、命を摘み取って仕舞えば人々は我への信仰を失う。そうなって

は我は精を得られず立ち行かなくなってしまうのだ」


 神が人を殺せば、その分だけ精を集めることが困難となる。ましてその光景を誰かに見られた場合、目撃した人からの信仰も絶たれて不利益が生じるというわけか。


「翼人は常に近衛と神殿に籠っているから、誰にも見られることなく摘み取ることは難しいだろうな」


「翼人ばかりを恨んでいるわけでもないからね。他の種属も皆、我がつがいに手を掛けた罪がある」言葉尻は憎々しげに震えている。


「……龍のことを特別に想っていたのか」


「当然さ」神は言う。「我は彼を愛している」


 あまりにも当然のように言うものだから、俺は面食らってしまった。

 薄々気づいてはいたが、神が愛という言葉を用いるのは少し意外だ。


 『愛している』と口にしたその一瞬、目の前の幼女が内包する神聖さを垣間見た気がする。


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