出征の日❖3
神殿。
山の頂に聳える神族の国。
そこで三女神の継承者に祈祷を捧げる式典が行われる。
石畳の敷かれた広々とした空間に、汚れひとつない真白な正装を纏った神人種が列を成していた。
神人種とは種族の名前ではない。
この世界に生きる魔人種・獣人種・賢人種の三種族の中から才能の秀でた物が選ばれ神殿で働いている。所謂宮仕えの役職名だ。
そして、彼らの前にある壇の上。神人種の二百を超える視線を一身に浴びてその時を待っている。
左からガントール、アーミラ、オロル。そして俺という並びだ。
密やかに会話をしている彼らの話題は、三女神ではないのに壇上に存在する板金鎧の異質さについて、各々好き好きに憶測を語り合っている。
――目眩がするようだ…。なんで俺はここにいるんだろう。
俺は呟く。オロルは白く輝く列を眩しそうに見据えながら、呟き返す。
「運命とは時に抗えないものじゃ。己を呪って楽になれ」
――言ってることが難しくてよくわかんね。
「……まぁ良い。そろそろ始まるようじゃ」オロルは会場に遅れて現れた人影を見つけてそう言うと、それきり黙ってしまった。
遅れて現れた人物は五人。一人は先導役の神人種だろう。
その後ろを歩く四人こそが神殿の御偉方。神人種の列の前を悠然と歩く。身に纏う絹の羽衣は上質な縫製で、裾は石畳の上に広がって尾を引いている。
艶のある革張りの椅子に大義そうに腰掛けた。
髭を蓄え威厳の溢れる顔立ちの男が、この世界での王。そして王女、王子を挟み、王妃の四人。
会場に漏れ聞こえてきた会話はとうに消え、厳かな沈黙に包まれる。
そこに、硬質な足音が響く。カムロが壇上に上がる音だ。
カムロは会場を見渡すと、堂々とした態度で、式典の開会を告げる。
「大変長らくお待たせいたしました。
これより、第五代目三女神継承者式典の開会となります。
開会に先立ちまして、神族王ラヴェル・ゼレ・リーリウス様より、開会挨拶がございます。
神族王リーリウス様、宜しくお願い致します」
カムロは朗々と式典の司会を務める。夜明け前のことなんて幻だったかのように瑞々しい肌。顔には凛々しくもにこやかな笑みを浮かべている。
そして、神族王リーリウスと呼ばれた者は椅子から悠然と立ち上がる。知識を宿す双眸が神殿を見渡して、一つ大きく息を吸い込むと時間をかけて吐き出す。物怖じのないその姿は神聖さに溢れ、その威光は世に君臨する王に間違いない。
王は壇上には上がらず、その場で開会挨拶を始めた。その声は老齢ながらも含蓄のある響きだった。
「……約二百年もの間、禍人種との争いは苦戦を強いられた。
前線の国ラーンマク、デレシス、アルクトィスを始め、三代目国家の内地でも戦火は飛び、全国で争いは激化の一途を辿っている。数え切れぬ犠牲の中で、ついに……第五代目の三女神継承者が現れた。私はそれを喜ばしく思う……」
神族王リーリウスは、痛切な思いとともにこの国について語り、「……ただいまより、式典を挙行する」と挨拶を締めくくる。手短ながら、この国全体を憂う王としての人格が感じられた。
何よりも、会場全体の雰囲気に呑まれて、俺は足が竦む思いだった。
その後はカムロの司会によって順調に式典が行われ、俺の審問が刻一刻と迫る。
❖
まるで壇上に飾られている置物のように、俺は立ち続けていた。
三女神継承者が一人ずつ己の名を名乗り、出征に向けての決意を語る姿を、他人事のように眺める。
俺自身はアーミラの戦闘魔導具という立場なので名乗る事はない。人嫌いのアーミラが辿々《たどたど》しく、苦労して俺の事を紹介すると、目の前に列を成す神族の者達はそれなりに納得した。が、依然不信感が拭えずに見つめている者もいる。
『あの戦闘魔導具、人にしか見えないぞ』と、列の中のざわめきから言葉が聞き取れる。
カムロはまた壇上に上がる。
「皆様の中でも、不信感を抱く方がいらっしゃるかと思います。
私共の方でも、この、あまりに人に近い戦闘魔導具の存在を疑わしく思い、この場で審問を行うことになっております。
神聖な式典の場をお借りしてしまい、大変恐縮ですが、どうかよろしくお願いします」
始まった。
壇上にいる異質な存在を明らかにするということで、神族の視線は俺に集まる。
カムロは真剣な表情で俺を見つめて、次いでアーミラに視線を移し、審問を始めた。
「アーミラ様。この戦闘魔導具はアーミラ様が作成したと仰られましたが、この精巧な挙動。…どの様な術を用いて作られたのですか?」カムロは会場の意思を代弁して、質疑を行う。
「…それは、…戦闘魔導具自身が、自我を持っているわけではないのです……」アーミラは消え入りそうな声で答える。
会場の後ろの方には聞こえていないだろうが、神聖な式典の一幕。野次を飛ばすような者はいない。
カムロは聞こえなかった者のために、アーミラの言葉を繰り返す。
「『戦闘魔導具自身が自我を持っているわけではない』……という事は、アーミラ様が術で操作をしているのですか?」
「…はい」アーミラは頷く。「…き、基盤として私の意識を複製したものを、…よ、鎧に宿して、さらに、複雑な…挙動を必要とする際は、…私が操ります」
傾聴している神族は、おぉ…。と声を上げた。
「高度な魔術操作と、自我の複製によって、戦闘魔導具が制作された。という訳ですね。
……一体、なぜ戦闘魔導具を作られたのですか?」カムロは未だ引き下がらない。
しかし、この問いも、オロルによって想定されている。アーミラはオロルに教えられた通りに答える。
「…私が、人と会話する事を嫌うためです。…他者とのやり取りは、基本的に戦闘魔導具に任せています」
『全てを嘘で固める必要はない。』
式典が行われる前に、オロルはそう言った。『禁忌以外の経緯は全て真実を伝えろ』と。
例えば、板金鎧の調達は驚異の部屋を用いたと伝える。もちろん驚異の部屋の存在は知られてしまうが、大した問題ではない。
とにかく、禁忌のみを隠す。
制作の経緯も真実だ。実際、アーミラの代わりに他者とのやり取りを行ったのは俺である。
真実に混ぜ込むことで信憑性は高まる……というのがオロルの作戦だった。
「…分かりました」カムロは頷いて、神族の方へ振り返る。「皆様もご納得頂けましたでしょうか? 経歴不明な板金鎧。その正体は勇名の者に擬装された戦闘魔導具で間違い無いようです」と結論付ける。
壇上の俺を見つめていた神族も納得した様子で、表情は柔らいだ。
どうやら乗り切ったらしい。俺は静かに緊張を解す。
「…流石は三女神継承者といったところです。…では、審問の最後に、その高度な魔術を是非披露して頂きましょう」と、カムロは唐突にそう言った。
何をするつもりか、カムロは壇上から降りて、手に持っていた紙と鵞ペンを神族の列前面に渡した。
そうして、右端の者から一人ずつ、紙に何かを書き記して、左の者に回していく。
一人、二人、三人。三人がカムロの指示に従って、何かを書き記された。それを回収して、再び壇上に上がるカムロ。そして説明を始めた。
「ここに、三名の方の名前を書いてもらいました。これを、アーミラ様にお渡しします。
アーミラ様は、その紙に書かれた名前を戦闘魔導具から声に出してお答え下さい」
「……!?」
――!?
俺とアーミラは蒼ざめる。
そんな芸当、できる訳が無い。
いや、だからこそ、これで確かめるのだ。……カムロめ、賢い策を練ったものだ。
畜生……!