出征の日❖2
このまま朝を待つわけにはいかない。
審問がなんであれ、まずはアーミラと口裏を合わせる必要がある。
事態は予想以上に厄介だ。
俺は驚異の部屋に入り、アーミラを起こす。
――起きろ! アーミラ!
この状況を作り出した当事者だというのに、呑気に眠っている。……心苦しいが、事情が変わってしまったのだから、無理矢理にでも起こすしかない。
「…ぅ、アキラさん? まだ眠いんですけど……」
――そうは言ってられねぇんだって、このままじゃ俺の正体バレちゃうんだって!
「…んぅー……。正体…?」
――お前が禁忌に手を出した事が、神殿でバレるかもしれないから、起きろ!
ここでやっとアーミラが事態を察する。見る見るうちに目を覚まして、ベッドから起き上がる。
「…ま、まずいじゃないですか!? 何があったんですか!??」
アーミラは俺の体を揺さぶり返すが、四肢が揃った板金鎧はびくともしない。
――だから、お前が寝てる間に色々あったんだってば!
「しょんな!? 寝る前まではなんの問題もなかったんですけど??」
――いや、気付かなかっただけで、色々見通しが甘かったんだよ!
「やだやだやだ!! 禁忌がバレたら重罪なんですけど…。アキラさんなんとかして欲しいんですけど!!」
――あーもー! 俺の方がパニックだよ!!
話にならねー!
ガントールやオロルと出会って理解した!
アーミラはこういう時、ポンコツ過ぎる!!
「…わしの出番じゃな……」
――!?
アーミラと言い争いをしているその時、驚異の部屋に現れたその声に、俺は振り向く。
――オロル!
合法ロリの賢人種、見た目に反して相当な切れ者。オロルが来てくれた。
「夜明け前には動きがあるだろうと思っておったわ。……アーミラとやら、お主が禁忌に手を出した張の本人と見た。…しかし、面白いことを企てる高尚な魔術士かと思えば、ただの世間知らずの生娘ではないか」オロルは少しつまらなそうに目を伏せて息を吐く。そして静かに視線で射抜いて、「わしに全てを話せ」と、アーミラに言う。
『アキラはガントールを呼べ』とオロルに指示されて、長女の間に向かう。
部屋に残されたアーミラは、今頃オロルに尋問されるように、これまでの事を洗いざらい吐かされているだろう。
❖
長女の間。俺は扉を軽く叩いてガントールを呼ぶ。
――起きているか、ガントール。
「む、その声は、アキラ殿か」
眠っているだろうと思っていたが、すぐに返事が返ってきた。
――オロルが呼んでいるから、起こしにきた。来れるか?
「寝巻きで構わないなら、直ぐに行けるぞ」
ガチリ。
扉の錠が解かれて、中からガントールが出てきた。丈の長い寝巻きを一枚身に纏っただけの姿だ。
――話をするだけだ。た、多分大丈夫だろう。
背の高いガントールの、溢れんばかりの胸が視界に迫り、狼狽する。
――兎に角、来てくれ。
逃げるように踵を返し、歩き出そうとしたその時、俺の前に立つ者がいる。
「おはようございます。アキラ・アマトラ様。
……昨晩はよく眠れましたか?」
宿の者だ。カムロではない。
しかし、その言葉は皮肉のような語感が含まれている。神殿の者は全て、俺の動きを窺っているのだろう。
――あぁ、よく眠れたよ。
俺はそれだけ言うと一礼して、ガントールとともに次女の間に向かう。
❖
次女の間。そしてそこにある杖の中……。
驚異の部屋に入ると、アーミラは泣きながら説教を受けていた。
「お主は師から何を受け継いできたのじゃ!」
オロルの怒声が驚異の部屋に響き、緊張が走る。
「禁忌とは己の命よりも重い不可侵領域の術。事もあろうに、己の為に働く戦闘魔導具を作り出すためだけに、いたずらに命の生成を試みたじゃと? ……そのような真似をするなど言語道断じゃ!
お前は魔術を扱うに値せぬ!」
禁忌を破ることを、『面白そうな企て』と揶揄していたオロルだが、何やら真剣に怒っているようだ。
「行ったほうが……、いい? もう少し待つ?」隣でガントールが俺に聞いてきた。
「アキラ、戻ってきたのじゃろう? 入ってきて良いぞ」オロルが二階から呼ぶ。
――……気付いてたみたいだな。
俺はガントールに向かって首を振ると、大人しく二階へ上がる。
「オロル、大分怒ってたね?」と、ガントール。
「賢い犬が吠えるのと、躾のなっておらん犬が吠えるのでは、その意味合いは変わる。
同じ様に、賢い魔術士が禁忌に挑むのと、愚者が禁忌に触れるのでは、天と地程の結果を招くじゃろうよ」オロルは未だ腸が煮えくり返るような怒りを抑えて、床に胡座をかいて座る。「アキラもなぜ怒らん。今までの世界から、こんな面倒事に巻き込まれておるのに…意味がわからんぞ」
――俺なりに怒ったよ。…何より、記憶がないんだ。
「……ふん。…アーミラよ、己の為に手を出した禁忌によって、ここに記憶も肉体も失った者がおるのだぞ。
それを努努忘れてはならぬ」
オロルの説教は、確かに正しいと思う。アーミラのためにも、俺はあえて慰めない。
「…ぅ、ぐ…っ。ぐずっ。…あ、アキラざん…っ。本当に、申し訳、あり…。ありませんでした……っぐす…」
ベッドの上でアーミラは泣き崩れる。滂沱の涙を流して、己の犯した罪を自覚しているのだとわかる。
――オロル。ありがとう。…多分、アーミラはまだまだ叱ってくれる存在が必要なんだな。
「…ふん。三女神の魔女と呪術士、道を正さねばならぬのは道理じゃ」
オロルは腕を組んで視線を逸らす。照れているのか、少し耳が赤い。
――アーミラ。俺の事は仕方がない。アーミラは人に頼ることが出来ず、それでも戦わなきゃいけない使命がある。……俺は許すよ。
「…う、うわぁぁん」
アーミラは俺に縋り付いて泣いた。
ガントールとオロルは、泣き止むまで待っていてくれた。
❖
数分して、アーミラは泣き止んだ。嗚咽を抑えて肺が引きつっているが、堪えている。
そうだ、今は泣いている時じゃない。
これから、審問をやり過ごすための対策を講じる。主にオロルが。
「おほん。…して、アキラよ、神殿の者からどのような動きがあった?」オロルはこの場の空気に咳払いを一つして、仕切り直す。
――ほんの一時間程前だな。カムロが現れて、俺に呪術を試した。
「わしと同じやり方じゃな」とオロルは呟く。
「カムロって、宿まで案内してくれた人だったよね」とガントールの言葉に俺は頷く。
「お主はそこで、わしが伝えた通りに名乗ったか?」
――あぁ。『勇名の者に擬装した戦闘魔導具』と名乗ったよ。そうしたらカムロはこの場を引いた。
俺はオロルの質問に答えると、安堵するようにオロルは頷いた。カムロがその場を大人しく引いたということは、正体を隠すには確かな効果があったのだ。
もちろん、ここから先もそう名乗り続ける必要が出てくる。
「では、式典で行われる審問を切り抜けるための計画を立てる」
オロルは厳かな声でそう告げると、俺たちを見つめた。