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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅰ章 異世界召喚編
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板金鎧に宿るもの❖1


  獣人は幼き頃から狂った炎と共に生きていた。

  与えられた一振りの剣は己を昂ぶらせ、

  時に理性を剥奪させる。

  断罪の衝動と共にあるが故に、

  彼女は剣を彷徨わせることはなかった。


 ――ここはどこだ?


 全く見覚えのない室内で目を覚ます。

 俺は今、壁にもたれて座っているようだ。

 いつからか、眠っていたらしい。


 しかし、この部屋はどこだろう?

 天井が低く、四方の壁棚や机の上には大小様々な物が所狭しと並べられて、一見して古物店の様相。建物自体もこじんまりとして圧迫感がある。

 目の前に置かれているベッド。めくり上げられたまま丸まっている毛布は、人が使用した形跡を残している。


 とすると、俺はここで一晩を過ごした?

 それにしては、室内は薄暗い。

 一見しただけでは用途の見当がつかない様々な物が並べられている壁棚には、肝心の時計は見付けられない。


 今何時で、ここはどこだろう?

 ……わからない。どれだけ頭を働かせようと、以前の記憶は抜け落ちている。

 とにかく、こうしては居られない。手掛かりを探すために、立ち上がろうとした。が、体はピクリとも動かない。


 手足の感覚がない……?

 俺は驚いて、視線を動かした。なんだこれは!?


 ……金属の、箱。


 どうやら、俺は金属の箱の中に収められているらしい。複雑な形状の分厚い黒鉄の板。それらによって構成される箱。まるでさなぎみたいだ。

 首は回るが、視界は黒縁に囲われている。頭全体も仮面に覆われていることに今更気付いた。そして一つの答えが閃く。


 ……これ、鎧なのか?


 そう思いついて得心に至る。

 胸の張り出した黒い金属板の曲面とそこに反射する鈍い光沢。意匠は西洋のものに近い板金鎧だ。しかし何故鎧の中にいるのか、未だ以前の記憶はない。


 思い出せるのは名前と年齢、そして大学に通っていたことだけ。


 平凡な毎日を暮らしていたはずなのだが、家族も、友人も、思い出と言える出来事も思い出せない。


 助けを求めて声を出す。


 ――おーい。おーい! 誰か、居ないのかー!


 声が鎧の中にこもって反響している。さらに言えば、自分の声ではなさそうだ。

 なんと言えばいいのか、金属的な声としか形容できない。


 ――なんだよ、この声…!


 俺はいよいよ恐ろしくなって、叫ぶように人を呼ぶ。


 ――おぉーい! 誰かぁー! すみませーん!!


 自分の声が部屋の中で残響し、やがて静寂に包まれた。

 もしかして耳もおかしくなったのか?……そう思い始めた時、床が軋む音が聞こえた。誰かの足音だ。


「…うぅ、もしかして呼んでる…?」


 部屋の扉を開けて、怯えるように廊下から覗く人影。

 声からして女性のようだが、鎧越しの視界、さらに古物店のような部屋の中では物に阻まれて姿がよく見えない。おそらくこの部屋の住人のはずだ。


 ――あぁ、呼んだ。体が動かなくて……。


「…成功…してるんですけど? …すごい! …すごい!! ついに禁忌を成し遂げました……!」


 声の主は俺を見て驚き、次に喜びを露わに軽々と俺の身体を持ち上げる。


 ――おわっ!? 待て! 落ち着け! まず状況を教えてくれ!!


 ガシャンガシャンとなす術もなく視界を揺らされる。何もわからないまま進む展開を説明できるのは、この女しかいないのだ。


「いや、まさか成功するとは思わなかったんですけど。…とりあえず、初めまして。私はアーミラ。

 アーミラ・ラルトカンテ・アウロラです」


 ――……はぁ?


 あーみら、らるとか…何とか?と、言ったか……?


「『はぁ?』って何ですか。主人の名前を覚えて下さい。

 私の名前はアーミラ・ラルトカンテ・アウロラです。」


 アーミラ、という少女は再び名乗る。『主人の名前だから覚えろ』なんて、信じられない冗談だ。


 ――待ってくれ、一から説明してくれ。


「うぅん、面倒くさいんですけど、……最初はそんなもんなんですかね……」アーミラは頭を掻きながら呟いて、やがてため息を吐いて続けた。「はぁ……分かりました。何から聞きたいんですか?」


 そういうとアーミラは机の上の水晶や鉱石を腕で押し退けて俺を乗せ、そして自身はベッドに浅く腰掛ける。


 いや、待てよ。


 机の上に乗せられた……?

 俺の体が、上半身しかない!?

 黒い鎧に覆われた体は胸の辺りから綺麗に消えている。両の腕も肩から下が無いではないか。


 ――俺の、俺の体はどうなってるんだ!?


 俺は動揺して叫ぶように訊ねた。アーミラはさして問題にしていないようで、平然と答える。


「分解しましたよ」


 ――分解!?


「そ、分解です。持ち運びづらいですし、魂の生成をするには必要なパーツだけ使えばいいと思って」


 ――魂の、生成……? なに、魔法みたいな事を……。


 この女、頭がおかしい。


 ふざけた名前を名乗るし、耳は整形だろうか、尖っている。碧眼の双眸だってカラーコンタクトだろう。部屋だってそうだ。コレクションか何だか知らないが、鉱石や古書ばかり、相当な物だ。


 ――とにかく、この手品みたいな遊びに付き合ってられねーよ! 体を元に戻してくれ!!


「…うぅ、うるさいです。……なんなんですか、生まれたばかりなのに、人みたいな事を言うんですけど……

 こんなに生意気な魂なんて、想定外なんですけど……」


 女は俺の怒声を煩しそうに目を細め、一人でぶつぶつと呟いている。


 そもそも話が噛み合っていない。


 ――さっきからなに言ってるんだよ? 生まれたばかりって、俺はもう十九歳だ。


「……えっ?」


 女が急に黙り込む。


 ――何だよ?


「いや、と、年上なんですけど? なんで?? あれ? 生成したばかりなのに、え???」


 女は俺の言葉に青くなり、今度は動揺し始めた。自力では動けないこの状況では、少し身の危険を感じる。


「貴方、な、名前とか? …あったり、します……?」


 女は青ざめた表情で質問する。鬼気迫るものを感じて、俺は躊躇いがちに名乗る。


 ――井上、あきら……だけど。


「うぅうぅうぅ……」女は唸りながらベッドから転がり落ちて、床を這いずると、ぶつぶつと呟く。

「失敗した? 失敗、失敗したの? 私が、失敗したぁ………」


 ――アーミラ、さん……?


「どーしよ!? 失敗してるんですけど!!? これ、生成された魂じゃないんですけど!??」


 再び俺の身体を持ち上げてガシャンガシャンと揺さぶる。イカれた女が錯乱してしまった!


 ――うおおおぉぉぉ落ち着け!? 俺にもわかるようにとにかく説明してくれよ!!


「うぅ、どうしよ。明日出発なのに大変なことになったんですけど……」


 ――出発? 


「方法も、材料もあったから、上手くいくと思ってたのに……」


 ――なぁ、俺……。


「せめて戻し方がわかればいいのに、全くわかんないんですけど……」


 ――なぁって!!


「ひゃいっ?!」


 俺は叫ぶ。

 見た目は整っているが、この女の行動は俺からしてみれば異常だ。これ以上付き合ってはいられない。

 記憶も無ければ手足も無い。俺は憤りを抑えられない。


 ――俺の身体を元に戻してくれないか? 一刻も早く。


「それって、もしかして…あぅ、…元の肉体ってコト?」


 アーミラは毛布を胸に抱き寄せて、ひどく怯えた様子で確認する。俺は頷く。


 ――そうだ。


「…それが、…で、できない、んですけど……」


 涙声で女は言う。

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