六妖目【生意気天狗空を飛べ!】
楠木恋です。前回の話は……なんだろう。なんていうのかなぁ……とりあえずあれですね。これからも応援してくだされば嬉しいです
コンコン。リズムカルに扉をノックするのは、学ラン少女の楠木恋。そして、名探偵みたいな格好をした神仙翔子と髪をかんざしのようなものでまとめている野宮宇治の3人であった。
しばらく時間が経った後、扉の向こうから足音が聞こえてきて、ゆっくりと開く。そして、恋達の顔を見てニコリと笑う少女が立っていた。彼女の名前は安倍葵。しかし、いつものような青いシャツを着ていなかった。
「安倍さん……?その服は……」
「あぁ、これですか?今から山を登りますからね」
そういう彼女がきているのは、青一色のジャージであった。胸にいてあるのはどこかで見たことあるスポーツブランドのマークが光っていた。
「山、ですか……」
「ええ。貴方達は依頼……ではなくて、遊びに来てくれて申し訳ないですが……」
葵が申し訳なさそうにぺこりと頭をさげる。その時、そわそわしている翔子に気づいてどうしたのか聞いた。
翔子はひょこりと恋の肩越しに陰陽屋の中を覗き見た。しばらくそこを見た後、顔を赤らめながら、葵に質問を投げる。
「えっと酒呑童子しゃ、さんはいないんですか……?」
「酒呑さんですか?彼は先に山にいってますよ。あそこの大天狗さんと酒呑さんはよく一緒にお酒飲んでますからね」
葵がそういうと翔子はガシッと葵の手を掴んで、キラキラした目を彼女に向ける。葵はドギマギしながらなんですかと声を出した。
「わ、私も連れてってください!」
「えっ、でも結構遠いですよ……?」
「大丈夫です!筋肉のためなら山の一つや二つ!!」
翔子が鼻息を荒くしているのを葵はははと笑いながら見ていた。それに対して宇治が耳に口を近づけてきて、そっと耳打ちする。
「ああなったら翔子は手遅れ。諦めて。後ついでに私たちも同行する」
「えっ、あ、はい。私も翔子さんと一緒についていきたいです」
「うっ……まぁ、今回童さんはこれないから寂しかったし……」
ぼそぼそと葵が何か言ってるがやがてわかりましたと呟いた。それを聞くと翔子は片手で大きくガッツポーズをとった。
葵は部屋の中にいるであろう座敷童子に今まとまった内容を簡単に説明した後、出発していく。座敷童子は欠伸を噛み殺しながら手を振って見送った。
四人の姿が見えなくなると座敷童子は大きく伸びをして部屋に入り、扉を閉めたのであった。
◇◇◇◇◇
そのあとは葵の案内に従い野を超え山越え海越えて……とまでは言わないが、それでも1、2時間かけて目的の場所にたどり着いた。
ジャージを着ている葵に合わせて、他の3人も動きやすい格好に着替えていたため、山登りじたいはなんとかなりそうだが、問題は思ったよりも長そうな山道。
動ける格好でも肝心の人間の体力がなければ登ることはできない。そしてその肝心の体力がないのは、恋と宇治であった。
葵と翔子は意気揚々と山を登るが愛と宇治はしばらく登るのを躊躇していた。が、意を決して山を登る
ザッザッと土を踏みながら歩く山道。普段整備された道を歩いていたのでこういう道は体に疲れが出る。山の空気は美味しいらしいが、それを吸う余裕は全くと言っていいほどなかった。
「皆さん大丈夫ですかー?」
「ゼェ……ゼェ……なんとか……」
恋はそういうが滴る汗が身体中を気持ち悪く染めていき、全然大丈夫じゃないことは、はたから見ても充分伺えた。が、ここで強がるのは迷惑をかけたくないからか。
休憩しようかと葵は提案するが、恋は首を横に振って拒否の意思を表した。葵たちはそんな恋の意思を尊重して、後ろからこっそり背中を押しながら進んでいく。
ザワザワと聞こえる木々の声はまるで不思議な自然の演奏会。これが聞こえればなんとなく頑張れる気がするのは、不思議ではないはず。
そのときふと、恋は草むらの先で動いてる人影を見た。こんなところに子供がいることを少しおかしく思い、後ろから押していた翔子に一言断りを入れて、その影を追いかける
「ーーーっ!?!?」
草むらに足を踏み入れた瞬間、恋の世界がグルンと回った。恋が叫び声を上げて思わずズボンを抑える。天と地がひっくり返り、足には何かロープのようなものが巻きついていた。
すると遠くの方でバカにするような子供の笑い声と、その子どものであろう足音が聞こえてきた。恋は葵達になんとか降ろしてもらいながら、その声がした方を見る。
そのときふと、目に入るのがあった。恋はそれをゆっくりと拾い上げる。紅葉の葉っぱであった
「この時期に紅葉……?変なの……」
と言いながらも、折角だしとその紅葉をこっそりポケットの中に入れた。葵が心配そうに声をかけてきたため、恋ははーいと声を返して息を整えつつ、葵達の方に足を向けた。
◇◇◇◇◇
「というわけで。葵たちは今山の頂上にまできていた。道中それはもう饒舌に尽くしがたいことが多々あり、彼女たちは人間的に一回り成長しただろう」
「ちょっと、野宮さん?なんでナレーター口調で喋ってるんですか?」
恋がツッコミを入れると宇治はどこか真上の方を指差したが、恋には意味がわからないというように、その指差した方を見上げた。
葵は頂上にある石の前で何かしていたため、翔子は何をしたのか尋ねた。葵はちらりと翔子の方を向いてゆっくりと立ち上がる。
「天狗さんたちが住んでる場所に入るための準備です。天狗さんがたが住んでるところは普通には入れない。しかし逆に言えば、入ってしまえばこちらのものです。誰も文句言いません」
そう言い葵はウエストポーチから札を取り出して岩の前にかざす。そして、ブツブツと何か言葉を唱え始める。
すると札が少し光り始めて、それに共鳴するかのように岩がグラグラ揺れ始める。それが最高潮に達したとき、葵は岩に向かって札を投げるとピカリと光り、岩がグランと後ろに倒れてその岩の下に何か階段のようなものが現れた。
葵はそれを満足げに見て、恋達を手招きしながら階段を下り始める。3人は顔を見合わせて、ゆっくりと葵の後を追って行った。
しばらく進んだだろうか。目の前に何か光りが見え始めて思わず目をつむるやがてその光りが収まったと思い目を開けるとそこに広がっていた景色は大きく変わっていた。
「ここが……?」
「ええ。私が言うのも変ですが……ようこそここが天狗の森です」
葵がそう言ってにこりと笑う。恋達の目の前に広がっているのは先程の森のよりも幻想的で、神秘的な世界だった。
ふと上を見上げると草の音と何か羽の音が聞こえた。その音の元は羽を生やした人間……いや、天狗だろうか。そんな不思議な光景に恋は視線を奪われていた。
そんな四人の前に一人の天狗が降り立った。整った顔の男性であり、服は和服であり下駄を履いていた。
「葵さんですね。お待ちしておりましたよ大天狗様と酒呑童子様がお呼び……というかお飲みになっております」
「ありがとうございます……えっと……彦山豊前坊さん」
「彦山でいいですよ……おや、そちらにいる方々は?」
彦山と名乗る天狗が恋達を見て誰かと尋ねる。3人は簡単に自己紹介を済ませ、彦山の案内で天狗の森を歩き始める。
やがてたどり着いた先には大きな屋敷があり、中から聞こえるのは大きな笑い声や騒ぎ声であった。
「酒呑さんたち……結構騒いでますね」
「ははは……ええ。下天狗や烏天狗の若い衆達に全力で酒と肴とかを用意してますが……追いつかない……ははは……なんでこんなに疲れないけないんだ……おいも酒のみたか……あ、ははは。さて、早速案内しましょう」
そう言いながら彦山は四人を屋敷に案内する。中に足を踏み入れた瞬間、喧騒が大きく聞こえてきて思わず耳を抑える。彦山は奥の襖を開けて四人を案内する。
「おお!!遅かったな葵!!俺たちはもう出来上がってるぜ!!はっはっは!!」
「おお?酒呑童子殿。もう出来上がってるのか?ワシはまだ全然じゃ!もっと酒持って来んかーい!」
「おぉ!そうだな大天狗の旦那!!飲まなきゃ損ってな!」
そう言い騒いでるのは酒呑童子と、彦山の服よりか黒い和服を着ている少し老け込んでいる男性。が、羽根が見えてるため彼が噂の大天狗だろうか。とにかく二人は仲良く笑っていた。
鬼と天狗。二人がどうやって知り合い、どうしてこんなにお酒を飲む関係になったか恋は少し気になった。
彦山は呆れ顔になりながらも葵達を誘導する。大天狗はちらりと恋たちの方を見たが、あまり関心がないのかすぐに葵の方に視線を向けた。
「大天狗様。お話は……」
「おお、聞いておるわ。妖刀のことじゃろ?安倍家と蘆屋家で封印しているこれをワシら天狗がさらに封印しておる……」
「ええ、そして私たちはそれの力が欲しいのです。なんせ、ぬらりひょんが復活するのですから……」
葵が神妙な顔もちでそう大天狗に言う。大天狗はそういわれて顎に手を当てて目を閉じ何かを考え始めた。しばらくうんうん唸りやがてゆっくりと目を開けて、小さくそうじゃといい言葉を続ける。
「主らが……そうじゃな。妖界に堕ちる覚悟があるなら……考えてやらんこともないぞ?」
「よう……かい?なんですかそれ」
恋がそうぼそりと呟くと彦山が耳打ちをして教えてきてくれた。聴くには妖怪達が元々住んでる場所で、そこの環境は劣悪の一言に尽きる。故に、妖怪達は外の世界に出て行くのだ。そしてこの世界で悪事を働けば元の世界に返される。その仕事をするのが陰陽屋……だという。
が、そんなところに葵は行くなんて考えられない。もちろん葵は顔を一瞬青ざめて、その後赤く染めて大天狗につかみより、激しい口調で大天狗に言葉を投げる。
「ふざけないでください!!そんなところに行ってたら間に合わないです!いつ復活するかわからないんですよ!?」
「何を言っておる。そもそも妖界で生き残るぐらいの力がないと……ぬらりひょんは倒せんぞ?」
「そ、それは……」
「そもそもお主。酒呑童子がおるじゃないか、こやつの力を……いや、無理か。なんせこやつは主のことを拒絶してーーー」
「おおっと、旦那。酒の席にその話は野暮ってやつだぜ?」
「……そうじゃな。さて、主らにも悪いことをしたなどれ、酒とは言わんが何か飲み物でも……おい、そこの烏天狗や。適当に飲み物を持ってきてくれ」
大天狗がそう言うと一人の天狗がそそくさとその部屋から出て行った。どこか重苦しい空気に全員沈黙を貫く。
が、突然翔子が猫のようにうずうずしたかと思うと、我慢できないとつぶやいてダンッと飛び出していく。目的はもちろんーーー。
「酒呑童子しゃぁああぁぁあん!!」
「ぬわっ!?お前さんは……あぁ、あの時の中坊か!!かっかっか!!元気してるか!!」
「もちろんでしゅす……この腹筋、上腕二頭筋……全てが素敵……」
本当に猫のようにスリスリと頬をつける翔子を酒呑童子は頭を撫でながら大きく笑いだし、それを宇治はとても激しい視線を送っていた。
その宇治の視線に気づいた恋はゾクリと背筋が凍る思いをしするが、慌てるように帽子を深くかぶりなおして気分を落ち着かせる。
そうこうしてるうちに烏天狗の一人が大量の料理を運んできた。みながとりあえず手を伸ばして飲み物をとるのは無意識に緊張していたからか。とにかくグイッと勢いよく口につけて……
「ーーーッ!?ゴホッ!ゴホッ!!……な、なにごれ……喉にくる……!!」
突然葵が吹き出して大きくむせる。周りを見れば恋以外の全員はゴホゴホ咳を繰り返していた。
そんな時ガタンと後ろから何かの音が聞こえた。唯一無事な恋がそこを見ると、小さな天狗の男の子がこちらをニヤニヤ笑いながら見ていた。が、恋に見られてると気づき大慌てで逃げ出す。
「あ、まって……」
「これは、あいつか……!!きついお仕置きを……ゲホッゲホッ……許さんばい……!!」
そんな天狗の少年を恋と、苦しそうに咳をする彦山が追いかけていく。残された面々は何かなどの気持ち悪さを消すために近くにある飲み物に手を伸ばしそれを飲んで、二人を見送った。
◇◇◇◇◇
「はぁ……はぁ……あ、あの子はどこに……?」
屋敷を出た恋は肩で息をしながら、先ほど見た天狗の少年を探す。キョロキョロと辺りを見渡しながら、ゆっくりと歩く。が、どこにも彼の姿は見えない。
ガサッ。そんな音が聞こえて茂みの方を見ると、何かがいるようにガサガサと動いていた。恋はそこに足音を立てずに近寄ってみる。
「ゲッ」
案の定、そこには天狗の少年が隠れていた。恋を見つけて逃げ出そうとするが、その彼の手を恋は握り離さない。
「はなせよ!ちくしョう!」
「離さない……というか、あなたスカート履いてる……女の子?」
恋がそう言うと天狗の少年?はピタリと動きを止めて、顔を真っ赤にして恋を睨みつける。
どうやらスカートのことはあまり深く突っ込んで欲しくないらしい。彼のそんな強い視線にその訴えがみえた。まぁ、恋も学ランを着ているため、人のことはとやかく言えないが。
「そうだ、貴方名前はなんですか?私は楠木恋といいます」
「名前?オレに名前なんてねェ。好きに呼べよ」
「ん〜……じゃ、天さんでいいですか?」
「ンだそれ。餃子でも連れてきて欲しいもンだな」
天狗はそう言って恋の手をぱしんと叩く。思ったよりも痛くて恋は思わず手を離してしまうが、天狗は逃げる様子もなく地面に座り込む。
そして顔をあげて空を見る。恋もつられて顔を上げるとそこには天狗達が空を優雅に飛んでいた。が、天狗の少年ははぁ。と大きくため息をついて背中から出した羽を少しだけ動かした
「オレはよ。空をとべねぇンだ。天狗の失敗作だとよ」
「飛べない……」
「あぁ。ンま。お前達にイタズラしたのは暇だったからだ。空を飛べないと天狗の世界じゃ何もできねェからよ」
そう言って天狗の少年は大きく伸びをする。恋はなんとなくいたたまれない気持ちになりつつも、そうだと思い出したかのようにポケットから紅葉を取り出して天狗の少年に見せた。
それを見せると天狗の少年はどこで拾ったかを聞いてきた。やはり彼のものであるらしく、恋は簡単に説明をした。そして、それを彼に返そうとした時だった。
ドォン!
「ーーーッ!?な、なに!?」
「しらねェよ!あの爆発の方向は……屋敷の方じャねェか!!」
確かに屋敷の方から聞こえてきた爆発の音は木々を大きく揺らしてこちらの耳に入ってくる。恋は帽子を深くかぶりなおして、その音が聞こえた方まで走り出そうとする。
天狗の少年が待ってと声をかけるが恋はそれを聞こえないふりしてどんどん走る速さを上げていった。
一人残された天狗の少年はなんだよとつぶやき、その消えてく背中を見送ることしかできなかった。
◇◇◇◇◇
「っーーー!?」
ドォン!!
屋敷から響く爆発も目前で聞いている葵は大きく吹き飛ばされる。地面に強く体を打ち付けながら、数十メートルも一瞬で移動する。
宇治と翔子たちは酒呑童子が安全な所に運んだので、おそらくは無事であろう。問題は目の前にいる突然攻撃してきた敵であった。
「なにしてるんですが、彦山さん……!!」
「…………グ、ググゥ……!!」
彦山は苦しそうに唸りつつも葵に対して鋭い視線を送っていた。葵はその彦山の変化に気付きつつもふと、胸に何か黒い何かがついてるのが見えた。
葵は札を取り出して変身をしようと考えるが、今この場には座敷童子も酒呑童子も、ついでにカッパもいない。そして屋敷にいた天狗達はこんな爆発の中でもなぜか眠っていた。そんなに強い度数の酒を飲んだのか。
まぁ多分強いのだろう。かくいう葵も頭がクラクラとしてきて、おぼつかない足取りとなっている。先ほど吹き飛んだせいで頭がシェイクされてすぐにでも吐きそうだ。
「あれか……あの時に飲んだの……あれお酒……?」
葵がそう呟いた時。一瞬風が吹き目の前に彦山が現れた。葵は投げた札は一応は爆発はするが、目くらまし程度にしかならず、彦山はギロリとこちらを睨みつける。
「安倍さんー!!大丈夫ですかー!!」
「く、くすのきしゃん……わ、わたしはだいじょうぶれしゅよ……?」
「安倍さん……ってくさ!?お酒くさ!?」
葵はフラフラした足取りで恋に向かって倒れこむ。顔も真っ赤で呂律も回らなくなっていて、どう見ても酔っていた。
が、葵がそんな状況でも彦山はこちらに向かって飛び出していく。今度は恋をも同時に殴り飛ばそうとした。
ガンッ!
鈍い打撃音が聞こえて恋は思わず目を瞑る。が、自分の体には一切ダメージがないため恐る恐る目を開けた。
「ッ……」
「!?て、天さん!?どうして……!!」
「話は後だ!とりあえず目ェつむッとけェ!!」
攻撃をかばっていた天狗がそういうと、懐から何かを取り出して地面に投げつける。ボン!と音が出て煙がもくもくと湧き出てきた。
彦山はげほげほと思わずむせると同時に目が燃えるように熱く熱くなり思わずうずくまる。
そんな彦山を屋敷の陰に隠れた葵達が見ていた。葵は変わらずフラフラとした感じでボーッと座っていた。肩で息をしている天狗が持っている先ほど投げた球には『激辛煙玉』と書かれており、恋はあんな状態になったる彦山に少し同情する。
「あの……助けてくれてありがとうございます……でもなんで……」
「ン?ン〜そりャオレの紅葉をまだかえしてもらッてねェからなァ……」
そう言って天狗は照れ臭そうにそっぽを向いた。子供らしい反応で思わず恋はくすりと笑ッてしまうが、現状はなにも変わらない。
そして天狗が逃げるかどうか尋ねてきた。が、葵はフラフラしながらもゆっくりと立ち上がる。どうやら戦う気はまだまだあるらしい。
ごそごそと震える手でウエストポーチから取り出したのは9枚の札。葵はそれを持って天狗の方を向いた
「てんぐしゃん…頼みたいことがありましゅ…どうかわたちとけいやくしてくだしゃい」
「は?オレがか?け、けど、オレ天狗なのに空飛べねェぜ?そ、それに……」
「関係ないですよ天狗さん!」
恋はブツブツつぶやく天狗の肩を掴んだ。突然のことで天狗は思わず恋の方を見つめてしまった。彼女の黒い瞳を見ると吸い込まれてしまいそうで思わず視線をそらす。が、恋はお構いなく喋り出す。
「天さんは空を飛べないかもしれません。けど、それを全部まとめて天さんなんです!それを今私達は必要としてるんですよ。だから貴方が飛べようが飛べないが関係ないんです!貴方が必要なんです!!」
「オレが……必要……」
天狗が確かめるようにつぶやいた時、空が雲に覆われて日差しが消える。いや違う。太陽を隠したのは雲ではない。先ほどから戦っている彦山であった、
ギュン!とまるでわしのようにこちらに向かって空から突っ込んでいく彦山。恋はその光景に今度こそ終わりだと信じて……いや、彼女が信じたのは終わりではなかった。ゆえに彼女は目を瞑りそうになるのを理性で抑えた。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!!!変化!!『天狗』!!」
ガキン!
彦山の攻撃を何かが弾く。それを弾いたのは一人の少女。その少女が二つの剣をクロスにして彦山の拳から、恋とグタッとしている天狗を守っていた。
意識を失っている天狗のような緑色の服とスカートをはいて、肩を露出した茶色い袖をつけていた。そして目はエメラルドのような色をして透き通っている。
「大丈夫か?まァ大丈夫だろうけどョ」
「て、天さん……」
恋が安心したようにそう言うと天狗はニコリと笑って彦山の腹を蹴り飛ばす。ドンと音を出して、大きく飛ばされていく彦山は体を地面に打ち付けていく。
「さァて……」
天狗はそう言ったあと、腰を低くし彦山の方を睨みつけながら声を出す。
「嵐のような荒れ模様についてこれッかよ!!」
そういい天狗は駆け出す。天狗の先ほどのセリフのように嵐のような速さだが彦山はそれに向かい打つように同じように駆け出した。
が、彦山は天狗が払った剣の上に足をかけて天狗の頭を踏みしめて空に飛ぶ。頭を押さえて天狗は空を見上げるが、彦山は優雅に空を舞っていた。
彦山はニヤリと笑い天狗に向かって一直線に急降下。天狗は剣をクロスにして弾こうとするが、彦山はそれを見た後にカクッと直角に起動をかえて天狗の後ろに回り込む。
気づいたときにはもう遅い。天狗は彦山の蹴りで大きく飛ばされる。顔から地面に激突し、鼻から流れる血を隠すようにしながら、剣を杖代わりにして立ち上がる。
「あいつ、オレが飛べねェことしッてんだな……チッ」
天狗は剣を構えて駆け出していくが彦山はそれより早く空に舞い上がり、また上からニヤニヤと見下ろしている。どうすればいいかわからず、彼は空を飛んでいる彦山を見上げることしかできなかった。
【てんぐしゃん……!】
「あァ?なんだ……えッと……」
【あおいでしゅ……あべのあおい……それひょり、飛べないって……?
「……あァ。オレは飛べねェ。天狗歴は126年ぐらいだけどよォ。きついわ」
そう言って天狗は空を仰ぐ。空は彦山が先ほどのように、こちらを狙う狩人のような目でこちらを見ていて、天狗はギリリと睨みつける。が、それではただの負け犬の睨みつけか。
【てんぐしゃん……あなたは多分とべましゅよ……?】
「……は?」
【あなた一人じゃ羽根を動かしゅのが無理でも……わたしの妖力を足せば……】
「……その話、本当かよ?」
天狗がそう確かめるように葵に聞いた瞬間、彦山がギュンと先ほどのように急降下してきた。今度は牽制や遊びではなく、止めを決めに来た一撃を持ちながら、降りてくる彦山。
天狗はそれを見ながらも背中から羽根を生やす。彼が信じたのは、自分の羽根か、葵の妖力か、恋の言葉か。正解はただ一つ。
「どりャャァああャャァァャャあああッ!!!」
彼が信じたのは全て。葵のことを。恋の事を。そしてなおかつ、自分のことを信じて、彼は大きく踏み込んだ。そしてーーー
バサッ
「ーーーふ、ふォォおおォおお!?」
生意気な天狗は空を飛んだ。
「こ、これが空を飛ぶッてことか……?」
羽根をバサバサと動かしながら天狗は空を歩き出す。地面を踏んでないという感覚は、天狗であるのに彼にとってはとても新鮮な体験であった。
【……酔いも覚めてきた……天狗さん。空を飛べてる感動に浸るのはいいですが……残念ながら、私の力ではあまり長時間飛ぶことはできません。だからーーー】
「わかッてらァ!彦山の野郎も驚いてるからな、一瞬でけりをつけてやるッ!」
バサッと文字どおり風を切るようなスピードで彦山に近づいていく天狗。彦山は驚きつつも、なんとか拳をつきだそうとする。が。
「ーーー!?」
まるで何かに止められるように彦山の拳は途中で止まってしまう。その不自然な行動を見て何かを察する天狗だったが、それでも彼は止まらない。
剣を構えて真っ直ぐと突き進む。そして彦山に向かって剣を振り下ろした!そのまま斬り抜けた天狗は空中で急に止まり、次は彦山を背後から斬り抜け、その後、天狗は高く空に飛び急降下する。
彼が描いた軌道はまるで雷のようであり、彼自身もまるで雷のようであった。
「斬り裂け!風羽雷道!!」
天狗がそう叫び彦山を斬り抜ける。まるで雷が落ちたかのような衝撃が広がり、彦山はゆっくりと地面に落ちていく。そして、彼の胸についていた黒い塊はスゥ……と空に溶けるように消えていった。
◇◇◇◇◇
「ふぅ……疲れたな昨日は……」
葵は椅子に深く座りながらそう大きくため息をつく。近くには彦山があの後くれた明太子味のせんべいが置いてあり、それをパリッとかじる。
天狗の山の出来事はただの祭りみたいな扱いを受けた。そもそも天狗が酒を飲んで暴れるのはよくあることらしい。が、普段おとなしい彦山が暴れたこともあり、少し騒ぎになった。が。それだけであった。
因みに酒呑童子はあの後申し訳なさそうに、酒で酔いつぶれていた翔子を背負って帰ってきた。幸せそうに寝てる翔子と対照的に、宇治はまるで鬼のような形相で睨みつけていたが。
さて。と、一言間を空けて葵は筆と紙を取る。何を書くか考えた後、踊るように紙の上で文字を書く。
「拝啓母上様。今回は大天狗様に会いに行き、ムラマサの封印を解いてもらおうとしましたが、うまくいきませんでした。早く使えるようになり、ぬらりひょんに備えたいです……うん。完璧ですね」
そう言いながらいつものように葵は綺麗に畳んで窓から空に飛ばす。スィー空を泳ぐように飛ぶそれを葵ともう一人がため息をつきながら見ていた。
「たくッ。紙でも空を飛べるのに、オレはお前のチカラ借りねェと無理なのかよ」
「空を飛べただけでもいいと思いますよ、天さん。しかし、改めて聞くと天狗訛りが凄いですね」
葵がそう言うと椅子に座ってる少年。天狗は大きくため息をついた。彼は天狗の森からこっそりとついてきて、いまは葵のところに住んでいる。が、彼が持ってきたバッグの中に大天狗からの文が入っていたためおそらくはばれてる。
葵は新しい同居人に対してどう接するか悩みながらもう一枚せんべいを口に運んだ。口の中に入れた瞬間に広がる明太子の味と少しの辛さが葵を落ち着かせた。
そしてそれを飲み込むとき、胸に少しあったつっかえも同時に飲み込んで大きく息を吐いたのであった。
「よォオレは天狗ッていゥんだ。因みにこの変なのは天狗訛りで、特に深い意味はねェよ。しっかしあれだなァ。空を飛ぶには葵の力を借りなきャいけないッてのはとてもだせェな……でも、他人の力を借りて空を飛べるッてのは悪いことじャねェのかもしれねェなァ……」
「次回の話だけどョ……あー?学校とかいうのにいくらしいな。前回の続きものらしいから、次見るときは少し前の話を見てからの方が楽しめるかもなァ。まァというわけで次回にまた会おうぜ」
次回、第七妖目
『新月中事件ファイルその2〜バスケがしたいです〜』
お疲れ様でした。昔英彦山に登ったことありますけど、あれかなりきついですね