三妖目【新月中事件ファイルその1〜花子さんの謎〜】
楠木恋です。前回はせっかくだから安倍さんにこの町、新月町の案内をお願いしました。安倍さんの意外な交友関係がしれて、とても充実してました。
でも、森の奥でお菓子を食べようとした時、私達は妖怪に襲われました。そしてそれを救ってくれたのが安倍さんと、そこにいた優しい妖怪。カッパさんでした。
「……今日から私はここに通うのか……」
学ラン少女。楠木恋は、深く帽子をかぶり直しながら、ぼそりと独り言をつぶやいた。目の前にあるのは彼女が今日から通う中学校。その名も新月中。新月町にあるから新月中という安易すぎる名前である。
彼女はとある町から引っ越してきたという言葉通り、つい先日終わった春休み。春休みの間はおもに陰陽屋に遊びに行っていたため、どんな生徒どんな先生がここにいるか全くわからない。
(優しい人だといいな……お兄ちゃんもそう思うよね)
まるで故人になっているお兄ちゃんにいうように考える。実際彼女の兄は死んではいないのだが。
とりあえずまだ誰もここには来てないはずである。なんせ今は朝の五時。まず校門すら開いておらず、故に先ほどから中学校を眺めていたのだ。
「……あのー?」
「!?へ、へい!?怪しい人じゃございませんの!」
ボーッとしていたからだろうか、後ろから声をかけてきた少女に喋り方が変になるぐらい驚いてしまった。声をかけた少女も少し驚いていたが、すぐに大きく笑い出す。
「いや、ごめんなさい。まさかそこまで驚くとは思ってなくて……わたし、神仙翔子といいます。貴方は?その学ラン。ここの生徒ではないと思いますが……」
「あ、えっと。私は楠木恋です。今日からここに転入する、中学二年生です」
「へぇ、貴方が噂の……丁度いい。少しお話を聞いてもよろしいですか?わたし改めて言うと、こういうものでして」
そう彼女が差し出してきたのは少し高級そうな紙に書かれた名刺のようなもの。そこには『新月中新聞部部長 神仙翔子』と書かれていた。
改めて彼女の風貌を見てみると、茶色の下地に黒の線が入ったチェック柄のシャツとズボンを履いており、まるで一昔前の探偵ものの主人公のような格好であった。
髪は深く鮮やかな緑で、左の方の髪を蛇のような髪留めでとめており、後ろに腰ぐらいまでおろしているポニーテールも、まるで蛇のようだった。
そんな彼女が人懐っこい顔を見せながら、こちらに色々と質問してくる。内容は当たり障りないもので、恋自身もたまにどもりながらも、難なく答えていった。
「……ふむ。だいたいわかりました。楠木恋。今日からここに通う中学生。最近ここに引っ越してきて、よく行くところは怪しいと噂の陰陽屋。そこの店主の安倍葵と仲がよく、いろいろとよくしてもらっている。スリーサイズは上からーーー」
「え。ちょっと!スリーサイズとか教えてないと思うんですけど……」
「あはは。冗談です。しかし、まさかCもあるとは。着痩せするタイプなんですね」
「な、なんで知って……」
「ふふーん。新聞記者はなんでもお見通しなんです。まぁ、兎に角。今日からよろしくお願いしますね、楠木さん」
翔子は最後にそう言い残して、そそくさとどこかに去っていく。恋はその後姿をしばらく見つめていたが、校門が開く音が聞こえて、そちらに一瞬視線を向けた。そこには男性の先生が立っており、恋の名前を確認してくる。どうやら彼が恋の担任のようだ。
しかし、もう一度視線を戻すと翔子の姿は消えていた。それ以前に、なぜここまで来たのに学校の敷地内に入ろうとしなかったのだろうか。恋は色々と考えるが、まぁいいかと片付ける。
そして担任になぜこんなに早く来たのかといろいろと聞かれながら、校舎の中に入っていった。
◇◇◇◇◇
「ふひぃ〜……疲れた……」
恋は椅子の上に座って机に突っ伏して大きく息を吐いた。なんせ新しい学校での自己紹介。そして、転入生恒例の質問祭り。それを乗り越えていま、恋は放課後の時間を堪能している。
周りの学生たちは、どこから来たのかだとか、なぜ学生服を着ているのかとかの質問攻めをなんとか切り抜けいまはもう誰も来てなかった。
「楠木さん〜?少しお時間よろしいですか?」
「……あ、神仙さん。と……?」
いつの間にか彼女の目の前に立っていた翔子と、その後ろには見覚えのない少女が立っていた。
青い髪をかんざしのようなまとめており、緑のシャツ。そして下には白いワンピースを着ていた。日差しを気にしてるのか、長くて黒い手袋と、黒のスパッツを履いていた。
「私。野宮宇治。新聞部の副部長」
そう言って宇治は手を差し出す。握手を求めていると思った恋もにっこりとした手を差し出す。
「ーーーっ!?」
その時、宇治が恋の手を潰すような勢いで手を握り返してきたため、恋は思わず顔を歪める。それをみた翔子はそれに気づいてないのだろう、ニコニコ笑っていた。そして宇治もニコニコ笑っていたため、恋も曖昧に笑い返す。
「さて、握手も済んだところで、早速本題ですが……ここの中学校、部活に入らないといけないんですよ……で、貴方が良ければ新聞部に入りません?顧問の先生もここの担任ですよ?」
ここの担任というと、今日校門前であった大岩という人か。金髪でライトグリーンのシャツを着ていた英語の教師。
顔はクールな感じだが、一部女生徒を見る目が少し変というか、まるで尊いものを見るかのようだった。
しかし、知ってる人が顧問というのは心強い。とりあえず話だけでもという思いで二人について行った。しかし、じっと後ろから宇治が睨んできたので、こっそり冷や汗を流していた。
そんなこんなでやってきたのは新聞部という表札が飾ってある小さな部屋。しかしなぜか中から騒音が聞こえてきてて、ドアを開けるのをためらう。
「まぁ、私たちみたいな小さな部活が一つの部室なんか使えないから……吹奏楽部の場所をすこーし借りてるんです。隣は音楽室で、ここはその準備室なのです」
そう言いながらドアをキィーと開ける。確かに小さな机と椅子が置いてあって、少し大きなホワイトボードがある以外はよく見た音楽準備室であった。
翔子がどうぞと言いながら席に座るように促す。恋は少しビクビクしながらもゆっくりその席に座った。
「で、あの新聞部って今なにしてるんですか……?」
「今?今はね、ある特集を組んでるんです……その名も!!」
翔子はそういって、あらかじめ用意してたであろう紙をバッと机の上に広げる。
そこにはでかでかと新月中新聞と書いてあり、そしてさらにその下に『新月中七不思議』と書いてあった。
「えっと……これって……?」
「そう。私達はこの新月中七不思議を解明せんとするのです。では、宇治さん。説明してください」
「わかった……コホン。どんな学校にもある七不思議。それは勿論ここ新月中も。一つ。トイレに住む花子さん。二つ。誰もいない体育館に響くボールが跳ねる音。三つ。夜になると目が光る音楽室の肖像画。四つ。動く骸骨。五つ。異世界へ通じるかがみ。六つ。死霊が誘うプール。七つ。4時44分に現れるもう一つの学校」
「そう。それを私達は取材していくってわけです」
そう言われて、今日の朝に翔子とあった理由が納得できた。おそらく7番目の七不思議を探しに来たのだろうが、時間が遅くて寝坊か何かでくるのが遅れた。だからあんな時間だったのだ。
そう考えながら、恋は改めて七不思議の項目をじっと見ていた。前通ってた中学校にも七不思議もあったのだろうか。あまり親しい友達はいなかったため、なんとも言えない。
「……で、恋さん。金曜日は暇ですか?」
「金曜……えぇ、まぁ。暇ですね」
「ならよかったです。どうです?金曜日に七不思議の一つ、トイレの花子さん確かめてみません?新聞部の最初の活動として」
そう言われて恋は頷く。元々特に理由がなければここに入ろうと思っていた。それ以前に妖怪とかでこういうのには慣れてる。と思う。
そうだ、と恋は思った。こういうことならちょうどいい人がいるではないか。妖怪と七不思議は同じかはわからないが、念には念を。彼女に依頼するのもいいかもしれない。
「おい、君達まだいたのかー?もう帰りなさい」
「あ、大岩先生」
ドアを開けてやってきたのは彼女たちの担任でここ新聞部の顧問である、大岩であった。時計を見せてもらうともう時間は6時を回ろうとしていた。
三人は慌てて帰る準備をして、大岩に挨拶をして帰っていく。それを見ながら大岩はうんうんと頷いていた。そして、今は誰もいない音楽準備室を見渡した。
「この狭い個室に三人の少女たち……フ、フフフ……フフフフ……」
そう笑いながら、大岩は音楽準備室のドアをガチャリと閉めた。それをしてる間にも隣からは吹奏楽部の演奏は止まることはなかった。
◇◇◇◇◇
ガタッガタッ
いつものような吹奏楽部の演奏が聞こえなくなるほど、静かなくらい夜。音楽準備室の中にある小さな段ボールが動いていた。
そしてそれがパタンと倒れて、中から三人の少女が転がってきた。勿論その少女は恋たち新聞部の面々。狭くて熱い空間から解放されたため、翔子が窓を急いで開けて大きく息を吐く。
「暑い……暑いよ……コホン。暑いです」
そう言って翔子は大きく深呼吸をして、他の二人をそれに習い大きく息を吸う。改めて吸う空気はとても気持ち良いものであった。
そして、三人は今日の予定を確認しあう。あとはもう一人くるのを待つだけだが。
すると、ドアが勢いよく開くということはなく、ガタガタと何度も音を出す。どうやら扉を開けようと四苦八苦してるらしく、一瞬考えた後、音を出さないようにガチャガチャしたりしていた。
そして扉の向こうからしばらく時間を置いた後恥ずかしそうな声で開けゴマと聞こえてきたところで、恋がドアを開けた。
「あっ……」
「ど、どうも、葵さん……」
暗くてよく見えないが、目の前にいるのは安倍葵と着物を着た幼女座敷童子であった。葵は顔を真っ赤に染めていたが、座敷童子はニヤニヤと笑っていた。
「えっと、この人が……安倍葵さん……陰陽師という……」
「コホン……はい。私、安倍葵です。この度はご依頼ありがとうございます。陰陽師として、やるだけやらせてもらいますね」
「今更体制を取り繕っても……」
「開けゴマって……」
後ろの方で翔子と宇治がこそこそと話していて、そこ声が耳に入ってきて葵は顔をさらに赤く染める。それに気づいていた恋はワーワーと言いながら、花子さんを探しに行こうと提案する。
そして作戦はこうだ。恋と葵と座敷童子チームが一階から翔子と宇治チームが4階からトイレを巡って花子さんを探すというのであった。
4階に上っていく二人を見送りながら、恋は心配そうに葵に聞く。葵はまだ顔が少し赤かったが、大丈夫というようにコクリと頷いた。
ふと見ると二人の後ろを見ると、何か大きな影が見えた。それはまかせろというようにこちらに手を振っていて、恋はなんとなく安心した。
そして、三人は暗い階段をゆっくりと降りていく。一歩踏み出す毎に聞こえるコツンという足音は静寂の闇の中に響き、夜の学校は昼とはまるで別世界のような印象を受けた。
しかしあまり恐怖を感じないのは、やはり葵と座敷童子がついてるからか。二人がいればなんとかなるような気がしてきている自分がいる。
「女子トイレについたぞ」
「誰に言ってるんですか童さん……?」
「これを読んでる画面の向こうの皆様じゃ」
座敷童子が変なことをいうがとにかく三人は一階の女子トイレの前に来ていた。中はとてもくらいが電気をつけて、もしバレたら恋はまだしも葵はとても面倒くさい事になる。
そう言えば葵はどこからやってきたのだろうか。校門や玄関は閉まっているはずなのだが。
葵はこくりと頷いて女子トイレの中に入っていく。暗くてよく見えないが、少しアンモニア臭が漂っていた。
ぴちゃんぴちゃんと水が跳ねる音が聞こえてきて、まるで背中にそれが直接当たるような感覚に、恋は思わず帽子をいつもより深くかぶりなおした。
トイレの個室は五つ。よく聞く話としては4番目の個室の中に彼女がいるという話だ。ノックを数回して、花子さん遊びましょうという。そうしたら花子さんが返事をしてくれるという、よく聞くアレだ。
とにかくここまで来たからには確かめないといけない。葵に見守られながら恋はその話通りに4番目の個室のドアを二回ノックした。
「は、はな……花子さん、遊びましょう……」
そうボソボソと呟く。やはり怖いのか冷や汗を流し、ドキドキしながら個室から返事が来るのを待った。しかし、いくらたっても返事はこない。やがて葵も次に行こうというのか、肩に手をポンと置いてきた。
「あ、あはは……ですね、次に行きましょう、安倍さん」
そう言いながら恋は葵の手を触れると、おや?と思った。彼女の手はこんなに冷たかったかと。それに少し変な感触もあった。まるでそう、ゴムに触れているような。
「れ……楠木さん。どうしたんです?私はこちらにいますよ」
「えっ……!?」
どくんと今までで一番大きく心臓が跳ねる。じゃ座敷童子か?いや、身長的にありえない。加速する心臓と、動機を抑えつつ恋はゆっくりと後ろを振り向いた。
「遊びましょ……」
「き……!!」
思わず叫ぼうとしたのを葵が慌てて手を当ててきて抑えさせてきた。恋はモゴモゴと唸るが、それを無視して葵は札を取り出して近くにいる者に声をかける。
そこにいたのは茶色い髪を目が隠れるぐらい伸ばし、後ろ髪をポニーテールにまとめていて、赤いワンピース。そして、ピンクのゴム手袋を手にはめて、同じようにピンクの便所スリッパを履いていた。
どことなく感じ取ることができる禍々しい雰囲気に葵は自然に札を握る手に力を込める。座敷童子も近く寄ってきていつでも変化できるように構える。
が、目の前のおそらく花子さんであろう人はポカンと口を開けて、ここまで反応されるとは思ってなかったかのような反応をしていた。やがて札に気づいて両手を降参の形にしてあげた。
「あー……なんだ、お前ら。俺の姿が見えんのか?」
「えっ、あ……はい」
「マジかよ……はぁ。ついてねぇな。花子さんになって苦節ウン十年。前いた場所も追い出されてようやくここに住めると思ったのによ……いいや。お前ら俺をお祓いしに来たんだろ?いいぜ、早くやれよ。やっぱ俺には女子トイレはあわねぇしな」
「えっと……お祓いに来たわけじゃなくて……というかあなた本当に花子さんですか?」
ようやく落ち着いた恋が花子さんにそう質問する。なんせ身長は恋より少し小さいぐらいだが、声やしゃべり方。それに立ち方までもがどこか男らしい感じがしたからだ。
それに先ほどから花子さんが言っていた言葉も少し変なところがあった。それ故に恋は花子さんにそう質問した。
「あーん?花子さんかだって?……んー。まぁ、俺は正確に言えば太郎さんなんだろうけどな」
「えっと、じゃ……あなたって男……」
「あーあーあー!勘違いするな!今は俺は一応女!前4階の男子トイレでいろいろしてた時は太郎さんで、今は花子さんだ。まぁ、服装はめんどいからこれで毎回統一してんだけどよ。誰も俺の姿見えねぇし……」
「じゃ……女装がお趣味で……?」
「いいだろ〜?誰も見えねぇしこういう服着るとかでしか暇潰せねぇし……言っとくが変態じゃねぇぞ。女が小便とかする姿とかは基本興味ねぇしな。あぁ、でもたまにここら辺のトイレで俗に言うマスターぺ……」
少しも照れてる様子どころが一切なく淡々と花子さんは言うのを、恋と座敷童子は止めた。葵は花子さんをペシンペシン顔を赤くして叩いていたが、花子さんはなんで叩かれてるかわからないという顔に変えていた。
しかしこのままでは取材に来た内容が花子さんは女装趣味の男になってしまう。それと、ここの学校でマスターぺ……いや、これはいい。どうでも。
恋はとにかく話を変えたくて何か話題を探す。そういえば4階のトイレを追い出されたと言っていたが、もしかしてその時お祓いでもされたのだろうか?
「あ?4階にいたとき?……いや、お祓いとかされてねぇぞ。ただよ、めちゃくちゃでっかいおっさんが……」
その時だった。葵が突然何かに反応したかのように天井を見上げた。いや、天井じゃない。もっと上を見透かしてるようにジッと睨みつけていた。
「酒呑さんから連絡が……急ぎましょう、童さん」
「そうじゃな、早くいかんと陰陽屋の名折れじゃからな」
「ええ……楠木さんたちはここで待っていてください」
そう言い残すや否や葵たちは女子トイレから出て行った。取り残された恋と花子さんはどうしようかと顔を見合わせる。
「お前、ついていかねぇのか?あいつの仲間なんだろ?」
「いや、でも……んー……でもなぁ……」
「あーあーもう!迷ってるなら行きたいってことだろ?じゃあ行くぞ!」
「え、花子さん……それってつまり……」
「あーそうだよ。俺がしばらく守ってやらぁ!乗りかかった船だしな!」
そういうと花子さんは女子トイレから走って出て行く。浮かんだりするイメージがあったため、走るという行為に少し違和感を感じつつも、花子さんを追いかけていく。
カツンカツンと響く足音が二人を後押ししているようであった。
◇◇◇◇◇
「……!?おふたがた、大丈夫ですか!?」
「こりゃまぁ……腰を抜かしておるのぉ」
葵たちがやってきた4階のトイレの前に二人の少女が尻餅をついて倒れていた。そして男子トイレの中からはよくエロ漫画とかに出てくる中年のおじさんの腕のような物がにゅっと伸びていた。しかもそれの大きさはトイレの入り口全てをふさぐほどの大きさであった。
それは翔子たちを握りしめようと伸ばしていたが、それを受け止めている男性がいた。赤い髪を後ろで細く長くまとめており、に大きく鬼と書かれた法被を羽織った長身の男性。さらに彼には二つ。黄色いツノが生えていた。
「おぉ。お前さんがた遅いぞ。うっかり透明な姿といちまったからから、そこの女の子二人も突然現れた俺見て気絶するしよぉ」
「全く……少しは空気読んでください、酒呑さん」
「かっかっか!すまねぇな!おっと、今は俺も手が離せねぇからな。早く変身してこいつぶっ潰してくれ」
酒呑……いや、酒呑童子がそう笑いながら葵たちに言う。顔は全然余裕そうだが、変身を急かす理由は何かわからないが、葵は言われなくともとウエストポーチから札を取り出した。
が、取り出した後サッと顔が青くなる。ゆっくりと一枚ずつ数えて、全てを数えた後座敷童子の方を見てつぶやいた。
「い、一枚足りない……!!」
「ド、ドアホォ!!どこに置いてきたんじゃこの小娘が!!」
「えっとえっと……あぁ!!あの時花子さんに見せた時……あのまま置いてきてしまった!!」
「ばかー!!!!!」
葵がどうしようとあたふたしてるのを何が何だかわからないという顔をしながら、翔子たちは見ていた。酒呑はなおも楽しそうに笑っていた。
すると、階段を駆け上がってくる足音が葵たちの耳に入ってきた。そしてそこに現れたのは肩で息をしている恋とその恋を心配そうに見る花子さんの姿であった。
そして恋が震える手で何かを差し出した。それをみた葵はパッと顔を輝かせてそれを受け取る。
「こ、これ……花子さんについてました……い、要りますよね、このお札……」
「あ、ありがとうございます!!これで変身できる……」
「えぇ!?花子さん!?!?今花子さんっていいましたー!?」
お札を受け取った葵と入れ違いになるように、翔子と宇治が花子さんに駆け寄ってくる。先程までの恐怖などは何処へやら。ある意味プロ根性と言えるかもしれないと、恋はそう思いながら見ていた。
一方葵は酒呑童子が抑えている腕に対してピシッと指を突き出し、ニヤリと笑う。しかし、座敷童子は先ほどの葵の醜態を知っているため、うまく体制を取り繕ってることに気づいていて、こっそり鼻で笑う。
「あなたの正体お見通し……『見越し入道』さん」
見越し入道。その言葉を聞いた時その巨大な腕はピクンと反応をして、葵は満足そうに頷く。そして、札を9枚取り出して空に投げる。
「行きます!臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!!!変化!!『座敷童子』!!」
葵がそう叫んで札を一枚一枚指さすと同時に、それは光を帯びて葵の周りを飛ぶ。やがてそれは葵を包み込み、大きく光りだす。花子さんに取材をしていた翔子も宇治も、もちろん花子さんもそれに心を奪われたかのようにジッと見ていた。
その光が消えた後、そこに立っていたのは白い着物を着た葵。いや、座敷童子の魂が入った葵であった。廊下に倒れこんだ座敷童子を恋はこっそり後ろに運んでいた。
「ふむ……見越し入道……なら、こう言えばいいんじゃろ。コホン。『見越し入道、みーこした!』」
座敷童子がそう言うと見越し入道の手はだんだんと小さくなっていく。やがてトイレの入り口から消えたそれを座敷童子は追いかけて行った。
しかし、トイレの中に見越し入道らしき姿は無く、座敷童子はどこかと視線だけで探すが、やがてぴくりと反応して窓を急いであける。
【……っ!?あ、あんなに大きく……み、見たことがない……!!】
見越し入道はいた。しかし、それは学校とほぼ同じ大きさのまさしく巨人。それが校庭に立っていたのだ。座敷童子も驚いたように声を漏らす。
その見越し入道はぎりりとした目でこちらを睨んできた。その目は赤く充血しており、まさしく正気を失っていると言っても過言ではなかった。
「ふむ……あのでかいのは儂も骨が折れる……葵。あやつに頼んでもええか?」
【えっ!?……いや、あれ結構疲れるし……わ、私は童さんの力を信じてます!!とりあえず外に出て!そこから使うかどうか決めましょう!!】
葵がそう慌てて言うので座敷童子は少し不服そうな顔をしつつもトイレの窓から校門におりたつ。下から見上げる見越し入道は先ほどより大きく見えていた。
すると突然見越し入道が拳を座敷童子めがけて振り下ろしてきた。座敷童子は扇子を振り火の玉をぶつけるが勢いは劣ること無くまっすぐ座敷童子に近づいてくる。
座敷童子は横に大きく飛んで腰を低くした体制のまま今度は足めがけて火の玉をだす。しかし、見越し入道は聞いてないというように足をぽりぽりとかいて、もう一度猛威を振るう。
「っ!!流石にこれをさばくのはきついぞ……おい、早く決めんか小娘が!」
【う、うぐぐ……仕方ないです……背に腹は変えられません。やりましょう!】
座敷童子はその声が聞きたかったというような顔をして、見越し入道の攻撃の合間を縫って一旦距離をとる。そして、袖のあたりから札を9枚取り出して先ほどのように空に投げ飛ばす。
「ゆくぞ……臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前……変化『酒呑童子』……!!」
そう叫ぶと同時にまた先程のように座敷童子に光が収束していく。それを見た見越し入道は本能で察したのだろう。慌てて座敷童子を踏み潰さんと足をだす。
ドン!
そんな大きな音がしてさらに何か踏んだ感触があったため、見越し入道はニヤリと笑う。が、その顔は一瞬で驚愕の顔に大きく変わる。
なんと自分の巨体を押し返すほどの力を足の裏から感じたからだ。慌てて見越し入道は足をどかす。
地面に立っていたのは、先ほどとは違い髪を赤く染めサラシを巻いており、赤い法被とスパッツをはいた少女であった。
コキリのその少女は首を鳴らしてギンッと見越し入道を睨みつける。その眼力に思わず一歩下がる。
「くくっ……あーはっはっは!!そうかそうか!とうとう俺か!俺を呼ぶか!俺を求めるか!!……いや、今回はイレギュラー。俺が前に出たら葵は筋肉痛でぶっ倒れるからな!!いやしかし!今夜限りだとしてもそれを全力で楽しまなければ意味がないというもの!さて!」
そう大声で叫ぶ少女は右手に力を込め始める。見越し入道は後ずさりする足を無理やり前に出して大きく振りかぶり右手を突き出す。
「おぉと。お前さん、俺の名乗りはまだ始めてねぇぞ。ルールは守れルールは」
少女はそう言い、見越し入道の拳を片手で受け止める。しかもその片手は右手では無く左手であった。
それが逆に見越し入道の逆鱗に触れた。舐められたと思い怒りに身を任せまた拳の連打を行う。弾丸のようなその攻撃を少女はひらりひらりと避けながら、余裕があるというように口を開ける。
「名乗りが遅れたが俺は酒呑童子!さぁて!祭りの会場はここか!!」
少女……酒呑童子がそういうが、その瞬間見越し入道のパンチで思い切り吹き飛ばされる。見越し入道はニヤリと笑ったが、それと同じぐらい酒呑童子はニヤリと笑った。
「かーかっかっか!!」
酒呑童子は吹き飛ばされる勢いのまま壁に両足をつき、それをバネのようにして大きく飛ぶ。そのまま見越し入道の腹に大きな一撃を与えた。
見越し入道の攻撃が弾丸なら酒呑童子の攻撃はミサイルか。とにかく見越し入道は腹を抑えて大きく後ろに地面を引きずりながら下がる。
「これ以上は遊べなさそうだな……ほんじゃま、終わらせますか!」
酒呑童子はそう言い、地面を力を込めて殴る。すると大きく地面が揺れ始め見越し入道は思わず膝をつく。
揺れが収まった時ふと後ろを見た。なぜなら夜と言っても影がとても濃く見越し入道を覆ったから。そこには驚くべきことに。
地面がまるで断層のようにせり上がっていた。
「大江山ーーー!!」
酒呑童子はそう叫び駆け出す。そして未だに困惑している見越し入道の腹に今までで一番力を込めた一撃をぶつける。
ドゴン!爆発したかのような音がなり、見越し入道は大きく吹き飛ばされる。そしてそのまませり上がってきた山のようなものに体をぶつけた。
しかし。
「ーーーー!?!?」
見越し入道は驚愕した。なんせこの体に食らったのは一撃のみ。そう、一撃しか食らってないのだ。だが、山にぶつかっても勢いは衰えるどころか加速していく。酒呑童子は殴ったないのに、未だに腹に何度を連続で殴られているような感覚に襲われる。
「アァグゥ……!」
思わずうめき声をあげるが痛いは和らぐこと無く、やがてブチッと嫌な音がして見越し入道は小さく吠えてあとは喋らなくなる。
それと同時に、山に大きく亀裂が入り、大きな音を立てて崩壊していく。見越し入道はそれに押しつぶされるように、埋められていく。
「ーーー大爆撃」
酒呑童子がそう呟いた瞬間山は消え、残ったのは虫の息となった見越し入道であった。酒呑童子は晒しの中から札を一枚取り出して、それにつける。やがて見越し入道も今までと同じように光となって飛んで行った。
「かーっ!祭りは終わりかぁ……ま、名残惜しいがこう戦いの後に月を見るのもまた……いいものだしな」
そういった酒呑童子は月を殴るように拳を上に高くあげた。それに応えるように月が少し動いたように見えたのであった。
◇◇◇◇◇
「おぉぉおおぉぉぉぉ……おぐぉぅおおぅおおお……」
「んん……だ、だから悪かったって葵……反省してるから俺の前で筋肉痛が痛いということをうめき声で訴えないでくれよ……」
見越し入道を倒して次の日。葵は長引く筋肉痛で体の自由を奪われていた。対して酒呑童子はバツが悪そうな顔を浮かべる。
あの後花子さんは元の場所に戻れて、晴れて太郎さんに戻った。が、格好は前と同じようであり女装男子でトイレにこもるというある意味やばい形になってしまった。
そして、筋肉痛で痛む身体を無理やり動かして、葵はいつも通りペンをとる。そして、震えながら文を書き連ねる。
「えっと……拝啓母上様。今回の事件は学校の七不思議の調査でしたが、まさか妖怪がいるとは思いはしませんでした。そして、酒呑童子は心強いのですがもう少し力を抑えてもらうにはどうすればいいでしょうか。いや、私は大丈夫なんですけどね、毎回全力だと酒呑童子の体が持たないというかなんというか……とにかくなんとかなりませんかね……いつつ……」
葵は身体を抑えながら窓からそれをまた投げ飛ばす。いつものように風に揺られるそれはいつか見えなくなっていく。
そんな中でも痛みでずっと葵は唸っていた。それを見た座敷童子はわざとらしくため息をついて、口を開ける。
「お主、その状態でどうやって店を切り盛りするつもりじゃ?」
「毎日閑古鳥が鳴いてますから……いつつ」
「そういうわけにもいかんじゃろ。まぁ、もう酒呑に頼んで助けは呼んであるからの。主は少し休んどけ」
「助け……ってまさか!?」
葵は叫んで立ち上がるが、突然動いたため体が鋭い痛みに襲われてしまい、床にうずくまる。座敷童子はそれを見て小さく笑ったのであった。
「はいどうも宇治です」
「翔子です。いやぁ、今回は大量でした。あの花子さんの話を聞けるなんて……」
「でも新月中のトイレで一人性処理をしている人がいるとは思わなかった」
「そ、それは言わないで欲しかったです……忘れようとしてたのに」
「ごめん」
「さて次回は今回の最後に出てきた助っ人の正体が明らかになります!」
「次回のタイトルでバレてる気がするのだが」
「それは言っちゃダメです」
次回、第四妖目
『自称ライバル蘆屋こころ』
お疲れ様でした。実はこれ、ツイッターにも書いてるんですけど、最後の展開が少しだけ違います。暇な方は是非