二妖目【心優しきカッパ】
私、楠木恋は最近この町、新月町に引っ越してきた中学生。だけど、ここに引っ越してきてらお母さんたちの様子がおかしくなった。
そんな時偶然拾った紙に導かれるままやってきたのは陰陽屋。そこにいたのは安倍葵さん達。
そして彼女たちの力によってお母さん達は正気を取り戻したんです。あの時の戦いはきっと。私の頭にずっと残るのでしょうね。でも、怖くはないな
桜が舞う昼下がり。古ぼけたアパートに住む一人の少女、安倍葵は眠っていた。
別に眠いわけではない。しかし、他にやることがないというのが現実であった。前回の恋の仕事を終わらせたのはいいが、また仕事が舞い込んでくるほど彼女の陰陽屋はあまり繁盛はしてなかった。
今日も今日とて閑古鳥がせわしなく鳴いている。可能なら鳴きやませたいものだが、そんなことができたら苦労はしなかった。
「…………ん…………?」
することがなくて眠っていたのだが、目の前に何かの気配を感じて眉を細める。感じる気配は、この家に住んでいる座敷童子と酒呑とは全く違う気配。しかし、邪気は感じれない。
とにかく部屋に誰か入ってきてるのだ。葵はゆっくりと顔を上げた。
「……あ」
「えっと……お、お邪魔してまーす……?」
目の前にいたのは学ラン少女。彼女がこの前のここに依頼をしに来た最後の客であった。
葵はしばらく考えた後、ハッとして口元のよだれをぬぐいつつ姿勢を整えた。片手にペンを持ち、ごほんと空咳をした後、恋に視線を向けた。
「こちら陰陽屋でございますが、何かご用ですか?」
「えっ……と、あの……ね、眠いならまた後日……」
「ね、寝てません。目の裏にある億千の星を見つめていただけです」
見苦しすぎる言い訳を言う葵。どうやら突然のことには弱いらしく、しどろもどろになる彼女を見て、恋は口元を押さえながら小さく笑う。
「ここって……だいたい何でもしてくれるんですよね?」
「……えぇ。占い相談呪い除霊草むしりエトセトラ……人徳に反すること以外は、だいたい」
「それは良かったです……あの、実は頼みたいことがあって……」
「……ええ、まぁでしょうね……して、何事ですか?」
葵がそう言うと恋はしばらく迷ったように帽子を深くかぶりなおす。それをしばらくした後、息を整えて葵に対してしゃべりはじめる。
「私、最近ここに引っ越してきたって言ったじゃないですか?それに、両親がしばらくあんな感じだったから時間がなかったじゃないですか?ですから迷惑じゃなかったら……その……ここ、新月町の案内をして欲しいなぁ……って」
「町案内。ですか」
「あぁ!め、迷惑なら別にいいんです!スマホがあるからそれでやれば……」
「迷惑なんて一言も言ってませんよ。ちょうど、私も外に用事があったんです。行くなら早くしましょう……あ。そうだ。童さん達ー何か欲しいのありますかー?」
葵がそう言うと寝室からひょこりと顔を出す幼女がいた。黒い髪を垂らす彼女は、座敷童子である。しかし、首が取れたりとどうやら普通の座敷童子とは違うようだが。
そんな彼女はしばらく悩んだ後、大きく羊羹と叫んだ。それを聞いた葵ははいはーいと軽く流す。恋はというと、今度ここにきたら美味しい羊羹でも買ってこようかと考えていた。
また、後ろの方から男の声で酒と叫ぶ声が聞こえたが、葵はそれを無視してそそくさ部屋から出て行った。恋も慌ててそれを追いかける。
前を歩く葵の姿を見ながら、なぜかただの町探索だというのに、とてもワクワクしてる自分に気づいて、小さく笑う。そして帽子を深くかぶりなおして、葵を追いかけて行った。
◇◇◇◇◇
桜の花は舞い、空は春らしく明るそして温かい空気を与えている。そんな中、一人の男性が川釣りを楽しんでいた。いや、バケツが空なのを見ると楽しんではないのかもしれない。
「……釣れねぇなぁ……」
ぼそりと彼は声を漏らす。もちろん誰も聞いてないが、そんなことはお構いなし。とにかく文句を漏らさずにはいられなかった。
しかし、川からは魚が跳ねる音というか、魚の影があるというか。とにかく魚はたくさんいるのは一目でわかる。しかし、なぜか釣れない。
運が悪いだけかと、彼はそう思いまあ大きくため息を漏らす。ぶつぶつと文句を言いながら、帰るための準備をし始める。
その時だった。
川の中に一つの影が見えた。その影は小さく、まるで子供のようであった。そんな子供が川の中でただぼーっと立っていた。
彼はその影に遠くから大丈夫かと声をかける。が、影から返事はない。しかし何やらしきりに口を動かしたり、手をパタパタさせたりして、何かを伝えようとしているのがわかり、彼は目を凝らした。
「……ひっ!?」
彼は気づいてしまった。その影の正体に。その影は目をこらすたびに、体がだんだんと見えてきた。くちばしがあり、頭には何か皿のようなものを乗っけており、なおかつ一番彼を驚かせたのは。
それは全身が緑で染められていたことであった。
彼は尻餅をついて釣り道具一式をその場に置いたまま後ろ向きに手だけを使い移動する。腰が抜けてしまったのだ。
トン
彼はその状態で何かに当たってしまったらしく、後ろを振り向く。そこには若い男が立っていた。しかし、何故か顔に生気が見られなかった。
「…………に」
「え、え?な、なんだよ?なにいって……?」
彼は震えながらそう後ろの男性に問いかける。だんだんと落ち着いてきたのか、男性の声が耳に入ってきた。
「四手八足。両眼天に指すは如何に」
「え、な、なぞなぞ……?」
「わからんのか。この問いの意味が」
「わかんねぇよ……そ、それより早く逃げねぇと……!!」
そこまで言ったのが最後だった。次に彼が聞いたのは残念だという男の声と、何かが自分の首に当たる音だった。
そして、その場には赤い水溜まりが新しくできていた。
◇◇◇◇◇
桜が作る道を踏みしめながら、二人は大きなアーチが目の前に見える商店街の入り口の前に立っていた。
「ここが私がいつも利用している商店街です。お値段も手頃ですよ」
「ほぇ……思ったより広いですね……」
恋は思わず驚いた声を漏らす。彼女が前住んでた場所では、商店街などなかった。代わりに大きなショッピングモールがあり、隣町からそこに買い物に来る人も多かった。
隣にいたはずの葵が前を歩いてるのに気づいたのは、その巨大なアーチに見とれたいたから。前を先行する葵に追いつこうと恋は足を速める。
そこで気づいたのだが、葵はよく使うといったように商店街の人々とは顔見知りらしく、通るたびに声をかけられていた。
そのうちの一人、和菓子屋にいた一人の老婆が葵に近づいてきた。恋は少し驚くが、葵はもちろんその老婆も仲よさげに会話を始める。
「あ、恋さん紹介します。このおばあさんは、豊ばぁといいます。この和菓子屋さんの店主さんなんです」
「あら、あなた恋ちゃんっていうのね。見ない顔だけど……もしかしてここに引っ越してきた人達?」
「え、あ、はい。楠木恋と言います。豊ばぁさん」
「あら〜礼儀正しいいい子ね。そうだわ恋ちゃん。この羊羹一つどお?」
そう豊ばぁに差し出された羊羹を恋はありがたくいただいて口に運ぶ。そうすると、口の中いっぱいに甘い小豆の風味が広がった。まさにほっぺたが落ちるような味に恋は思わず美味しいと感嘆の声を漏らした。
豊ばぁはその反応が嬉しかったのか、嬉しいわ。と恋にいってきた。恋も何故か嬉しくて顔を赤く染めながら、帽子を深くかぶりなおす。
「すいません豊ばぁ。羊羹を買いたいのですが」
「あらごめんなさい。それじゃ、恋ちゃん今後とも私の店をご贔屓にね?」
そう言いながら豊ばぁは店の中に入り、葵の買い物を済ませようとする。座敷童子に言われた通りに羊羹を2個買うが、突然あっ!と声を出して、慌てながらウエストポーチの中を漁り始める。
しばらくした後、大きなため息をついた後、まだ諦めきれてないようにウエストポーチを執念深く漁るが、やはりというようにウエストポーチを閉める。
「……」
「え、どうしたんですか安倍さん」
「…………財布、忘れました」
葵がそう言ってまた大きなため息をつき、俯く。それを豊ばぁはあらあらというように少し笑っていた。
しかし、恋はその時葵の顔が赤くなっていたのに気づいた。そういえばあの時、誰かに葵はまだ子供だと言われていた。まさに今の葵はそれであった。
「あ、あ!葵さんなに言ってるんですか!!確か私に財布を預けたんじゃないですか!!」
恋はとっさの機転によりそう叫んだあと、ぽかんとした顔の葵を無視しながら、羊羹とついでに芋饅頭を2個買った。豊ばぁの方をちらりと見ると、にこにこというよりニヤニヤとしていたため、恋は急に恥ずかしくなった。
逃げるようにその店から出て行く恋を今度は葵が慌てて追いかけていく。後ろから豊ばぁのまた来てねぇという声が二人を押して行った。
「葵ちゃんにもいい友達ができて……うふふ。こんなこと思うなんて、まるで孫みたいね。おばあちゃん嬉しいわ」
「すいませーん」
そんな声が聞こえて豊ばぁが外を見ると、店の前に一人の幼女が立っていた。その幼女はマスクをつけている桃色の髪の幼女だったが、何故かマスクに黄色いくちばしのような絵が描かれていおり、最近の子供の間ではこういうのが流行っているのかと、豊ばぁは考えた。
すると、その幼女の後ろに一人の人間が現れた。その人間は中性的な顔立ちで、男か女かわからない。それに、何故か袖が破れているコートを着ており、片目を隠すように白い髪を伸ばしていた。
「こんなところにいたのか。何をしてるんだ?」
「わかりませんか?買い物しようとしてるんです。お給料はこの前入ったでしょ?」
「……はぁ。無駄遣いはするなよ?僕のお金だからな」
「はいはいー……ねえおばちゃん!この羊羹一つくださいな!」
二人の会話を心ここに在らずで聞いていた豊ばぁは、幼女にそう言われて少し慌てるも、羊羹を丁寧に袋に入れて幼女に渡した。マスクがあるので、目しか見えなかったがそれでも喜んでいるように見えて豊ばぁもホッと胸をなでおろす。
なぜか、この人たちを怒らせてはいけないようなオーラを感じ取っていたからだ。
「帰るぞ、アマビエ。そろそろ次の仕事がくるかもしれんしな」
「もう。アマビエじゃなくてサポちゃんって呼んでって何回も言ってるじゃないですか、ハンターさん」
そう言いながら二人は去って行った。豊ばぁはそんな二人の後ろ姿を見ながら、この町にあんな人たちがいたかを考えていた。しかし、どこからかきた兄弟か何かと思い、そのまま店に戻って行った。
この時。豊ばぁの位置からは見えなかったが、近くにあったミラーにハンターと呼ばれたものの髪に隠れた部分がちらりと映った。
そこは青く、そして恐ろしいほど禍々しく焼きただれていた跡があった。
◇◇◇◇◇
テクテクテク
葵と恋は少し気まずい雰囲気を醸し出しながら、歩いていた。その間にも葵はとりあえずといった感じで道案内をしてはくれたが、気まずさは変わらない。
「……あの、あお……安倍さん。その……」
「恋さん」
「あ、はい!!」
突然葵が恋の名前を呼び、後ろをくるりと振り向く。恋は何故か緊張した顔持ちで、帽子を深くかぶりなおしながら、話を待つ。
葵はというと、顔を赤くしながら恥ずかしいのか恋の後ろの方を見据えていた。そして、ぺこりと頭をさげる。
「あの時は申し訳ございません。私の不手際といっても、あのようなミスをして、あまつさえ客である恋さんにフォローを入れてもらうなど……」
「え、いやいや!いいんですよ。それにほら、私この芋饅頭食べてみたかったからちょうど良かったですし」
「……そう、ですか……ならいいのですが……」
未だに少し不服そうな葵の顔を見て、恋は少し安堵した。彼女はやはりプライドが高いというかなんというか。座敷童子や酒呑さんが言っていた子供っぽいという意味がよくわかる。
とりあえずと、恋は一言言って葵に向かって手を差し出す。葵は少し何かわからないというようにその手を見つめていた。
「ほら。早く行きましょう。まだ街案内終わってないですしね」
「そうですか……いやしかし……あのようなミスを……」
「で、でも……私!安倍さんにすまーと?ですぺしゃる?な案内をうけたいなー!」
「……スマート?」
「そ、そうです!安倍さん以外の案内じゃ私満足できません!!」
そこまで恋がいうと葵は大きなため息をついた。しかし、顔は嬉しそうににやけてなおかつ、ふふっと小さく笑顔を見せて、恋が差し出して手を握る。そして意気揚々と恋を引きずるように歩き出した。
恋は葵の期限が元に戻ってホッと胸をなでおろす。しばらく葵に案内された後、最後にと言われてやってきた場所は森の中。どうやら奥に川があるらしく、そこで芋饅頭を食べようというのだ。
葵は口から出てくるよだれをぬぐいながら歩いていく。前回もそうだったが、葵は結構食いしん坊なのかもしれない。
しかし、突然葵が歩くのをやめて立ち止まる。恋もつられて立ち止まり、何事かと辺りを見渡す。するとどこからか声が聞こえたきた。恋は耳をすませてその声を聞こうとする。
「声が……なんか、たちされって言われてるような……」
「子供のいたずら……いや。これもおそらくは妖怪でしょう……ですが、ここから感じる妖気は弱い……そこっ!」
そう言うと葵は道に落ちていた小石を木の中に投げる。そうするとコツンと何かに当たった音が聞こえて、痛みを抑える声を出しながら何かが落ちてきた。
葵と恋はそれを見に駆け足で近寄っていく。そして、恋は小さく悲鳴を上げた。そこにいたのは全身緑で黄色いくちばしがある、まさに……
「か、カッパ……!?」
「なんでこんなところにカッパが……いや、それよりも」
葵はそう言ってカッパに肩をガシッと掴む。カッパはというと怯えた目を葵に向けていたため、恋は慌てて葵をカッパから引き離す。
「こ、この子怯えてますよ……少しやりすぎでは……?」
「……申し訳ない。確かに少しやりすぎました……こほん。では、改めてカッパさん。何故あなたは私達に立ち去れと?」
葵にそう聞かれ、カッパは最初下を向いていたが、やがて助けを求めるように葵の方を向いて口を開けた。
「あの川には……あ、あいつがいるんだ……僕が気まぐれでこの川まで来た時……あいつは人を食ってたんだ……だ、だから僕は……!?」
そこまでいうとカッパは腰が抜けたようにペタンと座り込む。焦点が合ってない目は、葵達の後ろを見ないようにわざと視線を泳がせてるように見えた。
だから葵と恋はゆっくり後ろを振り向いた。何かがいるような気配もあったから、恐怖心を抑えるためにゆっくりと振り向いた。
「ーーーっ!?」
そこにいたのは長身の男性。しかし、こんなに身長が高かったら、後ろに立たれたりしたらすぐ気付く。気づかないにしても、この短い時間近くに来たとしたらすぐにわかる。しかし、彼は何も気配を感じさせなかった。
さらに、彼の服は一部だけ不自然に赤く染まっていた。葵はとりあえず恋を後ろに隠し、ジッとその男性を睨みつける。
「……に」
「……なんですか?」
「四手八足。両眼天に指すは如何に」
その男性が突然二人にとかけてきた。思わず恋は何か言おうとするが、それを葵は手で口を塞ぎ何も言えないようにする。
んーと恋が騒ぐが、葵の真剣な顔を見てすぐに黙る。そして、相手の男性がまた先ほどと同じ問いを繰り返す。何度も何度も抑揚のない声で言うため、恋はとても君悪く感じた。
「……聞いたことがあります。昔、とある化け物寺に泊まった僧相手に同じ質問をした妖怪……そして、人間を食うという生態……」
そこまで言い葵は恋の口を塞いでる方の手を取り、相手に人差し指を、あの時のように突き出す。そして、ニヤリと笑って口をさらに上げた。
「貴方の正体はお見通し……『蟹坊主』さん」
葵はそう言うと、相手の男性はピクンと体を震わせた。兎に角葵たちはそこから逃げ出すために、大きく飛んだ。勿論カッパもつれて。
その瞬間だった。今まで葵たちが背にしていた木が、スパンと何かをきるような音が響いたかと思うと、音を立てながら崩れていった。
するとどうだ。今まで男だと思ってたものが、だんだんと崩れていった。全身が濁った赤に変わり、硬い甲羅に身をまとい巨大なハサミを持つそれは、まさしく化蟹というのにふさわしかった。
葵はウエストポーチに手を伸ばす。しかし、取り出した札は9枚もなかった。まさか慌てて取る枚数を間違えたのか。いや、違う。
取れないのだ。なんせ今彼女の近くには座敷童子がいない。変身することが、今の彼女には不可能なのだ。
「弾けろ!『爆札』!!」
葵はそう叫んで札を一枚相手に投げつける。それはぺたりと張り付き、数秒間をおいて大きく爆発する。しかし、蟹坊主には全くと言っていいほど聞いてないようであった。
葵は小さく舌打ちをして、恋の手を掴んで走り出す。恋はカッパの手を掴み引きずる。
走る先は森の外ではなく、むしろ中に、中に入っていく。蟹坊主はというと小さく唸ってこちらを睨みつけるだけで何めしてこなかった。それが、むしろ不気味である。
川の付近まで来て、葵たちは大きく息を吸い、息を整える。葵は顎の下に手を伸ばして、何かを考えるようにしていた。
「……あの、カッパさん?」
その間することがなかったため、森の方に意識を向けながら、恋はカッパに話しかける。カッパはビクッ!と大きく体を跳ねさせながらも、なんですかと受け答えをし始める。
「えっと……なんでこの川に?気まぐれできたとか言ってましたけど」
「に、にんげんだって散歩するだろ?そ、それと一緒、だ。ここより少し遠いところにある川に住んでるんだけど、散歩したら、あ、あの蟹にあって、人を食ってたから、僕は帰るに帰れなくて……」
そこまでどもりながらもカッパは答える。それを聞いた恋はホッと息を漏らす。彼はきっと、悪い妖怪ではない。だから、恋はカッパの頭をポンと優しく叩いて、にこりと笑いかける。
「優しいんですね。カッパさん」
「えっ……」
「だって、人を食べてるところを見たら、普通逃げますよ。でも、カッパさんは逃げずに、ここに人が入らないようにしていた。それはとてもすごくて、とても優しい……カッパさん。ありがとうございます」
そこまで言うとカッパは恋の手をパシンと弾く。恋は苦笑いをしながら、帽子を深くかぶりなおす。それと同時だった。
森の木をなぎ倒しながら、巨大な赤い影。蟹坊主が唸りながら全身を出した。恋はカッパを後ろに隠す。
すると今度はカッパの叫び声が聞こえた。恋は後ろを向くと、なんと葵がカッパの肩を掴んで何かを語りかけていた。聴き取ろうにも蟹坊主がハサミを動かす音でうまく聞こえない。
いや。
ハサミはもう、目の前に来ていた。だから音が聞こえない。それは仕方ないことだ。恋が恐怖に負けて目を閉じるのも仕方ないことであった。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!!!変化!!『カッパ』!!」
ガキン!!
恋の耳に入ってくるのは、葵の声と硬い物質同士がぶつかり合う音。そして次は大きなものが後ろに下がっていく音であった。
恋はゆっくりと目を開ける。すると目の前に葵がいた。しかし、姿はあの時のように大きく変わっていた。
まず髪の色が水のように透き通った青に変わっており、さらに肌色の帽子をかぶっていた。なぜか服はどう見てもスクール水着で、肩からタオルのようなものを巻きつけており、何か緑色のリュクのようなものを背負っていた。
「だ、だいじょうぶ、か?」
葵は。いや、カッパは心配そうな声で恋に話しかける。恋はこくりと頷いて後ろに倒れているカッパの肉体を抱いて近くの岩陰に向かって走り出す。
それを安心したように見つめるカッパ。そして、目の前の蟹坊主に視線を向ける。蟹坊主はもうすでに体制を立て直し、攻撃するためにじりじりと距離を詰め始めていた。
【無理なお願い聞いてくれて感謝です。さてカッパさん。戦えますか?】
「い、いける……こう見えても僕は河童相撲ではトップクラスだったんだ……ぞ!」
【それを聞いて安心しました。さぁ、遠慮なくどうぞ】
葵がそういうと同時に、カッパは膝を曲げて後ろに手を突き出した。すると、タオルの結び目あたりから水がコポポポと溢れ出す。
そして、カッパは思い切り地面を蹴り飛ばした!ギュン!と水の力で高速で移動するカッパに対してこちらも負けじと蟹坊主はハサミを振り下ろす。
しかし、そのハサミが当たる瞬間に、カッパはカクンと移動する向きを変えた。蟹坊主は驚いたような動作を見せ、もう一度ハサミを振り下ろそうとする。
が、それよりも早くカッパは蟹坊主の懐に潜り込んでいた。そのままカッパは大きく雄叫びをあげながら、右手を勢いよく突き出す。
バシン!そんな大きな音が聞こえ、蟹坊主は体を大きく揺らす。が、カッパの攻撃はまだ終わってなかった。今度は左。次はまた右。そのまた次は左と、連続で相手を押していく。
「唸れ激流のごとく!『激流大張手』!!!」
そうカッパは叫び目にも留まらぬ速さで張り手をする。最初はダメージがないという顔をしていた蟹坊主だが、連続で一点に攻撃されたらひとたまりもない。大きくヒビが入って行き、蟹坊主口から泡を吹き始める。
「どすこーい!!」
カッパがそう大声で叫んで、右手を勢いよく突き出す。すると、蟹坊主は上に大きく吹き飛ばされて、そのまま川に墜落する。
あたりに大きな水しぶきを上げながら、蟹坊主はプカプカと川の上に浮かんでいた。肩で息をしているカッパは頭の中で葵に声をかけられて、札を取り出しそれを蟹坊主に貼り付けた。
やがてその札が大きく光り、光が収束するともうその場には蟹坊主の姿がなかった。
パシャン。
緊張の糸が切れたのだろう。カッパは尻餅をついて川の中に倒れる。今見ると足がガクガクと震えており、自分でそれを見て苦笑いをした。
「あ、あの〜……」
「あ、れ、れ……えっと、大丈夫、か?」
「ええ、私は大丈夫ですけど……その……」
恋が申し訳なさそうに袋を突き出した。カッパはそれが何かわからないように小首を傾げるが、葵はそれが何かわかって無言で絶句する。
「その、お菓子が……全滅しちゃいました……」
◇◇◇◇◇
「いい加減機嫌なおしてくださいよ、童さん。羊羹の件は謝ったでしょう」
「……ふんっ!」
その日の夜、葵は羊羹が食べれなくて拗ねている座敷童子に話しかける。しかし、彼女はずっと口をきいてくれない。
葵は大きくため息をついた。こうなったら座敷童子はとても面倒。時間が解決してくれるまで待つしなかった。
葵はきゅうりの浅漬けに箸を伸ばしながら、いつも通りの日課として手紙を書き始める。きゅうりの浅漬けの意外なおいしさに驚きながらも、筆は進む。
「拝啓母上様。今日は大変なことが起きました。なんと、この前仕事に依頼をしに来た恋さんがまた依頼しに来たんです。それだけではありません。なんと、依頼を解決中妖怪に襲われました。最初は少しひやりとしましたが、私のキレがよすぎる頭により、そばにいた妖怪の力を借りて敵妖怪を倒すことができました。ところで恋さんの事を下の名前で呼んでますが彼女の方からーーー」
葵はそこまで書いて少し悩み、そして最後の一文ボールペンで黒くなぞり紙飛行機の形にしていつも通り外に飛ばした。風に揺られて飛んでいくそれは、やがて見えなくなっていった。
「えっと、童さん……その……」
「……はぁ。もうええわ。儂も少々大人げないの。葵、羊羹二本で手を打とう」
座敷童子がそういうと葵はホッとしたように胸を撫で下ろした。そして笑顔を浮かべながら、外に出て行った。今度はちゃんと財布を握りしめて。
「まったく、お前も素直じゃねぇな」
「……なんのことじゃ?」
突然聞こえてきた男性の声に対して、少し投げやりな風に答える座敷童子。それを聞いた男性は悪戯っ子ぽく笑って座敷童子の頭をポンと叩く。
「別に?ただ、心配したのに、そのことに対して何も言わないから怒ったのかなぁと思っただけだ。違うならいいけどよ」
「……好きに思っとけ、酒呑」
そういう座敷童子の顔は照れているように赤く染まっており、それを見た酒呑は満足したようにカカカッと笑った。
「儂じゃ。座敷童子じゃ。最後の方で酒呑の奴が儂に勝手なことをぬかしおったがあれはだいたい嘘じゃ。そもそも儂が小娘ごときを心配するわけないじゃろ?なんじゃその疑ってる目は。怒るぞ?年甲斐もなく無駄に怒るぞ?……全く。年長者はもう少し敬うのが普通じゃろうて」
「ん?次回か?次回はなんと恋が中学に通い始めるらしいが……どうなるのかのぉ?みものじゃな」
次回、第三妖目
『新月中事件ファイルその1〜花子さんの謎〜』
お疲れ様でした。まだ不慣れですけど頑張りたいです。