一妖目【こちら陰陽屋でございます】
待ってる人がいると信じて、ようやくしんさくです。一応何話か貯めてあるので、しばらくは流れるように投稿できそうです
かつん。
「……ここ、か……」
少女はそうつぶやく。当たり障りないぐらいの長さの黒い髪を後ろで三つ編みにまとめて、赤いメガネをかけていた。しかし、その少女は周りと違うように目立っていた。
理由は簡単。彼女が来ているのは黒い学ランと学帽であり、およそ女性が着るものではなかった。
そんな少女は手に和紙のようなものを握りしめながら、古ぼけたアパートの扉の前に立っていた。数回息を整え、帽子を深くかぶりなおし、こんこんとリズミカルにノックする。
「……いないの、かなぁ?」
そう少し安心したように呟くと、扉の奥から入ってます〜という少女の声が聞こえてきた。聞こえるとは思ってなかったため、思わず心臓が跳ねるようにどきりとしたが、息を整えながら、ゆっくりとドアを開けた。
ゆっくりとギシギシ音を立てながら歩いて行くと、まるで校長室や社長室にあるかのような豪勢な机と椅子に、可愛らしい少女がちょこんと座っていた。
その少女はニコニコとあまりに出来過ぎな笑顔を浮かべていた。学ラン少女はドキドキしながら、その少女をジッと見ていた。
髪は茶髪で、紫のバンダナをつけており、顔の両端の髪の先を二つ、赤い髪留めでまとめていた。
シャツは青く、少し背伸びしたように黒いネクタイをつけて、紫のロングスカートをはいていた。
「どうしました?ささ、早く座って……おーい、童さん。お茶とお菓子をお願いします」
少女に促されるまま、硬い椅子にゆっくりと座ると、隣の部屋からトテトテと子供のような走る音が聞こえてきた。
その子供は白い浴衣を着ていて、片目は青く、もう片目は黒い、日本人形のような黒い髪に緑の綺麗な色をしたリボンをつけていた。
「ほい、どうぞ。お茶と羊羹じゃ……じゃない。羊羹ですよ!」
そう言いながら、慌ててその童という子供は隣の部屋に出て行く。その途中何か落ちたような音が聞こえて、学ラン少女はそこに視線を落とす。そこには青い綺麗なビー玉が落ちていた。
青いということで何かを少し想像したが、一瞬でその子供がそのビー玉を拾い出て行ったので真偽の方はわからなかった。
「えっと、あの……ここって……」
学ラン少女が何か言いたげにそう言い淀んでいると、バンダナ少女がにこりと笑った。
「ええ、ここは貴方の悩み、そしてもちろん怪奇現象をも解決するーーーこちら、陰陽屋でございます。以後お見知り置きを。私、店主の安倍葵と申します」
そう葵と名乗る少女は言った。幼い外見に合わないほど、その言葉には重みがあり学ラン少女はおもわずごくりと生唾を飲み込む。
「さて、そろそろお話を聞かせてもらえませんか?……えっと、貴方の名前は……」
「あ、楠木恋。くすのき、れんです。最近この町に引っ越してきました」
「成る程……はて、どのようなご用件ですか?金銭?恋愛?それとも何か恨み言?」
「い、いえ……あのですね。最近ここに引っ越してからうちの父と母がおかしくて……」
そう恋が言うと、葵はいつのまにか取り出していたメモにふむふむと言いながら何かを書いていた。それを見た恋は少し安心して話すことができた。
しばらく時間が経っただろうか。葵がふむと短く言ってメモを懐に入れた。そして少し緩んでいたネクタイを締めて、カタンと立ち上がる。
「さて、早速現場検証といきましょう。童さん。出掛けてきますあまり羽目を外さないように、酒呑さんに注意していてください……楠木さん。案内してもらってもよろしいですか?」
「え、はい……うん?」
恋はそう頭にハテナを浮かべながら、すんすんと鼻を鳴らした。鼻の中に入ってくるのは、休日前の夜に父がよく飲む、あの飲み物……
「酒呑さん!!こんな昼間から酒なんか飲まないでください!!お客さんもいるんですから!!」
「かっかっか!わりぃわりい!いや、うまい酒の肴が手に入ってよ……こりゃ飲まねば鬼の名が廃……」
「童さん!」
葵の怒声が聞こえたかと思うと、部屋の奥から聞こえてきた男性の声に重ねて、先ほどの幼女が了解と元気な声を上げて何かをした。
そうすると、酒呑と言う男性の声が突然ピタッとやんだ。それがなんだか恐ろしくて恋はぶるっと身を震わせた。
「……さて、行きましょうか」
そういう葵の顔は最初見たときのような満面の笑みであった。それを見た恋は引きつった顔で笑うことだけしかできなかった。
◇◇◇◇◇
恋の案内の元やってきたのは小さいながらも立派な一軒家であった。それを見て葵は素直に感嘆の声を漏らす。
「えっと、安倍さん何か感じますか?」
「……そうですね。感じるといえば感じますが……これは……ふむぅ……」
顎に手を当てながら葵は何かを考えながら、部屋から出る前につけたウェストポーチに入ってる何かを確かめるようにゴソゴソした後、よしと短く呟いた。
「とりあえず、貴方の御両親に合わせてもらっても良いですか?」
「あ、はい。わかりました。せっかくだから中に入って……あ、でも、その……あまり、引かないでくださいね」
恋はそういいながら、深呼吸をしながらドアノブにてをかける。しかし、回すだけでやめてしまい、葵に涙目を見せた。
「あの、やっぱり……」
「……成る程。これは、私の見当違いだったようですね」
葵はそう呟き、恋を押しのけてドアをバンと開ける。そこから感じる異様な空気。まず目に付いたのは、玄関に置いてある妙に豪華な玄関マット。そして鼻の中に入ってくる異様な匂い。まるで何か腐ってるかのような。
葵は靴を脱ぎ、ずんずんと奥に進んでいくのを、恋は慌てて追いかけていく。止めるかどうか悩んでるうちに、葵がリビングのドアをバタンと開けた。
「これは……ひどい……」
葵がぼそりと呟いた。そこにいたのはおそらく恋の両親であろう人。しかし、何か薄ら笑いを浮かべていたり、下を向いてブツブツとつぶやいていた。
そしてあたりに散らばってるのは生活で出る生ゴミ。それが捨てられていないため、このような匂いが広がっていた。
「……こんな状況になったのはいつ頃ですか?」
「……ここに引っ越してきて、数日後からです……だんだん、母や父が……精神が狂ったみたいになって……疲れたのかなと思って最初はそう思ってて……でもだんだん変わってきて……」
そういう恋は目に溜まっていた涙を下にポタポタと落としながら膝から崩れ落ちる。葵はそれを見て、ハンカチを一つ渡した。
「泣かないでください。貴方は悪くない……しかし、これは面倒ですね」
「なにか、ついてるんですか?」
「えぇ、弱いですが憑いてますね……今日の夜にやらなければなりません。恋さん。ここに今日寝るのはやめたほうがいい。行けるなら私の家に来て泊まっていきません?」
「わ、わかりました……」
「とりあえず私は準備してきます……油揚げでいいかな」
そうブツブツ言いながら、葵はリビングから出て行った。それを見た恋は慌てて追いかける。最後にちらりと両親たちを見たが、やはり変わってることはなくて、急いでそこから出て行った。
◇◇◇◇◇
「………………眠れない」
その日の夜。葵の提案通り恋は葵の家で眠ろうとしていた。しかし、当然のごとく眠りにつけるわけがなく、葵の行ってきますという声を聞いたのが十分ほど前だった。
することがなく布団の上でゴロンゴロンと何度も寝返りを打つ。ちらりと時計を見るともう1時を過ぎていた。
よく母が夜更かしはお肌の天敵だと言っていた。だから早く寝なさいとも。恋はそれが懐かしかった。
父も同じように嘆いていた。早く帰ってこれるようになりたいと。毎週日曜の夜にそれを聞くのが恋の小さな楽しみだった。なんとなく、大人になったような気がしたからだ。
しかし、今はそんな父と母はもういない。生きてはいるが死んでるような存在であった。それが恋にはとても辛くて悲しくて、目にはまた涙がたまってきていた。
「お兄ちゃんに会いたい……お父さんとお母さんに会いたいよ……」
そう呟き、布団に潜って涙をかみ殺す。今自分が泣いても意味がないとわかっていても、頭でわかっていても、体はそれを許さなかった。
そんな時、突然葵が寝ている部屋のドアが勢いよくひらき、そこには長身の男性が立っておいた。影しか見えなかったが、どことなく威圧感を感じて思わず恋は飛び上がる。
「おぉい!葵いるかぁ!!そろそろ飯……って、あ?葵じゃねぇのか?誰だてめぇ」
「えっと……あの……グスッ……」
「んぁ?お前さん、泣いてんのか……?あぁ、わかった。お前さん。昼頃に来ていた、お客さんだろ?なーる。今回はそっち系の事案だったか……」
勝手にやってきて、勝手に納得してる男性は腕を組みうんうんと頷いていた。恋はなんとなく布団を深くかぶって、男性がどこかにいくのを待っていた。
しかし男性の気配は消える様子はなく、しばらく布団にうずくまってればねれるかなと考えていた矢先であった。
「で?お前さんはいかねぇのか?」
「……え?」
突然男性に声をかけられた。突然のことでどういう意味がわからなかったが、やがて葵のところに行かないのかという男性からの質問と気づいて、布団の中で顔を横に振った。
「あ?なに、いかねぇの?」
「だって……私が行っても意味がないですし……」
「成る程ねぇ。でもさぁ、ここにいる方が意味ねぇんじゃねぇの?」
そういう男性の声が、恋の心に刺さる。言い返したくてもなにも言い返せない。ただ、彼はなにも間違ったことは言ってないということだ。
「お前さんの家のことだろ?じゃ、早く行けよ。他人にばっかり押し付けないでさぁ……葵のやつはよぉ、ああ大人ぶろうとしてるけど、子供っぽいところが多くて、人に厳しくしようとするけど結局甘い……そんなやつなんだ。ヒーロー物でいうとグリーンかねぇ」
「な、なにが言いたいんです?」
「つまりだ。あいつ一人じゃ絶対ドジ踏むから、観客として行ってくれ。そうだな。冷蔵庫に油揚げあるから、それ持ってけや」
「…………」
「……まぁ、めんどいならいい。でもよぉ、なにもしないよりか、何かした方がいいぜ?なんなら俺が守ってやってもいいんだがな」
「……私でもたつんでしょうか。何かの役に……」
恋はそう男性に向けて問う。男性は小さく笑ったあと、扉の近くから離れていく気配があった。
もう、自分の眠りを邪魔する者はいなくなった。何より、今は先程よりとても眠い。しかし、なぜか今寝てはいけない気がしてきた。
恋は、布団から出るといつも来ていた学生服に手をかけた。目をつむり、何かに祈るように。
祈った先は神か仏かはわからないが、恋がとても信頼し、新愛してる相手だというのはその穏やかな表情から見て取れた。
「……行こう」
彼女はそう強く決心した声で、葵の家から静かに出て行った。男性の助言通りに、油揚げを握りしめながら。
そして、彼女が家を出たあと、もうひとつの人のような影が恋について行っていることを、その時は恋が知る由もなかった。
◇◇◇◇◇
一方その頃、葵はというと先程と同じような格好で、恋の家の前に来ていた。隣には着物を着ている幼女。童さんが立っていた。
「さて、早速まずは楠木さんのご両親から妖怪を剥がしますか」
「ふむ。剥がすとな……はて、今回はなんな妖怪じゃ?」
童さんは、そう到底子供には似合わないほどの古めかしい口調で、試すように葵を見ていた。
その挑戦的な視線に対して葵は、ふふんと笑ってビシッと童さんに人差し指を突き出して、高らかに宣言した。
「いいですか?おそらく取り憑かれてる人間が狂ったようになっています。そして、玄関に置いてあった高価な玄関マット。つまり、今あの家には運気が集まっております。これらのことから考えると……」
「考えると?」
童さんがそう返すと、葵はズンズンと進んでいき、家の扉に手をかけて、勢いよく扉を開けて、家の中に入っていく。
同じようにズンズン進み、今日の昼恋の両親がいた部屋に通じる扉に手を置いた。その時、葵の体に何かびりっと痺れる感触があった。まるでこれ以上こっちに来るなというように
それでも葵はドアノブを回す。そして部屋に入るとやっぱりと声を漏らした。
恋の両親は昼と同じようにしていた。ひとつ違うのは両親の頭上に何か見えていたことだ。それに葵はビシッと先程のように指を突き出して口を開ける
「貴方の正体はお見通し……『おさき狐』さん」
恋の両親の周りに飛んでいるのは、二匹の狐のようなもの。しかし、尾の先が分かれており、さらに体の周りに火の玉のような物が舞っていた。
「おさき狐……人に取り憑いてるだけでよかった。もし、家に取り憑いていたらもうこの家を壊すしかなかった……ささ、童さん。例のものを」
葵はそう言って童さんに手を差し出した。しかし、肝心の童さんは頭上にハテナを浮かべていて、とりあえずというように手を握った。
「あの、童さん。アレですよ。油揚げ。早く早く。ハリーハリー」
「何を言っておるんじゃ?油揚げはお主自身が持ってくると、儂に言っておったじゃろ?」
「え」
「え?」
暫くの沈黙、葵はポカンとした表情で童さんの事をじっと見ていた。童さんもじっと見返していた。
「ど、どどどど、どうしようどうしよう!!どうしよう、油揚げがないと、離すことができなくない!?!?」
「落ち着くのじゃ。そんな新しい方法じゃなくて古い方法もあるじゃろ。ほら、狐の妖怪は色欲が強いから服の一枚や下着の二枚脱ば……」
「脱ぐかあぁあぁぁぁあ!!」
そんなコントをやってる内に、おさき狐が憑いている恋の両親が、窓から出て行こうとしていた。それに気づいた葵達は慌てて、おさき狐を追いかける。
「くくっ。あんな大見得切ってこんな失態を晒すなど……じゃからお主は小娘なんじゃ。もっとしっかりとせい」
「ま、まだいける……ほ、ほら!道ゆく心優しい人が油揚げを譲ってくれ……」
「そんな奴が都合良く現れる訳なかろうて……?おい、誰か追いかけてきておるぞ」
葵がえっと言いながら後ろを振り向くと、童さんが言ったように、一つの人影が葵を追いかけてきていた。しかもその影は見たことがあった。黒く見えるのは、学ランを着ているからであり、そして揺れる影は三つ編みの影。
「く、楠木さん!?どうしてここに……!?」
そして、葵は恋が持っているものに気づき、あっと顔を輝かせる。それは今日の昼にスーパーに寄って買った例のブツであった。
「油揚げ……な、なんで……貴方達が?」
「説明はあとです!はい!安倍さん!」
そう言って恋は葵に油投げを放り投げる。葵は少し落としそうになりつつも、それをなんとか受け止めて、袋から油揚げを取り出した。
「狐の妖怪はだいたい油揚げに弱いです。こうやって出せば、きっと……」
「……安倍さんもよだれ垂らしてません?」
「こ、これは生理現象です……っ!危ない!!」
そう言って葵は恋を抱きかかえて、大きく横に飛ぶ。先ほどまでそこに立っていた場所には、二匹の大きな狐がバクバクと油揚げを食べていた。
葵は恋を電柱柱の影に隠し、自分は一歩前に歩み出す。恋は何か言いたげに手を指し伸ばそうとするが、それを誰かの手が抑える。
葵が深くため息をついて、ウエストポーチから9枚の紙を取り出した。そして、やれやれというようにぼそりと色々呟く。
「全く……酒呑さんのお節介焼きにはほとほと困ります。別に私一人でも十分でしたのに……」
「強がるのも子供じゃな。葵」
「む……まぁいいです。こっからさきは私の本領を発揮する出番です……用意はいいですか?童さん。九字を切りますよ」
そう言って葵が手に持った紙のようなものを空に投げると同時に、おさき狐が火の玉を何個も葵に飛ばしてきた。
そして、その火の玉は葵向かって一直線に飛んでいきーーー
「あーーー」
恋がそう間抜けなように呟くと同時にあたりを揺らすほどの大きな音が鳴り響いた。吹き飛ばされそうになる恋は電柱柱に必死にすがり、なんとか耐えようとする。
「安倍さんーーー!!」
恋は葵の名前を呼ぶが、その心配そうな声はすぐに驚きの声となる。なんと、葵はその場に堂々と立っていた。いや、それどころか少し浮いていた。彼女の周りには、9枚の札が、取り囲むように光りながら、彼女の周りをぐるぐる回っていた。
そんな光景にぽかんと口を開けながら見ていた恋に対して、葵は軽く手を振る。そして、その手をまっすぐと突き出して、声を大に言葉を唱えた。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!!!変化!!『座敷童子』!!」
ゴウッ!!まるで火が彼女を取り囲むように、一斉に集まってくる。その火は、札にに集まって行き、やがて札の光と一つになる。
その光と火はゆっくりと葵に向かって収束していき、その光は大きく爆発する。その火はおさき狐のそれとは比べ物にならないほどの大きさであった。
よく見ると、先ほどまで葵の近くにいた童さんが、恋の近くで生気がない目で倒れていた。それを慌てて抱きよせる恋。すると、だんだん火が消えていき、一人の少女の姿が見えてきた。
薄い灰色の着物を着ている白髪の少女。しかし、なぜか着物の下の部分は膝上になっていた。そして手には金の綺麗な扇子を携えていて、片目は青く、神には緑のリボンをつけていた。まるで、童さんのように。
「楠木や。儂の体は丁重に扱ってくれよ?なんせ今の儂は『こっち』じゃからな。入れ物が壊れてはいかんからの」
そう、葵であろうものが、童さんのような口調で語りかけてきたことに対して、恋は驚きでびくりと体を跳ねさせた。
「そう驚くな……今の儂は『安倍葵』の体に『座敷童子』である儂の精神が入った状態じゃ。ふふふ。これが、陰陽師のやり方なんじゃ」
「お、陰陽師の……?」
「そう。儂ら陰陽師と契約しておる妖怪は精神を貸し、陰陽師は肉体を貸す。そうすることで人妖超えた力を手にし、悪さをする妖怪を退治できるようになるんじゃな。油揚げは最近じゃが、このやり方は昔からじゃ……説明は以上。行くか、小娘」
【体は貸してるのは私なんですから、小娘呼びはやめてほしいのですけど】
「ふふふ。そりゃ失敬。さぁて、始めるか……悪い子には火の折檻を与えてやろうぞ!!」
座敷童子がそう叫ぶと同時におさき狐二匹が一斉に火を吐き出してきた。空気をきり、先ほどと同じようにまっすぐ突き進むそれは、先ほどと違い威力が上がっているように見えた。
「……お主ら、狐なんじゃからもっと火を強くださんか。ほれ、儂のように……なっ!!」
座敷童子がそう言って扇子をぶん!とふる。すると、その扇子から青く怪しく光る火の玉が、数発飛び出してきた。おさき狐が出した火と、座敷童子が出した火はぶつかり、轟音を轟かせながら煙を出し爆発した。
「キャッ……!?」
思わずまた吹き飛ばされそうになる恋だが、何かが自分を受け止めてくれて吹き飛ばされずに済んだ。
だが、突然手に抱いていた座敷童子の体が軽くなった。視線を落とすと、あるはずのものがなくなっていた。それは、座敷童子の頭であった。
叫び声をあげることも忘れて開いた口が塞がらない恋。しかし、足元に頭が落ちてるのを見て、恐る恐るその頭を拾い上げる。
「そいつ、人形みたいなもんだから気にすんな」
「……!?だ、だれ……?」
突然聞こえてきた男性の声に反応する恋。しかしその声はそれ以降聞こえなくなり、疑問を感じながらも座敷童子の戦いの方に視線を向ける。
煙がだんだんと晴れていくと、おさき狐たちの姿は見えたが、何処にも座敷童子の姿がなかった。恋は何処にいるか頭を振りながら探す。それはおさき狐も同じであった。
「こっちじゃ」
突然聞こえたその声と同時に空からまるで流星のように無数の火の玉が降り注ぐ。それはおさき狐達を狙い降り出し、大きく爆発を起こした。
煙が晴れると、一匹はぐったりとしていたが、もう一匹は震えながらも強く座敷童子を威嚇していた。そして、口に全身全霊を込めるように力を込めて、先ほどまでとは比べ物にならない程の火の玉を吐き出した。
「ほう。やればできるではないか。さて。それでは……こちらも少し、全力を見せてやろうかの」
そういう座敷童子はゆっくりと扇子を前に突き出すと、身体中から火の妖力をそこに集中させ始めた。一つの帯のようになるその火はまるで龍の如く。
「轟け。我が火炎の龍よ!『煉獄火炎龍三昧』!!」
その火炎とも言える龍は座敷童子の扇子から飛び出して、勢いよくおさき狐に突っ込んでいく。
その龍はおさき狐が出した火の玉を簡単に打ち消し、おさき狐の周りを飛ぶ。するとそのあたりに火の壁が出来始め、おさき狐達を閉じ込めた。
そして龍がその中を縦横無尽に飛び回る。勿論中にいるおさき狐たちはひとたまりもなく大きな叫び声を上げた。
燃える火の中にいるおさき狐は、まるでダンスを踊ってるかのように苦しみ、そしてーーー
「今がチャンスじゃな。さて、元の世界に帰ってもらおうか!!」
そう座敷童子はいうと同時に、二枚のお札をおさき狐に投げつける。すると大きく光り、やがてその光りが収束するのと同時に、おさき狐の叫び声が聞こえなくなった。
「折檻終了じゃな。元の世界でしばらく反省せい」
そう言いながら、座敷童子は大きく伸びをする。それを見ていた恋は安堵の表情で息を漏らすが、突然急激な眠気に襲われて、くらりと倒れてしまった。
「ふむ。安心して眠ってしまったかの……こやつの両親も元に戻ったじゃろ。さて、帰るとするかの……いるんじゃろ?酒呑。手伝ってもらうぞ?」
そういう座敷童子の声に対して、返事はなかったが、代わりに恋の両親がふわりと何かに持ち上げられるかのようにふわりと浮かんだ。
そんな座敷童子たちを見ていた数人の影があった。その影は、一人クスリと笑うのを合図にしたかのように、やがてその場から元からいなかったように消えていった。
◇◇◇◇◇
キィと、音を立てて椅子の上に座ってる少女、葵が大きく伸びをする。手には一通の手紙と報酬を握りしめながら。
「どうじゃった?今回の案件は」
「そこそこでしたね。今度は油揚げを忘れないように気をつけておかないと」
そう座敷童子に聞かれながら、カップのきつねうどんにお湯を注いだ。
あの後、恋の両親は正常になり、今はつつがなく生活を続けているそうだ。恋とその両親は感謝と謝罪を繰り返し、少し報酬に色をつけてもらった。思わぬ報酬で顔がにやけるのを抑えるのに必死だったのは秘密である。
葵はよしっと言うときつねうどんを食べ始める。そして左手にボールペンを持ち、小さな便箋に文字を書き連ねる。
「拝啓、母上様。元気でしょうか?私は元気です。今回、久しぶりの妖怪退治の依頼が来ました。安倍の名に恥じないように、大きなミスもなく簡単に成功いたしました。もしこの手紙が届いたなら、返事をくれたら幸いです……よし。書けた」
そういうと葵はその紙を紙飛行機の形におり、窓からその紙飛行機をぴゅんと飛ばす。それをじっと、黄昏ながら葵は見ていた。
「毎回思うが、これで届くのか?」
「届く届かないじゃないです。ただ、自分が満足したいだけです」
そういうと葵は汁をたくさん吸っている油揚げを美味しそうに口に含んだ。それを見て座敷童子はまるで子供を見る母親のような表情で、息を吐いた。
次回の陰陽師は!!
葵「葵です。今回の話はまぁ。主人公である私の大活躍の話でしたね。あの油揚げを忘れたのも一種の芸です。そうです。わざとです。だからそんな目で見ないでください。
というわけで次回も見てくださいね。今度は失敗なんてしません。あるのは成功だけです」
「次回ですか?次回は……なんか、新しい仲間が来るらしいです。期待しててくださいね」
次回、第二妖目
『心やさしきカッパ』
お疲れ様でした。また次回も読んでくれると嬉しいです