第007話:厄介な襲撃
魔獣の襲撃も、野生動物との遭遇もなく、旅路は順調そのものだった。
だが、ラウスまで後二日というところで、アユム達は人の悪意と出会うこととなった。
それは、現代日本ではまず考えられない盗賊の襲撃だった。
ラウスまで後少しというところで、街道の前方にただならぬ気配をアユムは感じた。最前列を担当するガイウスもそれを感じ取ったのか、ハンドサインで、馬車を止めさせる。
「フィー、偵察を頼む。マイルの親父とアユムはちょっと来てくれ」
「どうしたんですか、ガイウス?」
「襲撃か……」
アユムの言葉に、ガイウスが頷く。
「ああ、空気が違う。十中八九、この先で誰かが襲われているんだと思うぜ。
で、だ。問題は俺らがどうするかってことだ。今なら、ちょっと街道を外れて隠れれば、やり過ごせるだろう。
だが、このまま進めば、間違いなく襲撃者とこんにちはだ。そんじょそこらの奴に負けるつもりはねえが、絶対とは言えねえ。マイルの親父、すまねえがどうするか、手早く決めてくれ」
「むう、これは参りまし「大変、大変よ!」……どうしました?」
慌てた様子で、フィーナが駆け込んで来る。
傍らには妖精のようなものが浮かんでいる。
――あれは風の乙女か?
なるほど、いやに軽装だと思ったが、フィーナは精霊魔法の使い手だったのか。
恐らく常人では感知できない風の乙女に頼み、偵察していたのだろうが、一体どうしたというのだろうか?
「襲われているのは、多分貴族。高そうなゴーレム馬車だった」
「貴族でもゴーレム馬車を所有しているのは、そうはいません。襲われているのは、大物ですね」
「いや、それ以上に問題なのは、そんな奴を襲うほど、賊は気合入ってる連中ってことだ。こりゃ、逃げた方がいいな」
マイルとガイウスがそれぞれ評価を下すが、フィーナの報告は終わっていなかった。
「馬鹿ー!そうじゃなくて、襲われている連中がゴーレム馬車だけ逃がしたの。凄い速度で、こっちに向かってるの。
だから、しのごの言ってないで、早く隠れないと、巻き込まれちゃう!」
「「「⁉︎」」」
フィーナが言い終わったその直後、荒々しい蹄の音が聞こえて来る。アユム達は即座に反応し、その方向を見る。遠目にも土煙りがあがっているのが分かる。なんと、音と共に近づいて来るではないか。
もしかしなくても、状況は最悪だった。
「チッ、マイルの親父は、すぐに馬車ごとかくれろ。フィー、お前は俺達に矢避けをかけたら、マイルの親父達の護衛にまわれ!
アユム、悪いがおまえは俺に付き合ってもらうぜ」
「了解した」
クレアが馬車の中から顔を出し、心配そうにアユムを見ていたが、心配いらないと頷いてみせると、祈るような仕草をした後、馬車の中に戻る。
「嫌よ、なんで私だけ!」
一方で納得しない者もいた。護衛でただ一人後方にまわされたのが、気に入らなかったのか、フィーナがガイウスにくってかかる。
「お前は剣の腕じゃ、俺達に大きく劣るだろうが。それに短剣じゃ、騎乗した奴を相手にするのは無理だ。大体、護衛対象を放っておけるわけないだろ!お前も魔狩人ならわきまえろ!」
が、この時ばかりはガイウスが全面的に正しかった。ぐうの音も出ない正論である。
それを理解しているのか、フィーナはシュンとして黙り込む。
「……」
「お前が後方で、マイルの親父達を守ってくれるから、俺達は安心して戦えるんだ。頼む、フィー」
頭を撫でながら諭すように言うガイウス。
ガイウスもアユムもそれなりに強さに自信はあったが、多勢相手に守りながらでは分が悪いのは事実であった。こう言ってはなんだが、そういう意味ではフィーナでさえ足手まといなのだ、
ガイウスの手を払いのけて、フィーナは背を向けていった。
「撫で方が雑なのよ、ヘタクソ!死んだら許さないんだから、この馬鹿!」
そうして、彼女が何事か呟くと、周囲の風の流れに変化が生じる。恐らくこれが矢避けの加護なのだろう。フィーナが一瞥してきたので、アユムは効果はあったと頷く。それにフィーナはフンと言わんばりに顔を背け、マイル達を追って森に入り込む。
「あんたも死ぬんじゃないわよ。クレアさんが悲しむから」
それは伝えるつもりの無い言葉だったのだろうが、風の乙女達の悪戯で、アユムの耳に届いてしまった。あるいはそれは、風の乙女なりの素直でない主をフォーローだったのかもしれない。
――本当に素直じゃないな。だが――
「……いい娘だな」
「だろう?自慢の妹分だからな」
アユムの独白に、ガイウスが得意げにこたえる。
「ふっ、違いない」
なぜだか、それを茶化す気は起こらず、アユムは素直に同意した。
思った以上に速い。それが件のゴーレム馬車を初めて見たときのアユムの感想だった。
時速にして40キロは出ているのではないだろうか。二頭立てとは言え、よくもあんな豪奢で重そうな馬車を引いて、この悪路であそこまで速く走れるものだと感心すら抱いた。
だが、賊も負けていない。疲れ知らずではないが、賊とは思えない見事な馬術で追い縋っている。
――というか、あれ本当にただの賊か?
賊というのは、ああも統一された装備をしているものだろうか。格好はそれらしいのだが、全員剣を腰に差していたり、騎射までできるなどどうにも怪しい。厄介ごとのにおいがプンプンするのをアユムは感じ取っていた。
だが、最早退路はない。
ゴーレム馬車の御者は、こちらを発見しても、全く速度を落とそうとしていない。それどころか、アユム達をなし崩し的に巻き込もうとしているようですらあった。
「賊の仲間と思われたみてえだな」
「そのようだ、どうする?」
「フィー達が隠れた方向とは逆の方に誘導する。そのまま逃げて、追手ごと素通りしてもらえればそれでよしだ。まあ――」
「――そう、うまくはいかないようだが」
よりにもよって、アユム達の目の前に横転した馬車が転がり込んできたのだった。