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第005話:魔狩人と魔剣

 ガウルとの勝負があって以来、変な横槍が入ることもなく、話はとんとん拍子に進んだ。

 まあ、村一番の巨漢で、もっとも荒事に向いてそうなガウルが手も足も出なかったのだから、無理もないだろう。


 アユムはクレアと共に行商人一行に同行して、近隣の街であるラウスまで行くことであっさり話はついた。行商人のマイルは話の分かる男で、アユムを臨時の護衛扱いで雇うとまで言ってくれた。それだけ、ガウルとの勝負は衝撃だったらしい。


 「なあ、いいだろう。一戦やろうぜ」


 まあ、そのせいでこうして護衛の魔狩人(ハンター)であるガイウスに、鍛錬中に腕試しを誘われたりもしているわけだが、それはご愛敬というものだろう。


 「魔狩人(ハンター)」というのは、その名の通り魔獣狩りを生業とする者のことだ。

 とはいえ、実際には魔獣討伐に限らず、護衛や運び屋みたいなこともするので、なんでも屋と言う方が正しいかもしれない。

 まあ、ぶっちゃけ、この世界における「冒険者」のことだと思ってくれればいい。


 ガイウスは何製かは分からないが、皮鎧(レザーアーマー)を身につけ、背中には長剣を背負っている茶髪の青年だ。歳は20代前半といったところだろう。

 その格好から分かるように、魔狩人(ハンター)は街中でも武器を持ち歩く特権を持つ代わりに、有事の際は強制徴用されるほか、平時であっても自身の所在を明らかにしなければならない義務を負う。

 グランスティアーにおけるプレイヤーの基本的立場でもあり、ゲーム時代、所在報告義務はポータル登録という形でなされ、強制徴用はイベント発生時該当都市にいると自動参加になっていたが。


 「ちょっとそこの剣馬鹿、いい加減に諦めなさいよ!」


 ガイウスに呆れた様子で口を挟んだのは、同様に皮鎧(レザーアーマー)をつけ短剣を腰に帯びた気の強そうな少女だ。まだ成人して間もないようで、どこか幼さが残る。名をフィーナと言い、燃えるような赤髮をポニーテールに結っているのが特徴的だ。


 「そうは言うがよ、フィー。本領は剣だって言うのに、素手であれだけやれるんだぜ。剣の方はどれだけやれるのか、試してみたくなるのが剣士の本能だろうがよ」


 「剣馬鹿、何が剣士よ。あんた、つい最近まで我流だけでやってた剣士もどきだったくせに」


 ガイウスは14の成人した際に魔狩人(ハンター)になったと聞いている。最近まで我流だったとするならば、彼は我流だけで魔狩人(ハンター)として生きていたことになる。それはけして容易なことではないだろう。少し興味がわいてきたのをアユムは感じていた。


 「おまっ、それは言っちゃあなんねえことだろうが!」


 まあ、当の本人からしたら、みっともない話だったのだろう。顔を真っ赤にしている。


 「ふん、事実でしょうが!」


 フィーナはきっぱりと言うと、後は素知らぬ顔でそっぽを向いた。

 なおもガイウスが何かを言おうとするが、フィーナは全く取り合わない。


 ――苛立っているというか、構ってもらえないんでへそを曲げている感じか?


 彼らとの付き合いはこの2、3日でしかないが、アユムはすでに二人の関係をおおよそ把握している。

 なにせこの二人、端から見ると凄まじく分かり易いのだ。


 クレアから聞いた話だが、フィーナは孤児で、縁あってガイウスが引き取って妹分として養育したという。女だてらに魔狩人(ハンター)をやっているのも、少し言葉が乱暴なのもそのせいらしい。クレアに言わせれば、本当は女の子らしいことに憧れる素直な娘らしいのだが、実際にはツンツンで男にも平気で食ってかかる気の強さだ。


 ただ、養い親とも言うべきガイウスに向ける感情は色々複雑らしく、どうにも素直でない。

 先ほどの我流の話を出したのは、ガイウスをからかう為というよりは、アユムの興味をひくため――つまり、ガイウスの希望を後押ししてやるためのものだろう。

 まあ、アユムにばかりかかずらって、構ってもらえないのが不満なのも間違いないだろうから、さっさと諦めろというのも、フィーナの偽りなき本音であろうが。


 ――うーむ、何という典型的なツンデレ。


 言葉には出さず、アユムは内心でそんなことを思う。

 「ツンデレ」なんて言っても、通じないであろうが、女性というのは敏感だということをアユムはよく心得ていた。下手なことを言って、女性の機嫌を損ねるのは避けたい。彼女にはただでさえ、目の敵にされている節があったからだ


 「あらあら、またなの?」


 クレアが苦笑しながら、冷やされたタオルを渡してくる。予め井戸水で冷やしていたのか、火照った体に心地よい冷たさだった。恐らく鍛錬が終わるのを見計らっていたのだろう。


 「ああ、こりないものだ」


 「ふふふ、あれがあの二人にとっての不器用な会話なのよ。ガイウスさんは少し無神経なところがあるから」


 何とも迂遠なコミュニケーションもあったものだと、アユムは苦笑する。


 「きっかけはやっぱり?」


 「ああ、昨日と同じさ。一戦したいときかないんだ」


 アユムは若干の呆れを滲ませて答える。

 ガイウスが同じことを頼んできたのは、これが初めてではないからだ。ガウルとの勝負直後の宴中に誘われたのをはじめ、昨日は朝と夜の鍛錬中に、そして今朝と都合4回目となるのだ。こうもしつこいと流石に呆れも混ざるというものだ。


 「フィーちゃんの為にも受けてあげてはもらえないかしら?」


 「クレアの頼みとあれば、受けてあげたいんだが……」


 「何か、問題でもあるのかしら?」


 「それがあるんだ。俺の剣は魔剣なんだよ」


 「魔剣!?あなたの元に勝手に現れた時からもしかしてとは思っていたけれど、本当にそうだったのね……。でも、魔剣は真人種族に使えないんじゃなかったかしら?」


 「ああ、普通は使えないし、実際使えるようになるのは苦労したよ」


 グランスティアーには多様な人種が存在し、その一つが全ての属性を持つ『真人』、つまりは現実と同じ人間種族だ。他にも水と風の祝福を受けた『森人』と呼ばれるエルフ族、火と土の祝福を受けた『鉄人』と呼ばれるドワーフ族、魔の祝福を受けた『魔人』と呼ばれる魔族などが存在する。


 『魔剣』は、基本的に魔の祝福を受けた『魔人』しか装備できない装備で、魔剣士をやりたいなら、アバターの種族を『魔人』にするのが普通だ。アユムのような、『真人』で魔剣士なんてやるのは、大馬鹿のやることだ。実際、周りの評価は惨憺たるものであったことは言うまでもない。


 もう1回同じことをしろと言われたら、いかなアユムといえど全力で拒否するだろう。

 強制ソロプレイで、本当に本気で苦労したのだから。


 「……若いのに凄いのね」


 アユムの言葉にこもった重い実感を感じ取ったのか、クレアはそれ以上詮索せず、何とも言い難い表情でそれだけ言った。

 正解である。もし聞かれていたら、アユムは半日以上は余裕で愚痴っていただろう。彼の溜まった鬱憤は並大抵のものではないのだ。


 「魔剣だと!」


 だが、今度はいらないものが釣れてしまったようだ。ガイウスが凄い勢いでアユムの方に来る。


 ――ああ、そういうことすると、お前の相棒が余計に……。


 案の定、その背後では面白くなそうな顔で、フィーナがブーたれていた。


 「ああ、こいつはれっきとした魔剣だ。どうして俺が使えるのかとは、今は関係ないから省くぞ。

 兎に角、こいつは凄まじい切れ味でな。お前の剣が悪いとは言わんが、普通の剣ではどうしても分が悪い。命をかける商売道具をこんなことでボロボロにされたくないだろう?」


 そう言って、鞘走らせて剣を見せてやる。


 「確かに普通ではない感じを受けるし、美しい剣だと思うが……。本当に魔剣なのか?」


 まあ、その疑問はもっともである。クレアと違って、それを裏付ける現象を見たわけではないのだから。

 どうにも、アユムが腕試しを断るために、適当なことを言っているのではないかと疑っているらしい。


 ――仕方ないか。頼むからへそを曲げないでくれよ、相棒。


 アユムは納刀すると、柄をガイウスに差し出した。


 「嘘だと思うなら、抜いてみろよ。俺以外には絶対に抜けないから」


 「おもしれー、やってやろうじゃねえか」


 柄を握り、抜こうとするガイウス。しかし、案の定抜けない。しまいには、顔を真っ赤にして力の限りに抜こうとしたが、これも駄目。


 「ちょっと、何独り芝居しているのよ」


 ガイウスの様子が気にかかったフィーナが、こちらに来た。無言で柄を差し出すガイウス。


 「抜けばいんでしょう。魔剣なんて、嘘っぱちに決まって――!?」


 全く抜けないことに、フィーナが絶句する。


 ――ああ、まずい。あいつ、俺以外に持たれるの嫌がるんだよな。


 どうにか抜こうとうんうん唸っていたフィーナから剣を奪う。

 これ以上は、反発して相棒がやらかさないか心配だったからだ。


 そして、見せつけるように、アユムは二人の前で軽々と抜いてみせた。 


 「マジかよ!?」「嘘!?」


 自分達がどうしようもなかったものを、あっさり抜かれてしまい、驚愕の表情を浮かべる二人。


 「言ったろう、魔剣だと。こいつは俺以外に振るわれることをよしとしないのさ」


 「話にはきいていたが、魔剣って凄えんだな」「……」


 純粋に感嘆するガイウスに対しフィーナは何か気にかかることがあったか、考え込んでいる。


 「理解してくれたか。そんなわけで腕試しは諦め「この剣を使って」……クレア?」


 諦めるように言おうとしたところをインターセプトしたのは、予想外な伏兵クレアだった。腕には業物らしき剣を抱いている。


 「亡き夫のものよ。もう振るわれなくて長いけど、手入れだけはかかしてないから、問題なく使えると思うわ」


 そう言って、差し出された剣を僅かに逡巡した後、アユムは受け取る。


 「……じゃあ、やるかガイウス」


 何も言うべきではないとアユムは判断した。

 クレア自身が自発的に持ち出してきた以上、彼女なりに整理はついているということなのだろうから。

 それに己が口をだしていいことではない。そう判断して、ガイウスを促す。


 「(悪い、悪いことしちまったみたいだな)」


 雰囲気が重くなったのを感じたのだろう。ガイウスが小声で詫びる。


 「(いや、いいさ。どうせ、いつかは向き合わなければならない問題だからな)」


 お互い剣を抜いて構える。

 アユムは腰に佩いた愛剣から、他の剣を使ってんじゃねえという猛烈な抗議の思念を感じた。


 ――駄目だよ。お前を抜くと、俺が相手殺すモードに入っちゃうから。


 そう返して、今回は無視する。

 実際問題、アユムは相棒を使うとスイッチが入ったかのように全力になってしまう。剣の修練中に、何度も確認したことだった。


 まあ、彼のゲーム中でのスタイルを考えれば当然かもしれないが、手加減なんて考えは微塵もなくなるので、ヤバイのは事実だった。少なくとも、腕試しには物騒過ぎるし、不適当なのは間違いない。


 アユムは、向かい合って剣を構えるガイウスを観察する。

 長剣だと思ったが、思っていた以上に肉厚な剣だ。いわゆる両手剣(ツーハンデッドソード)なのだろう。つい最近まで我流だったという割には、構えはオーソドックスなもので、意外に思った。


 ――まずは小手調べ!


 一切の兆候を見せず、瞬時に距離を詰めて切りつける。

 半端な速度ではなかったはずだが、ガイウスはそれをすんでのところで受けてみせた。

 剣の大きさが違いすぎるため、鍔迫りには持っていかないで素早く離れる。

 アユムは離れ際に蹴りも繰り出したが、これはあっさり防がれてしまった。


 「いきなりかよ。しかも、足癖も悪いときた。とんでもねえ野郎だ」


 「剣を抜いた以上、遊びはない。覚悟することだ」


 「へへっ、上等!」


 獰猛な笑みを浮かべて、クラウスは応えた。

 繰り出されるのは、変則ながら体重をのせた突きだ。

 が、これは些か狙いが素直すぎると、あっさり避けようとするが、なんと横薙ぎへと変化したではないか。


 ――なるほど、我流でやってきたというのも、あながち嘘ではないらしい。


 中々に巧いが、同時に悪手でもある。

 強引に軌道を変えているので刃筋がたっていないし、突きでも横薙ぎでもどちらでもいけるようにしているせいで、体重が乗り切っていないからだ。はっきり言えば、中途半端な技だった。


 故、防ぐのは容易いかと言えば、そうでもない。

 両手剣(ツーハンデッドソード)という重量ある得物に、ガイウス自身の膂力が加われば、下手に防げば、剣が折れるからだ。受けるのではなく、受け流す技量が要求される。


 しかしながら、今のアユムはそれを容易にやってのける。

 つくづく化け物染みていると思うが、できてしまうものは仕方がない。

 当初あった、肉体と意識の齟齬もすでになく、今のアユムは十全にこの肉体のスペックを発揮できる。


 横薙ぎを受け流し、お返しとばかりに胴を薙ぐ。

 が、驚いたことにガイウスは剣を手放して、尻餅をつくことでそれをかわした。

 流石に予想できず、虚を突かれる。


 すかさず蹴りがとんでくるのをどうにかかわし、距離をとる。

 その頃には、ガイウスも起き上がり、剣を構えていた。


 「ふいー、やべえやべえ。本当に強いな、アユム。

 ここまで綺麗にいなされたのは、師匠以来初めてだぜ!」


 「お前こそ、あんな避け方するとは夢にも思わなかったぞ。どういう頭をしているんだ?」


 実際、驚かされたし、想定外の動きにアユムは流れを止められてしまっていた。


 「いや、意識して動いたわけじゃねえ。あのままじゃヤバイと思ったら、勝手に体が動いてたわ」


 あっけらかと言っているが、この男、勘で動いていたというのだ。鋭いなんてレベルではない。

 というか、自身の勘を全面的に信じて動けるのが凄まじい。


 「お前が最近まで我流で生き残ってこれた理由が理解できたわ」


 恐らくこの勘の良さと、それを信じ躊躇いなく動ける思い切りの良さが、今日までこの男を生かしてきたに違いない。中々に尋常ならざる相手のようだとアユムはガイウスの評価をあげた。


 「魔狩人(ハンター)歴長いのは、伊達じゃねえんだぜ」


 ニヤリと得意げに笑うガイウスに、アユムは獰猛な笑みで応じた。


 「なるほど、ではその手並みをもっと見せてくれ!」


 そうして、アユムとガイウスは再び剣を合わせるのだった。

 なんだかんだで、アユムも楽しんでしまい、予定を忘れて小一時間ずっとやっていた。

 終わった後で、傍で二人を見守っていた女性陣の顔が大きな子供を見るかのようであった。


 ――仕方ないんだ、本当に楽しかったんだから!


 誰に言うでもない言い訳を、アユムは内心で呟いたのだった。

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