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第004話:異質な強さ

 結局、アユムとガウルとの勝負は、行商人歓迎の宴における余興として行われることになった。

 村人が娯楽に飢えているというのは嘘ではないらしく、村人達は余興を喜んで歓迎していた。


 村の広場に篝火がたかれ、中央に用意された決闘場を照らし出している。ロープで円上に囲んだだけの粗末なものだが、広さはそれなりだ。少なくとも大の男二人が殴り合っても問題のない広さはある。


 「本当に大丈夫?」


 唯一、アユムの傍らにいるクレアが、心配そうに尋ねてくる。

 対面のガウル側に村の男達がこぞって集まり、激励していくのに対し、アユムの付き添いは彼女だけだった。もっとも、アユムからすれば、彼女がいることこそが最も重要なことであったが。


 「大丈夫、絶対に勝つから」


 「剣をもったあなたなら、疑いなく信じられるのだけど……」


 アユムは断言してみせるが、どうにもクレアは信じ切れないようだ。

 まあ、無理もない。見た目の体格差を考えれば武器なしのステゴロ勝負は、客観的には自殺行為以外のなにものにも見えないであろうから。


 「本当に大丈夫だから、安心してくれ」


 実際、アユムの勝算は十分過ぎるほどある。

 だから、ガウルには悪いが、まともに勝負してやるつもりはなかった。彼には、今の自身のスペックを正確に把握する為に役だって貰うつもりであった。最も重要な剣術は、この1週間の間に自身で確かめた。次は、アユムにとって根幹をなす体術の番だ。


 「でも、今日まで体術の訓練なんて、1回もしていなかったんじゃないかしら?」


 早朝と夜にしかやってなかったのに、よく見ているものだとアユムは感心した。

 というか、今日の勝負があったからこそ、彼はあえて体術を一切試さなかったのだ。折角、実戦形式で試せる機会があるのだ。活かさない手はないと考えたからだ。


 「まあ、見ていてくれ。クレアの見ている前で、無様は晒さないからさ」


 「両者、前へ!」


 立会人を務めるブインの声が響く。


 「じゃあ、これを頼む」


 アユムは腰から愛剣を外し、クレアに渡す。

 その際、拒否するかのようにビリッとくるのをアユムは感じたが、心の中で少しだけ我慢してくれと呼びかける。それが功を奏したのか、10秒ほどで収まる。


 「どうしたの?」


 渡そうとしたところで、動きを止めたので、不審に思われたのだろう。クレアが訝しげに尋ねる。


 「いや、なんでもないさ」


 アユムはそう言って誤魔化し、今度こそクレアに剣を預ける。少しクレアの様子を観察するが、変化はない。どうやら、本当に聞き分けてくれたようだ。


 ――流石はゲームの中とはいえ、長年連れ添った相棒!ちょっと我慢してくれよ!


 念の為、もう一度心中で呼びかけておく。


 「じゃあ、いって来るよ」


 「……勝って。私をさらってくれるんでしょう?」


 声色は祈るように、それを誤魔化すように後半は冗談めかして、クレアはアユムの背中に声をかけた。


 ――予定変更、心配かけないようになるべく早く決着をつける。


 「ああ、必ずあなたを貰い受ける」


 故、アユムも予定を変更しつつ応じる。それは宣言であり、けして違える事のない誓いだった。





 ガウルと向かい合うと、やはり体格の差は大きいとアユムは思わざるをえなかった。

 アユムはアバターどおりなら身長175cm体重68kgといったところだが、ガウルの方は下手をすれば身長2メートルを超えているだろうし、体重は確実に100kgを超えるであろう巨漢だ。頭一つ分は違うだけに、見下ろされると中々に圧迫感があった。


 周囲で観戦する村人達の目から見ても、どう足掻いても武器もなしにアユムが勝つ可能性は皆無だと思われているようで、口さがない者は俺の敗北を前提として、どれだけ長く俺が立っていられるかを話し、賭けの対象にしている者すらいる始末であった。


 「始め!」


 ブインの開始の合図と共に、ガウルが猛然と突進する。

 両手を広げているところを見ると、体格差を活かして絞め技に持っていこうというのだろう。

 単純に殴りにこないあたり、それなりに考えてはいるらしい。


 アユムは、ガウルがその腕で猪を絞め殺した話を村で聞き及んでいた。ガウルの絞め技は脅威だ。

 だがまあ、当然ながらそんなものを食らってやる義理は、アユムにはないわけで。


 ――横に避けるのは、当然ながら読んでいるだろう。後退も追い詰められるだけで悪手だ。

   故に、活路は前にある。


 アユムは姿勢を低くし、広げられた腕の下をくぐるようにガウルを擦り抜ける。

 一応、反応はできたようだが、遅い。ガウルの腕は、アユムを捕まえられかった。

 見事に腕を空振らせ、アユムはガウルの背後へと回ることに成功する。


 ――分かってはいた事だが、やはりこの肉体チート過ぎる。


 アユムは自身の肉体の凄まじさを改めて実感する。

 身体能力もさることながら、感覚の強化も著しい。視覚をはじめとした五感もさることながら、第六感ともいうべき勘も冴えわたっている。正直、これでは負けろという方が難しいだろう。


 アユムは対戦相手のガウルには哀れみさえを感じてしまう。

 が、喧嘩を売ったのは、手助けがあったとはいえガウル自身だ。容赦をするつもりはなかった。


 空振り前のめりになっているところを、容赦せずにそれでいて最大限手加減して膝裏を蹴り飛ばす。

 簡単に言うと、強烈な膝カックンだ。いくら体重差があろうとも、裏から蹴ってやれば問題はない。

 否応なく、前へと姿勢が崩れるガウル。そこをすかさずアユムは追撃する。 


 首に素早く腕を巻きつけ、裸絞めにする。

 別に意趣返しを狙ったわけではない。もっとも相手にダメージが少ない形で勝てるからだ。

 すぐさま、ガウルの丸太のような腕が妨害しようとするが、もう遅い。すでに完全に極まっている。

 そして、この技を外すのは、力自慢であろうと至難の業だ。


 何より強化された超感覚により、アユムは綺麗に頚動脈洞だけを圧迫していた。

 足掻けるのは、僅か7秒に過ぎない。当然ながら、ガウルに外す事は適わず、頚動脈洞反射が起こり失神する。アユムの腕を外そうとしていたガウルの腕から、力が失われていくのを感じ、腕を解く。

 後は、頭を落とさないように気をつけながら、地面に寝かしつけた。


 ――我がことながら、インチキ染みた理不尽な強さだな。


 本来のアユムならば、こうも見事に極められなかっただろうし、勝つことはかなり難しかっただろう。本来のアユムからすれば、ガウルはけして弱敵ではないのだから。


 だというのに、現実はどうだ。周囲の静寂がそれがいかに異常であるかを物語っている。

 誰もが呆気にとられている。間近で見ていた立会人のブインでさえ、間の抜けた顔で大口を開けている。

 それどころか、この場で唯一、アユムの勝利を祈ってくれたであろうクレアでさえ、信じられないといわんばかりの表情でアユムを凝視していた。


 ――やっぱり、当初の予定通り、もっと時間かけて戦うべきだったか?いや、よく考えると、それはそれで嬲り者にするのと変わりない気が……。ああ、もう!やっちまったものは仕方がない。


 「おい、立会人。勝負は俺の勝ちだよな」


 アユムは半ば破れかぶれになりながらも、とりあえずこの状況を終わらせるためにブインに声をかける。


 「八ッ――しょ、勝者アユム!」


 声をかけられたことで、茫然自失からようやく戻ってきたブインは、どうにかこうにか勝敗を告げた。

 それに伴って上がる大歓声――とはならなかった。騒いでいるのは若い女衆だけで、拍手して祝福しているのは行商人一行だけだ。


 その一方で、正気に戻った村の男達の目には隠しきれない恐怖が宿っていた。それは理解できない異質なものを見る目であり、けして受け容れられないことを示す拒絶の目だった。


 ――ああ、うん。勉強になった。使いどころや見せ方を間違えると、間違いなく排斥されるな。 


 クレアの元へ戻りながらも、己がいかに異質な存在であるかを、アユムは改めて肝に銘じるのだった。

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