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第003話:ガウルの憤怒と予期せぬ仲裁者

 「やらかしたー」


 アユムは起きるなり、盛大に頭を抱えていた。隣ではクレアが生まれたままの姿で穏やかに寝息を立てている。断っておくが、アユムは別に彼女を抱いたことを後悔しているわけではない。

 後悔しているのは、やり過ぎたということだ。


 童貞でもないし、それなりに経験もある。だというのに、猿のように盛ってしまった。

 その証拠にすでに日は昇り、窓から漏れる光はどう見ても、朝ではない明るさだった。


 「若さを舐めてたわ……。まあ、長いこと禁欲生活だったのもあるんだろうが、全く自制が効かなかった」


 手早く服に袖を通しながら、自己分析し、自分の所業に呆れる。

 クレアを連れ出すきっかけ&理由作りであれば、1回だけ抱けば用は済んだというのに……。

 だというのに、実に5回である。明らかにやり過ぎであった。我がことながら、どんだけーと言いたくなる。


 ――肉体年齢17歳、恐るべし。昨夜の俺は完全に猿だったわ。


 アユムは、自身の肉体のエネルギッシュさに密かに戦慄した。

 その一方で、認めねばならないこともある。


 「いや、それ以上に俺自身がこの人を欲していたからか……」


 ベッドに腰掛けて、まだ寝ているクレアの長い碧の髪を手で梳きながら、独りごちる。

 それは認めざるをえない。なんだかんだ理由づけしたが、結局俺はクレアが欲しかったのだろう。

 だから、強引に奪った。それだけの話だ。


 「まあ、思い切り俺のストライクゾーンを撃ち抜いていたからな」


 それに加えて、恩人補正やら、薄幸の未亡人とか、色々属性が凄まじかったのもある。実際の年齢差は結構あるが、昨夜迫ってきた村娘と違い、十分に許容範囲だから問題ないだろう。


 「まあ、それはさておき、まずは村長との身請け交渉からかな」


 未だこちらで生活基盤を築くどころか、常識も慣習にも疎いのに、少し早まった真似をしたのはアユム理解している。だが、それでもは後悔はしていなかった。

 一方で、村長や村娘達の露骨な態度を見るに、アユムは自身が現状でも充分に優良物件らしいことを把握していたし、クレアと自身だけなら十分に食わせていけるくらいには稼げるだろうという目算もあったからだ。


 「グレイウルフのドロップだけで、足りればいいが」 


 「……本気なのね。本気で私を村から連れ出すつもりなのね」


 どこから聞いていたのだろうか。クレアとバッチリ目が合ってしまう。


 「すいません、起こしてしまいました――って、痛!?」


 「ここまでやっておいて、今更敬語を使わないで!」


 「うっ、すいま――」


 思わず謝ろうとして、アユムは強烈な眼光に射貫かれる。


 「す、すまない、クレア」


 「よろしい。名前は呼び捨てというのは、間違わなかったわね」


 ――危ない所だった。危うくさんづけするところだった。


 「ねえ、本当に私でいいのかしら?村にはもっと若くていい娘がいるわよ」


 「それこそ愚問だろう。言ったろう、俺が欲しいのは貴女だと。

 というか、ここまでやっておいて別の娘にしますなんて、できるわけないだろう?」


 「ふふふ、そうね。ごめんなさい、馬鹿なことを聞いてしまったわね。

 流石の私も、ここまでされた以上は、責任とって貰わないと許せないでしょうから」


 アユムが前半は本音を、後半を冗談めかして言うと、クレアもそれにのってくれる。

 完全に憂いがなくなったわけでもなく、陰も払えていないが、彼女は間違いなく昨日よりもましな笑顔だった。どうやら、ひとまずいい方向に作用してくれたようだとアユムは胸を撫で下ろした。


 「ようやく、クレアの笑顔が見られた」


 「……そう、私、そんなに笑えていなかったの」


 「いや、時折笑ってはいた。でも、どこか儚げだった」


 「……」


 アユムの答に、クレアはなんとも言えない表情で黙り込む。

 そんな彼女の唇をアユムは問答無用で奪う。舌を入れるおまけつきでだ。


 「ムー―――ッ!?」


 顔を真っ赤にして目を白黒させるクレアだが、アユムはそんなことを知ったことじゃないと言わんばかりに彼女の舌をからめとる。さんざん味わった後に、自身の欲望の押さえが効かなくなるぎりぎりのところで、アユムは唇を離した。


 「な、なんだか、手慣れてないかしら?」


 顔を真っ赤にしながら、どこか悔しげに言うクレアだが、アユムには可愛らしくすねているようにしか見えなかった。


 「そうでもない。確かに経験はあるけど、別にそんなにもてる方じゃないから」


 「嘘ね、きっと沢山女の子を泣かしてきたんじゃないかしら?」


 ――確かに今の二枚目の容姿だと信憑性が薄いよなー。


 自身の現在と、過去の己との落差に内心で苦笑する。


 「本当なんだけどなー。兎に角、俺は村長のところに行ってくるよ。クレアは朝食、いや、もう昼か。昼食の準備を頼むよ」


 「分かったわ、いってらっしゃい」


 微笑んで見送ってくれるクレアを見て、やはり彼女は笑顔が似合うとアユムは思うのだった。






 予想していた通り、村長との話し合いはあっさり終わった。そして、いい意味でアユムの予想外であった。


 「流石にあの強欲な村長が身請けの対価も受け取らず、むしろ、頭を下げてくるとは驚いた。まだまだ、人見る目が足りないな……ハア」


 アユムは村側に偏見を持っていたことを認めざるをえなかった。

 村側としても、完全な外部からの嫁であり、村の誰とも血縁のないクレアを持て余していたのは事実のようだったが、彼らとしてもけして現状のままのクレアを放っておくつもりはなかったようだ。むしろ、心苦しく思っていたというのが大半らしい。


 その為の再婚を勧めたり、外部の者と関わり易いポジションにつけたりしていたというのが、真相のようだ。勿論、村の一員として受け容れることはできないという意味では、村側の非は否めないが、それは村の共同体の秩序を守るために仕方のない面があったらしい。

 

 (どういう風に扱っていいか分からないから、距離をおいていたということか。)

 (まあ、それでもあの扱いは酷いと思うが。)


 村長の語ったことによれば、クレアの亡き夫は都に出て正規兵になり、小隊長まで成り上がったこの村の出世頭であったらしい。その分、村の女達の視線は凄まじく、たまの帰郷の際にには女達が群がっていたらしい。最終的にこの村の駐在武官として赴任することになり、村の女達はさぞや期待していたのだろう。


 (だが、その期待を裏切って、村の出世頭の横には都から連れてきたクレアがいたというわけだ。女衆からつまはじきにされていたのは、大魚をかっさらわれた腹いせといったところか……。)

 

 「やれやれ、どこの世界でも、女の嫉妬は怖いな」


 クレアの家への帰路へとつき、得た情報から考察しながら、アユムは独りごちる。


 クレアがほとんど村八分同然だったのは、女衆の影響が強いのだろう。実際、クレアはガウルをはじめとした独身男性はもちろん、妻帯者である男性にも人気があるのは彼らの視線から分かっている。あれ程の美人だ、無理もない。

 だが、それを女達が許さない。この世界でも男尊女卑の傾向があるようだが、実際には奥さんに勝てる男など、そうはいないのが現実だ。女衆が結託してしまえば、男達はそれに従うほかないのだ。 


 「で、男達は女達の視線を気にして踏み切れず、ぽっと出の俺にまんまと奪われてしまったというわけだ。そこんとこ、どう思う――ガウル」


 「ッ!おまえ、気づいていたのか」


 「人の後をつけるなら、もう少しうまくやることだ。正直、バレバレだったぞ」


 苦々しい表情で姿を現したのは、この村唯一の猟師であるガウルだった。

 というか、クレアの家を出るときから視線は感じていたし、村長との話し合いの際も窓の下で息を潜めていたのをアユムは知っている――今の己の人外じみた超感覚に内心で呆れながらではあるが。


 「小僧が、俺を馬鹿にするか!」


 「そんなつもりはない。思ったことを言ったまでのことだ。

 それで、何のようだよ。クレアの家からずっとつけ回していたんだ。俺に何か用があるんだろう?」


 流石に、最初からばれていたとは夢にも思っていなかったらしく、少なくない動揺が透けて見えた。 


 「……おまえ、クレアさんを呼び捨てに!?」

 

 まあ、それ以上にアユムがクレアを呼び捨てにしたのが、気に入らなかったようだが。 


 「何か悪いのか?」


 「クレアさんは、お前より年上だろうが!」


 怒りも露わにそんなことを言ってくるが、実年齢でいえばアユムの方が上である。

 なにせ、三十路真っ盛りのオッサンだったのだから。


 「クレア自身が望んだことだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」


 どうにも、青いなあという感情がわいてしまうが、アユムはあえてピシャリとはねつける。

 クレアとのことを、ガウルにとやかく言われる筋合いは欠片もないのは事実なのだから。


 「クレアさんが望んだだと!?まさか、お、お前!」


 「さあ、ご想像にお任せする」


 アユムは、わざと少し嫌味たらしく言う。

 そもそも、ガウルが覚悟を決めて、もっと積極的にアプローチしていたら、クレアの状況はもっと変わっていたかもしれないのだから、これくらいの嫌味は許されるだろうと考えたからだ。


 「!?」


 顔を真っ赤にして、憤怒の表情になるガウル。どうやら、行くところまで行ったと判断したようだった。

 まあ、然もありなん。実際、その通りなのだから、彼の怒りは的外れというわけではない。


 「話はそれだけか?それなら失礼するよ」


 「待てよ!」


 避けることもできたが、アユムはあえて肩をつかまれてやる。

 この期に及んで、この男が何を言うのかも興味があったからだ。


 「なんだ?俺も暇じゃないんだ。用があるなら、さっさと言ってくれないか」


 「俺と勝負しろ!」


 ――こいつは何を言っているんだろうか?


 アユムは、素で呆れた。

 物語などでよくある「誰々をかけて決闘しろ」だが、あれは賭けの対象である者の気持ちを全く考慮していない。大体、誰かの所有物扱いされた方からすれば、たまったものではないだろうに。


 「……無意味だな。クレアの意思を完全に無視しているし、たとえ勝負して勝ったとして、それでクレアがあんたに振り向くと本当に思っているのか?」


 この阿呆の言っていることも同じだった。

 勝負して勝てたからと言って、それでクレアがガウルとの再婚にうんというだろうか。アユムには欠片もそうは思えなかった。今の彼女は、けして流されるままをよしとするものではないだろうからだ。


 「う、うるさい!逃げるのかよ!」


 どうやら、自覚はあったようだ。それでも挑まずにはいられなかったというのが真相のようだ。


 「すまないが、俺にはその勝負を受ける理由がないんでな」


 そう言って、振り切ろうとするが、いつの間にか遠巻きに見られていることにアユムは気がついた。


 ――しくじった!いや、これは俺がやらかしのか?


 村の広場の一画で、大の男二人が言い争っていたら、それは目立つだろう。

 昼時であることも手伝って、バッチリ聞かれていたらしい。下世話な好奇の視線を無数に感じる。


 周囲の目があれば、下手なことはできないと踏んで、アユムはこの場で暴いたのだが、どうやら裏目に出てしまったらしい。その証拠に、一人の男が近づいてくる。確か、村長の息子でブインとか言ったはずだ。


 「お客人、困りますな。村人と諍いを起こされるのは」


 一部始終を見ていたであろうに、いけしゃあしゃあとよく言うものだと、アユムはその面の皮の厚さに感心した。


 「これは失礼しました。ですが、私に非はないと思うのですが」


 暗にお前も見ていただろうが、と言ってやる。


 「……生憎ですが、聞いておりませんでしたので、分かりかねますな」


 どうやら、ブインは、あくまでも村内で起こった諍いの仲裁に来たというスタンスを崩す気はないらしい。


 「そうですか。それでも、つっかかってきたのは彼の方であり、村内で騒ぎを起こしたことは謝罪しますが、咎められる覚えはありませんね」


 「そう仰らずに。山に入れば、山の理に従うべしと申します。どうでしょう、余興代わりに先の勝負を受けてやってはもらえませんかな?」


 ――「郷に入っては郷に従え」と言う意味の言葉か。中々面白い言い回しだ。


 それにしても、余興とは言っており言葉も丁寧だが、実際にはブインとしてもどうあっても勝負を受けさせたいらしい。目がそう言っていた。目は口ほどにものを言うと言うが、まさにその通り「逃がさない」と言わんばかりの眼光だ。


 ――なんで、こいつここまで必死なんだ?別にガウルと仲がいいわけでもあるまいし。


 グリース村において猟師であるガウルは、それ程いい扱いを受けているわけではない。日本の江戸時代や中世ヨーロッパでもそうだが、直接血を流したり動物の死体を扱ったりする猟師というのは、あまりいい目で見られないことがある。

 ガウルもその例にもれないようで、宴での席次は低かったし、彼にすり寄る村娘は皆無であった。家も村外れと言うほどではないが、他の家より少し離れた場所に建てられているのを確認している。

 どう考えても、ブインにガウルを手助けする理由があるとは思えないのだが。


 「ハアー―、そこまで言うならいいでしょう。お受けしますよ。その代わり、これ以上の要求は受け付けませんので、そのつもりで。よろしいですね?」


 アユムは結局受けることにした。

 ブインの真意は定かではないが、今後黙らせられるというのなら、悪い話ではないからだ。

 だが、これ以上難癖をつけるようなら、容赦はしないつもりであった。彼はお人好しの善人ではないのだから。


 「……ええ、もちろんです。ありがたい。皆、娯楽に飢えているものですから」


 「ブイン、恩に着る!」


 アユムの有無を言わせぬ視線を浴びながら応じるブインに、信じられないと言った感じで礼を言うガウル。


 ――あっ、やっぱり仲は良くないのね。


 「それでどうやって勝負するんですか?一応言っておきますが、剣を持った私に勝てるとは思わないことですね」


 「ええ、勿論です。ですが、猟師であるガウルに弓で勝てるとは言いませんでしょう?

 ですから、ここは平等に拳でどうでしょうか?」


 ブインは笑みを浮かべてそう言うが、2メートルを超しそうな大男であるガウルと、身長175cmの今のアユムがステゴロ勝負が平等?平等という言葉の意味を、辞書で引いて調べ直してこいとアユムは言いたくなった。


 ――この男、俺がガウルにやられてズタボロになるのが見たいだけか。くだらん……。


 「分かりました、では、それで」

 

 「おや、よろしいのですか?」


 アユムがあっさり受けたのが意外だったのだろう。ブインが驚きを滲ませて聞きかえした。

 もしかしたら、アユムに拒否させて、何らかの譲歩を引き出すつもりだったのかもしれない。


 「そちらが提案したことでしょう。何か問題でも?」


 「いえ、いいならよいでのです。ガウルもいいな?」


 「ああ、勿論だ。願ってもないぜ!」


 見せつけるように筋肉質な腕をたわませるガウル。

 アユムはそれを何の感慨もなく、白けた目で見た。


 「では、クレアを待たせているので、これで失礼します」


 あれて煽るように言って一礼すると、アユムはその場を後にする。ギリという歯ぎしりと、若い村娘達から落胆の気配を感じたが、アユムの知ったことではない。

 むしろ、問題なのは、歯ぎしりしたのが、憎悪の視線をぶつけているガウルではなく、ブインだったということだろう。


 ――おい、村長の息子。あんた、確か妻帯者だったよな。


 ブインもまた、クレアを狙っていたという驚愕の事実に、アユムは人知れず天を仰いだ。

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