表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

第017話:メイサン辺境伯

 交易都市ラウスの中心部、その少し奥まった場所にメイサン辺境伯の屋敷は存在した。

 賢君であっても武張った人物でないという評判であったが、通された屋敷内は華美に過ぎず、どちらかというと厳かで質実剛健な雰囲気であった。


 「クレア、つきあわせて悪いな」


 「いいのよ、私もご領主様にはお世話になったから、心配していたの」


 アユムは予定通り、メイサン辺境伯を尋ねていた。

 とはいえ、一人ではない。『悠久の楽園』亭からの見舞いの品を持参したクレアも一緒にだ。


 ディグルの紹介状があったとはいえ、ここまでスムーズに屋敷に入れたのは、ひとえにクレアのお陰であった。結婚する前は、この街で一、二位を争う『悠久の楽園』亭の看板娘だった彼女は、アユムが思っていたより遙かに顔が広かったのだ。もちろん、『悠久の楽園』亭の名も役だったのはいうまでもないが。


 ドアを控えめにノックする音が響き、それに対し部屋の主から入室許可がでる。

 執事はこちらに一礼すると扉を開き、室内へとアユムとクレアを誘った。


 「ほう、これは懐かしい顔だな。クレア、戻ってきていたのだな。

 久しぶりだというのに、折悪く体調を崩していてな。すまんが寝たままで失礼するよ」


 クレアの顔を見て驚き、次いで喜びを顔に浮かべたのは、ディグルと同じ年代の男だった。

 ベッドに寝てはいるものの、アユムを見る眼光は鋭く、病とは思えぬ生命力を感じさせる。


 「はい、ご領主様、ご心配をおかけし、申し訳ありません。これは両親よりの見舞いの品にございます」


 そう言ってクレアが差し出した料理が入ったバスケットとワインのボトルを、脇に控えていた執事が受け取り、主の元へ持っていく。


 「流石はアマンダよ、よく分かっておる。おや、レファルも奮発したな。これは奴の秘蔵のワインではないか。私が売れと言っても頑としても応じなかったというに、愛娘にかかれば形無しか。余程、お前が帰ってきたのが嬉しかったとみえる」


 アユムは領主――メイサン辺境伯ことレグス・ラウス・メイサンを観察する。

 嬉しげにバスケットを覗き込み、ボトルの銘柄に驚くその一挙手一投足を見逃さぬように、隅々まで。


 その視線に気づいたのか、レグスは執事に目をやり、退室を促した。

 執事は一礼すると、心得たようにクレアを連れて退室する。


 「さて、そろそろ本題に移ろうか。お初にお目にかかる魔狩人(ハンター)殿。まずは我が娘と亡き友の忘れ形見を守っていただことに、心から御礼申し上げる」


 ドアが閉められるなり、レグスは身を起こして姿勢を正し、アユムに向かって深々と頭を下げたのだった。

 さしものアユムも、この街最大の権力者にいきなり頭を下げられるなど夢にも思っておらず、驚愕で唖然としてしまうのだった。


 「フハハハ、若い若い。アユム殿、君は魔狩人(ハンター)としては優秀かもしれぬが、まだまだ青いな」


 そう言って愉快げに笑うレグスに、なんとも言えない表情でアユムは黙礼するのだった。







 「アユム殿、おおよその所はディグルの手紙で聞いている。

 だが、当事者から聞かねば分からぬこともある。手間をかけて済まぬが、 君達が我が娘と関わることになった事の発端から語ってはくれまいか」


 レグスの求めに応じ、アユムは語る。

 賊の襲撃から逃げて来たゴーレム馬車によって強制的に巻き込まれたことから始まり、レイアの裏切りまで余すことなく偽りなく語った。


 「ふむ、そうかレイアが……。

 やはり、あの娘は援軍が遅れたことを恨んでおったのだな。王家の責が全くないとは言わぬが、それでも逆恨みであることに変わりはない。あの娘が憎悪を向けるべきなのは、親友に死ねと命令した私であるべきだろうに」


 レグスの顔には深い悔恨とやりきれない思いが見て取れた。

 彼にとっても、レイアの父親の死は大きいものなのだったのだろう。


 「すまぬな、年をとるとすぐ感傷に浸りたくなってしまうようでな。今はそれどころではないというのに」


 「いえ、お気になさらず」


 「では、最も重要なところに行こうではないか。君は言ったそうだな。私の病が仕組まれたものではないかと」


 「ええ、そう考えるのが一番納得いきますし、様々なことに説明がつきますので」 


 「そうか、私も不思議ではあったのだ。確かに武に自信があるとはお世辞にも言えんが、幸い両親は私に病知らずの丈夫な体をくれた。それがここへきて急にであるからな。正直なところ、違和感はあったのだ。

 だが、原因は分からぬ。我が家臣に私に毒をもるような者はおらぬし、貴族として最低限の毒味くらいはしている。毒味役が私と同じように伏せっていないところを見ると、やはり毒ではないと思うのだ」


 「であれば、呪いということになりますが……」


 「すまぬが、流石にそっちは門外漢だ。アユム殿はどうだ?」


 「呪いの専門家とは言いませんが、そういうのは敏感でして――!」


 「グオオオオ――!」


 レグスが胸を押さえ悶え苦しむ。必死に声を殺しているようだが、それでも漏れ聞こえるくらいの絶叫であった、並大抵の痛みではないのだろう。


 一方、アユムは同時にこの部屋に入ってからずっと感じていた違和感が強くなるのを察知していた。

 そして、辺境伯が病ではないという確信も得ていた。あまりに唐突すぎるし、レグスは衰弱こそしているが、どこも悪いようには見えなかったからだ。侍医の診断でも、原因不明であることは聞いた。であるならば、やはり彼の領分ということになる。


 ところで、話は変わるが、グランスティアーにおいける『魔剣』の扱いを少し語っておこう。

 『魔剣』は『魔人』しか装備できない装備と言ったが、実際にはどんな種族でも装備できる。

 まあ、そもそもグランスティアーに種族による装備制限はないのだが……。


 ただ、問題なのは、魔剣士固有のパッシブスキル<魔剣適性>がないと、デメリットが大きいのだ。

 そう言う意味で、有効な装備として扱えるのは、デフォルトで<魔剣適性>を持つ『魔人』だけなのだ。


 さて、そう言う意味では『真人』で魔剣士を選んだアユムは相当な物好きであり、紛う事なき色物だ。

 なにせ、『真人』はデフォルトで<魔剣適性>を持たず、魔剣士を選択時に申し訳程度に0から1になるだけなのだ。魔剣士を選ばずとも、デフォルトで30もの<魔剣適性>を持つ『魔人』とは比較するべくもない。


 『魔剣』はこの<魔剣適性>によって、扱えるものが決まりMAXは100。

 1しかなかったアユムが扱えたのは、魔剣士になる時に与えられる【名もなき魔剣】だけだ。

 しかも、魔剣士の初期装備であるこの最弱の魔剣ですら、必要とされる<魔剣適性>は10。

 実にアユムの10倍にも達する。当然ながら、アユムは魔剣装備によるデメリットをこれでもかと受けた。


 まず、装備が変更できない。呪われた武具と同じだと思えばいい。

 次に、使用中は一秒につきHP1減少する。鞘から抜き放った瞬間から、それは効果を発揮する。

 最後は、本来使えぬが故の弊害か、凄まじい痛みが全身を襲うと言うことだ――今のレグスのように。


 アユムがこれらのデメリットを受けながら、どうやってレベルを上げたのかというと、システムアシストをきり、マニュアル操作で居合いの技を使うという荒業で対応したのだ。


 友人達には頭おかしいと言われた所業であったが、アユムとて、きりたくてきったわけではない。システムアシストありの動きのモーションだと、敵を倒す前に己が死んでしまうというやむにやまれぬ事情があったが故だ。抜刀中はHPが減る&全身激痛となれば、抜いている時間を少なくするしかなかったのだ。


 しかも、そこまでしても洒落にならない痛みが全身を襲い、HPが減るとなれば連戦などできるはずもなく、1戦するごとに休まねばならない亀の歩みであり、苦肉の策以外のなにものでもなかったが、幸いこれはうまくいった。

 そして、<魔剣適性>は魔剣を装備した状態でレベルアップしなければ上げられないパッシブスキルであり、その上昇値はレベル1につき1だ。つまり、アユムはレベル10になるまでは、初期装備のままそうしてレベル上げをしたのである。


 このことは、後にアユムにあることを気づかせることになるのだが、今は割愛する。

 重要なのは、レグスの症状が痛みになれていなかった頃のアユムを思い出させるということだ。

 この激痛症状はグランスティアーにおける呪いの効果としてはポピュラーなもので、状態異常でこそないものの、精神は否応なく摩耗する。


 まあ、アユムはそれに慣れることで対応したのだが、それは例外中の例外だ。普通のプレイヤーならば、慣れる前にキャラを作り直すだろう。

 そして、この世界の者がそれにさらされるとどうなるかは、今のレグスが物語っている。


 (原因不明の病、不定期に全身を苛む激痛。間違いなく呪いだな)


 苦しむレグスに注意しながら、室内に呪いの起点となるものがないか探索する。

 

 (家臣の信はあるし、領民からの人気も高い。娘の命の恩人とはいえ、どこの馬の骨とも分からぬ輩に躊躇いなく頭を下げられるあたり、大した人物だ。高位の貴族だけあって、相応に対策もしているから、恐らく経口摂取ではない。ここまで衰弱するほど頻繁に痛むというならば、間違いなくこの部屋に呪物があるはずだ。)


 そうして目を皿のようにして探す内に、飾られた見事な装飾の剣から禍々しい気配をアユムは感じ取った。手に取れば、当然の如くアユムをも侵食しようとしてきたが、呪いの類は彼には無意味である。何の感慨も抵抗も抱かず、剣を抜き放つ。


 その瞬間、呪いが消え、レグスが痛みから逃れたのをアユムは気づいた。


 「……あ、アユム殿、その剣が原因なのか?」


 信じられないと言った表情で、息も絶え絶えにレグスが聞いてくる。


 「いえ、それは正確ではありません。この剣とこの鞘こそが原因ですね」


 「剣と鞘だと、どういうことだ?」


 「この剣は本来この鞘に収まるべきものではないということです。そして、その逆もまた然り。本来の相手ではないので、互いに反発しあって周囲に呪いを振りまいていたのでしょう」


 中々巧妙な仕掛けだ。相性が悪い低位の呪物を掛け合わせることで、呪いをより強固なものしていたのだ。これを考えついた奴は、間違いなく最悪の正確をしているに違いないとアユムは思った。


 「周囲に?!では、私だけではないと?」


 「いえ、この剣はこの部屋に飾ってあったのでしょう?恐らく直接触ったりしない限り、呪いに蝕まれることはありませんよ。呪物として、それほど位の高いものではないですから。

 この剣の贈り主を知っておられますか?」


 「ああ、確かハルヴォル伯爵だったはずだ。彼は刀剣の収拾が趣味でな。

 だが、あの気の良い男がか……俄には信じがたいな」


 「まあ、贈った本人も知らなかった可能性はないわけではないですから。それに――」

 

 アユムはもう一つの可能性に思い当たるが、流石にそれはないときって捨てた。


 「何を言いかけたのだ?」


 「いえ、これは語っても詮無きことでしょう。まず、ありえないことですから」


 そう、アユムに呪いが効かないのと同様に、既にそれ以上の呪いに蝕まれているなど、ありえるはずもない。この時のアユムはそう思って、その可能性を除外したのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ