第016話:最悪の可能性
ディグルがとレティシアが雲隠れしている高級宿の一室に、レイアを捕らえたアユム達三人は戻ってきていた。
「やれやれ、もう少し穏便にことを進められなかったのか?」
ディグルが頭痛をこらえるように頭を抑えて言った。
彼がそういうのも無理はない。いくら破棄予定の破棄区画だからとはいえ、街中で大破壊事件が起きたのは間違いないのだ。当たり前のように、大騒ぎになったのは言うまでもなく、とてもではないが身動きできる状態ではなくなってしまったのだから。
「いやー、申し訳ない。一応言っておくけど、ここまでやるつもりはなかったんだ。
ただ、その女騎士、思いの外逃げるのが巧かったもんでね」
「ハア――、レイアを逃がしたのは、我にも責がある故あまり強くは言えぬが、それでもいたずらに騒ぎを大きくすることは厳に謹んでもらいたい」
「了解した」
やらかした張本人であるアユムが言葉少なに応じる。
彼とてやり過ぎたという思いはあるのだ。ただ、力の加減を間違えたというだけで。
「本当に頼みますぞ」
ディグルはそれでも念を押すように言った。
「……」
アユムは黙ったまま、神妙に頷いた。
しつこいと思わないわけではなかったが、レイアが片腕を失っているのに気づいたレティシアが卒倒したりしているので、ディグルが神経質になるのも仕方のないことと割り切った。
「では、本題に移ろう。
レイアの単独というのは嘘ではないと我は思う」
「私もそれは本当だと思う。あいつのあの時の叫びは血を吐くような悲痛なものだったから。あれは演技なんかじゃないと思う」
「そうだな、俺も間違いねえと思うぜ」
ディグルの言葉を、フィーナとガイウスが肯定する。
「だとすると、恐らく重要な情報はもっていないだろう。では、役割は囮か?迷わず逃げたのは仲間と合流するためだと思っていたんだが……」
アユムも自身の推測を話す。
「恐らくそうであろう。どうやら自分に目を惹きつけ、時間稼ぎをするのが目的だったようだな」
ディグルは肯定し、十中八九囮だろうと語った。
「だが、そうするとこれ見よがしに謎解きして、わざと逃がしたのは失敗だったわけか」
「あんた達の下手な芝居もね」
ガイウスが失敗したという感じでいうと、茶化すようにフィーナがそれにのっかった。
「やれやれ、いじめないでくれ。俺だって、失敗することはある」
「まあ、そうだよな。俺もあの女があそこまでやるとは夢にも思わなかったからな」
そう言ってガイウスが見やるは、ベッドに寝かされたレイアだ。
ちなみに隻腕でも油断できないので、拘束はしてある。隠者のマントも回収済みだ。
「レイアは幼少の頃から筆頭騎士であった父親に鍛えられ、総合的な強さならば、領内でも1、2位を争う使い手よ。知ってたならともかく、見誤っていたなら無理もなかろうな」
ディグルはレイアの強さを誇るように認めた。
「でも、そんな使い手に裏切られてちゃ世話ないわね」
フィーナはレイアにしてやられたことに、少なからぬ怒りを抱いているのか、中々には辛辣であった。
「今更、それを言っても仕方がないだろう。
それよりも問題は、本命はどこで何をしているのかということだ。
まず縁談関係だと思うんだが……」
ディグルはなんとも言えない表情で項垂れるが、アユムはそれを流し本題へと話を戻す。
嫌味を言いたくなるフィーナの気持ちはわからないわけではなかったが、今重要なのはそこではないのだから。
「相手である第三王子は見舞う為にこちらに向かっているらしいが、聖騎士の野郎はすでにこの街にいるって話だったよな」
「病に倒れた辺境伯の見舞いにきたらしいけど、隣国の騎士にしては耳が早すぎるんじゃない?」
「そうだな、縁談の関係で情報収集しているとしても、いくらなんでも動きが早すぎるし、タイミングが絶妙すぎる。十中八九、聖騎士の方は黒だ」
だからこそ、アユム達は躊躇いなくレイアを逃げるように仕向けたのだ。
あわよくば、そこから恐らく繋がっているであろう聖騎士の捕縛に繋げるために。
「しかし、現実にはレイアは単独。情報を漏らしたことは間違いなかろうが、相手側の情報は皆無といって状態とは」
「ああ、もう、悔しい!まんまとしてやられたというわけ?!」
「……そうなっちまうよな」
悔しげに唸るフィーナに、苦い表情でガイウスが頷く。
フィーナに集中したことで、その分相手がフリーハンドをえたことは間違いないのだ。そういう意味では、この時点ではアユム達の敗北であった。
「問題は連中の狙いよな。縁談の横取りが目的だと思っておったが、そのための茶番劇が失敗しているのは、仕掛け人である連中が把握していないわけでもあるまいに。それにも関わらず、連中は大駒である聖騎士を未だこの地に滞在させておる。何か目的があるのは間違いなかろうよ」
ディグルが頭を悩ませながら、そう語る。
「……最悪の予想なんだが、一応こうじゃないかっていう俺なりの推測はある。聞く気はあるか?」
「正直、現状では情報が足りなすぎる。少しでもこの事態を収拾できる一助になるのならば、どんなものでも構わん。話してみてくれ」
「そうか――分かった。それじゃあ、早速だが一つ聞きたいことがある。
辺境伯に病の前兆はあったのか?若しくは病弱だったか?」
「いや、メイサン辺境伯はすこぶる元気な男でな。武張った男ではないが、病知らずであったはず。少なくとも病弱なんて言葉とは無縁の男よ。大きな病にかかるのも、今回が初めてであろう。前兆と言えるようなものも、我の知る限りではなかったはずだ」
それが何の関係があるのかと、アユムに視線をよこすディグルであったが、それはすぐさま驚愕と憤怒に染められることになる。
「――念を押しておくが、本当に最悪の予想だからな」
「あんたがそこまで言い淀むなんて、どんだけ最悪なのよ」
「そうだな、茶番劇でも十分以上に最悪だったと思うが、それ以上だとでも言うのかよ」
らしくなく念押しし、それでも言い淀むアユムに、フィーナとガイウスはどれだけ最悪なんだよと突っ込む。彼らからすれば、現時点でも十分以上に最悪なのだから、今更と言う感があるのだ。
「辺境伯は本当に病なのかということだ」
「えっ?」「はっ?」
「何だと?!どういう意味だ、説明せよ!」
アユムの爆弾発言に、フィーナとガイウスはわけが分からないという感じだったが、ディグルには聞き捨てならないことだったらしい。問い質すその声は普段の鷹揚さが抜け、荒々しく乱暴なものであった。
「落ち着いてくれ、確証はない。あくまでも可能性の話だ。
辺境伯が前兆もなく、急に病に倒れる。全くありえないこととは言わないが、病とは無縁な健康体であったことを考えれば限りなくその可能性は低い。
であるならば、病ではないではない可能性があるのではないかということだ」
「病でないというならば、何だというのだ?!」
ディグルは苛立たしげに結論を急ぐ。それだけ彼には余裕がなかった。
「毒、若しくは「呪い……」その通りだ。よく知っているな……って、大丈夫か?」
フィーナが絞り出すように呟いたのをアユムは聞き逃さなかった。
少し驚いて見てみれば、フィーナはその顔を蒼白にし、今にも倒れそうであった。
「なんでもない、大丈夫よ。ガイウスも、落ち着いて。今はこいつの話が重要でしょ」
ガイウスも心配そうに駆け寄ったが、フィーナは取り合わない。
やせ我慢であるのは、誰の目にも明らかであったが、本人が頑なに拒否している以上、今は触れるべきではないと、誰も触れなかった。
一方で、ディグルの剣幕は収まるところを知らなかった。
「毒に呪いだと?!馬鹿な、万が一にも気取られれば一環の終わりではないか。危険が大きすぎる!
大体、縁談がなる前に辺境伯を殺すことに、連中に何の得があるというのだ?!」
「別に殺すことが目的じゃない」
「何?!では何が目的なのだ」
「だから縁談さ。奴らの狙いはあくまでも白薔薇姫との縁談の成就。辺境伯の病を治したとなれば、いくら王族との婚姻があっても、無碍にはできまい。なにせ、命の恩人なんだからな」
「つまり、お主はこう言うのか。辺境伯の病すら連中の仕込みだと!」
「その可能性は高い。遅効性の毒なんてものは別に珍しくないし、長期間とり続けることで体を蝕む毒だってある。呪いならもっと簡単だ。生かさず殺さず苦しめるなんて、お手の物だからな」
「でも、それならなんでさっさと動かないの?辺境伯の病を治してしまえば、それは連中にとって絶対の強みになるはずでしょ」
「動かないんじゃない、俺達のせいで動けないのさ。
今、公には白薔薇姫は生存不明だ。全てを仕込んだ奴らといえど、偶然居合わせた俺達は計算外で、予想外なのさ。綿密に計画を練れば練るほど、不測の事態への対応は鈍くなる。茶番劇を演出することが失敗したのは当然理解しているだろうが、一方で白薔薇姫の生存については確信がなくて動くに動けないのさ。白薔薇姫が死んでいたなら、全て無駄になるんだからな。
故に、白薔薇姫の生存を公にした時点で、奴らは動き出すだろう。そして、その時連中が辺境伯の治療に動いたならば――辺境伯の病は間違いなく連中の仕込みだろう」
内心で苦々しいものを感じながら、アユムは淡々と語った。
「連中が仕込んだ毒なら、当然解毒方法を知っていやがるだろうし、解呪や浄化は連中の得意とするところだ。簡単に解けるだろうよ。
で、どちらにせよ、聖騎士は辺境伯の命の恩人という絶対的優位を手に入れて縁談に臨めるわけだ。チッ、胸くそ悪いぜ!」
「なんという、なんということだ……そこまで、そこまでするのか?!」
ガイウスが吐き捨てるように言い、ディグルも信じられないといった表情で悲嘆と憤怒が入り混じった声を漏らす。
「やる、連中はそれくらい簡単にやるよ。あいつらにとって、異種族は道具でしかないし、同じ真人種族であっても異教の者であれば、塵芥と同じなんだから。あの腐れ外道共は自分達こそが一番上で、他の全てを見下してるのよ」
「フィー、よせ!」
憎悪に塗れた表情と声で語るフィーナを、強引にガイウスが制止する。
それ以上は言わせてはならないことであったからだ。
「「……」」
部外者であるアユムとディグルは、それを黙って見つめるほかない。
ただ、この精霊使いの少女とヴェルヌス神聖国との間に、浅からぬ因縁があることだけは理解した。
「すまねえな、話を中断させちまって――それで、どう動く?」
ガイウスによる強引すぎる話題の転換だったが、アユムもディグルも追求する心算はなかったので、あえてそれにのった。
「そうだな……。アユム、お主ならどうする?」
「とりあえず、オッサンには辺境伯への紹介状をしたためてもらいたい」
「紹介状?何に使うというのだ?」
「この面子の中でもっとも知られておらず、連中と何の因縁もない俺なら、連中に気取られる可能性は低いからな。辺境伯の様子を確かめてくると同時に、あんたらの生存を伝えてくるさ。愛娘と腹心が無事と知れば、辺境伯も多少は持ち直すだろう」
「確かに辺境伯の容態は心配であるが……危険だぞ」
ディグルにしても、仕組まれたか否かに関係なく辺境伯の容態を確認したいのは言うまでもない。
「だろうな。だが、実際問題、俺以上の適任者はいないだろう?白薔薇姫にもレイアの腕の件で嫌われたっぽいしな」
ディグルがのこのこと出て行けば、連鎖的にレティシアの生存が明らかになるし、いくらアユム達と言えど縁もゆかりもない魔狩人達にレティシアを完全に任せることはできない。
「「……」」
何も語らず、黙り込んでいるガイウスとフィーナなどは言うまでもない。両者共にヴェルヌス神聖国と浅はかならぬ因縁をもっているのだ。公然と動かせば、両者までもが標的になりかねないのだから。
「異論はないようだ、決まりだな。俺が明日辺境伯を尋ねて、状態を確かめてくる。皆は今しばらく隠れていてくれ」
アユムはそう言って、室内にたちこめる重い空気を断ち切るように、やや強引に話を終わらせたのだった。