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第013話:情報収集と陰謀

 アユム、ガイウス、フィーナの三人は、クレアの紹介ということで、無事『悠久の楽園』亭に泊まることが決まった。アユムに対しては、レファルとソールが強硬に反対したが、アマンダの「それじゃあ、クレアの部屋に泊まってもらいましょう」の一言で、渋々しながら主張を引っ込めた。


 そうして、なんだかんだで三人は少し早めの夕食をとっていた。

 勿論、この時もレファルがアユムには食事を出さないと言い出して、再びアマンダの一言「じゃあ、クレアが作ってあげなさい」で、沈んでいる。アユムに食事を出す時の彼の顔は、苦虫を100匹まとめて噛みつぶしたかのようであった。


 「しかし、クレアさん凄い人気よね」


 ニヤニヤしながら、フィーナは他人事の様に言う。

 明らかにアユムの現状を彼女は楽しんでいた。

 

 「ああ、俺もこれ程とは思わなかったぜ」


 ガイウスもうんうんともっともらしく頷いているが、頬がひくついているのを隠せていない。

 彼も彼で、アユム現状は中々にツボに入ったらしい。


 「……」


 アユムはそれをなんとも言えない表情で、黙って頷きだけを返した。

 この状況では何を言っても、喜ばせることになりかねないし、何より突き刺さる二つの視線が痛かった。


 実際、クレアは凄い人気だった。

 彼女の帰還をどこからか聞きつけたのか、宿泊客は元より近所の者達までかけつけて、もみくちゃにされている。


 ――今夜は盛大な宴になりそうだ。


 どこか他人事の様にアユムは思っていたが、そうは問屋が卸さない。


 「アユムさん、楽しんでいるかしら?」


 アマンダがそう言いながらグラスにワインをついだことで、ギンと音がしそうな勢いで片方の視線が強烈になる。


 「……エエ、勿論デス」


 正直、居心地は最悪だったが、今のアユムに否などと言えるはずがなかった。

 つがれた高そうなワインを、少しぎこちない動きで口をつける。


 「うまい」


 とても味わう余裕などなかったはずだが、その濃厚な味わいがアユムに言葉を漏らせていた。


 「ふふふ、そうでしょう。あの人秘蔵のワインだもの。折角のお祝いだから、開けてみたの。

 皆さんで飲んでね」


 アマンダはそう言って、ボトルごとテーブルに置いていく。

 どこかで野太い悲鳴が上がったが、誰も見向きもしなかった。


 「アユム、俺にも一杯くれよ」


 横からガイウスの手がボトルへ伸びたが、アユムはそれを無言で弾き、自分のグラスになみなみと注ぐ。


 「ちょっ、なあ俺にもくれよ。いいだろう?!」


 ガイウスが慌てた様子で言うが、アユムは取り合わない。

 彼は少なからぬ怒りを抱いていたからだ。恩には恩で仇には仇で返すのが、アユムの流儀である。


 すっと逆方向からグラスが出される。言わずもがな、フィーナのものだったが、これには素直についでやった。


 「えっ?」


 素直にアユムがついだことに驚いたのか、フィーナは目を白黒させたが、彼女もまたワインの味には興味があったのだろう。ガイウスをふと見て一瞬迷ったようだが、結局自分で飲んだ――アユムが黒い笑みを浮かべているのに気がつかずに。


 「ゴボッ、ゲホッゲホッ」


 「だ、大丈夫かフィー!」


 アユムの思った通り、フィーナは一口飲んで早々に咳き込み、慌ててガイウスが駆け寄る。

 当然ながら、アユムがフィーナについでやったのは、善意でもなんでもない。こうなることが分かっていたからだ。

 酒をある程度飲み慣れている彼ですら、酒精が強いと思うワインである。飲み慣れていないどころか、あまり飲んだことがなさそうなフィーナでは、この結果は目に見えていたのだった。


 アユムは二人を見ながら、ニヤリと悪魔の笑みを浮かべつつ、ワインを飲み干すのだった。

 勿論、酒の味が分かるであろうガイウスには、一滴も飲ませなかったのは言うまでもない。




 

 「ちくしょー、この人でなしが!結局、全部飲んじまいやがって!」


 「……」


 ガイウスが喚き、よくもやってくれたわねとフィーナが睨み付けるが、アユムはどこ吹く風だった。

 彼からしてみれば、ささやかな意趣返しに過ぎず、特にフィーナは自業自得の面もあるので、さほど罪悪感を覚えなかったのだ。


 「そんなことより、そろそろ本題に移ろう」


 「そんなことをって、ハア、お前は本当にいい性格してやがるぜ。

 フィー、頼む」


 諦観を滲ませて、ガイウスは頭を振った。


 「……分かった。風の乙女シルフ、お願い。

街の住民にとっても、今回の戒厳令は突然のものだったみたい。相変わらず理由は不明。

 ただ、ラウスを治めるメイサン辺境伯らしくないやり方だって、聞いたわ。本来、民に直接的に影響を与える今回の戒厳令のようなことはしないって。病気で伏せっているらしいから、それで気が弱くなっているのかもね」


 フィーナはもまた頭を切り換えるように頭を振ると、自身の契約精霊である風の乙女シルフ

に、この部屋の音の一切を外に漏らさないよう頼んだ。「沈黙魔術サイレント」の一種であろう。


 そうして、フィーナは口を開いた。内容は、彼女が風の乙女シルフに頼んで集めさせた街の噂だ。

 そう、彼らは別に遊んでいたわけではない。宴に参加する振りをして、各々情報収集をしていたのだ。


 「じゃあ、次は俺だな。

 俺の方は、ここの泊まり客である同業者から聞いたんだが、やはり戒厳令の兆候は今日まで全くなかったらしい。兎にも角にも人の出入りが制限されているらしい。おかげでここに足止めだと、そいつは嘆いてたよ。

 ただ、一方で気になることも聞いたぜ。メイサン辺境伯の一人娘である『白薔薇姫』には、複数の縁談が持ち上がっていたらしい。こっちではあまり知られていないが、王都ではかなり有名な話らしいな。ちなみに相手は、この国の第三王子とヴェルヌス神聖国の聖騎士だ。前者は言わずもがな、後者も20の若さで聖騎士になったエリート中のエリートだとさ」


 「では、最後は俺だな。

 クレアが聞き出してくれたこととアマンダさんからの話では、病で伏せっているメイサン辺境伯を見舞いに来るはずだった『白薔薇姫』が未だ着いていないことは、一部の商人の間では話題になっているらしいな。後、『白薔薇姫』の縁談の話だが、第三王子の婿入りで話が決まりかけていた所にヴェルヌス神聖国が横槍を入れた形のようだ。メイサン辺境伯は、前回の侵食期にヴェルヌス神聖国に借りがあるらしく、門前払いとはいかなかったらしいな。

 実際、この街の住民にも、ヴェルヌス神聖国に恩義を感じている連中は少なくないらしく、一応、候補としては検討するという話になったようだ」


 フィーナに次いで、ガイウス、アユムとそれぞれの成果を話していく。


 「「「……」」」


 そうして全ての情報が出そろったところで、三者は無言で顔を見合わせた。


 「もしかしなくても、特大の厄介事じゃない!」


 まず、いの一番にフィーナが爆発した。


 「よりにもよってヴェルヌス神聖国とは、最悪だな」


 次に、ガイウスがまいったと言わんばかりの表情でそうこぼした。


 「貴族間の争いどころか、国家間の争いとか、洒落にならないな」


 最後に、アユムが厳しい顔でそう評した。


 「「「ハア――」」」


 三者は深々と溜め息をついた。そのタイミングが妙に合っていたのが、なんとも滑稽であった。


 「十中八九、あの置物だった姫さんの縁談が大きく関わっているだろうな」


 「そうね、でもなんで、あのお姫様は賊に扮したヴェルヌス神聖国の殉教騎士に襲われていたの?」


 ガイウスの推測に、フィーナも同意しながらも疑問を呈す。

 確かに『白薔薇姫』との縁談成立が目的なら、ヴェルヌス神聖国の手の者が襲うのはおかしいだろう。


 「確かにな、浚って既成事実を作るっていう風に考えられなくもないが、それだとここの住民や辺境伯家の家臣達の不興を買うだろう。婿入りするならば、それは悪手だ。そうではないと考えるべきだな」


 「浚って既成事実って、あんた怖いこと考えるのね」


 「貴族なればこそ、傷物とかそう言う評判の影響は大きいからな。一旦傷物にされたら最後、娶りたいと言う相手は少なくとも貴族では皆無になるのだろう。そうなれば、否が応でも傷物にした相手に責任をとらせるしかない」

 

 フィーナがアユムに微妙な視線を向けるが、アユムは淡々と語った。

 別にそう珍しい話ではない。神話や伝承にはよくある話であるし、実際中世ヨーロッパや日本の戦国時代でも同じような話はいくらでもあるのだから。


 「フィー、落ち着け。アユムの言うとおり、その可能性は殆どないだろうよ。

 だが、そうすると何が目的だったのかが問題だ。連中が無意味に殉教騎士を動かすわけがねえ」


 ガイウスが宥めるように言うが、それはそれで結局何も解決していない。

 あの殉教騎士達の目的がさっぱり分からないのだ。賊に扮していたことから、賊の仕業に見せかけて何事かやり遂げたかったのだろうが……。


 「なあ、確かあの三人が護衛も最小限で急行したのは、病に伏せった辺境伯を秘密裏に見舞う為だったよな?」


 ディグルから直接聞きだした話だ。領民慰撫のための領内視察の最中に、ディグル達は辺境伯が病に倒れたことを聞き、いてもたってもいられず急遽視察を中止して、ラウスに戻ろうとしたところ、襲われたというのが、ディグルの語った事の顛末であった。


 「おう、確かにそうだが、それがどうした?」


 「おかしいとは思わないか?急遽予定を変更した上に、気取られない為に護衛も最小限だ。それを察知して、襲うなんて芸当がそう都合良くできるものか?それも、辺境伯のお膝元であるラウス近郊でだ」


 「確かにそう言われてみるとおかしい気がするけど、偶々見つけただけじゃないの?」


 「いや、待てフィー。襲ったのが賊なら確かにそれもあるかもしれねえ。

 だが、実際に襲ったのは賊に扮してた殉教騎士共だ。偶然であるはずがねえ、そう言いたいんだな」


 「ああ、あの襲撃は間違いなく計画されたものだろう。恐らく辺境伯家内部にヴェルヌス神聖国に通じる者がいるのだろう。それを薄々理解していたからこそ、あのオッサンは偶発的に居合わせた俺達を強引に引き込んだだろう。

 だが、どうにも理解できない。あの襲撃で得るものがあったとは思えないんだが……。

 ああ、クソ、分からん!何か、何か引っかかってはいるんだが」


 計画的な襲撃であるということまでは間違いない。内通者がいることも確定だろう。

 だが、その先となると、流石のアユムも推測できない。

 なにせ、どう考えてもあの襲撃でヴェルヌス神聖国が利益を得たとは思えないのだから。


 ただ、何かが引っかかっていることも事実だ。

 何が引っかかっているのか分からないのがもどかしく、アユムは頭を掻きむしった。


 「待ってよ、それは襲撃がガイウス達の手によって防がれたからでしょう。私達が居合わせず、成功していたらどう?」


 「そりゃ、お前。俺達がいなくても、本人達が言ってた通り、足止めの先遣隊はどうにかできただろう。だが、後続の本隊はどう足掻いても無理だったろうよ。というか、アユムのあれがなかったら、俺達でも守り切るのは難し「それだ!」……どうしたアユム、何か思いついたのか?」


 「ああ、あの襲撃はそもそも不自然だったんだよ。俺達は、足止めの先遣隊に本命の本隊だと思っていたが、本当にそうか?

 言ってはなんだが、あれは戦力の逐次投入だ。軍事的に見れば、愚策中の愚策だろう。ゴーレム馬車の機動力と護衛の始末に時間をとられたと思っていたが、よく考えれば、連中は全員騎馬で普通に追いすがっていた。本当に、あのお嬢様の始末が目的なら、護衛なんて見向きもしないで全力で馬車を狙ったはずだ。殺すことが目的なら、火矢を射かけてもよかったんだからな。

 だが、連中は馬車を狙わず、ご丁寧に御者を狙った」


 「つまり、何がいいてえんだ?」


 「連中の目的は、あのお嬢様を殺すことではないということさ。

 ガイウス、覚えていないか?あの三人が馬車から出てきた時、どうだったかを」


 「そういや、結構な速度で馬車が横転して酷いことになってやがったのに、全く無傷で平然と出てきてたよな。服が乱れた様子もなかったな」


 「どういうこと?」


 フィーナがわけが分からないと首を傾げる。


 「要するに、あの高そうな馬車は高いだけあって、内部にいる者を守る特殊な機構があったということさ。それを内通者から連中は聞いていた。だから、連中は遠慮なく御者を狙い、馬車を横転させるなんて真似ができたんだろう」


 「でも、殺すことが目的できないなら、どうして襲ったのよ」


 フィーナが指摘するとおり、そこが問題だった。結局それが分からなければ、意味がない。


 「ここからは完全に俺の推測になる。

 俺達が居合わせなかった場合、他の誰かが助けに入る予定であったとしたら?」


 「おい、まさか……!」


 アユムの推測に、ガイウスもある可能性に思い至ったのだろう。思わず立ち上がっていた。


 「ちょ、ちょっと、どういうこと?」


 一人わけが分からないフィーナが、焦ったように尋ねる。


 「要するにアユムはこう言ってるのさ。あの襲撃は茶番だったてな」


 「茶番?!あれが!」


 吐き捨てるように言うガイウスに、フィーナは驚きを隠せない。

 彼女は直接戦いはしなかったが、風の乙女シルフの目を通して戦い自体は見ている。あれはれっきとした殺し合いだった。賊とは思えぬ巧みな馬術に、整然とした行軍。賊の猛威は、思い出すだけでも寒気がするほどのものだった。それが茶番だったなどと、どうして信じられようか。


 「信じられないのは無理もない。俺もできれば外れておいて欲しいと思う。まさか、現実に人の生き死にかけてマッチポンプやらかす輩がいるとは、俺も思いたくないからな。

 だが、そう考えると色々納得が行くんだ。最初の襲撃があの三人で凌げるものであったことも、戦力を逐次投入したこともな」


 アユムは興奮するあまり、「マッチポンプ」という通じない用語を使っていたが、ガイウス達も冷静出なかったので、幸いスルーされていた。


 「ふん、最初の襲撃をどうにか凌いで希望を抱いたところに、絶望的な戦力を投入して絶望させる。そこに颯爽と助けに入る聖騎士様というわけかよ!

 ああ、確かにあの世間知らずのお姫様には有効だろうよ。一発でコロッといっちまうだろうさ。

 でもって、これまでの恩義に、娘自身が惚れていて命の恩人と来れば、さしもの辺境伯も縁談を認めざるをえないんじゃねえか」


 「な、なによそれ?!許せない!」


 ガイウスが憤懣やるかたない様子で語り、フィーナも憤怒を露わにする。

 

 「落ち着け、その可能性があるっていうだけで、本当にそうとは限らないんだからな」


 「そうは言うけど、あんたはその可能性が高いと思ってるんでしょ?」


 「縁談を申し込んだという聖騎士が、今この街にいるのなら、まず確定だろうな」


 「よし、分かった。俺達も色々あって疲れているし、今日はこれで休もうぜ。

 で、明日は朝一で、野郎がラウスに滞在しているかを確認する。野郎の存在が確認できたら、ディグルのオッサンに即報告だ。こんなふざけた茶番、叩き壊してやるぜ」


 ガイウスは最早完全に頭に血が上っているらしく、やる気満々であった。


 「分かったわ。女を舐めたクソ野郎に鉄槌を下してやるわ!」


 フィーナも、『白薔薇姫』の境遇に同情したのか、それともいいように翻弄されるのが許せなかったのか定かではないが、気合い充分であった。


 「アユムも、それでいいな?」


 「ああ、勿論だ」


 一人考え込んでいるアユムにガイウスが確認を取る。

 とはいえ、とても否とは言えない雰囲気であったが。


 (辺境伯の病まで、連中の仕込みの可能性があると言わなくて良かったな。もし、言ってたら今からでも動いてたかもしれん。正直、俺もそこまで外道だとは思いたくないんだが……。)


 これで件の聖騎士が辺境伯の病を治す薬とかまでもっていたら、数え厄満確定だ。相手は二重のマッチポンプを試みた、外道中の外道ということになる。

 さしものアユムも、そこまで終わっているとは考えたくなかった。


 「ねえ、そういえば内通者は大丈夫なの?」


 「おう、そういやそうだな。アユム、そこのところどうなんだ?」


 「ああ、心配ない。今の彼女は何もできやしないよ」


 アユムは自信をもって断言した。すでに内通者は動きを封じられているのだから。


 「彼女?内通者は女なの?!」


 「ああ、それどころか二人も会ったことのある人物さ」


 会ったことがある知っている人物だと言われて、ガイウスとフィーナは目を見張る。

 そんな可能性は微塵も考えなかったからだ。


 「おい、まさか……!」「?!」


 「ガイウス、お前の思っているとおりだ。護衛の女騎士レイア・リビウムが内通者だ」


 ガイウスが言い淀み、フィーナが絶句する中、アユムは確信をもって内通者の正体を告げるのだった。


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