第011話:交易都市ラウス
昼夜を徹した強行軍の結果、アユム達は翌日の昼にラウスに無事着くことができた。
途中、レイアが馬車の乗り心地の悪さに文句をつけ、強行に休憩を要求したことで一悶着あったが、トラブルはそれくらいで、危惧した再度の襲撃を受けることもなかった。
ラウス、交易都市の名で呼ばれるリーブラ王国の西域最大の街。
ここを治めるのは、王国内でも有数の貴族であるメイサン辺境伯で、当代は名君と名高い。
これがアユムが道すがら、マイルやディグルから仕入れたラウスの情報だった。
それとなく、クレアなどにも話をふって真偽を確かめながらだったが、少なくとも上記の情報は嘘ではないらしいことをアユムは確信するに至った。
まあ、同時にそんな名君のお膝元で、その娘に対し襲撃があるなど、確実に厄介事であることも確信するのだが。
案の定、都市の門で止められることになった。
「止まれ!現在、ラウスは厳戒態勢下にある。積み荷及び乗客の顔を検めさせて貰おうか」
高圧的な物言いで、兵士が道を塞ぐ。一際、偉そうな兵士が前に進み出た。
「これはどういうことでしょう?商工会の鑑札はお見せしたはず。積み荷を検められる謂われはないでしょう」
マイルがリーブラ王国の商工会所属の行商人であることを示す鑑札を提示するが、偉そうな兵士は首を振った。
「言ったであろう。厳戒態勢であると。兎に角、早急に積み荷と乗客の顔を検める。乗客はそこに並べ」
偉そうな兵士は聞く耳持たず、全員を並ばせようとして、馬車の中から姿を現したディグルを見て固まった。
「これは何事か?説明せよ、トマス門番長」
「シ、シーバー卿、なぜ行商人と共に?!」
「故あってな。それよりも、今は我は急いでおる。積み荷にも乗客にも怪しいところがないことは、我が保証しよう。早急にラウス内へ入れてもらえぬか」
「はっ、シーバー卿の保証とあらば問題ありません。どうぞ、お通り下さい」
「うむ、助かる。ところで、この検問は何事か?流通を重視して、ここまで厳格ではなかったはずだが」
「はあ、それが我々としてもよく分かっていないのです。本日の早朝、上からそう言う命令があっただけで、詳細は知らされておりません。兎に角、今ラウスは厳戒態勢にあります」
門番長が詳細を知らされていない厳戒令に検問。どうにもきな臭いものを、ディグルは感じた。
「そうか、一つ頼みがある。我は今、辺境伯の極秘命令で動いておる。すまぬが、我と会ったことは秘密にして欲しいのだ」
「極秘命令ですか……!なるほど、行商人と同行していたのもその一環というわけですね。
了解いたしました」
「うむ、頼んだぞ」
ディグルは都合の良い誤解をしてくれた門番長を言いくるめ、まんまとラウスへ入ったことを隠蔽することに成功するのだった。
商工会の支部にマイルを送り届けた後、ラウスの中心街からは少し外れた場所にある高級宿にアユム達はいた。なぜか、別れる予定であったディグル達三人も一緒にだ。
「で、これはどういうことか説明して欲しいんだが……」
不機嫌ですと言わんばかりの顔で、そう詰問したのはアユムだった。
巻き込むなと警告しておいたというのに、なし崩し的にこれである。流石に文句の一つもつけたくなろう。
「そうだな。オッサン、きっちり説明して貰おうか。事と次第によっちゃ、ただじゃおかないぜ」
ガイウスもそれに同調する。
彼とてディグル達に不満がなかったわけではないのだ。特に自分だけならともかく、フィーナも巻き込んだことは少なからぬ怒りを抱いていた。
「お三方には申し訳ないと思っている。
だが、これは必要なことなのだ、こらえてはくれぬか?」
ディグルが頭を下げるが、今回ばかりは両者共に意味はなさなかった。
「オッサンに頭を下げられても、何にもならないんだよ。きっちり、納得できる説明をしてもらおうか」
「アユムの言うとおりだ。俺達はあんたらの護衛でも何でもないんだぜ」
アユムもガイウスも、ここはひけない。
なにせ、アユムにはクレアの、ガイウスにはフィーナの安全がかかっているのだ。
頭下げられただけで、はい、そうですかと済ませてやるわけにはいかないのだ。
「無礼者共が!シーバー卿が頭を下げているのだぞ!」
「だから?」「それで?」
レイアが激昂してくってかかるが、二人はどこ吹く風だ。
それどころか、つまらないものを見るかのような目であった。
「下郎が!」
「よさぬか!」
そう言う視線に敏感なレイアは、あっさりキレた。
これまでの旅路で鬱憤が溜まっていたのもあり、ディグルの制止も空しく響くだけで、効果をなさなかったようだ。
剣にてがかかり引き抜こうとした瞬間、その首にはすでに刃が添えられていた。
「抜いたのはそちらが先だからな」
絶対零度の声でそう言ったのは、アユムだった。
後から抜いたにもかかわらず、凄まじいまでの抜刀速度でレイアのそれを追い抜いたのだ。
「!?」
驚愕で声もないレイアだが、冷たい刃の感触が濃厚な死の気配を感じさせ、その額からは脂汗が滲み出る。
「アユム殿、どうかどうかお待ち頂きたい。我らに非があるのは百も承知。今抜いたのも自衛の為であり、先に抜いたリビウム卿に非があるのは理解しておる。
されど、ここでリビウム卿を殺してただで済むとは、アユム殿も思うておるまい」
ディグルがかつて言った通り、城壁内であれば、社会的地位や身分は明確に力を持つ。
いかに相手に非があろうと、末席とはいえ貴族に名を連ねるレイアを、平民どころか流民同然のアユムが斬れば、流石にただでは済まないことは言うまでもない。
「……一切合切説明してもらうぞ」
「無論」
ディグルの即答に、アユムは納刀することで応えた。
解放されたレイアが崩れ落ちるが、アユムはもちろん、ガイウスもディグルでさえも、見向きもしない。
そうして三者は、テーブルを挟んで真剣な表情で向かい合うのだった。
「予想以上に面倒くさいことになったな」
「全くよね。あのオッサン、想像以上の食わせ者だわ」
ガイウスがぼやき、それにフィーナが同意する。
「業腹ではあるが、ある程度は協力せざるをえんのは確かだ。恐らく、最初からこれを狙っていたんだろう」
アユムも頷きながら言った。
「そうすると、やっぱり離れたのは正解だったな。あのままだと、いいように使われる羽目になっただろうからよ。クレアさんには大感謝だぜ」
「ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ。
まさか、こんな形で里帰りすることになるなんて夢にも思わなかったけれど」
事情を聞き、ある程度協力せざるえないとしても、ディグル達と一緒にディグルの伝手で用意された高級宿に泊まるのは、勘弁して欲しいというのが、三人の偽らざる本音であった。
しかし、当然ながら人の出入りを極端に制限する戒厳令下では、宿などどこも満杯であるのが実情だった。そうなると、結局ディグル達と同じ宿ということになってしまう。
それに解決策を示したのは、クレアであった。
彼女はこの街の酒場で生まれ育ったらしく、宿泊場所として実家を提案したのだ。
誰もが予想していなかった意外な伏兵であった。
「さて、ここよ」
先導していたクレアの足が止まる。そこは大通りに面した絶好の立地にある大きな酒場であった。
ガイウスとフィーナがポカンとほうけ、アユムも予想以上の大きさに驚愕を隠せない。
「ようこそ『悠久の楽園』亭へ。三人とも、歓迎するわ」
クレアはそう言って、小悪魔めいた妖しい笑みを浮かべるのだった。