第009話:面倒な三人
相棒が荒ぶって、本隊と思われる賊が酷い事になり、その光景にアユム以外の全ての者が息を呑む中、ガイウスは平然と純粋な感嘆で、アユムの背中を叩いた。
「凄げえじゃねえか、アユム!」
――こいつはこいつで大物というか、何と言うか……。
あの光景を見て、全く態度が変わらぬガイウスに、アユムは呆れ半分、感心半分で言葉を返す。
「感心している場合か、後詰がこないとも限らん。剣だけ剥いで、早急に撤退するぞ」
あれだけ気合の入った襲撃を仕掛けた連中に後詰がないと考えるのは、危険であった。
アユムは賊の統一装備で、証拠になりそうな剣だけ戦利品として剥いでいく。
後は個人的に弓を一張りと矢筒に矢を詰めるだけ詰めて回収しておく。
剣だけでもかなりの重量だが、こういう時のためのインベントリの腕輪だ。重量を気にせず、がんがん入れていく。
その手品のような光景に、ガイウス以外の三者が驚愕の気配を感じたが、アユムの知ったことではなく、気にもとめない。基本、彼らとアユム達は無関係なのだから無理もない。
「よし、これで全部だな。さっさとフィー達の元に戻ろうぜ」
ガイウスも心得たもので、アユムと同様にあの三人をいないものとして扱っていた。
まあ、アユム達からすれば、連中のとばっちりを受けて、殺し合いを強制されたのだから、ある意味当然であった。
「ああ、では行くか」
――さて、これで何事もなく退ければいいが……。
「お待ち頂きたい!」
やはりというべきか、そうは問屋が卸さなかった。
もっとも現状を正確に把握しているだろう、魔道士っぽい男が制止の声を上げたのだ。
「「……」」
アユムとガイウスは無言で顔を見合わせたが、瞬時に無視して行くことを決めた。
これ以上、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだったし、依頼でもないのに無関係の者をわざわざ守ってやる義理もないというのが、両者の考えだったからだ。
「平民共、シーバー殿のお言葉を無視するとは何事か!」
アユム達が足を止めなかったのが、癇に障ったのだろう。女騎士が怒りの声をあげるが、アユム達は見向きもせず、足を止めないどころか、歩みを速めた。
今の女騎士の物言いで、絶対・確実に面倒なことになると確信したからだ。
「やめよ、リビウム卿!今の状況が把握できておらんのか!おぬしは黙っておれ!」
「で、ですがシーバー殿、こやつらは無礼「我は黙れと言った。二度目はない」……」
後ろでなにやら繰り広げられているようだが、アユム達の知ったことではなかった。
「お二方、連れの非礼はお詫び申し上げる。どうか、どうかお待ちいただきたい。
巻き込んだ挙句、命を救われておきながら、この上まだ思われるかもしれぬが、どうか我らと同道してはもらえぬだろうか?」
それは懇願だった。見れば、地に頭を擦り付けてさえいるではないか。
こここまでされては、流石のアユムも見捨てるのは後味が悪い。そう思って、ガイウスを見れば、すでに彼は完全に足を止めていた。
「いいのか?確実に厄介ごとだぞ」
「大の男が人目も弁えず頭下げてるんだ。流石に見捨てられねえよ――それにあの姫さん、フィーと同じくらいの年頃だしな」
そのどちらかがかけていたら、ガイウスは彼らを見捨てていただろう。
やはり、ガイウスにとっても、フィーナは特別な存在であるようだ。
「やれやれ、お前も人がいいな」
「抜かせ、お前だって迷ってただろうが―― 風の乙女、フィーに伝えてくれ。もう大丈夫だから、急いで皆を連れてきてくれとな」
「後詰の可能性も捨て切れんぞ」
「いや、それはねえと思うぜ。さっきの連中が持っていた剣、紋章は刻まれちゃあいなかったが、多分連中は隣国ヴェルヌス神聖国の殉教騎士だ。連中の剣は使い手に関係なく、皆同じ長さ、同じ重さなのが特徴でな。連中は神の教えのためなら、どんな汚れ仕事も厭わない連中だ。敵国に潜入しての破壊工作から暗殺までなんでもござれさ」
いやに詳しい。詳しすぎるといっても過言ではない。汚れ役の騎士団が存在することまでは噂で聞いたことがあるレベルなら許せるだろう。
だが、ガイウスはその存在を断言し、装備にまで言及した。それは流石に一般的な知識ではあるまい。
「それなら尚更、後詰の危険があるんじゃないか?」
「いくら、連中が潜入が得意でも、数が多ければ多いほど、潜入された方だって気づくさ。ただでさえ、全員が馬持ちの賊なんて不自然なものやってたんだ。数の方は抑え目にしていたに違いねえ。先遣隊の10騎に本隊の20騎、しめて30騎が限界だろうよ」
あの状況で数まできっちり把握しているあたり、やはり只者ではない。
そして、それ以上に内情に詳しすぎたため、アユムはガイウスには少し注意しておこうと心に決めた。
「そうか。だが、この場から早急に立ち去った方がいいことに変わりはないだろう。マイルさんの許可を得られたら、多少強行軍でもラウスまで急ぐべきだ」
アユムは警戒をおくびにも出さず、とりあえず正論を述べてみる。
「ああ、そうだな。だがまあ、その前にあっちをどうにかしないとな」
どこか投げやりな態度でガイウスが視線を移した先には、未だ頭を下げたまま動かぬシーバーとやらの姿があった。女騎士はなんとかやめさせようとしているが、彼はてこでも動かないつもりのようであった。
「確かに……だが、あれはとびきり面倒くさそうだ」
「お前もそう思うか、俺も同意見だぜ」
シーバーと現状置物状態の令嬢だけならともかく、あの気位の高い女騎士は厄介だ。確実にトラブルの種になることを両者は確信していた。
「ハア、それでも声をかけなきゃいけないんだよな」
「アユム、任せた!」
「はっ?」
「お前、何言ってるの」と言い返そうとした時には、奴は林の中から姿を現したフィーナのところへ走っていくところだった。
「お前の方が顔がよくて女受けもしそうだし、扱いも慣れてそうだからな!
安心しろ、マイルの親父達には俺が事情を説明しておくから」
そう言い捨てながら、脱兎の勢いで駆け出していくガイウス。
――野郎、まんまと俺に丸投げしやがった!
やられたとアユムは歯噛みするが、時すでに遅し。
シーバーらへの対応はアユムに任された。
――あの野郎、覚えてやがれ!
こう見えてアユムは恨みを忘れない、執念深い性質なのだ。
必ず仕返ししてやると心に誓いながら、アユムは三人に近づいた。
「ハア、もういいから頭を上げてくれ」
「我々を同道させてもらえるのか?」
「悪いが、それは保留だな。俺達は行商人の護衛の最中でな。雇い主の判断次第だな」
ようやく頭をあげたシーバーの問に、アユムはすげなく答える。
女騎士の強烈な視線が突き刺さるが、あえて無視する。
――この女に反応していたら、話が進まん。
「そうか、確かにそれは当然であるな。我らが無理を言っているのは、百も承知。交渉することを許してもらえただけ、感謝にたえん」
そう言って、シーバーはまた頭を下げる。
令嬢も浅くではあるが会釈するが、それは女騎士の視線をさらにドギツイものにしただけであった。
――おいおい、お嬢様。そこであんたが頭下げたらいかんだろ。
どうやら、この令嬢、自分の立場が分かっていないというか、かなりの世間知らずらしい。
何の為にシーバーがけして軽いものではない頭を下げまくっているのか、理解していない。
勿論、アユム達を引き止めるためであることが過半を占めるが、残りは令嬢が頭を下げる必要を失くす為なのだ。
――想像以上に面倒なことになりそうだ。
アユムは内心で独りごちながら、ガイウスがマイル達を連れてくるのを待つのだった。
待っている間、アユムに向けられる女騎士の視線が氷点下通り越して、極寒だったことは言うまでもない。