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第000話:血生臭い現実

 ――どうしてこんなことになったんだろうか?


 周囲で牙を剥く獰猛な狼の群れに、男は現実逃避気味にそんなことを考える。

 腰には、使い慣れた魔剣があるものの、流石に初期状態(防具なし)でこの数を相手にするのは厳しい。

 本来なら、呪われた武具とは言え、全身鎧を装着し、ガチガチに防御を固めていたはずだというのに。

 しかし、今あるのは、愛用の魔剣のみ。何がどうしてこうなったのか、さっぱり分からない。

 有り体に言って、絶体絶命だった。


 というか、それよりも問題なのは、このとてつもない現実感だ。

 狼達の威嚇のうなり声、狂乱を表すかのように真っ赤に充血した瞳に口から滴り落ちる涎。

 どれ一つをとっても、男にはこれが作り物だとはちっとも思えなかった。

 いくら、この「グランスティアー」が世界初のフルダイブ型VRMMORPGだと言っても、限度があろう。 


 ――少なくとも、昨日まではここまでリアルではなかったはずだ。


 敵ならモンスター名が見えたし、『看破』スキルを持ち、『魔獣知識』か『動物知識』を一定レベル以上持っていれば、HPバーも表示されていたのだから。


 だと言うのに、今はどうだろう。そんなもの欠片も見えない。

 男の作成したアバターは、所謂ビルドエラーと言われる色物ではあったが、『看破』も『魔獣知識』も高レベルで、目の前の狼、恐らくグレイハウンドだと思われるが、HPもモンスター名が表示される条件を突破していたはずであった。


 <グレイハウンド:森林地帯に住む獰猛な狼。一体、一体の強さはそれ程でもないが、群れで狩りをする為、その危険度は非常に高い。

 備考:魔獣化の影響で狂乱しており、正常な判断ができていない模様。但し、危険度は5割増し>


 「!?」


 名前を思い浮かべた瞬間、そんな知識が男の脳裏を過ぎった。


 ――これは一体……!?


 「グオオオォォォーーーー!」


 唐突に浮かび上がった情報に驚愕で固まったのがまずかったのか、それを好機と見た狼達が一斉に飛び掛かってくる。


 「チクショー、本当にどうなってるんだ!説明しろ、運営!」


 男は喚きながら、愛剣を破れかぶれで抜き放ち、無我夢中で振るったのだった。




 どれほどの時間が過ぎたのか、気づけば男は血溜まりに独りたたずんでいた。

 周囲には無数の狼の死体が散らばり、男は全身を返り血(・・・)で真っ赤に染めていた。


 「嘘だろう?無傷で勝ちまったよ……」


 有り得なすぎる事態に、男は呆然と呟いた。

 勝てるわけがないはずなのに、勝ててしまったからだ。それも無傷でというおまけつきでだ。

 確かに男は、魔剣士のJobレベルはカンストまであげていたし、ステータス的にもグレイハウンドごときに負けるはずはない――だが、それはあくまでもゲーム「グランスティアー」の中での話だ。


 「……返り血に死体が残っている。これがゲームのはずがない!」


 「グランスティアー」がいかにリアルだとしても、流血表現は一部のボスやイベントを除いて省かれていたし、モンスターの死体が残ることもなく、イベントリにドロップを直接取得する仕様だった。誰だって、好き好んで血を見たいとは思わないだろうし、死体の解体だって必要がなければやりたくはないだろうから当然だ。まして、平和ボケと揶揄される日本人なら、言うまでもない。


 だが、目の前の現実は違った。

 男によって斬り捨てられた狼の血で大地は染まり、そこかしこにその臓物や生首が散乱している。

 無残な死体が周囲を埋めており、どこの屠殺場だと言いたくなる惨状だ。


 「しかも、何が異常って、これを見ても全く気持ち悪くならないのが、また……」


 本来なら、吐き気を催す惨状であるというのに、男の精神は平静そのものだった。

 信じられないくらいに凪いでさえいる。これは一体全体、どういうことなのか?

 男の精神は混乱の極みにあった。


 「遺体が消えることもないってことは、ドロップはなし。それなら、剥ぎ取――って、剥ぎ取れるのかよ!?」


 ゲームあれば遺体は残らずドロップ、だが、このように遺体が残るなら剥ぎ取る必要があるのかと言葉に出してみると、体は勝手に動いた。慣れた様子で、懐から取り出した短剣を死体にさし込んでいた。

 死体が残るということは解体しないといけないのかなと思った瞬間に、これである。


 ――本当にわけが分からない。


 しかも、不思議なほどに手際がいい。頭にはどこをどう解体すればいいかの知識がすでにあり、牙に爪、肉とサクサクと剥ぎ取っていく。


 それどころか、以下のような評をする余裕すらあったのだから、全く恐れ入る。

 殺し方がまずかったのか、毛皮はほとんど使い物にならないものが多いので、思い切って除外。

 肉も汚物が混じったり、臓腑に塗れてしまったりしたものは、売りものにならないので除外する。

 心臓代わりの魔核は取り出すのが面倒極まりないが、もっとも価値が高いので取らないという選択肢はない。


 ――いやいや、なんでそんなこと分かるんだよ!?というか、剥ぎ取った物はどこに消えているんだよ!?


 もうツッコミ所が多すぎて、わけが分からなかった。

 手際の良さとこの知識は、恐らくスキルの『解体術』と『魔獣知識』のおかげなのかなとあたりをつけるが、一方で体は勝手に動く。


 呆然としながらも考察をすすめるうちに、気づけば30匹余りの狼達は男の手で解体され、見るも無惨な有様でまとめられていた。 


 ――あっ、この短刀は『解体術』取得時に取得できる剥ぎ取り用ナイフか。


 その山を見つめながら、どこか現実逃避気味にそんなことを考えて、男は気を失うのだった。

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