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桜の空  作者: 朝日菜
7/17

第七話 桜舞う純白の日




 目を覚ますと変わらない春の気温が俺を包んだ。

 起き上がって視線を周囲に移すと、俺がちぎった花弁はなびられる事もなく砂浜に落ちていた。


「……戻ってきた、か」


 自分の服が濡れている。そして体が痛みだした。

 俺は天音あまねのいない世界が大嫌いだ。

 元の世界に戻った俺は、ゆっくり立ち上がって眉間にしわを寄せる。

 ガキの俺には出来なかった事。

 今の俺に出来る事。


 そして、あの日々の謎。


 俺の推測が正しければ、あいつは多分……。


依澄いすみー!」


 顔を上げると、タイムスリップする前の高校で同じコートに立ったバスケ部の面子めんつ原田はらだ中崎なかさきが堤防の上に立っていた。


「……お前ら」


「依澄!」


 原田は堤防から飛び降りて俺に駆け寄り、俺の体を支えた。


「何してんだ」


「何って、お前ボロボロじゃねぇかよ! 服もなんか濡れてるし! って、うわ! これ砂じゃねぇか!」


 今思えば、椎名しいなは原田に似ていた。

 椎名が普段から言っていた"ダチ"だとか"家族"だとか、そんな関係になったつもりは俺にはない。が、宇佐見うさみ同様に赤の他人じゃなかったのは確かだった。


「砂浜で寝てたのか?」


「そうだ」


「マジで?!」


 不本意だが原田と中崎に両脇を支えられて道路にたどり着くと、中崎の車が止めてあった。


「ったく。こっちは心配してたってのに寝てたのかよ」


 盛大に俺の隣で原田はため息を吐く。


「何でお前が俺を心配してんだよ」


 俺たちもそういう関係ではなかっただろうが、と俺は思って


「……だってお前、天音あまねの葬式出なかっただろ」


 その予想外の返答に俺は何も言えなくなった。


「おい」


「っあ、ヤベ!」


 高校の時も男バスのマネージャーをしていた天音は、当然この二人とも知り合いだった。だから、この二人が葬式に出ていても何らおかしくはない。


「い、依澄! ごめん俺が悪かった! だから殺さな……」


「いい。原田のくせに変に気を遣うな」


 二人を振りほどいてポケットに手を入れる。何かの感触がして、俺は驚く二人を無視してそれを抜き取った。

 それは俺が宇佐見から貰った財布だった。

 服に入れたまま一緒に元に戻ってきたらしい。


「……なんかお前、変わったな」


「は?」


「雰囲気というか、丸くなったか?」


 中崎は相変わらずの死んだ魚のような目で俺を観察する。原田は好奇心丸出しで俺を観察するマジマジと見た。


「んな事どうでもいいだろ」


「まぁ、そうだな」


 車の鍵を開けて運転席に乗り込む中崎に続いて、原田は俺を引っ張って後部座席に押し込んだ。


「何すんだ、下ろせ」


「無理」


 中崎は原田が乗り込んだ途端とたんに車を発進させる。遠ざかる海を横目に、俺は原田をぶん殴った。


「いで! ちょ、依澄! 何で殴るんだよ!」


「せめて説明くらいしろ。どこに連れていく気だ」


坂倉さかくらの墓場だ。いつまでも現実逃避してないで別れを言ってこい」


「余計なお世話だ、バァカ」


 タイムスリップする前ならば、現実逃避をしていたかもしれない。けれど今は落ち着いていて、自分が今すべき事を早く実行に移したかった。

 もしかしたらこれもタイムスリップした理由かもしれない。

 俺は腕を組んで外に視線を向けた。


「つか、何でお前ら俺の居場所がわかったんだ」


 不意に疑問に思った事をたずねてみる。


「……怒るなよ?」


 隣の原田が声をひそめて俺に念を押す。


「どうだかな」


「じゃあ言わねぇ!」


「言え」


 原田のあごを手でつかむと、「既に怒っているんだから教えてやれ」と運転席の中崎がミラー越しに言った。


「尾行です」


「死ね」


 手に力を込めると、原田は言葉にならない声を上げて悶絶もんぜつした。


「花束を持ってたからしばらく車内で戻ってくるのを待ってたんだ。いつまで経っても戻らないから見に行ったんだが、まさかボロボロになって戻ってくるとはな」


 俺が花をちぎった場所は、二人がいた場所から死角になっていて見えなかったんだろう。この理由を聞けば心配したと言っていたのも納得だ。


「うるせぇよ」


 すると中崎は駐車場に入り車を止めた。


「ここは?」


「坂倉の墓がある場所だ。お前、海の近くにあるって知らなかったのか?」


 彼氏が知らなくて元同級生が知っているという事実に、俺は何も言えなかった。


「入院してたしなー。行こうぜ、こっちだ」


 顎を治した原田を先頭に俺たちは小道を歩く。

 その間にも洋風の墓がいくつかあって、俺は目をらした。


「お前ら遅すぎぃー」


 聞き覚えのある声は高橋たかはしのものだった。見ると高橋は墓の前でお供えをする茂木もぎと一緒にいる。


「って、依澄きたなぁ! 何それ、砂?」


「遊んでたのかー?」


「ちげぇよ」


 むしゃくしゃして一発茂木の頭を殴った。何でどいつもこいつも天音の墓を知ってんだよ、という怒りも込めて。


「いってー……。変わんないな、このパンチ」


 頭をさすって茂木が立ち上がる。茂木に同意する原田も中崎も高橋もスーツ姿で、一人私服を着ている俺だけが浮いていた。

 白い墓石は美しく、近くに植えてある桜が散る。

 天音ほど桜が似合う奴はいないだろう。桜はそう俺に思わせた。


「そういえばさ、こうして五人がそろうのって久しぶりじゃねぇ?」


 沈黙を破ったのは高橋だった。


「揃う必要性を感じなかったからな」


 中崎がボソッと呟く。それは俺も同意見だった。


「……坂倉が死ななかったなら、俺ら多分一生揃わなかったと思うぜ」


「……かもなぁ」


 茂木も原田もそんな事を言って。

 俺は、あえて何も言わなかった。

 慣れ親しんだ墓ではなく、汚してはいけないような雰囲気ふんいきを持つ墓場は苦手だ。それに気づいたのなら、さっさと言う事を言ってやる事をやるべきだろう。

 俺は数歩前に出て身をかがめる。


「--待ってろ」


 墓場にささやいた。

 あの四人に聞かれたくなかったからというのもあるが、単純に大声で言うべき台詞でもなかったからだ。


「帰る」


 きびすを返す俺を四人はしばらく呆然と見送って、バラバラに後を追う。駐車場に戻ると、中崎のモノとは別の車から男が出てきた。

 最初は気にもしなかったが、その雰囲気は何故か無性に懐かしいものだった。


「……ッ!」


 振り向くと、俺に追いついた四人は俺の表情に驚いて、俺はその四人を盾にする。それはかつて、"合宿"で東星とうせいから隠れるために俺が"あいつ"にしたように。


「なんで……」


 大学生になった"椎名"は、花束を持ってらしくなく暗い表情で俺たちの横を通り過ぎた。うつむき加減だったおかげで、俺が不審ふしんな動きをした事にさえ気づいていない。


「知り合い?」


「……いや、別に」


 依澄侑李いすみゆうり椎名多生しいなたおの知人ではない。

 だからそう答えるしかなかった。









 翌日、俺は再び例の海に向かっていた。

 持っているのは花束ではなく大量のメモ用紙と小瓶だ。早速さっそく俺は、小瓶にメモ用紙を入れて海に投げる。

 ポチャンッと音がして小瓶は"沈んだ"。







 春になればさすがに眠たくなるのが人間の(さが)か。俺はあくびをかみ殺しながら豊崎とよさき高等学校の中庭を歩いていた。

 今日から新学期が始まるが、頭の中はまだ春休み気分みたいだ……と言っても、春休みはずっと部活だったが。

 そう思いながら歩いていると、桜の花弁はなびらが散って桜の絨毯じゅうたんがあちこちに出来ているのを見つけた。目に映る物全てが春一色で、嫌になる。


「……あ?」


 と思えば、その絨毯の上で寝ている女子生徒を見つけてしまった。

 別に無視しても良かった。

 女が新学期早々に遅刻したところで、俺には関係のない事だからだ。が、桜の花弁--というか地面--の上で寝ているせいか、女は妙に俺の目を引いた。

 女は能天気そうな顔で、気持ち良さそうに眠っている。着ている豊崎の制服はしわがなく、あっても今ついた感じなのが見てとれた。

 入学式は明日だから、新入生はあり得ないだろう。となれば転校生か。

 ここまで思って、いつの間にかまじまじと女を観察している自分に気づいた。


「……なんなんだ」


 ボソッと呟いて、俺はさっさと立ち去ろうと足を向けた。


「っは!」


「!?」


 見る、と女が目を見開いてすばやく起き上がっていた。すぐに腕時計を見て、「なんだ、まだ大丈夫だ」というような表情で二度寝をしたが。

 瞬間、俺の携帯が震えた。

 女から視線をらして見れば、知らない番号からで、眉間にしわを寄せる。

 指で操作すると奇妙な本文が画面に出てきた。


《桜の花弁の上で寝ている女を起こせ》


 誰だ、これ。

 まずそう思った俺は次の文を読む。


《誰か知りたいと思うが、言えない》


 言えねぇのか、と同時に何で起こすんだと疑問が浮かんだ。


《お前にとって起こす価値は充分にある》


 言葉を失った。

 メールのくせにまるで誰かと電話しているような感覚になる。が、文は唐突とうとつにそこで終わっていた。


「…………」


 不気味だ、と思う。

 が、それ以上に好奇心のような物がわき上がったのも確かだった。


「おい」


 しゃがんで女の肩を揺さぶる。

 変なメールの言いなりになるのはしゃくだった。それでも好奇心という物と、わずかな"懐かしさ"が俺を行動に移させていた。


「……ん?」


 ゆっくりと目を開ける女は瞳に俺を映した。そして微笑んで、ためらいなく俺を抱きしめる。


「ッ!?」


「……夢の中でも……会えるなんて……夢みたい……」


「は?」


 何言ってんだ、この女は。


「離せ……離してくれるかな?」


 つい素で言ってしまい、焦る。

 もう一度揺さぶると、女は今度こそパッチリと目を開けて俺を見つめた。



「--"侑李ゆうりくん"?」



 そして、教えてもいない俺の名を呼んだ。

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