第七話 桜舞う純白の日
1
目を覚ますと変わらない春の気温が俺を包んだ。
起き上がって視線を周囲に移すと、俺がちぎった花弁が枯れる事もなく砂浜に落ちていた。
「……戻ってきた、か」
自分の服が濡れている。そして体が痛みだした。
俺は天音のいない世界が大嫌いだ。
元の世界に戻った俺は、ゆっくり立ち上がって眉間にしわを寄せる。
ガキの俺には出来なかった事。
今の俺に出来る事。
そして、あの日々の謎。
俺の推測が正しければ、あいつは多分……。
「依澄ー!」
顔を上げると、タイムスリップする前の高校で同じコートに立ったバスケ部の面子、原田と中崎が堤防の上に立っていた。
「……お前ら」
「依澄!」
原田は堤防から飛び降りて俺に駆け寄り、俺の体を支えた。
「何してんだ」
「何って、お前ボロボロじゃねぇかよ! 服もなんか濡れてるし! って、うわ! これ砂じゃねぇか!」
今思えば、椎名は原田に似ていた。
椎名が普段から言っていた"ダチ"だとか"家族"だとか、そんな関係になったつもりは俺にはない。が、宇佐見同様に赤の他人じゃなかったのは確かだった。
「砂浜で寝てたのか?」
「そうだ」
「マジで?!」
不本意だが原田と中崎に両脇を支えられて道路にたどり着くと、中崎の車が止めてあった。
「ったく。こっちは心配してたってのに寝てたのかよ」
盛大に俺の隣で原田はため息を吐く。
「何でお前が俺を心配してんだよ」
俺たちもそういう関係ではなかっただろうが、と俺は思って
「……だってお前、天音の葬式出なかっただろ」
その予想外の返答に俺は何も言えなくなった。
「おい」
「っあ、ヤベ!」
高校の時も男バスのマネージャーをしていた天音は、当然この二人とも知り合いだった。だから、この二人が葬式に出ていても何らおかしくはない。
「い、依澄! ごめん俺が悪かった! だから殺さな……」
「いい。原田のくせに変に気を遣うな」
二人を振りほどいてポケットに手を入れる。何かの感触がして、俺は驚く二人を無視してそれを抜き取った。
それは俺が宇佐見から貰った財布だった。
服に入れたまま一緒に元に戻ってきたらしい。
「……なんかお前、変わったな」
「は?」
「雰囲気というか、丸くなったか?」
中崎は相変わらずの死んだ魚のような目で俺を観察する。原田は好奇心丸出しで俺を観察するマジマジと見た。
「んな事どうでもいいだろ」
「まぁ、そうだな」
車の鍵を開けて運転席に乗り込む中崎に続いて、原田は俺を引っ張って後部座席に押し込んだ。
「何すんだ、下ろせ」
「無理」
中崎は原田が乗り込んだ途端に車を発進させる。遠ざかる海を横目に、俺は原田をぶん殴った。
「いで! ちょ、依澄! 何で殴るんだよ!」
「せめて説明くらいしろ。どこに連れていく気だ」
「坂倉の墓場だ。いつまでも現実逃避してないで別れを言ってこい」
「余計なお世話だ、バァカ」
タイムスリップする前ならば、現実逃避をしていたかもしれない。けれど今は落ち着いていて、自分が今すべき事を早く実行に移したかった。
もしかしたらこれもタイムスリップした理由かもしれない。
俺は腕を組んで外に視線を向けた。
「つか、何でお前ら俺の居場所がわかったんだ」
不意に疑問に思った事を尋ねてみる。
「……怒るなよ?」
隣の原田が声をひそめて俺に念を押す。
「どうだかな」
「じゃあ言わねぇ!」
「言え」
原田の顎を手で掴むと、「既に怒っているんだから教えてやれ」と運転席の中崎がミラー越しに言った。
「尾行です」
「死ね」
手に力を込めると、原田は言葉にならない声を上げて悶絶した。
「花束を持ってたからしばらく車内で戻ってくるのを待ってたんだ。いつまで経っても戻らないから見に行ったんだが、まさかボロボロになって戻ってくるとはな」
俺が花をちぎった場所は、二人がいた場所から死角になっていて見えなかったんだろう。この理由を聞けば心配したと言っていたのも納得だ。
「うるせぇよ」
すると中崎は駐車場に入り車を止めた。
「ここは?」
「坂倉の墓がある場所だ。お前、海の近くにあるって知らなかったのか?」
彼氏が知らなくて元同級生が知っているという事実に、俺は何も言えなかった。
「入院してたしなー。行こうぜ、こっちだ」
顎を治した原田を先頭に俺たちは小道を歩く。
その間にも洋風の墓がいくつかあって、俺は目を逸らした。
「お前ら遅すぎぃー」
聞き覚えのある声は高橋のものだった。見ると高橋は墓の前でお供えをする茂木と一緒にいる。
「って、依澄きたなぁ! 何それ、砂?」
「遊んでたのかー?」
「ちげぇよ」
むしゃくしゃして一発茂木の頭を殴った。何でどいつもこいつも天音の墓を知ってんだよ、という怒りも込めて。
「いってー……。変わんないな、このパンチ」
頭をさすって茂木が立ち上がる。茂木に同意する原田も中崎も高橋もスーツ姿で、一人私服を着ている俺だけが浮いていた。
白い墓石は美しく、近くに植えてある桜が散る。
天音ほど桜が似合う奴はいないだろう。桜はそう俺に思わせた。
「そういえばさ、こうして五人が揃うのって久しぶりじゃねぇ?」
沈黙を破ったのは高橋だった。
「揃う必要性を感じなかったからな」
中崎がボソッと呟く。それは俺も同意見だった。
「……坂倉が死ななかったなら、俺ら多分一生揃わなかったと思うぜ」
「……かもなぁ」
茂木も原田もそんな事を言って。
俺は、あえて何も言わなかった。
慣れ親しんだ墓ではなく、汚してはいけないような雰囲気を持つ墓場は苦手だ。それに気づいたのなら、さっさと言う事を言ってやる事をやるべきだろう。
俺は数歩前に出て身を屈める。
「--待ってろ」
墓場に囁いた。
あの四人に聞かれたくなかったからというのもあるが、単純に大声で言うべき台詞でもなかったからだ。
「帰る」
踵を返す俺を四人はしばらく呆然と見送って、バラバラに後を追う。駐車場に戻ると、中崎のモノとは別の車から男が出てきた。
最初は気にもしなかったが、その雰囲気は何故か無性に懐かしいものだった。
「……ッ!」
振り向くと、俺に追いついた四人は俺の表情に驚いて、俺はその四人を盾にする。それはかつて、"合宿"で東星から隠れる為に俺が"あいつ"にしたように。
「なんで……」
大学生になった"椎名"は、花束を持ってらしくなく暗い表情で俺たちの横を通り過ぎた。俯き加減だったおかげで、俺が不審な動きをした事にさえ気づいていない。
「知り合い?」
「……いや、別に」
依澄侑李は椎名多生の知人ではない。
だからそう答えるしかなかった。
2
翌日、俺は再び例の海に向かっていた。
持っているのは花束ではなく大量のメモ用紙と小瓶だ。早速俺は、小瓶にメモ用紙を入れて海に投げる。
ポチャンッと音がして小瓶は"沈んだ"。
*
春になればさすがに眠たくなるのが人間の性か。俺はあくびをかみ殺しながら豊崎高等学校の中庭を歩いていた。
今日から新学期が始まるが、頭の中はまだ春休み気分みたいだ……と言っても、春休みはずっと部活だったが。
そう思いながら歩いていると、桜の花弁が散って桜の絨毯があちこちに出来ているのを見つけた。目に映る物全てが春一色で、嫌になる。
「……あ?」
と思えば、その絨毯の上で寝ている女子生徒を見つけてしまった。
別に無視しても良かった。
女が新学期早々に遅刻したところで、俺には関係のない事だからだ。が、桜の花弁--というか地面--の上で寝ているせいか、女は妙に俺の目を引いた。
女は能天気そうな顔で、気持ち良さそうに眠っている。着ている豊崎の制服はしわがなく、あっても今ついた感じなのが見てとれた。
入学式は明日だから、新入生はあり得ないだろう。となれば転校生か。
ここまで思って、いつの間にかまじまじと女を観察している自分に気づいた。
「……なんなんだ」
ボソッと呟いて、俺はさっさと立ち去ろうと足を向けた。
「っは!」
「!?」
見る、と女が目を見開いてすばやく起き上がっていた。すぐに腕時計を見て、「なんだ、まだ大丈夫だ」というような表情で二度寝をしたが。
瞬間、俺の携帯が震えた。
女から視線を逸らして見れば、知らない番号からで、眉間にしわを寄せる。
指で操作すると奇妙な本文が画面に出てきた。
《桜の花弁の上で寝ている女を起こせ》
誰だ、これ。
まずそう思った俺は次の文を読む。
《誰か知りたいと思うが、言えない》
言えねぇのか、と同時に何で起こすんだと疑問が浮かんだ。
《お前にとって起こす価値は充分にある》
言葉を失った。
メールのくせにまるで誰かと電話しているような感覚になる。が、文は唐突にそこで終わっていた。
「…………」
不気味だ、と思う。
が、それ以上に好奇心のような物がわき上がったのも確かだった。
「おい」
しゃがんで女の肩を揺さぶる。
変なメールの言いなりになるのはしゃくだった。それでも好奇心という物と、わずかな"懐かしさ"が俺を行動に移させていた。
「……ん?」
ゆっくりと目を開ける女は瞳に俺を映した。そして微笑んで、ためらいなく俺を抱きしめる。
「ッ!?」
「……夢の中でも……会えるなんて……夢みたい……」
「は?」
何言ってんだ、この女は。
「離せ……離してくれるかな?」
つい素で言ってしまい、焦る。
もう一度揺さぶると、女は今度こそパッチリと目を開けて俺を見つめた。
「--"侑李くん"?」
そして、教えてもいない俺の名を呼んだ。