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桜の空  作者: 朝日菜
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第五話 真夏日の狂想曲

 夏にもなると合宿が入って、俺たちはどっかの山奥に出かけることになった。

 調べると、中学の頃からそれなりに名が知れていたおかげで依澄侑李いすみゆうりが存在している事がわかり、俺は入学式以来本気でバスケをするのを止めた。それは、変に有名になって事態がややこしくなるのを避ける為だ。

 "センパイ"はそんな俺をなじった。

 実力があるのに本気を出さない俺を嫌った。

 マネージャーの天音あまねは残念そうに、けれど何も言わなかった。


「おい侑李! お前荷物運ぶの手伝えよ!」


 椎名しいなは変わらず俺に接してくる。

 椎名の持つ荷物は、養護施設の金の問題で宇佐見うさみが二人で使える物を一つにしたものだった。


神奈川むこうでは俺が持ったんだ。こっちではお前が持てよ」


「っはぁ?! 神奈川と山奥じゃ話が別だろ!」


 椎名を無視した俺は天音のもとに行った。女子というのもあり、天音はやけに大きな荷物を持っている。


「貸せ」


 俺はそんな天音の荷物を奪うように持った。


「っえ? あ、侑李くん!」


 振り向いた天音は目を見開いて俺を見上げた。


「そんな、悪いよ!」


「こんなモン持って転ばれる方が迷惑だ」


「っだぁ!」


 刹那せつな、奇声と共に何かが倒れる音がした。天音と一緒に後ろを見ると椎名が盛大に転んでいる。


「何やってんだよ椎名ー」


 俺と違ってセンパイから好かれている椎名は、爆笑されながらも起こされていた。……別にあんな奴らに好かれたくもないが。


「な?」


「……う、うん。でも椎名くん大丈夫かな?」


「あんなバカ放っとけ」


 それでも椎名を気にするあいつは、"出来たマネ"だった。




 宿舎に着いた途端とたん、俺はすぐさま遅れてやって来た椎名の後ろに隠れた。


「ん?! な、なんだよ侑李!」


「静かにしろ、バカ」


 俺と同じ身長の椎名から前方をのぞくと、そこには東星とうせい高校の奴らがいた。東星高校とは、俺がタイムスリップする前の高校生だった頃、何度か全国で戦っている神奈川県の代表校だ。

 俺の進学した浪江総合なみえそうごうも神奈川で、東星とは同じ地区になるから合宿先も被ったんだろう。

 そもそも、この学校にだって俺と"依澄侑李"が瓜二つだという話題はあった。その度にごまかして今では沈静化されているが、東星ともなると面倒くささのハードルが上がる。


「行くぞ。他校が来てる」


 東星で見覚えのある面子めんつが去っていくまで、俺は椎名の後ろに隠れていた。


「な、なんだったんだ?! "立花侑李たちばなゆうり突然とつぜんのデレ期?!」


「死ね」


 椎名から荷物を奪って、天音に荷物を返す。

 その様子を見ていた椎名はヘッと表情をゆがめた。


「なんだよなんだよ! 楽なとこだけ俺らの荷物を持って、山道では女子の荷物を持って点数稼ぎっすかゴラァ!」


「好きなだけ言っとけ、バァカ」


 --依澄侑李と立花侑李。


 今となってはどっちが本当の俺なのかわからない。

 俺がこの世界で何をしたいのかもわからない。

 リスクを持ったまま生き続けて、その先に何があるのか。

 天音を見ると天音も俺を見ていた。じっと見ていた割りには目が合うとすぐらしてくる。


「可愛くねーなぁ、侑李は! 可愛いのは名前だけでちゅかー?!」


「黙れ」


 何だかんだで結局俺の側にいる椎名は理解出来ない。いつもうるさい椎名のおかげで、考えるのもダルくなる。

 俺はさっさと大部屋に行って荷物の整理をした。

 着いた後すぐに練習をさせられた俺は、隣のコートを使う東星から上手く隠れながらやっていたせいで必要以上に疲れていた。

 大部屋に敷かれた布団の上で横になっていると


「侑李ー! 風呂行こーぜ、風呂!」


 椎名が空気も読まずに俺を踏みつけた。


「あぁ?」


「うっわ、合宿来てまでゲスデレとか辛いわー。マジ勘弁!」


「んだよゲスデレって」


「お前の事だよ」


 もう一度踏まれた。

 仕方なく起き上がって、着いてすぐに用意していた風呂セットを持つ。他の奴らはほとんど行った後で、あえて時間をずらした結果がどうなるのかこの時の俺は疲れていて考えもしなかった。




『うぉー! ひろいっすね!』


「チッ」


「おい侑李、何で唐突とうとつに脱衣場で舌打ちすんだよ」


 既にシャツを脱いでいる椎名は、約一年前と比べて出来上がった体になっていた。そういえば、この夏が終われば俺がタイムスリップしてきて一年経つのかと思って


「戻る」


 現状の問題にすばやく対応する為にきびすを返した。


「させるかぁ!」


「ぐふ」


「お前風呂入らねーつもりかよ! 汚いだろ! 入れ!」


 正論なのが言い返せないところだった。

 俺が黙っていると、椎名は俺のズボンをずり下ろす。


「そんなにバスケが出来ない様になりたいのかな? 椎名くんは」


 椎名の頭蓋骨を握力で割ろうとしたが、椎名はこんなやり取りに慣れたのか、すばやく脱衣場の端まで転がった。


「ゲスデレなんかに負けるか!」


 その叫びは現状を差しているようで、また別のモノを差していた。

 結局風呂に入るはめになった俺は、タオルを頭にかけて浴場に向かった。そこは露天風呂になっていて、ただの合宿のくせに金がかかっていた理由を知る。

 湯気で見にくいが東星の奴らはちゃんといて、そっちの方に向かう椎名の後には続かずに隅に行った。

 湯にかると後ろの方から女子の声が聞こえてきた。この壁の向こうは女子風呂なのかとぼんやり思って、眠気と戦う。


『ねぇ、好きな人っていないの?』


『す、好きな人?!』


 瞬間に目が覚めた。

 俺の目を覚まさせたのは他でもない、天音の驚いた声だった。


『ほら、ウチの男バスってカッコいい人多いし』


『そうだけど……』


 口ごもる天音の声でわかる。

 これは"いる"奴の反応だ。


『どうなの?』


『……いる。けど、教えないよ!』


『赤くなってかわいー。まぁ、大体誰だかわかるけどねぇ』


『え?!』


 バシャッバシャッと水の音がして、女湯の方の何人かが上がっていった。俺はまっていた息を吐いて目を閉じる。


「侑李ー!」


 すると椎名が俺の名前を呼びながらこっちに来た。


「どこ行ったかと思っただろ! 急にいなくなって!」


「誰も風呂の中までお前と一緒に行動するとは言ってねぇだろ」


「そうだけど一人風呂ってさびしーだろ!」


「んなの知るか」


 椎名がザブザブと音をたててこっちに来る。刹那、まだ残っていたセンパイたちが椎名を呼んだ。


「こいつのぼせたみたいでさー! 運ぶの手伝ってくんね?」


「いいっすよー! 侑李も……」


「立花は大丈夫だ! 疲れてるみてーだし、ゆっくりしてこいよ!」


 椎名は俺を一瞥いちべつして、そして「わり」と謝り行ってしまった。

 何を謝ったんだ、椎名は。むしろ静かになって俺的には心地良くなったってのに。

 椎名は俺がセンパイに嫌われている事に気づいてた。その理由を知らない椎名はまだ俺に対して無邪気だが。


『……侑李くん?』


「ッ?!」


 静かになった途端、女湯から天音の声が聞こえた。


『そこにいるの?』


「……あぁ」


『良かったぁ。もしかしたら返事しないかもって思ってたから』


 顔が見えなくても天音が笑っているのがわかる。

 俺が向こうの会話を聞いていたように、天音も今の会話を聞いていたのだろうか。


「んな訳ねぇだろ」


 少なくとも天音に対しては。


『ありがとう。……あのさ、これから時間ある?』


「ある」


『--じゃあ、入り口で待ってて』


 その瞬間、天音も上がったのが音でわかった。




 風呂場の入り口で天音を待っていると、女湯からTシャツに半ズボンというラフな格好をした天音が出てきた。


「なんかちょっと恥ずかしいから、あんまり見ないで」


 私服とは少し違う、家で来ているかのような服装は合宿という場所に合っていて好感が持てた。


「意味わかんねぇよ」


 大学生の頃に見てきた女子らしい服装とのギャップもあって、そう言いつつも俺は視線を逸らす。天音は安堵あんどしたように息を吐いて、濡れた髪をタオルで拭きながら「行こっか」と先を歩いた。


何処どこに」


「内緒」


 一年はあっという間だ。

 中学生はガキだと思っていたのに、高校生にもなると椎名も天音も、多分俺もそれっぽくなってくる。

 一年がこうなら半年なんてもっとあっという間で。

 すぐに天音は転校してしまうだろうと、どこか他人事のように俺は思った。


「ここらへんでいいかな」


 天音は足を止めて振り返った。

 風呂場からも大部屋からも離れた廊下で、人気はない。両側はガラス張りで日本庭園が見えた。


「あのね、侑李くん」


 急に天音がもじもじし出す。

 俺は"これ"を知っている。


「--私、侑李くんの事が好きです」


 俺が反応するよりも早く、天音は"それ"を言った。

 聞いてしまった俺は天音を見下ろしていて、天音は恥ずかしがっていた。


「…………」


 告白されても思っていたほど嬉しくはなかった。理由はわかりきっていて、俺が未来におびえていたからだ。

 だからこそたずねた。


「何で?」


「直感。初めて会った時から、ずっと!」


 あの事故の日、未来の天音もそんな感じの事を言っていた。

 同じ俺でも俺は変わっていて、同じ天音は何も変わっていなかった。

 ……何で俺なんかを好きになったんだよ。


「一目惚れだったのかな」


 ……何であの日と同じ事を言うんだよ。


「だから、私と付き合ってください!」


 俺たちの始まりはいつだったか。

 今日みたいにあいつから告白してきて、俺は……もう何で付き合ったのかも覚えていない。

 俺たちの終わりは唐突で。

 今を夢だとは思っていない分、さすがの俺もワケわかんなくて。


「お前が好きだ」



 ……何で、好きなのに苦しいんだよ。



「なんて言うと思ったか、バァカ」


 踵を返す。


「お前とは付き合えねぇ」


 もう元には戻れない。

 "終われ"。

 ダルい夏はもう終わりだ。

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