表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の空  作者: 朝日菜
4/17

第四話 卒業と入学の日




 放課後、養護施設に帰りたくなかった俺は図書室に足を運んだ。今頃、椎名しいなは姿を消した俺を探して養護施設を駆け回っているところか。

 机を選んでいると、その一角で天音あまねが必死になって勉強をしているのが視界に入った。

 話しかけようとは思わなかった。

 その後ろ姿が見れただけでも俺は変に満足している。それでも近くにはいたくて、天音の真後ろの席に座った。

 宇佐見うさみから借りた本の続きを読み始める。ついさっき担任から聞いた例の高校の偏差値は、少なくとも俺にとっては勉強しなくても入れそうな偏差値だった。


「…………ふぁあ……」


 静寂せいじゃくの中に、真後ろの天音のあくびが伝わる。振り向くと天音は後ろから見てもわかるほどうとうとしていた。


「おい」


 瞬間、天音の両肩が異様に上がった。


「っえ? え、あ……! 侑李ゆうりくん?!」


 振り向いた天音は顔中を朱色に染めていて、今にもぶっ倒れるんじゃないかとさえ思えた。


「い、今の聞いてたの?!」


「あぁ」


「あぅ……!」


 顔を手で隠して天音が沈む。別にあくびを聞いた程度ていどで何とも思わないが、天音にとっては違うらしい。


「……もうやだ……」


 ボソッと天音は呟いた。

 俺は聞かなかった事にして天音をしばらく放置しておく。天音は天音で色々考え込んでいるのがわかった。


「……お前、偏差値足りてるのか?」


 天音が静まった頃、唐突とうとつに俺はたずねた。俺だけ偏差値が足りて高校に合格したって意味がない。あいつと一緒で意味があるんだと思っていた。


「偏差値は……ギリギリ足りてるってところなの」


 聞けばその高校は、地元でそれなりに偏差値が高い高校らしい。

 俺と同じ高校だったあいつは、俺の記憶している限りでは頭が良かった。その高校だって余裕で合格出来るほどに。


「…………勉強」


「え?」


「だから、勉強してんのか」


 こくんと天音は恥ずかしそうに頷いた。

 天音も同じ高校に合格してくれなきゃ困る。それに、この世界では出来る限り天音の側にいたい。


「だったら、わからないとこがあったら俺に聞け」


「侑李くんに?」


「二度も言わせんな」


 勉強を教えるなんて俺らしくなかった。が、それだけ受験にも……そして天音にも本気だった。

 この想いは、あまりにも一方通行すぎるが。


「ありがとう」


 笑う天音は幼くて、俺自身も幼くて。

 腐った世界を捨てて違う世界に飛び込んだような状況の俺は、まるで人生をやり直しさせられている感覚になって。


「礼はいらねぇ」


 信じてないが、"神"っつーのが仮にいるとしたら


「隣に行ってもいいかな?」


「好きにしろ」


 クソだと思う反面


「じゃ、じゃあ好きにさせてもらうね」


 悪くないって、思う。


「先に言っとくが俺は優しくねぇからな」


「そっちの方が身につきそうだから、大丈夫!」


 見ると天音は早速さっそくわからない箇所かしょに丸をつけて俺に見せてきた。

 俺がタイムスリップしてきて数日。

 --卒業まで、あと半年。









 季節は秋から春に移り変わり、落ち葉でき詰められていた道は桜の花弁はなびらになっていた。

 俺は当然として、無事に高校受験に合格した天音あまねと一緒に浪江総合なみえそうごうの門をまたぐ。椎名しいなは偏差値的にはギリギリだったが、何がそうさせたのか奴も合格したのには驚いた。


「侑李くんと同じ高校なんて嬉しいなぁ」


「そうか?」


 感慨深かんがいぶかく言った天音に、俺はなるべく普通に返した。


「同じ高校に行くのは当たり前って思ってた?」


「さぁな」


「最近わかったんだけど、侑李くんって素直じゃないよね」


 何が嬉しくてそうさせたのか、天音は微笑んだ。

 素直じゃない。確かにそうかもしれないが、真実を言えないだけという言い訳を何よりも俺自身にした。


「そういえば椎名くんは?」


「知らねぇよ。椎名なんてどうでもいいだろ」


「どうでもいいって、侑李くんの親友じゃない」


「ちげぇよ」


 出逢ったばかりの頃から椎名は何かと"家族"だの"ダチ"だの言っていたが、俺は椎名をそう思った事は一度もない。

 最早もはや虫酸むしずが走るとは言わねぇが耳障みみざわりだった。


「素直じゃないね」


 めんどくさくなって反論するのも止めた。椎名の件になると不毛ふもうな争いになる。

 駐輪場を抜けるとバスケットコートが見えて、何人かの男がバスケをしていた。もう長い間やっても見てもいないような感覚になるほど、俺はバスケから離れていて、それでも上手い下手やどこが悪いのかがわかる。


「--バスケ好きなの?」


 俺の視線に気づいた天音がたずねた。


「……嫌いじゃねぇよ」


 ポケットに手を突っ込んで眺めていると、ボールが俺の方に転がってきた。


「あ、悪いな。ちょっととってくれよ」


 新入生だとわかっているからこそ、向こうは俺にそう頼んだ。少し前までガキだと思っていた中学生の俺に、俺の人生の中で一番色んな事があった高校生からそう言われると、無性にイライラする。


「チッ」


 ボールを拾った俺は、数回地面にボールを叩きつけてドリブルをした。

 回り道ばかりしてきた人生だが、高校の頃の感覚はまだあったようだ。三人一気に抜いた俺は、今までのストレスを発散するように思うままシュートを放った。

 スパァンッ

 手首を軽く回して、俺は天音の元へと向かう。

 まぁ、入学式前にいい暇潰しにはなっただろう。


「侑李くん、すご……」


「すげーなお前!」


 瞬間、ガシッと男二人に肩を組まれた。


「今のプレー最高だったぜ! お前、バスケ部に来いよ!」


「僕なんかまだまだですよ。お断りします」


 ニコッと笑って天音の手を引く。

 男たちは追いかける事はしなかったが、「お前の事諦めないからな!」と指を差された。


「ゆ、侑李くん……」


 校舎に入る新入生の波を見つけた途端とたん、後ろから恥ずかしがる天音の声が聞こえた。握る手は固まっていて、何が原因かくらいはわかる。


「んだよ」


「……えっと……その……。侑李くんがバスケするところ、すっごくかっこよかったよ! 侑李くん頭もいいし運動も出来るなんてうらやましいなっ!」


 きゅっと握る手が強くなった。「恥ずかしいから離してほしい」と言われると思っていた俺は、天音の言動に不意をつかれる。


「…………」


 褒められる事にも馴れていなかった俺は、後ろを振り向かずに無視をした。


「っお、いたいたー!」


 パッとどちらかともなく手が離れる。

 忌忌(いまいま)しげに正面から駆け寄ってくる椎名を見て、俺は椎名に聞こえるように舌打ちをした。


「んが! なんだよ侑李!」


 八重歯を見せて怒る椎名は俺に突進とっしんしてきて、天音と俺の間に入った。


「うるさい離れろ」


「またまたー! そう言って嬉しいんだろホントは!」


 ぐりぐりと椎名のげんこつに頭を押される。

 そんな中で瞬時にクラス表を確認した俺は、椎名を避けて教室へと向かった。


「っあ、侑李くん!」


「天音も行こうぜ! 俺たち三人とも同じクラスだからさ!」


「う、うん!」


 振り返ると天音と椎名が喋っている姿が見えた。

 椎名は楽しそうに笑っていて、俺にある考えを植えつける。

 ……まさか。

 でも、もしかしたら。

 そう思ったが、本人に聞きでもしない限り答えなんて出ない。不毛な考えだと気づいてすぐに止めた。




 入学式が終わるとすぐに部活の話になった。

 中三の秋に転校--というかタイムスリップ--してきた俺は、部活に入っていない。


「俺はやっぱバスケ部だな!」


「お前バスケ出来んのか」


「おう! 一応元バスケ部だぜ!」


 椎名は椅子に座ったまま胸を張った。


「お前は?」


 興味がなかった俺は天音に話を振る。

 俺がタイムスリップする前、高校の頃天音に聞いた時はバスケ部のマネだったと言っていたが。


「私……バスケ部に入ってみようかな」


 その口調からして中学はバスケ部じゃなかったようだ。


「マジで?! 今から始めんの?!」


「ううん、マネージャーだよ! 男バスの!」


 椎名の表情がほころぶ。

 不毛な考えだと思っていたが、こいつは案外わかりやすいな。


「だから、侑李くんも一緒に男バスに入ってほしいな……なんて。ダメかな?」


「…………」


 照れくさそうに頬を掻く天音と目を合わせる。


「……いや」


 ほぼ即答だった。

 正直、俺はなんでもかんでも天音と同じならなんでも良かった。


「侑李こそバスケ出来んのかよー!」


 ブスッとした表情で椎名にめ寄られる。


「それがね、椎名くん。さっき侑李くんが……」


 俺はとっさに天音の口を手で塞いだ。


「ふむ!」


 目を見開く天音の視線を避けて、「帰る」と俺は片手で鞄を掴む。


「行くぞ椎名」


「……珍しいな。お前から誘うなんて」


 椎名は椎名の鞄を持って俺の後に続いた。同じ養護施設の俺たちは、"目の前にいる天音"よりも同じ時を過ごしていた。


「侑李さ」


「んだよ」


 椎名が俺の真横に来て、真剣な表情を見せた。


「前にも聞いたけど、お前天音の事好きなのか?」


 こういうのを前に、何かの本で読んだ事がある。くだらないと思っていたが、まさか自分の身に降りかかるとは。


「お前には関係ないだろ」


 どう伝えればいい。

 タイムスリップしてきた俺は天音の未来の恋人で、そして高二になれば天音が転校する事を知っている。そういうのを考えると、俺は足踏みをしてしまっていた。

 側にはいたい。でも付き合いたくはない。


「関係あるぜ。俺は天音の事好きだからな」


 だから、お前が羨ましい。


「あっそ」


 養護施設までの道が長い。

 電車を使っているからなおさらだった。

 こんな気持ちのまま天音が転校した後、俺は椎名とどうなるんだ。……俺たち自身は、どうなるんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ