第十三話 真冬に贈る真心
1
気温が急激に下がり、十二月らしくなってきた頃。
俺と坂倉はいわゆる初デートをする事になっていた。
デート場所は坂倉がごり押ししたせいで遊園地。待ち合わせ場所は入場門前の時計塔……ではなく俺のごり押しで近くのカフェ。
カフェに入る前に少し見てきたが、時計塔の前は待ち合わせをする奴らで溢れていた。あんなのでは見つかるものも見つからない。
遊園地の側のくせに落ち着いた雰囲気で、俺はブラックコーヒーを頼み坂倉の到着を気長に待つ事が出来た。
これが時計塔の前だったらブチキレて帰っていただろう。
「侑李くんごめん!」
急に声がしたせいで、一瞬幻聴かと思った。
「言い訳はありません!」
「電車が事故ったんだろ」
俺はスマホを操作して坂倉に見せた。人身事故が原因なのに、言い訳がないってお人好し過ぎるだろ。
「あ、知ってたんだ……」
「遅れるのはいいが連絡くらいしろ」
目の前に座る坂倉にデコピンをする。
弱めにしたが坂倉には強すぎたようで、額が真っ赤になった。
「……ごめんなさい」
「いいから何か頼めよ」
メニュー表を出すと、坂倉は真っ先に
「ホットティーのミルクとシロップ、砂糖多めにするね」
胸くそが悪くなるような甘々なヤツを頼んだ。甘党過ぎるだろとも思うが、何もかもが正反対な自分たちに意味のない笑いが込み上げてきた。
「……え、え? どうして笑うの?」
「別に」
「別に?!」
戸惑う坂倉の代わりに注文し、店外で行き交う人々に視線を向ける。そのほとんどが遊園地に行くのだろう、誰もが笑顔だった。
遊園地に行くと、坂倉は意外と絶叫系が好きらしく、俺がそういうアトラクションにつれ回されるはめになった。
坂倉を見ていても無理をしている様子はない。逆に俺の方が酔ってきたくらいだ。
「……あ、侑李くん!」
そろそろ口を挟もうかと思っていたところ、坂倉が空を指差した。なんだ、空から落ちるやつか? と指先を追うと、そこにあったのは観覧車だった。
「次はあれ乗ろうよ」
「あぁ」
「あれ、いいの? 私ちょっと断られるかと思ってた」
酔ってなかったら断ってたけどな。
俺は逆に坂倉を引きずって観覧車に乗った。地面がだんだんと遠ざかる。俺はそれをボーッと眺めていた。
「お、わぁ……」
坂倉は変な声を出してキョロキョロと辺りを見回す。
地面から視線を外せば、いつの間にか沈みかけたオレンジ色の太陽が俺たちを照らしていた。
「……もう夕方か」
「あっという間だったね」
「そうだな」
頬杖をつき直す。
目の前に座る坂倉は、風景を眺める俺を眺めていた。俺が坂倉に視線を移すと、坂倉は微笑む。
「……俺を見て何が楽しいんだよ」
「楽しいよ。だって侑李くんだもん」
「…………」
夕日以上にそう言う坂倉が眩しくて。俺は視線を落とした。
「あ」
夕日が完全に沈んだ。
それは見ていなくてもオレンジ色の温かい光が無くなった事でわかる。
「侑李くん、見て!」
「夜を見て何に……」
「--雪!」
俺は静かに顔を上げた。
白い白い花弁が落ちていく。
坂倉と一緒に見ると、雪は冬の桜のようだった。
「雪だな」
「……キレイ」
キレイ。
人がキレイだと言う物は、だいたい儚い物だ。キレイな"坂倉"も、儚い物なのだろうか。
初雪のその日、俺はそんな事を思った。
2
年が明けて三学期が始まる。三学期は短く、俺は一月の寒さに身を縮めた。バスケの全国大会であるウィンターカップも終わり、これから来年度の新体制に向けて調整する事になる。
「侑李くん!」
教室で本を読んでいると、坂倉が話しかけてきた。
「何の用だ」
「あのね、あの……高橋くんから聞いたんだけど」
高橋か。
あまりいい話じゃなさそうだな。
「--侑李くん、今日誕生日なの?!」
俺は視線で活字を追うのを止めた。
顔を上げると坂倉の瞳が輝いている。
いい話……なのか、自分の事なのに判断が出来なかった。
「あぁ」
「本当に?! 高橋くんの嘘じゃないんだよね?!」
その割りにはキラキラと瞳を輝かせているな、坂倉は。
「嘘ついてどうすんだよ」
「そうだよね、メリットがないもんね」
坂倉は徐々に落ち着きを取り戻して、隣の空いている席に座った。当然だが、座ると俺よりも小さくなる。
「ねぇ。もし良かったら放課後どこかに遊びに行かない?」
偶然な事に、今日は週に一度しかない部活が休みの日だった。
「断ってもついてくんだろ」
「彼氏の誕生日くらい側にいたいもの」
……なんでさらっとそういう事が言えるのか。
「だいたいいつも側にいるだろ」
「ッ! な、何でさらっと恥ずかしい事を言うの!」
「何でだよ」
坂倉は人の事言えねぇだろ。
「もう……。誕生日って特別な日だからに決まってるじゃない」
どうして女はそんなに記念日を大事にしたがるのかが、俺にはわからない。けど。
「……"誕生日おめでとう"って言いたいの」
そう言われて悪い気がしないのは何でだ。
今までろくに祝われてこなかったから、なのか。
「お前の誕生日はいつなんだよ」
モヤモヤした、不快でもない何かを払うために尋ねた。
「四月六日」
って、俺たちが初めて逢った日じゃねぇか。
俺の表情を読んだのか、坂倉はやけに幸せそうに笑った。
「去年は素敵な誕生日プレゼントだったなぁ」
「何もあげてねぇだろ」
「侑李くんに出逢えた、じゃ駄目なの?」
…………何でいつも側にいるが駄目で、誕生日に出逢えたはありなんだ。
「……知るか」
坂倉が「侑李くん、照れてる」と笑う。
それに答えるのも嫌で、俺は黙った。
「来年はいい年になるといいね」
「新年になったばかりだろ」
ミスを認めるかのように赤くなる坂倉を、不意に何かが隠した。俺たちの間に入った人影に俺は眉をひそめる。
「二人とも教室でイチャイチャするなよー」
高橋はニヤッと口角を上げて俺を見下ろしていた。目の前にあるみぞおちに視線を移すと、みぞおちが消える。
「っよ、依澄」
高橋を突き飛ばした原田は軽く手を上げた。その後を中崎と茂木が続いている。
「何の用だよ」
何もかも面倒になってきた俺の手に、奴等は次々と無理矢理物を握らせた。
「……は?」
なんだこれ。
去年は貰わなかったぞ。
「俺たちからの誕プレな、それ」
それだけを言い残して、四人は俺たちの教室から出ていく。同じクラスの高橋までもだ。不審に思って誕生日プレゼントとやらを全部開けてみると
「な、何が入ってたの?」
「…………ぶっ殺す」
「っえ?」
大量の、しかもかなり甘いチョコレート菓子だった。もしかしなくてもこれはただの嫌がらせだ。
「あいつら絞めてくる」
「え? え? よくわからないけど、とりあえず行かせたら駄目な気がする!」
坂倉は必死に俺のブレザーの裾を掴んで、どこにも行かせないようにする。
「チッ」
俺がおとなしく席に座れば、坂倉は安堵したように息を吐いた。とりあえずあいつらの練習メニューは五倍確定だな。
「坂倉、やる」
「え? でもこれ、みんなから侑李くんへの誕生日プレゼントだよ?」
「だからだよ」
「えぇー?! そんな、受け取れないよ!」
「ほら、食え」
大量のチョコの中から一つだけ取り出して、包装をとり坂倉の口元に持っていく。
「あ、ゆう……んぐ」
朱色に頬を染めて坂倉が口を開けた瞬間、チョコを押し込む。坂倉はおとなしくチョコを飲み込み、「美味しいかも」と呟いた。
「……甘党」
坂倉がクエスチョンマークを浮かべているのがわかる。
「放課後は近所のコーヒー店に行くぞ」
「そ、それ本気で言ってる?」
「俺の誕生日祝いだろ?」
「異論はないです」
坂倉は何故か敬礼をして、チャイムの音と共に自席に戻っていった。