祝福の凱旋パレード
イェルラ国、王都・エーヴェル。4つある国の中でも一番大きく、経済・生産技術など全てにおいて発達している誰もが憧れる場所。田舎や国外に住む若者は決まってこの王都で生活する事を夢に見ている。
王都にはリフェ達が目指すギルド本部があり、そこでは数多の人々がギルドの一員として働いている。基本的には魔法使いが多いが、中には魔法使いではない者も活躍していると言う。そんな王都は今日もまた多くの人で賑わっていた。
「着いたーー!」
「お疲れ様リフェ」
地獄の乗合馬車を降りると、そこは今までみた田舎町とは全く違う風景が広がっていた。綺麗に舗装された石畳の道、お洒落な建物、行き交う人々の装いも品があり全体的に華やかで活気が溢れていた。
「まずは宿屋に行かないとね!...それにしても今日はすっごい賑やかというか慌ただしいというか...」
べリィは興奮気味に街を見ているリフェの隣に立つと、不思議そうに辺りを見回しいつもと少し違う街並みに首を傾げた。
「そうなの?」
「うん。そりゃ賑やかなのは当たり前なんだけど、こう...みんなせかせか動いてる感じがして」
「せかせか?」
街を見やるが、リフェからしたら初めての光景なので何がどう忙しそうなのか分からない。
「そんなの当たり前だろう?明日パレードがあるんだからよ」
不意にリフェ達の後ろから声が掛かった。2人の話が聴こえていたらしい街のおじさんが、少し疲れた顔をしながら話し掛けてきた。
「パレードですか?」
声を返しつつ、そういえばライラがそんなことを言っていたと思い返すリフェ。
「あぁ、勇者が魔王を倒したからよ、そのお祝いと勇者一行を讃えるパレードが明日ここで開催されるんだ。まぁ突然なこったでみんな慌てて準備してんのさ」
「なるほど…」
そう言われると街の人々は皆楽しそうな雰囲気ではなく、焦っているようにも見えてきた。
しかしお祝いパレードが行われるという事は、魔王が倒されたという話は本当に決定的だ。この件に関しては勇者に直接問い質したい気持ちにならざるおえないが、立場上やはり出来ない。このままもどかしい思いに苛まれるしかないようだ。
「てことは、明日ここに勇者さん来るんですね!」
リフェがもやもやした気持ちに項垂れていると、べリィが目を輝かせておじさんに詰め寄った。
「そ、そりゃあな...明日華々しく凱旋だ。今は王城にいるみたいだが、うーん...王女様との結婚も近いかもしれねぇなぁ〜」
「やっぱり勇者さんと王女様の結婚の噂って本当なんですね!」
べリィが更におじさんに詰め寄った。その頬は興奮しているのか少し赤くなっている。彼は若干引き気味にしつつも話は続けてくれた。
「さぁな、実際は分からねぇよ。でも王都じゃその噂で持ち切りだ。何せ魔王を倒した勇者なんて、そうそう現れるもんじゃないしな。王女様も勇者を気に入ってるとの噂もあることだし」
「はぁぁ...どうなるんだろぉ、やっぱり結婚するよねぇ...」
どこか夢見る少女的な目をしてべリィは空を仰いだ。それをリフェとおじさんは呆れたように見つめる。
「ま、まぁ今はパレードの準備が先だ。お嬢ちゃん達他所から来たみたいだし、埋まる前に早めに宿取っておけよ」
優しいおじさんはそう告げて人混みの中に消えていった。彼もまた準備に忙しい人なのだろう。それを見送りながらリフェはまた街を見つめた。
「...ここに勇者来るのか...」
自分の自由を認めてくれた勇者。恐らく優しい人物だ。自分が魔王でなければきっと友達になれたであろう。
だが魔王と勇者は反発し合うもの。共にいる事など不可能だ。例え魔王を辞めていても、状況が状況だけに彼に出会うことは非常に危険だ。いつ裏切られるか分からないし、ローカ達の状況が分からない以上、下手なことをすれば魔王国は終わりだ。それに人間側が魔王国を攻める可能性は高い。そうなれば...
(私は、結局魔王なんだ...。ローカ達が殺されたりしたら、私は...どうする?)
それ以上は考えたくなかった。
今になって、自分のした事の重大さに気付きリフェの心に重くのしかかった。
「リフェ?顔色悪いけど大丈夫?」
不意にべリィに肩を叩かれ、重い思考に陥っていた所を覚醒した。心配そうな顔した彼女がこちらを見ている。
「大丈夫、ちょっと疲れただけだから。ほら、宿取りに行こ」
「うん、じゃあ宿で少し休もう」
暗い気持ちは消えない。だが今はまだ最悪の状況ではないのだ。それにローカ達もそう簡単にやられる程馬鹿ではない。きっと何かしらの対抗策を練っているはず。恐らく勇者も、国を奪う程残忍ではない筈だ。これに関しては恐らくとしか言えないが。
とにかく万が一にも勇者と鉢合わせしては堪らない。明日はパレードを見るのは止めた方が良さそうだ。
「明日パレード楽しみだね!わたし興奮して眠れないかも!」
...どうやらパレードを見に行くのは決定事項だったようだ。
(まぁ、パレード見るだけだし勇者と会うことはまずないでしょ...)
隣で嬉しそうな顔をしているべリィを見て、リフェは1人小さくため息を漏らした。
早めに来たのが功を奏したのか宿を取ることは何とか出来た。それでも大分部屋は埋まっていたので何軒か回ることにはなったが。
宿を取った後、べリィの案内で王都の観光をすることになった。王都で有名な光の噴水なるものや、可愛らしい雑貨屋などを見て回り、それなりに楽しむことが出来た。
そして今2人はとある服屋に来ている。
「わたしはこれが似合うと思うなぁ」
「そう?でも動きやすい物がいいし...」
観光途中に立ち寄った服屋は、お洒落な物から防具まで沢山の種類を取り扱っていた。ちょうど冒険者用の服が欲しかったリフェにはぴったりのお店だった。
「下はやっぱりズボン系にして、全体的に動きやすいのにしよう」
「わたしも一着買おうかな〜。リフェ、あっち見てくるね!」
「うん、私はここら辺にいるから」
べリィはどちらかと言うと可愛い系が好みらしく、それらが置いてあるコーナーへと歩いていった。
リフェはというと機能性重視なので可愛さはあまり無いものばかり見ている。元々前世でもシンプルなデザインが好みで、スカートよりはズボン系、楽に着こなせる物ばかり着ていた。
「うん、この短パンにしよう!あと上着はこれで...」
「それを履くならこの太股丈のソックスを合わせて履くといいわよ」
突然真横から黒いソックスを手にした女性が話し掛けてきた。びっくりして横を見ると、背の高いとても綺麗な人だった。長い金髪に蒼い瞳、出るとこ出ている魅力的な体つきな美人。
「貴女可愛らしいし、絶対似合うわ。それに足を長く見せてくれるし肌も守れる、一石二鳥よ」
初めて人にウインクされたがあまりに似合っていて逆に見とれてしまう。
どうやらこの店の店員らしく、リフェにおすすめしてくれているようだった。しかしただの店員にしてはオーラが違うとリフェはドキドキしながらそのソックスを受け取った。
「じゃあこれも合わせてみます」
「それがいいわ♪」
とびきり輝く笑顔を見せたその人は、また見せに来てね♪と言いながら店内を移動していった。まさに乗せられて買わされてしまったが、悪い買い物ではないとリフェは思った。それにしても凄い美人だった、それがお店を後にしたリフェの感想だった。
その夜も疲れていた2人は早々に就寝した。宿の1階では明日のパレードの話題で持ち切りで、2人が寝ている間も高揚した人々が酒を交わしながら話し込んでいた。
宿の外では準備をしている人も多く、明け方までそれは続いたらしい。
そして、パレード当日がやってきた。
「うわぁぁぁ、すっごい人!!リフェこっちこっち!」
街の大通りは勇者凱旋の道を除いて人でごった返していた。地方からも沢山の人が集まり、店の屋台や往来は人で埋め尽くされていた。
2人が朝に宿を出た時点でもう道は人で埋まっていて、誰もがこのパレードを楽しみにしているのが見て取れた。
「パレードはあと1時間くらい後だって!それまでに場所確保しておこうよ」
「う、うん」
あまりに楽しそうなべリィに、リフェは頷くしかなかった。パレード自体はいいのだが、勇者が来ると思うと簡単には楽しめない。
でもこういったイベントはリフェ自身は好きだ。べリィに引かれるまま屋台を周り、パレードが何とか見られる位置まで来た。そこで買ったお菓子などを食べていたら、気付いたらパレードが始まるのを楽しみにしている自分がいた。
「い、今だけ今だけ...」
「リフェ、そろそろ来るよ!お菓子食べてる場合じゃないよ!」
既に興奮度高めのべリィに叱咤され、食べていたクッキーらしきものを慌てて飲み込んだ。2人がいる場所は、パレードが行われる大通りにある建物の前に置いてあったベンチの上だ。人混みの中でも後列の方なので、普通に立っていては前にいる人の壁でパレードが見えない。なので行儀が悪いがベンチの上に立って見れば、何とかパレードの全容が見られるのだ。
「ほんと、凄い人...」
「こんなの滅多に体験出来ることじゃないもん、みんな楽しみにしてるんだよ!それに勇者さんが生まれた時代に生きてたこと自体自慢になるし誇らしいことだしね!それで今日この目で勇者さん見れたらもうこの上ない幸せだよぉ...!」
両手を組んで熱弁するべリィ。彼女の言う通り、周りの人の高揚は王都全体を包んで弾けんばかりだ。人の熱気に当てられて暑いくらいだが、それすらも気にならない程皆は勇者達が来るのを待ち望んでいた。
王都は既に、希望で溢れていた。それをどこか遠い目で見ていると、突然遠くの方から美しくも強い金管楽器のファンファーレが響いた。
「来たぞ!勇者様一行だ!!」
誰かの声を皮切りに辺りはすぐに人々の声に溢れた。歓喜の声がどんどん高まり、耳を押さえても音は消えないほどだ。
「見てリフェ!あそこ!」
「え?あっ」
興奮するべリィの指差す方を見れば、パレードの一団が王城を出てこの大通りにやって来ていた。先頭には大きな旗を掲げた数人が先導し歩いている。後ろに数十人の兵隊らしき人々が続き、そのまた後ろを4頭の立派な馬が大きな馬車を引いてこちらに向かっていた。
その馬車に、見覚えのある人物がいた。
「あれは...」
先頭の馬車には、にこやかに手を振る少女と、にこりとも笑わない青年がいた。アクアマリンの長い髪を結い上げたまだあどけなさの残る美少女リーティと、緑髪の無表情を崩さない魔法使いのマルアだ。間違いなく勇者の仲間達だった。
「すごいすごい!あの人すごい可愛い!」
隣のべリィは大興奮でリフェそっちのけでパレードに見入っている。当のリフェは先頭の2人に気付いて嫌な汗が噴き出しそうだ。
「サラ様ーーー!」
「女神様〜!!」
次の馬車には僧侶の姿をした銀髪の美女サラが乗っていた。柔らかな笑みを浮かべて観客に手を振っている。
その姿を見てリフェはゴクリと喉を鳴らした。
いよいよだ。あちらからはバレないだろうが、勇者と元魔王がまた出会うことになる。
(どうかバレませんように...!)
不穏な音を鳴らす胸を押さえながら、次に現れた馬車の方を見た。それと同時に今まで以上の歓声が湧き上がった。
「勇者様ーーー!!」
「きゃあぁぁ勇者様ぁぁぁぁ」
「勇者様だぁぁぁ!!」
その途端、リフェは声もなくそれを見つめた。
ーー勇者だ。
美しい金髪に翡翠色の瞳。あの日と同じ銀色の鎧を着ている。あの時はしっかりと顔を見ていなかったが、彼は予想以上に美青年だった。黄色い歓声が湧くのも頷ける。
「.........」
彼を見つめるリフェの足は、まるで地面に生えたかのように動かなかった。いや動けなかった。
リフェの心の内は、いろんな感情が綯交ぜになって溢れていた。彼を見た途端、まだどこか分かっていなかった現実がリフェを襲った。魔王である自分がここにいて、目の前に自分を殺す勇者がいる。いくら逃げ出そうともそれだけは変わらない、そう実感してしまった。
ーー"怖い"と思った。
それなのに勇者の優しさに甘え、その優しさがまた自分を助けてくれるのではないかと期待する気持ちもどうしてか浮かんでしまっている。
もうどうすればいいのか分からないまま、リフェは勇者を見つめた。
「ーーえ...」
思わず胸が軋んだ。
気のせいなどではなかった。
勇者が、こちらを見ていた。
「...なん...」
思わず声が漏れたが、勇者がこちらを見て少し微笑んだことでそれは止まった。何故、笑ったのだろう。
でもその笑みは嘲るようなものではなく、どこか安心させるようなものに感じた。そう思った自分はおかしいかもしれないとリフェは声もなく息を漏らした。
でも重かった心が少しだけ軽くなったような気がした。
気づけば勇者は前を通り過ぎ、今はもうその後ろ姿が見えるだけだ。
「リフェリフェ!勇者さんがこっち見て笑った!すごいよカッコイイよぉぉ!!」
大興奮のべリィはリフェに抱き着いて大はしゃぎだ。もれなくリフェの近くにいた人は、自分を見て勇者が微笑んだのだと言って回っていた。
それを見ながらリフェは思う、間違いなく自分を見ていたと。
「......何か、疲れた...」
「もう!そんなこと言うのリフェくらいだよ!あぁでも今日のことは一生忘れないよぉ」
「...そうだね」
それは同感だと思った。何故だか自分の人生がここから変わるような、そんな気がしたのだ。もしかしたら熱気に当てられて思考が変になったのかもしれないが。
「よし、この勢いで今度はギルド行こう!」
べリィは未だ興奮収まらない様子でリフェの手を引いた。人混みの中を掻き分けて進むべリィを見ていると何だか少し笑えてきた。自分でも不思議な、少しワクワクしているような気持ちだった。でもそれはきっと、これから生きていく上で無くしてはならないものだと思う。
「そだね!行こう!」
気持ちを明るくする為にも、リフェは元気にそう応えた。
ーーだが目的地のギルド本部で、非常に青ざめることになるとは彼女はまだ知らない。