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勇者の噂





ドーマの森を無事に抜け出しリエスタに着いた時にはもう夕暮れ時だった。


リエスタはライラのいた村よりもずっと大きかったが、都会という訳ではなく田舎町と言った方がしっくりくる。木造の建物が多く、通りは働く人々で溢れていた。その分活気もあって初めて町に来たリフェは少なからず興奮した。


「町だー!」


「リフェったら、ほんとに田舎者みたいだよ?」


「あ、あはは...」


ずっと城に引きこもっていたせいか、こんなにも町に来れたことを喜ぶ自分に少し恥ずかしくなる。だがこれもまた楽しみの一つ。魔王としてでしか生きられなかった16年を今度はただのリフェとして生きるのだ。色んなことを見て知って、自由を実感したい。

こうやって町に来れたことも、本当であれば叶わなかった筈だ。田舎者でも何でもいい。今はとにかく楽しみたいとリフェは人々の行き交う町を眺めて口角を上げた。


「ほら、宿取りに行こう」


「うん!」


べリィに案内されて町にある小さな宿屋に向かった。

受付を済ませて部屋に荷物を置くと、2人はすぐに宿屋にある食堂でご飯にありついた。長距離を歩いた上に魔物とも幾度か戦闘になった為お腹はぺこぺこだった。

ちなみにライラのくれたパーニヤは途中で二人仲良く分け合って食べている。


「ん〜〜、美味しいぃぃぃ」


「リフェったら、ほっぺに付いてるよ」


べリィにクスクス笑われながらも、リフェは夢中でご飯を食べた。お腹が空いていたこともそうだが、ご飯が本当に美味しかったのだ。


(美味しい...それにこの味、お母さんの手料理の味に似てる。.........)


前世の母の手料理を食べているようで、リフェは内心寂しく思いながら料理を食べた。

少しの懐かしさと、もう味わうことが出来ない事実を実感しながら最後の一口をしっかり味わった。



夕食後、すぐに入浴を済ませた2人は借りた部屋で寛いでいた。ベッドに2人並んで腰掛けていると、べリィがリフェの長い髪を掬いながらため息をついた。


「リフェの髪、橙色でサラサラですっごく綺麗だねぇ...」


「え、そ、そう?」


不意に髪の毛の事を言われ思わず声が上ずった。

勿論今もちゃんと髪は橙色に染まっているので大丈夫なのだが気は抜けない。体内の魔力を使っているので魔力も途切れず色落ちもしないはずだが。


「わたしの髪の毛赤茶色でくすんで見えるし、跳ねるし嫌いなんだぁ」


「私はべリィの髪の毛好きけどなぁ」


「ありがとうリフェ。今度お手入れのやり方教えてね!」


「うん、大したことはしてないけど...」


どうやらべリィの憧れはストレートヘアらしく、それから話をしている間もリフェの髪を弄っていた。



「あ、そういえばさっきリフェがお風呂入ってる時に食堂に降りたんだけど、その時わたし聞いちゃったんだ!」


突然思い出したようにべリィが声を上げた。

何だろうとリフェがべリィの方を向くと、彼女は目を大きく見開いて口を開いた。


「本当かどうかまだ分からないけど、勇者さんが魔王を倒したんだって!」


「......やっぱりそうなの?」


「え?リフェ知ってたの?」


「あ、いや...村でそんな噂を聞いただけなんだけど...」


しどろもどろになりながらそう答えたリフェは、心の中で首を傾げた。


(ライラさんが勇者自身から魔王を倒したと報告を受けたらしいし、ここでももう噂が来てる。やっぱり本当に魔王は倒された事になってるのかな。...でも何で?ほんと、どういうことなんだろう...)


いくら考えても分からないことだが、とても気になる話だ。魔王が倒されれば人間の国や勇者にとって喜ばしいこと。だがローカ達にとっては不利なんて言葉じゃ足らない程危険な状態だ。魔王のいない魔族の国は、いつ滅ぼされてもおかしくない。

リフェが逃げ出したせいでこんな事になったのだ。心配する権利などもう無いが、自分を育ててくれたローカ達がどうなってしまったのか、本当の事を知りたくて仕方がない。


「...大丈夫かな...」


「大丈夫だよ!だって勇者さんめちゃくちゃ強いらしいし、多分怪我も大したことないと思うよ」


「え」


何か勘違いされたようで、リフェが勇者を心配したと取られたらしい。全くしてないのだが。


「勇者さんと言えば、歴代勇者の中で一番強くて、それですんごい美青年で王都ではすごーいモテモテらしいよ!」


少し興奮気味にべリィは勇者の噂を語り出した。

別に勇者の噂など聞きたい訳では無いが、せっかく彼女が話してくれるので一応耳は傾ける。


「噂では、魔王を倒したら王女様と結婚するとかしないとか!でも勇者さんのファンの人達はそれは違うって怒ってるらしいから本当の所は謎。あ、勇者さんって金髪で瞳が綺麗な翡翠色なんだって。すごいよねぇ、1度でいいから会ってみたいなぁ〜」


「そ、そうだね。王都にいたら会えるかもね」


興奮するべリィの前で引き攣った笑みを浮かべてしまうリフェ。会ったことがあるとは口が裂けても言えない。

それにもう会いたくはない。出会った場合はお礼と何か花とか渡して立ち去る予定だ。



「リフェ、もしかして勇者さんに興味無いの?」


「え?興味無い訳じゃないけど...」


訝しむべリィに慌てて答えようとするが特に言葉が浮かばない。


「まぁ、会ったことないししょうがないか!王都で出会えるといいねぇ」


「うん、そだね」


特に追及して来なかったので助かった、とリフェは深く安堵した。別にこんな事から魔王だと疑われるとは思ってはいないが、勇者の話題はやはり心臓に悪い。

何せ未来に自分を殺す相手なのだ。興味と言えば別の意味であるのかもしれないが。


「さて、明日は早いし寝よう!」


べリィが隣のベッドに寝っ転がりながらそう言った。


「早いの?」


「うん、一番最初の乗合馬車に乗る予定だからね」


「わかった。じゃあおやすみべリィ」


「おやすみなさいリフェ」




おやすみとは言ったものの色々考えてしまってベッドの上で無駄にゴロゴロしていると、余程疲れていたのか数分もしない内に横から静かな寝息が聞こえてきた。

それを聞きながらリフェは徐に思い巡らす。


少し前まで魔王城にいたのに、今は小さな町の宿の中。

人生何が起こるか分からないものだ。いや、これは自分で変えた未来。


(...いつまで続けられるかな。自由でいられることに制限があるなんて、そんなのは...)


その先を考えてリフェは首を左右に振った。

今は目先のことを考えよう。少しでも楽しいと思えるように。今度こそ、後悔のない人生にする為に。



「......まずは、王都に着かなきゃ...ね...」


強い眠気が襲ってきて、それに逆らう力もなくリフェは眠りについた。

眠りの淵に落ちる直前、何故か勇者の声が頭の中で響いた。





翌朝、まだ辺りが暗い時間帯に2人は宿を後にした。

べリィ曰く、一番早い乗合馬車に乗れば昼頃には王都に着けるとのこと。

恐らく早めに着いて観光するつもりなのだろう。


朝日が見え始めた頃になると乗り場に馬車が到着し、リフェ達合わせて7人程度が乗り込んだ。

鞭打つ音と馬の嘶きを聞きながら、馬車はリエスタを出発した。



「ーーーーッ」


その後の時間は、リフェにとって初めての経験な上にひどい苦行だった。


「...いっ...痛っ」


「大丈夫?下に布とか敷くと少しはいいと思うよ」


「う、うん...あだっ!」


揺れる。とにかく揺れる。そしてお尻が激しく痛む。

乗合馬車は所謂バスのような物で、大衆に多く利用されている交通機関だ。王都などの遠い道程を行くには欠かせないものではあるが、いかんせんその乗り心地は最悪だ。


慣れた者は平気なようだが、初めて利用するリフェにとってこれは非常に辛いものだった。

整備されているとはいえ現代のようなコンクリートではなく石畳の路上は、木製の馬車が通るととにかく縦にガタガタと揺れる。その度に強くお尻を打ち付ける為、リフェのお尻はひどい痛みに襲われていた。


「みんなよく我慢出来るね...いっ!」


周りの人々は特に気にする様子もなく各々静かに過ごしている。中には寝ている強者もいた。皆お尻が石になっているのではないだろうか。


それを信じられないという表情で見ていると、べリィが小さく笑ってカバンから布を出してリフェに手渡した。


「まだまだ先は長いから、今の内に慣れないとね?はい、これも敷いて」


「あ、ありがとべリィ」


べリィに布を貰い、更に自分の黒い服も座席に敷いて座る。先程よりは緩和されたが既に傷つけられたお尻は相も変わらず痛む。地獄だ。


「はぁぁ〜、王都に行くのって大変なんだね...」


「ふふ、頑張ろう!」


王都に着くまで何度もべリィに励まされ、挫けそうになりつつも無事昼頃には王都・エーヴェルへと到着した。





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