初めての友達
かなり久々の更新で申し訳ないです。余裕が出来たのでちびちびと執筆していこうと思います。
翌朝、ライラの作った朝食を食べたリフェは早速旅支度を整えた。ショルダーバッグを肩に掛け、中身が揃っていることを確認する。
気分はまるで遠足に行く前の子供のようだ。これから始まる小さな旅にドキドキと胸を躍らせ、高揚からかその頬も心なしか色付いていた。
そこにニコニコと笑みを湛えたライラが来ると、その手に置かれている物を徐ろに差し出した。花柄の布地が可愛らしい何かの包みのようだ。
「リフェちゃん、これ軽食よ。持って行ってお腹がすいたら食べてね?」
「わぁ...ありがとうございます!」
布に包まれて中身は見えないがライラ特製のサンドウィッチらしい。こちらの世界ではサンドウィッチではなくパーニヤと呼ぶようだが。
布越しに香るいい匂いに口元を緩めつつ、まだ余裕のあるバックに包みを入れる。これでまた旅の楽しみが増えたとリフェは内心にんまりだ。
「あ、そうそう」
忘れるところだったと、ライラは近くの戸棚からまたも花柄の布袋を取り出した。
「これも持って行って?うちにあったものを少し弄っただけだけれど、リフェちゃんその服しか無いようだし用意しておいたの」
そう言って布袋から出されたのは、白い清楚なワンピースだった。今リフェが着ている黒いワンピース風の服とは対称的な、白い生地で作られたシンプルなもの。所々にあしらわれたフリルが可愛らしく、それでいて派手さはない。白い服など滅多に着ることのなかったリフェにとってはとても嬉しい贈り物だった。
「可愛い…いいんですか?」
「えぇ、貰って頂戴!冒険者用の服は自分で選んだ方が良いと思ったから、向こうに着いたら自分で買ってね?これはお出かけ用くらいの物だけど是非来て欲しいわ」
そうニッコリ笑いかけるライラに、リフェは胸がじんわりと温まるのを感じた。
魔王城には女性は少なく、常に側にいたのは側近のローカ。彼も見ようによっては女性に見えなくもない程美しい魔族ではあるが、鬼のような厳しさとあの眉間の皺のせいで年格好より老けて見える。
それを彼に言ったらとんでもない事になりそうなのでずっと言わないでいるが、見た目狼少年のフェルとはその旨を分かり合えているのは秘密だ。
そんな訳もあり若干女性に飢えていたリフェにとって、ライラの優しさや母性の滲み出る眼差しはとても嬉しくて懐かしく、彼女の心を温めるのは容易だった。
「大切に使います!」
「きっと似合うわよ~」
服の入った布袋をそっとバックにしまうリフェ。ふと顔を上げるとライラがリフェをじっと見つめていた。どうしたのかとリフェが声をかけようとすると、徐ろに彼女はその身をリフェに寄せた。抱き締められたのだ。
優しい花の香りがする、とリフェは驚きよりもその香りと温かみにホッとした。
「…娘がいたらこんな感じなのかしらね。ふふ」
「ライラさん…」
リフェの呟きを聞くと、ライラはその身を離してまたリフェに優しい笑みを向けた。
「行ってらっしゃいリフェちゃん。またここにいらっしゃい」
「…良いんですか?」
「もちろんよ!いつでも待ってるわ」
「!」
まるで母のような微笑みにリフェはまた胸を打たれた。
母親のいないリフェにとっては、久しく感じていなかった母親の温かさ。ひどく懐かしいと、切なささえ過ぎった。
「絶対またここに来ます!ライラさんに会いに行きます!」
「うふ、楽しみね!」
まるで親子のように2人は笑い合った。
くすぐったくて嬉しい、そんな空気が漂っていた。
「…ついでに、親不孝者のアインも連れて来てくれると嬉しいわね?」
「ぜ…善処します」
それはかなり難しい願いだが、リフェはまたここに来れることを嬉しく思い彼女に笑い返した。
「行ってらっしゃ~~い!」
それからすぐに、ライラに見送られながら彼女の家を後にした。
リフェの姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれたライラに胸を打たれつつ、また会いに行こうと固く決心し隣町リエスタを目指して歩き出した。
ライラの家を出てから道なりに歩いて2時間程経った頃、例の場所に辿り着いた。以前国境の森を歩いていた時とは違い、リフェは特に疲れることもなくやって来れた。心持ちの違いだろうか。
「これがライラさんの言ってたドーマの森かぁ。確かに濃い魔力が溢れてる」
昨夜リフェの旅路についてライラと話していた時、彼女が最も念押ししてきたことがあった。それが今目の前にある森ついてだった。
”ドーマの森”
数年前までは決して近くの住民から恐れられるような場所ではなかったのだが、最近では王都へ行き来する者達にとっては最も恐ろしい危険地帯へと変化していた。
何故ならこの森には強力な魔物が出てくるからだ。
「…魔力の保有量が少ない人が入ったら危ないかも」
これでも元魔王だったリフェは、ローカによって沢山のことを教えられてきた。魔力についてもそうだ。
魔力は世界を循環する全ての源...魔素の総称であり、魔法を使うには欠かせない要素だ。そしてその魔素は人や魔族、魔物に宿り生きる力、魔力となっている。
個人が持てる魔素の量は異なり、魔法を使うにも影響が出る。魔力保有量が少なければ大きな魔法は使えない。その点では勇者やリフェはその身に宿せる魔力保有量が多く、発動できる魔法も強力なものになる。そして周りに与える影響も大きい。だからこそ魔王であり勇者なのだろうが。
大地についても同じだ。
大地にも魔素は宿り、それは人や魔族よりも膨大な量の魔力を溜め込むことが出来る。
それ故に大地から草木は生え、動物も健やかに成長する。人も魔族も無意識に大地から魔素を貰っており、生きる力を与えられているのだ。
だがその魔素も良いものばかり与えるわけではない。
その例がこの森だ。
「こんなに濃い魔素の中にずっといたら体にも良くないし、興奮した魔物に襲われる可能性があるよね」
何かが原因でこの森の大地の魔素が増加し、保有量を超えてしまっている。しまいきれない魔素は森を漂い、元々住んでいた魔物を活性化させてしまっているようだった。魔物は人と違い魔素が無ければ生きていけない、魔力の塊のようなもの。魔素が多ければ多いほどその体は活性化するのだ。
だが同時に魔力保有量が少ない人間が濃い魔素に当てられると、自身の魔力保有量を超えてしまい眩暈や吐き気、または意識を失う可能性もある。
濃い魔素によって弱った所を、興奮した魔物に襲われる。その最悪の連鎖がずっと続いているのだろう。
「どこかに魔素が溢れる原因がある筈だけど、…今は探せそうにないな」
申し訳ないと思うが、リフェにとって今大事なのは王都へ行くこと。それにライラがこの森については王都から調査隊が派遣され原因を探っているとのこと。
今は様子見することが良いと思われる。下手に探って誰かに目をつけられても困るのだ。
外見が変わったとはいえ油断は出来ない。
「冒険者になって人間らしくなればそんなに怪しまれないはず。ここに来るのはそれからにしよう」
今は無理だが必ずこの問題は解決しなくてはならない。
ここを通る人もだが、大地も心配なのだ。
大地も生きている。
魔力保有量が多すぎると森もその悪影響を受けてしまう。多すぎる魔力は大地を壊し、世界の魔素の循環も悪くなる。出来れば早めに戻って来たいとリフェは心なしか早足で森の中を進んでいった。
その悲鳴を聞いたのは森を歩いて1時間位経った時だった。
前方で若い女の子の恐怖に染まった悲鳴と、波立つ魔力の波動を察知したリフェは迷うことなくその方向へと駆けた。
道より逸れた草むらを抜けた先で、女の子が倒れているのを見つけた。そしてその目の前には黒い巨体を持った狼のような魔物。今にも襲いかかろうとしているその姿を見つけたリフェはすぐさま手を前方に翳した。
「ーー!」
闇色の光が一瞬煌めき、リフェの掌から強い衝撃波が魔物に向かって放たれた。
魔物が少女に噛み付く寸前で、それは魔物に直撃し側にあった木々と共に吹き飛ばされた。そのまま魔物は動かなくなった。どうやら気絶しているようだ。
「……え?なにごと…」
「大丈夫?怪我してない?」
少女は突然聞こえた声にビクリと肩を震わせた。
恐る恐るといったようにリフェを見つめた。
「もしかしてあなたが、助けてくれたの?」
「うん、危機一髪だったね」
そうニッコリ笑ってみせると、彼女は少し落ち着いたのか安堵の表情を見せた。
赤茶色の髪をおさげにしているまだあどけなさの残る少女だった。
「助けてくれてありがとう!わたしはベリィ。ウノール村から来たんだ」
屈託のない笑顔を向ける同い年くらいの彼女に、リフェは若干感動しながら頷いた。同年代の女の子など近くに居なかったから当然だ。
「私はリフェ。...もしかしてべリィもリエスタに?」
「リフェも?て言うか、この森はリエスタにしか行けないけど...あ、それじゃあリエスタから王都に行く、とか?」
どこか期待めいた視線を寄越してくるべリィに、もしかしてと同じく期待めいた思いを抱きながらリフェは頷いた、
「うん、王都に行くよ!そこでギルドに入って冒険者になる予定!」
リフェの言葉にべリィの茶色い目が大きく開かれた。その口元も無意識だろう嬉しそうに開けられた。
「すごいや...わたしも王都に行って冒険者ギルドに登録しようと思ってたの!」
「べリィもギルドに?」
「うん!まさか同じ目的の人とここで会うなんて思わなかったよ。...でもわたしてっきりリフェはギルドの人なのかと思った」
「え、なんで」
ギルドの人に見えたのは嬉しいが、逆に普通の人には見えなかったのではと冷や汗が垂れる。
「だってあんな強そうな魔法使える人って大抵ギルドに所属してるから」
「そ、そうなんだ...」
どうやら初対面からやらかしてしまったらしい。
自分の実力を考えて魔法を使わなければ怪しまれるのは当然だ。何せリフェは元魔王だ。魔力は桁違いである。
そんな強い魔法を使った覚えはないが、彼女からするとあの程度でも強力な類に入るらしい。今後は周りを見てどの程度の魔法が普通なのかきちんと調べていかなければ。
何よりもリフェの自由の為に。
「わ、私結構魔法得意なんだ!でもまだまだだからギルドに入ってもっと勉強出来たらなって思って」
「充分すごいよ!わたしなんて魔法ほんと下手くそで...」
上手く誤魔化せたようだが代わりにべリィが何故か落ち込み始めた。
彼女も王都のギルドを目指すという事は何かしらの目的があって行動している筈。そしてその目的に関して思う所があるようだが...。
「見てて...」
あまりの自信なさげな声に若干驚きつつべリィの行動に目をやると、彼女は手を前に出してこれまた自信なさげに唱えた。
「白氷よ煌めけ...アイシクル」
「!」
アイシクルは大きな氷の柱を幾つも作り出せる魔法だ。使い方によっては巨大に、或いは無数に出すことも可能だ。勿論魔力の多い者ほどそれは変わる。
彼女が詠唱した途端に辺りに冷気が漂い始め、リフェ達の目の前に白銀に輝く氷の塊が現れた。
「......あれ?」
「......…」
思わずリフェは目の前に現れたそれを凝視した。
隣のべリィは無言でそれを見つめている。
「...ち、ちっちゃいね...」
「.........うぅ」
本来ならば人の身長ほどの大きさの氷柱が出来上がる筈だが、今目の前にあるのはそれより遥かに小さい氷柱だった。大きさは人の膝下程度でかなり小さい。
「...見ての通りわたしほんとに魔法下手くそで、村でも一番の出来損ない魔法使いだって言われてた」
哀しそうに、そして悔しげにべリィは氷柱を睨みつけながらそう言った。それを見ながらリフェは首を傾げる。
「?」
魔法を発動する瞬間感じた彼女の魔力はかなり高いように思ったのだが、目の前に現れた氷柱はこんなにも小さくその誤差に訝しみを拭えない。きっと何かしらの原因があり、それさえ解決できれば彼女も本来の力を振るえる筈だろう。恐らく、彼女がギルドに入りたい理由はここが関係しているのではないだろうか。
「...だからみんなを見返したくて、...こんなダメな自分を変えたくてギルドに入ろうって思ったの。あそこなら自分の目指す魔法使いにきっとなれると思うから」
「そっか...じゃあ私も教えられること教えるし、一緒に頑張ろう?べリィは魔力あるみたいだしコツさえ覚えたらすぐ上手くなるよ」
「ほんとに!?」
リフェの言葉にべリィは俯いていた顔を瞬時に上げた。
不安と共に希望の光も綯交ぜになった瞳がリフェを捉える。リフェがそれに頷くと彼女は更にその顔を輝かせた。
「リフェがそう言ってくれるなら、わたしきっと上手くなれる!色々頼っちゃうかもしれないけどわたしも頑張るよ!」
「うん、任せてよ!......その代わり、ちょっとべリィにお願いしたい事があるんだけど...」
「お願い?」
首を傾げるべリィに頷き、リフェは思いついたことを口にした。
「実は私王都とか初めてで、結構知らないこともいっぱいあるから色々教えて欲しいんだ。べリィなら色々知ってそうだし」
ただでさえ人間の国の知識に疎いのだ。ここは今後も傍にいてくれる可能性の高い彼女から、それとなく知識を引き出して貰えればと思う。細かな所でへまをして疑われては困る。利用するなどとは言いたくはないが、彼女に頼る他はないだろう。
リフェの言葉にべリィはそんな事かとカラッと笑った。
「王都行ったことないんだね?まぁわたしも2回くらいしか行ったことないけど、有名な場所くらいは案内出来るよ!それにリフェは命の恩人だし、お願いなんてしなくてもいくらでも助けるから!分からないことあれば何でも聞いて?」
そう言ってべリィはにっこりと目を細めてリフェの手を握った。その笑顔がとても可愛くて温かくて、リフェも釣られて笑顔になる。
(べリィの笑顔、なんか好きだなぁ...)
優しさが滲み出る笑みに癒されていると、不意にべリィがリフェの手を引いた。
「ほら、早くしないと日が暮れちゃうよ!リエスタまであともうすぐだし行こ!」
「あ、うん!」
歩き出すべリィを見ながらリフェは感慨深く目を細めた。
これはもう友達と思っていいのだろうか。いやきっと友達だ。彼女がこの世界に生まれてから初めて出来た女友達なのだ。
「ーーべリィ、これからよろしくね!」
「!...うん!よろしくリフェ!」