第一街人発見?
行き当たりばったりなやり方ではあったが、幸運なことにリフェは魔王国の国境を越えることに成功していた。
勇者達が魔王城に来る際に国境にある砦を破壊していたらしく、誰にも見つかることなくそしてその破壊痕を見て戦慄しながら人間の住む国へ入った。
「…あそこはローカが手配して直してくれるだろうけど、こうもあっさり突破されちゃうと物悲しいというか何というか…」
砦でも魔王城でも死者が出ただろうと胸を痛めるが、同時に勇者の強さにも恐怖を感じるのを忘れなかった。
「勇者…か…」
正直顔はあまり覚えていない。というより終始涙目だったのでボヤけてうまく見えていなかったというのが正解である。
だがとても綺麗な金髪と翡翠色の瞳を持っていたのは分かった。
「イケメン…だったんだろうけど、でも私を殺しにきたって思うと怖すぎ…」
ブルッと一瞬身震いし、急いで勇者を頭の中から追い出す。
まずは街に行きギルドに入らなければならない。
それを達成する為にも今は街に到達することが眼前の目標だ。
今いる場所は魔王国の砦を抜けた先に続いていた森の中。相変わらず森から抜け出せないようで、この辺りは魔王国の国境付近である為か人の気配は全くない。故にどの方向に街があるのかどう行けば良いのか尋ねることも出来ない状態だ。
「…だいぶ進んだと思ったけどずっと森だよ…」
流石に歩き疲れたリフェは、最初の元気は何処へやらノロノロとした足取りで森の中を歩いていた。
遂には足の疲れがピークに達し、近くにあった岩になだれ込むようにして座った。
「いかん…運動不足すぎて今にも筋肉痛になりそう」
魔王だった頃はとにかく城にしかいなかった上にろくな運動もしていなかった。その反動が来ても全くおかしくないのだ。
じんじん痛む足を撫でながらため息を漏らす。
相変わらず森は静かで落ち着いた変わらぬ景色が続いていた。
「……はぁ…どうしよ。………ん?」
自然の音に耳を傾けているとその中に聞き覚えのある音が混ざっているのに気が付いた。
それはサラサラと美しい音色だった。
「川があるんだ…。あ、じゃあもしかしたら川を辿れば街の近くに、いやまずこの森を抜けられるかも!」
これは嬉しい情報だと、リフェは先程までの疲れを忘れサッと立ち上がって音のする方へと歩き出した。
そうして100m程歩くと、大きくはないがしっかりとした流水が美しい川を見つけた。
「あったぁ!後はこれを辿って行けば…」
緩やかな下りになっている川沿いを上機嫌で歩いていく。
見上げれば青い空、横には美しい川。そして辺りに広がる美味しい空気に、より一層リフェの気持ちは高まった。
「う~ん、気持ちいい~!やっぱり引きこもってちゃダメだね!今日から私はただのリフェだし、自由に行くぞ!」
好転していこうとしている状況にリフェはご機嫌になりながら前へ前へと進んでいく。
このまま行けばきっと森を出て街に到達できるはずだ、とどこか確信のような気持ちを抱いて彼女は川辺を歩いて行った。
しかし、それから1時間程歩いても街どころか森さえも抜けることは出来なかった。それだけには飽き足らず、途中から雲行きが怪しくなったと思うと一気に雨が降り注いだ。
建物もない場所でろくな雨宿りも出来ず、リフェは半ば諦めとヤケを混じらせてそのまま川辺付近を歩き続けていた。
土砂降り雨の中歩くリフェの心身は、次第に元気を削がれ始めていく。
「…やっぱりバチが当たったのかなぁ…」
今更元には戻れない。戻るつもりもないが、やはり自分のした事に罪悪感は拭えない。
雨のせいで気分が落ち込み、忘れていた感情にまた飲まれそうになる。
「考えるな、考えたっていい事ない。今はとにかく、ここを抜けないと…」
気力を振り絞りリフェは嫌な気持ちを振り払って重たくなった体を動かす。だが雨で髪も服も全てたっぷりと水分を含んでいて動きづらい上に気持ちが悪い。
その上体力もその分取られてしまうので疲れは溜まっていく一方だった。
それからまた1時間森の中を彷徨い続けたリフェは、ようやく薄暗い森の先に光を見た。それを見つけた瞬間、彼女の体に力がこもった。
同時に雨も小雨に変わり始め、リフェは思わず光の方へ駆け出した。
「ーーーッやった‼︎」
不意に開けた視界。
そこはもう森ではなく、広大な緑の大地が広がっていた。
遠くの方はもう青空が広がっていて、そこに浮かぶ太陽が暖かな日差しを草原に浴びせていた。そしてよく目を凝らすと、遥か遠くに赤茶色が目立つ様々な建物が見えた。
そう、街を発見したのだ。
「ま、街がある!やっと、見つけたぁぁぁぁ‼︎」
体力は削がれていたが喜びの叫びを上げる元気はあったリフェは、思わずその場で両手を掲げてガッツポーズを決めた。
「ーー⁉︎」
ーーだがその瞬間、急に視界が真っ白になった。
一気に気持ち悪さがリフェを襲い、その反動で力なく地面に体を預けてしまう。
突然の事に受け身も取れずに倒れた為、打ちつけた腕や胸が激しく痛む。
猛烈な吐き気と眩暈、打ちつけた痛みに意識がぐらつき起き上がる事も出来ずその場でうずくまった。
「…や、ば……誰か…」
やはりバチが当たったのかと再度考えてしまいそうになる。
気弱になっていくのを止められず、思わず誰もいないのに助けを求めてしまう。
「誰か…助けて……」
でも誰もいないのだ。助けなど来ない。
仲間を見捨てた自分を助ける者などもういない。
苦しくなる意識の中、リフェは視界を滲ませた。
「…ふ、…うぇ…」
惨めなのか悔しさなのか、それとも哀しみなのか。どれともつかない感情が溢れてくる。雨のように落ちていく涙のせいで視界は最悪だ。
雨は止んでいた。
でも動けないリフェの周りには沢山の雨が降っていた。
「……見つけた」
不意に、足音と共に男性の声が聞こえた。
リフェの意識はもう失われそうになっていたが、その声はしっかりと彼女の耳に届いていた。
「…ぁ…」
「もう大丈夫だ。安心するといい…」
暗くなる視界と共に重たくなった身体を彼に抱き起こされるのが分かった。それはとても優しい手つきで、何故かとても安心したのはどうしてだろうか。
「ーー君は、自由だ」
そして薄暗い視界の最後に映ったのは、それはそれは美しい金髪と吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠色の瞳だった。