転生して魔王とか
随分なシリアス展開からこんにちは、打って変わってこちらは魔王の現状況である。
魔王国14代目魔王リフェは、あろうことか勇者との対決を恐れ配下を見捨てて魔王城より逃げ出していた。
「…はぁ…はぁ…っ」
魔王城を出てどれほど走ったのか、気が付けば鬱蒼とした森の中にリフェはいた。
鳥のさえずりや虫の鳴き声が風の音と共に静かに流れる、何とも心地よい空間。そしてその空間にリフェは強い懐かしさを感じながらキョロキョロと辺り見回し歩いていく。
「…魔王城の外にあった森かな…。昔住んでた田舎の森みたいで落ち着く」
その目には懐かしさだけでなく小さな哀しみも揺らいで見えた。
「…ローカ達怒ってるよね。勇者は私のお願い聞いてくれたかな…。逃げ出しておいてそんな心配する資格もないけど…」
自己嫌悪に陥りながらリフェは森の中を彷徨う。
「でももう無理だったんだよ。魔王として生まれただけでも辛かったのに勇者にまで殺される運命だって分かったら、私の生まれた意味が…何の為に生まれ変わったのか分からないよ」
嫌な音を立てる胸を押さえてリフェは思うままに言葉にしていく。ずっと秘めていた思いを吐き出すように。
「前世でも早死にしちゃってさ、やりたい事も沢山あったのにできなかった。だから生まれ変われたって分かった時はすごく嬉しかったのに…なのに生まれてみれば魔王とか、私の人生歪みすぎでしょ」
実は彼女には前世の記憶がある。
前世の彼女はこことは違う日本国の生まれであり、平和にのほほんと生きていた。岬 杏奈というどこにでもいる平凡でゲーム好きの女子高校生だった彼女は、下校時いつも通る道で後ろから乗用車に突然はねられてそのまま命を落とした。
そして次に目を開けた時にはもう杏奈はリフェとして生まれていて、魔王として生きることを余儀なくされたのだ。
もし神がいるのならばこれは新手荒手の嫌がらせに他ならないだろう。生まれ変わっても早死にだなんて、最早生まれ変わる意味すらない。
酷な思いをするならば生まれ変わらなければよかったと思う程だ。
だが現実はこうなのだ。
彼女は魔王リフェに転生し、そしてテンプレのように勇者に命を狙われる運命。
ローカに勇者の存在を聞かされてからというもの、リフェは何度も絶望を感じながら日々を過ごした。生まれ変わった意味、生きている意味を考えない日はなかった。
「……でも、もう逃げちゃったんだ。逃げるって決めたんだもん。この先いつか勇者に殺されるなら、そのいつかまでせめて自由に生きようって決めたんだ」
何て我儘で傲慢な行為だろうかと、自分でも痛いほど理解している。魔王を辞めることは簡単にしていいことではないし、出来ることではないのだ。どんなに逃げても自分が魔王であることは変わらない。分かっている。でもそうしなければ自分は自分でいられないような気がした。
だから僅かな時間でも魔王でないかつての杏奈に、リフェは戻りたいとそう思ったのだ。
「ローカ達が無事ならきっと私を捜しに来るよね…でも捕まるわけにはいかない」
強い眼差しを前に向けてリフェは森の中をずんずん進んでいく。このまま森を抜けて魔王国を出て、人間の街に行けば良いのではと思う。実は前々から魔王城を出られたらまず街に行ってみたいと思っていた。魔族ではなく人間の住む街に。
「街に紛れて何とか隠れないといけないよね。…でも街に行ってからどうしよう?お金とか無いし私引きこもりになってたからこの世界の人間の知識ゼロだもんなぁ」
一応前世の記憶があるとはいえここは異世界なのだ。
勝手は違うだろうし大抵はお金が無ければ生きてはいけない。まずはお金を工面する所から始めるべきかとリフェは思案する。
「…魔王城には魔王国の本しかなかったから人間の住む街のことは分からなかったけど、昔誰かが冒険者ギルドがあるって言ってたんだよね」
(勝手に)辞めたとはいえ魔王だ。
力は無駄にあるので闘うことは可能。冒険者ギルドに入ってクエストクリアすればその日にきっとお金も貰えるだろうし、例え貰えなくても1日2日なら飲まず食わずでもいけるはずだ。と、安易な考えを巡らせるリフェ。
「あ、後は髪の毛と目の色だよなぁ…」
純粋な黒色は魔王の証。
これを何とかしなければ一瞬で魔王だとバレて即終了だ。
「…染められないかな」
魔法でどうにか出来ないものかと思案する。
思い返すと配下の中で擬態変化が得意な魔族がいて、その者に少しだけ変質魔法について教えてもらったことがあったのを思い出した。
名前は思い出せないが彼はその優れた変質魔法を用いて動物に変化したり見た目を変えたりとその場に合わせて沢山の姿形を取っていた。
もちろん色を変えるのも造作もない。
「思い出せ思い出せ〜!」
どうやったのか記憶を搾り出しながらリフェは魔力を練り始める。目と髪の毛に魔力を注ぎ込み、どう変化をもたらすか、どこまで魔力を注ぎ込めば良いのか微調整する。
「…なんだっけ?変質魔法は細胞を活性化させてうんたらかんたら……何言ってるのか分かんなかったんだよなぁ…。えーと、その後確か積み木のようなものだと言ってたっけ」
彼の説明では、いろんな色の積み木があって同じ色や形の物を集めて重ねて成りたい一つの形にしていく過程を思い描くのがコツだと言っていた。
リフェはそれだけは理解出来たのを思い出し、頭の中で同じ色をした積み木を思い描きそれを一つ一つ積み上げていくのを繰り返してみた。
色は好きな色である橙色だ。
髪の毛と目に魔力を注ぎ込みながら、同時に橙色の積み木を頭の中で積み上げて髪と目の色が変わる過程を想像する。
「ん…んぐぐぐ…ッ」
すると、ある一定の高さまで積み上げた途端リフェの中で行なわれていた魔力注入が途絶えた。ハッとして髪の毛を見ると、黒曜石色の髪の毛はオレンジジュースのような明るい橙色へと変わっていた。恐らく目も同じく成功していることだろう。
「で、出来たぁぁぁぁ‼︎積み木方式すげぇぇぇ⁉︎」
まさかほんとに出来るとは思わず、リフェは大声を上げて喜んだ。コツを聞いていて良かったと、未だ名前を思い出せない彼に心の中で密かにお礼を言った。
「よっし、これで街に堂々と行ける!ここでグズグズしてたら捕まるし、善は急げ走って行くぞ!」
準備は整ったとばかりに意気込むリフェ。
宣言通り意気揚々と駆け出したが、間もなく足を止めることになる。
「ちょっと待って、どこに街あるの…?」
不意に重要な事に気が付いたのだが、生憎リフェは地図を持っておらず記憶にある世界地図も曖昧でまるで意味を持たない。
「どうしよう…」
ーーしばらく考えた結果、リフェはある決断を下した。
その手には足元に転がっていた木の棒がある。
「この木の棒の倒れた方向に向かって行こう!で、街に着いたらギルドの場所聞いて冒険者になる‼︎イケる‼︎」
全くもってイケない決断だが、基本リフェは思考が浅いのでその時はイケると思い込んでしまうのだ。魔王を辞めたことも然り。
言い様によっては自分の心に素直なのだろうが。
それが功を奏するか否か判断は難しいが、今は思うがままに彼女は突き進むことになりそうである。
「ほい!ーーん、前に倒れたから前進だね!」
早速木の棒を使って行き先を決めたリフェは、棒によって定められた先を行く為その足を大きく踏み出したのだった。