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サンズイ - 二宮透花

 あたしはそれから、校庭に1人でいるサンズイさんをよく見るようになった。その姿を見ているとあたしは胸が苦しくなった。苦しいだけで、あたしには何もできなかった。


 お話に出てくる疫病神は、関わった人をみんな不幸にする。あたしは自分がそういう人間だと思えてきた。どうすれば他人と関わらないようにできるか、それをずっと考えるようになった。


 でもサンズイさんは不幸なままじゃなかった。また友だちと一緒に校庭で遊んでいるサンズイさんを見るようになった。あたしがその様子を見てほっとしていると、サンズイさんは走ってきてあたしに話しかけた。


「もう気にしなくていいから」

「え? 何を?」

「ケンカしてから僕が1人だったのを気にしてただろ。もう大丈夫」


 1人ぼっちだった時に、サンズイさんはあたしのことまで気にかけてくれていた。サンズイさんはあたしにとって、それまで以上に気になる人になった。




 6年になったサンズイさんは生徒会の役員に選ばれた。その年に初めて作られた、イジメの問題について担当する役だった。誰かをいじめている人を見つけたら、サンズイさんはその間に割って入った。


「ちょっと話を聞かせてくれないか。僕は児童会の役員で、児童の中にどんな問題があるかを調べることが役割なんだ」


 サンズイさんはいじめている人を見つけても、先生みたいに怒ったり注意したりはしないで話を聞くだけだった。特にいじめた方の人から時間をかけて聞いていた。


 怒れらなくても、そんな楽しくない話で自分の休み時間がなくなるはみんな嫌だった。サンズイさんを見てイジメを止める子が少しずつ増えていった。イジメはなくなりはしなかったけど、あたしがはっきり感じるほど少なくなった。




 彩花のことを言われたあたしが、落ち込んでいた時だった。

 あたしがうつむいて座っていると誰かに背中をポンと叩かれた。少し痛いと感じるくらいの強さだった。

 振り向くと、帽子を深くかぶって顔のよく見えない人がいた。帽子に隠れていない顔の下半分は笑っていて、いじわるそうに見えた。叩かれた背中がヒリヒリした。


 あたしが不安な気持ちで見ていると、その人は帽子を脱いだ。サンズイさんだった。いつもの通りの笑顔であたしを見ていた。


「どうしたんだ、マエジマ? 落ち込んでるように見えたけど」

「たいしたことじゃないです」


 あたしは慌ててそう答えた。サンズイさんとは楽しい話をしたかった。


 あたしには最近、マエジマというあだ名がついた。どうしてそんな名前をつけられたのか、あたしには分からなかった。サンズイさんにはまだ本名を言ってなかったから、みんなが呼ぶのを聞いたサンズイさんもあたしをマエジマと呼んだ。


「さっきはどう思った?」

「どうって?」

「僕を見て緊張してたよね」

「あの……。別の人かと思って」

「叩かれて痛かった?」

「全然! 痛くないです」


 本当にもう痛みは感じていなかった。


「でもさっきは痛そうだったよ。本当に痛くない?」

「本当です。痛くないです」

「いじわるされたと思ったら痛くて、僕の挨拶だと分かったら痛くなくなった。そうかな?」

「……そう。そんな感じ」

「不思議だと思わない?」


 サンズイさんの言う通りだった。サンズイさんだと分かるまで、あの笑顔もいじわるそうに見えた。どうしてだろう?


「僕はね、イジメが辛いのは自分で辛くしてるからだって思うんだ。同じことをされても、それが辛いかどうかは自分次第なんだ」

「……いじめられる子の方が悪いの?」

「悪いのはいじめる方だ。いじめられた子に問題があっても、イジメではそれを解決できない。僕が言ってるのはどっちが悪いって話じゃないんだ。いじめられた子の辛い気持ちを早く楽にする。それにはどうしたらいいかってことだよ」


 そんなことってできるんだろうか。


「いじめられたときには、まずその相手をよく見る。そしてどうして自分をいじめたのかって考えるんだ」

「あたしが悪いことをしたから」

「マエジマは君をいじめた子に何か悪いことをしたのか? それともマエジマをいじめる子は、何か悪いことをした人を全員いじめてるのか? そうじゃないなら、どうしてマエジマをいじめてるんだ?」

「分かんない」

「分からないときはたいした理由じゃないんだよ。みんながいじめてるからとか、他のことで腹を立てていてその八つ当たりとか。酷いのだと、その場の雰囲気だけでいじめる奴もいる」

「そうなの?」

「そんな子は時間が経つといじめたことだって忘れてしまう。だから相手が自分を嫌ってると思って悲しくなったり、自分が悪いんじゃないかと気にしたりする必要はないんだ」


 そう考えていいのなら、あたしはすごく楽になれる気がする。


「いじめられた時には考えるんだ。その子が好きで嫌われたくないのか。それともいじめられなければ嫌われてもかまわないのか」

「嫌われてもいい人がいるの?」

「例えば子供が嫌い、女が嫌い、人間が嫌いって人も実際にいる。そんな人にたまたま遇って、自分のことを嫌わないでもらう方法なんてない。誰からも嫌われないというのは無理なんだ」


 あたしはそんな風に考えたことはなかった。


「好きな子とそうじゃない子は区別する。好きな子にいじめられたらそれは辛い。そのことで悩んだり何とかしたいと思ったりするのは当然だよ。でもそれ以外の子だったら、その時だけ嫌だなと思えばいい。急な雨で体が濡れたり、突然犬に吠えられたりした時と同じようにね」


 サンズイさんの話を聞いて、あたしは少し混乱した。


「でも、……誰とでも平等にって」

「先生とかはそういうだろうね。でも平等っていうのは誰に対しても同じように相手にすることじゃない。同じことをしてきた人を同じように相手にすることなんだ。マエジマは会った瞬間に相手が好きか嫌いかを決める方か?」

「そうじゃないと思う」

「だったらマエジマが好きな子は、好きになるようなことをマエジマにしたんだ。そうしなかった子と分けて考えるのは区別であって、差別とかじゃない」


 サンズイさんの話で、あたしは自分の考え方が変わった気がした。


「僕はそう考えている。マエジマは僕の話をどう思った?」

「上手く言えないけど、すごいと思った」

「納得できたか?」

「多分まだちゃんと分かってない。でも、おかしいとは思わなかった」

「それならいい。今言ったのは僕がお父さんやお母さんと話しながら考えたことなんだ。だから誰にでも通用する話じゃないけど、感じ方が同じ人には役に立つと思う。マエジマもそうなら頭に中に入れておいてくれ」


 サンズイさんにすごく大切なことを教えてもらった。他の人がどうかは分からないけど、あたしはそう思った。あたしはそれから、何度もサンズイさんの言葉を思い出した。


 しばらくしてマエジマというあだ名の意味が分かった。話題になっていたドラマに出てくる登場人物の名前だった。事故にみせかけて自分の弟を殺した過去のある役だった。

 あだ名のついた理由を知ってあたしはショックを受けた。そしてサンズイさんに本当の名前で呼んでもらおうと思った。


「……あの、サンズイさん」

「何だ」

「えっと。……サンズイさんって、珍しい名前ですよね」

「昔は普通だと思ってたんだけど、そうみたいだな。初めて変換したときに漢字が出てこなかったから驚いたよ。でも、どうしたんだ? 何か気になるのか?」

「え、いえ……」


 あたしはサンズイさんにずっとマエジマと呼ばれていた。そのあだ名はサンズイさんとの思い出につながっていた

 あたしは3年だから6年のサンズイさんにはたまにしか会えない。サンズイさんに会えたときに嫌な話はしたくない。迷ったけど、あたしは結局サンズイさんに呼び方を変えて欲しいと言わなかった。




 2月の学習発表会では、サンズイさんがみんなの前でイジメについての発表をすることになった。あたしはまたサンズイさんの話を聞けると思って楽しみにしていた。

 運悪くその数日前に、あたしはインフルエンザにかかってしまった。どうしても発表会に行きたかったあたしは、前の日に病院へ行って、他人にうつさないまで治っていることを確認した。


 発表が始まると、サンズイさんはある児童の話を始めた。その話を聞いたあたしは、頭が真っ白になるほどのショックを受けた。


 その子は1年のときからずっとイジメにあってきた。

 サンズイさんはその子からイジメについての話を色々と聞いた。

 イジメから自分を守るためのアドバイスもした。


 サンズイさんはイジメがどのように広がるのか調べたいと思った。

 そこでその子にあだ名をつけた。

 その子がいじめられている原因を連想させるあだ名だった。

 サンズイさんの予想通りにあだ名はすぐに広まった。


 その後にサンズイさんが何を話したのか覚えていない。


 あたしにマエジマというあだ名をつけたのはサンズイさんだった。あたしに親切だったのは、イジメについて色々と調べるためだった。




 発表会の後、あたしはサンズイさんに会いに行かなかった。会わないようにサンズイさんを避けていた。サンズイさんがあたしを見つけて2人だけになったのは、卒業式の前日だった。


「もっと早く話をするべきだったけど、なんて言えばいいのか迷って」

「そうですよね」

「すまなかった。発表会の前に言うつもりだったけどインフルエンザで休んでただろ。あの日も学校には来ないと思ってたんだ」

「謝ってもらっても、もう遅いです」

「僕も色々と聞いてみたんだ。ほとんど誰もマエジマの妹のことなんて――」

「その名前で呼ばないでください」

「本当に怒ってるのか? あの話を聞いたら僕の考えが分かってくれると思ったんだ。マエ、じゃなくて。え~と、何だっけ。そういえば本名で呼んだこと無かったな」

「……もう、いいです」


 立ち去ろうとしたあたしの後ろから、サンズイさんは言った。


「みんなに話をするって勝手に決めて悪かった。でも、うわさで人をいじめる奴なんて気にしなくていいんだ。笑い飛ばしていいんだよ」


 サンズイさんにそんなことを言われたくなかった。あたしは悔しくて涙が出そうになった。

 サンズイさんはあたしにとって大切な人じゃなかった。気にする価値のない人だった。そう思ってあたしは辛い気持ちをがまんした。




 サンズイさんが卒業すると、また少しずつあたしへのイジメは増えていった。だけど、あたしにとって一番辛い彩花のことは誰も言わなかった。

 サンズイさんの本心を知ったときの痛みは、あたしの中でいつまでも薄れなかった。あたしへのイジメはその痛みほど辛くなかった。


 その日もあたしの悪口を言うために、わざわざ男の子がやってきた。あたしが何を言われても無視していると、その子はかっとなって言った。


「何、無視してんだよ! この人殺し!」


 久しぶりに聞いた言葉だった。あたしは次の言葉を予想して心の中で身構えた。


「公園の池で弟を溺れさせたんだろ。みんな知ってるんだからな!」


 予想していた言葉と言われた言葉は違っていた。それはマエジマという役がドラマの中でしたことだった。 


「……何言ってるの?」

「とぼけんなよ! 発表会で言ってたのがお前だってのは分かってるんだ」

「発表会で? あたしが弟を溺れさせた?」

「目を放してた時に溺れたって言ってけど、それが本当かなんて分かんないよな」


 あたしはそれから何度も同じことを言われた。いくらそう言われても、あたしは怒ったり悲しんだりしなかった。する意味がなかった。誰もあたしの妹のことは言わなかった。


 1歳だったあたしの妹を知っている人はほとんどいない。あたしの名前で検索しても、彩花の事故は出てこない。あたしに妹がいてその名前が彩花だと、知ってなければ探せない。

 テレビで有名なマエジマはたくさんの人が知っていた。あたしについてみんなが覚えていたことを、サンズイさんは上書きしてしまった。


『うわさで人をいじめる奴なんて気にしなくていいんだ。笑い飛ばしていいんだよ』


 あたしはやっとサンズイさんの言葉の意味が分かった。




 あたしが卒業するまであたしへのイジメは続いた。だけどあたしはサンズイさんに会う前ほど辛くはなかった。サンズイさんはあたしの心に支えを残してくれた。


 学年が3つ違うから、中学や高校で同じ学校に通えない。あたしはそれが残念だった。

 いつかサンズイさんに会ってお礼を言いたかった。言葉だけじゃなくてサンズイさんが喜んでくれることをしたいと思っていた。

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