銀世界
朝、家から出ると外には銀世界が広がっていた。
銀世界といっても『雪景色』の比喩表現ではない。
世界が銀でできているのだ。
道路も銀、
ガードレールも銀、
電柱も銀、
電線も銀、
空も銀、
太陽も銀、
お向かいの家の玄関にお座りしている犬すらも銀だ。
きっと吠える声も銀なのだろう。
建築物や動植物の区別なく、見える範囲のすべてが銀色に輝いていた。
自分の家の塀から内側だけが銀色には染められてはおらず無事なようだ。
――まさかここまでするなんて。
周囲を見ながら呆然としていると、突然肩をたたかれた。
見ると、銀色のスーツを着た男が立っていた。
顔にはなんの感情も含めない笑顔を張り付けている。
「あとはお宅だけなんですけどねぇー」
こちらへ向けて銀歯を光らせて笑う。
「お断りします」
カバンに常備している金粉を、男めがけ投げつけるように振りかけた。
「ぐぅわぁああああッ!!」
全身に金粉を浴びた男が形容しがたい叫び声をあげて倒れこみ、転げまわっている。
それはまるで駄々をこねる子供のようだった。
寝転び暴れる男の絶叫を近所のひとたちが聞きつけたらしい。
付近の民家数件、その窓から銀色の顔だけを出してこちらを見ていた。
一様に戸惑いと不安の表情を浮かべている。
右腕を高く天へ突き上げ勝ち名乗りを上げた。
わずかだが、感嘆の声とまばらな拍手の音が聞こえる。
――まぁこんなものだろう。
携帯電話で時間を確認する。
いつもの電車に間に合うかどうか微妙な時間だ。
男を気にせず、近所の人を気にせず、銀色の世界を走り抜けた。