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xross adventure!-ar- 01;05
「・・・はァ?」
一瞬、いや十数秒だったろうか、賢治は風紀委員長の颯の言葉に凍りついていた。賢治の養母であるマヤ=パスカシア・コットの謎の行方不明の件でいっぱいだったにも関わらず、またしても行方不明。
しかも、よりにも寄って、それが三上鈴であること自体が賢治にとって実感の湧くものでは無かった。
鈴が?
なぜ?
どうやって?
一週間前?
賢治の頭の中は疑問符のみで埋め尽くされ、本人もいよいよ何を考えているのか分からなくなってしまっている程だった。
「・・・俺がいねェ間、鈴は学校に来てなかったって言いてェのかお前」
「ああ、そうだ」
いやーーーーー、
賢治は顔を顰めて頭を掻き始める。
「・・・一週間前は俺の停学処分の話をしてた筈なんだがなァ」
一週間前の情景を思い浮かべる。賢治と鈴のランク5の教室内にて、夕方に担任の新任教師であるマキノとの三者面談をしていた。そこまでは良い。俺の付き添いということで二者面談だった所に鈴が入って三者面談となっただけだ。その地点では鈴は俺と共にいた。
行方不明になったのなら、その後の話ーーーーーーー、
帰る時だ。
そもそも、と少し呆れたような表情で賢治は付け足して言う。
「よく行方不明だって断言できたもんだなァ、アンタ。断言できる証拠はなんかあんのか?」
最もだった。
「第一、鈴の出席名簿ぐらい見たのかアンタ?アイツは一回も学校を休むことが無かった優等生だってェんだぜ。そもそもアイツが学校を休むこと自体有り得ん話なんですガ?」
鈴は、ランク5になった今でも成績一位であり、学校中の誰からも優等生と呼ばれる程の成績の良さである。選択授業は、模擬戦闘の賢治とはまた違った薬物研究を選択しており、本人曰く「全くもって興味無い」らしいが、興味を持たない教科でさえランク5内でのペーパーテスト点数の一位を取る程に素晴らしい成績を修めている。最早彼女の中では、学校は絶対という考えが定着しているらしく、38度もの高熱を出すような病気に罹っていながらも登校して来たり、登校手段である電車が交通規制でストップした際にも、学校のあるこの都市の郊外にある自宅から走って登校して来る程だった。
だが、しかし。
「まあ、厳密に言えば六日前なのだが。三上鈴さんは、賢治君が停学処分で登校しなくなった次の朝から、連絡も無しに学校を休み続けている」
賢治の目の前にいる風紀委員長・白城颯は、確かにそう言った。
「・・・ランク5の出席簿見せろ」
「まあ、信用してくれないと分かっていたからな。持って来た」
颯は右手に抱えていた緑色のファイルを賢治に差し出した。ファイルには"ランク5"と書かれたテプラテープが貼ってある。
賢治はそれを睨みつけながら手に取り、さっさとそのファイルのページを開ける。横書きの名前が縦に並んだ名簿で、上から五十音順に並んでいる。賢治が探している名前は、割と下の方にあった。
"三上 鈴"・・・、やはり六日前から出席していなかった。
出席の有無に関しては、名前のある右側に区切られた空欄の中に丸バツで記入していく。遅刻の場合は三角だ。
一週間前までは綺麗に丸が並んでいるのだが、賢治の停学処分期間となった六日前からは全てバツとなっている。
これに目を通す賢治の第一声。
「・・・これ、ガセじゃねェの?」
疑って当然だった。だがしかし、颯がガセの出席簿を賢治に見せたところで何のメリットにもならないと賢治も内心分かってはいた。分かってはいたが、それでもなお疑わずにはいられない。
「ガセではない、ちゃんとした本物だ。何なら保健室で確かめてくるといい」
「・・・いや、面倒いからいいわ」
賢治はそう言って、ランク5の出席簿を颯に手渡した。
'信じられない'。
'信じられる筈が無い'。
病気になっても、登校手段を失ってまでも登校しに来たあの鈴が、学校を無断欠席
するとは到底思えない。賢治は、鈴の出席簿の欄が頭から離れずにいた。
「鈴が欠席、だァ?」
賢治は、鈴の謎の学校無断欠席という気に食わない現実に、まるで唾を吐き付けるかのように言い放つ。
「・・・んなモン、宇宙がひっくり返っても有りえねえ話だろうが」
何に対しての怒りか、それは、賢治の周りで奇怪な現象が起こっている今この現実に対してのものだった。
誰を当てにすれば良いのか分からず、火の広がる田舎村を彷徨いながら途方に暮れていた自分を拾ってくれた養母、マヤ=パスカシア・コットの行方不明の件もある。
拠点である停戦同盟軍本部に未だに帰って来ること無く、どこで何をして、どういった状態なのかさえ全く分かっていない。だが彼女の場合、年が二十歳を過ぎた良い大人なので、まあ心配する必要は無いだろうと賢治のメンタル的に落ち着きつつあった。マヤがいなくなったその日の部屋は、何者かとの大喧嘩という言葉も足らない程の荒れっぷりではあったが。
それに、一週間停学後に登校してみれば今度は鈴が謎の欠席と、流石の賢治もこれには焦る。だが、そんな感情も周りに悟られるのが嫌なので、賢治はポーカーフェイスを貫き通す。
内心心配してはいたが、頭をボリボリ掻いていつものように面倒そうな様子でいる賢治に、颯はボソリと呟いた。
「心配なのは分かる。そして、焦る気持ちもよく分かる」
「・・・見透かしているつもりなんだろーがよォ、そりゃきっとお前だけだぜ」
自分の感情を押し殺し、大嘘を付いて颯を誤魔化す。颯は少しだけ表情を歪めながらも、話を続けた。
「・・・鈴さんは、一週間前はどのように過ごしていた?」
一週間前?
賢治は、一週間前に鈴と過ごしていたことを回想しながら説明した。
「あァン?フツーに学校で会って、授業やって、んで・・・、」
そこで、賢治の口がぴたりと止まってしまった。
颯が言った情報では、鈴は賢治の停学期間初日から学校に来ていない、つまり今から六日前より登校していない。
最後に会ったのは一週間前の停学の件に関しての三者面談の時で、最後に別れたのは面談終了後。
'その、後'。
「・・・アイツが、生徒会に呼び出し食らってたところまでしか分かんねェ」
'生徒会に呼び出された鈴を置いて帰った一週間前の翌日から、出席簿を見る限り彼女は登校していない'。
賢治は、鈴を一人にさせて、先に帰ってしまった日。それが、一週間前だった。
やはり、と颯は全てを飲み込んだかのように細かく頷く。
「鈴さんが住んでいるのは古いアパートなのだが、鈴さんは家の鍵の紛失を避ける為に男性の老人の管理人に預けているそうだ。管理人もだいぶ歳を重ねている方だから、ずっとアパートにいるらしく、誰が何時に帰ってきたということもしっかりと把握しているそうだ」
「・・・つまり、アンタはその鈴のアパートのジイさんの所まで聞きに行った、と」
「ああそうだ」
「ストーカー並みだなおい・・・」
風紀委員長を務める身にも関わらずロリコンなのではないかと考える賢治を他所に、颯は話に止めを刺すかのように言い放った。
「そこのお爺さんによると、どうやら鈴さんは六日前から家の鍵を取りに来ていないらしい」
「!!」
それは、颯が先程言った'鈴が行方不明である'という証明に限り無く近いものだった。そもそも颯がなぜそこまでして鈴の件を調べたのかは知らないが、賢治には相当な驚きを与えるものだった。
いつの間にか、賢治は颯の話を信用するようになっていた。
「・・・アイツぁ本当に行方不明だってのか!?本当にどこにもいねェってンのか!?」
養母のマヤ=パスカシア・コット、唯一の話し相手である三上鈴。賢治の目付きの悪さで殆どの人が近付こうともしないというのに、その二人は親しく接してくれていた。
今まで何も気にしていなかった賢治は、今になって思う。
目付きが悪い上に口も悪く、他人に対してさらっと毒を吐くような、正に嫌なヤツの例とも言えるような人間に。
何の見返りも求めずに、ただ笑顔で、ただ優しさで賢治の側に寄り添って来たマヤと鈴。
そんな優しさに、あからさまとも言える程の愛情表現になぜ自分は気付けなかったのか。
いいや、気付けなかった訳では無いと、今になって賢治は正直に考えることが出来るようになっていた。
'他人の愛情を認めること'。'自分の感情に素直になること'。
たったそれだけのことを、賢治は'恥ずかしい'という理由の一つだけでずっとごまかし続けてきた。
そして、現在。
大切な人達がいなくなるというだけで、これだけ寂しく、これだけの不安感に襲われるという感情を、賢治は初めて感じていた。
大人だからどうせちょっとした旅行か何かだろ、とマヤの行方不明の件については想像していたが、鈴の行方不明の件もあってマヤの件も段々と不安になってくる。
だがその不安を気にすることもなく颯は事実のみを喋った。
「部屋の中をお爺さんに調べてもらったが、靴もスクールバッグも無い。ついでに言えば制服も無いそうだ」
賢治たちの通うマーベラス国立学院は、指定されたスクールバッグにブレザーを着用することが義務付けられている。颯が、アパート暮らしの鈴の部屋を管理人の老人に調べてもらったところ、学校に来る際に必要なスクールバッグも制服も無かったと言った。
これが何を意味するのか。
即ち。
「・・・学校に行った後から帰ってきてねェってのか・・・?」
'一週間前に俺と別れて一人にした後から、鈴は自分の家にすら帰って来ていない?'
颯の情報量では、とりあえずこれくらいのことが分かるくらいだった。
厳しく言えば、'この程度しか予想出来なかった'。
賢治は颯に確認を取る。
「・・・念のために聞いておくがァ、鈴ン所のアパートのジイさんが誘拐してるって可能性はねェのか?」
「君はあれか?君自身が周囲からロリコン疑惑をかけられているのも知らずに、自分のことを棚に上げて、しかもご老人の方をロリコンだと疑いをかけようとしているのか?」
「少なくとも今のお前に言われたくねェよ」
バッサリとツッコミで会話をストップさせた。
しかし、と賢治は頭の中で残っていた疑問を颯に投げる。
「・・・アンタ、情報はありがてェけどなんで鈴がいねェことにやたら首突っ込んでンだ?」
以前、廊下にて不良少年達から暴行を受けている颯の様子を見る際の鈴の反応から、'名前は知ってるが顔見知りでも無いので関わりにくい'という印象が強かった。これらのことを踏まえ、賢治は、鈴と颯は知り合いでは無いと解釈した。
恐らく知り合いの関係でも無いのに、なぜ颯がここまで鈴のことを調べているのか、賢治にはさっぱり訳が分からなかった。鈴のことが恋愛の対象として好きならまだ分からないでも無いが。
すると、颯はいきなり真剣な表情になったかと思うと、ここから本題だと最初に口にしてから賢治への返答が始まった。
「一週間前に、鈴さんは生徒会から呼び出しを受けたらしいのだが、本当だな?」
「あァ」
「よし分かった。大切な話だが、そろそろ時間も無いので手短に済ませる。許してくれ」
「あァン・・・?」
いきなり何なのかさっぱり分からないといった表情の賢治に、颯は単刀直入に言った。
「最近の生徒会の動きがどうも怪しいと俺は思う。風紀委員長を務めているからよく分かるが、生徒会の内だけで委員会運営費をカットするという計画が持ち上げられている。あまりにも理不尽だと思ったね。そして、理由に関して聞いても知らないとはぐらかされるばかりでな。正直、意味が分からないし、同時に何か怪しい隠し事でもしているのではないかと思った」
黙って聞いている賢治に、そこで、と颯は言葉を続ける。
「生徒会の普段の仕事を観察していれば、理不尽な運営費カット計画の裏側が見えてくるのではないかと思い、生徒会の行動を徹底的に調査していた。そしたらある時、生徒会から生徒の呼び出しがあってな。それが、実に一週間前のことだ」
「・・・呼び出されたのは鈴、だったとォ」
溜め息混じりに言った賢治は、この地点で颯の言いたいことが大体掴み始めていた。
「その通り。結局、鈴さんと生徒会メンバーがどのようなことをしていたのかは、あくまでも鈴さんと生徒会での用事なので知ることが出来なかったが、その翌日から鈴さんが欠席し始めてな」
一つ大きく鼻で呼吸し、呆れるように大きく溜め息を吐きながら話した。
「そこから連続で欠席をするようになった。保健室の先生に聞いても、鈴さんからの欠席連絡が何一つとして入らない。そこで俺は鈴さんの住んでいるアパートに尋ね、管理人の方に聞いたところ、先程の情報が得られた」
「帰って来てない、ねェ。他の学校生徒には聞いたのかァ?見かけたとか会ったとか」
「無論。だが無しだ」
「・・・・・」
やはり、というべきだろうか。
鈴は、行方不明という表現が一番当てはまる状況にあった。
これはーーーー、マズい。
賢治にとっても颯にとっても、行方不明という非日常な出来事がいきなり押し寄せて来たが為に、驚いて戸惑っている余裕も何も無かった。
ある意味、良い意味で、賢治は冷静に物事を捉えることが出来た。
「アンタはアレか、生徒会が怪しいって思ってンだな?」
「そうだ」
そして。
それは、本来なら颯が切り出す件だったが、'もはや非日常の連続を体験した故に、驚きも戸惑いも無しに冷静でいられた賢治から'切り出された。
「・・・良いぜェ、生徒会のなんちゃら計画が怪しいんだったら徹底的に調べあげようじゃねェか」
賢治と颯のだいぶ微妙なタッグが誕生した瞬間だった。
とある研究室内にて。
研究室内部は白色にコーティングされており、赤やら青やら緑やら、様々な色のコードが部屋のあちらこちらから伸びている。
ピコピコと光の点滅を繰り返す黒の四角い何かの装置やら長ったらしい計算式の書かれたホワイトボードやら、こういった雰囲気の場面ではもはや定番の毒毒しい色をしている液体やらが置いてあり、とにかくアニメの中のマッドサイエンティストの研究室を連想させるような所だった。
研究室内部に二人の人影ーーーーー、マーベラス国立学院のブレザーを着用した女子生徒が立っている。どちらの女子生徒も、'ある方向'を向いていた。
研究室内に、一際目立つ円柱状の巨大な水槽。
水色の薬品のような液体が入っており、その中には、眠るようにして体育座りの体制でいる一人の少女がいる。
片方のクセの強いカーリングの金髪女子生徒は水槽の目の前、もう一人の眼鏡を掛けた女子生徒は水槽の前の少女の割と後ろの方に立ちながら、二人で水槽の'中のもの'を眺めていた。
水槽から遠ざかっている眼鏡の女子生徒が金髪女子生徒に話しかける。
「・・・やはり止めましょう!このようなことを続けていて本当に正しいと思えるのですか!?」
「・・・」
しかし、何の返答も返ってこない。
「まだこんなに小さな子を!寄ってたかって好きにして!私達のしていることは人間として許されないことでしょう!?」
眼鏡の女子生徒は必死に語りかける。吐くように、吹き飛ばすように、自身の恐怖心を隠すように。
「どうなのですか!どうして答えないのですか!?」
ただただ、眼鏡の女子生徒は必死に語りかけた。
それは、たった今話しかけている金髪の女子生徒に対しての言葉、願い、あるいは説得。
'水槽の中に閉じ込められた少女を利用しようとしている'金髪の女子生徒に対して。
暫く間を空けてからようやくその女子生徒は振り返った。
見た目が17、8歳の少女で、癖のある金髪は女性としてのエリート感を漂わせている。スカイブルーのカチューシャを付け藍色のマーベラス国立学院の女子生徒制服を着用しており、年齢張りに発達した胸は首に付いている赤いリボンを小さく見せていた。
彼女は聞く。
目の前にいる、眼鏡の女子生徒の'最後の足掻きを'。
眼鏡の女子生徒は、有りっ丈の声量で彼女に叫んだ。
「"生徒会長"!!!」
"マーベラス国立学院生徒会長"、エイリーン=フログムウェルは、そこに立っていた。
白の水玉の入った赤い着物を羽織った少女、三上鈴の閉じ込められている水槽を背に。