01;03
私は、伝説上の存在だ。
とある女性の召喚を受けて、伝説上で散っていった私の命は第二の人生を授かった。
私を伝説より呼び出した召喚主は、マヤ=パスカシア・コット。
マヤは私が絶対服従すべき対象であり、我が主である人間だ。主従関係を築き、私は第二の人生を授けてくれたマヤに奉仕する、その筈だった。
だが、彼女は私を「一つの存在」として受け入れていた。
彼女はただ、止めてくれ、と。
「主従関係やら奉仕やら絶対服従やら、'堅苦しいことは無しの方が楽だよ'」。
彼女は、私にそう言ってくれた。
「今日から、このマイルームがお前の家だからね」。
「まあ、なんだ・・・、その、楽にしてくれ!」。
この優しさは、私のいた伝説(正しく言えば'戯曲')を知った上でのものだったかも知れない。
それでも、私は嬉しかった。
楽になれる場所が出来て、私はやっと心の拠り所を手に入れた。そのような気がして、ただ私は彼女に感謝の意しか伝えることが出来なかった。
「だからぁ、そういうの良いっての。堅っ苦しくてやり辛いからさ」。
私は、この人物より第二の人生を授かって本当に良かったと思えた。
そんな日々を送っていた、ある日のことである。
「んっと・・・、んっ・・・、あった!」
少々焦った様子で、マヤがクローゼットの中で探し物をしている。
マヤがやっとのことで見つけたそれは、綺麗な水晶玉だった。
「ほう、実に美しい・・・、この水晶玉を探していたのか?」
私はマヤに聞く。
「そ。ちょっと急ぎで使いたくて、ねっ」
探し物をしている際に散らかしたクローゼットの中身を適当に押し込み、やれやれと一つ溜め息を吐いた。
一見普通の会話に感じたが、どうもマヤの様子がおかしい。
明らかにーーーーー、何かに対して焦っている。
急ぎながらクローゼットの荷物を片付けているマヤに、ふと質問した。
「それを、何に?」
「・・・ん?」
マヤが聞こえなかったのか、一旦手を止めて私の言葉に耳を傾けるようにしていた。
「その水晶玉を、何に使うんだ?」
私はもう一度、マヤに聞いた。
マヤは私のその言葉を予想していたかのように、急に私に向き直り、改まったような真剣な表情をして返事をした。
「・・・それをずっと言えなくて、勇気が出なかった」
先程とは全然違った低い声のトーンで話し始めた。
しかし、表情は真剣なまま。
「お姉ちゃんが、もうじきここに来るんだってさ・・・。私を連れ戻しに」
「姉が・・・?一体、何故?」
「多分、私があの国を出て行ったからだと思うんだ」
そして、今度は悲しげな表情をして言った。
「'こっちの人達と組んで、停戦同盟軍なんてやってるから連れ戻しに来たんだと思う'」
「・・・?」
本当に悲しげな表情だった彼女の顔は、私には分からなかった。
あれだけ明るいような性格をしたマヤが、一体何でこのように悲しげな表情をしているのか。
彼女の過去を知る筈も無い私には、到底知りも出来ないことだった。
「まあそんな訳で・・・って言っても訳分かんないよな・・・。まあ、お前には隠れててもらえると嬉しいんだ」
「何故だ、私にもマヤの姉と会わ」
「訂正。隠れていなさい。姉が来ても顔を出さないでね♡」
「承知した」
何やら黒い声で訂正をされたかと思えば今度は愛情たっぷりに忠告された私としては、それを呑むしか無かった。
「で、隠れてもらう場所なんだけど、」
マヤが、右手に握っていたものをリビングのテーブルの上に置く。
テーブルのオレンジ色の照明に照らされて、中まで透明なそれは輝いていた。
「先程の・・・、水晶玉か?」
「そう」
マヤは付け足して、
「これからここに隠れててもらうから」
私のような伝説や童話、神話から召喚された者達は、誰もが必ず「必要最低限の住処を確保する為の能力」を持っている。今の会話は、マヤが見つけた水晶玉の中に入っていて欲しいというものだ。
マヤはわざわざ水晶玉を探して出して来たが、実際にはどんな物にでも宿ることは出来る。
わざわざこの水晶玉を出して来たということは、何かしら意味があるものなのだろう。
マヤは先程とは違って笑顔で喋っていた。
だが、しかし。
笑顔ながらも、突き離すような冷たい何かを形無く私に語りかけていて。
彼女のその瞳の色は、寂しげだった。
マヤは最後に、私に聞いた。
「頼むよ。なっ?」
これが、最初で最後の'頼みごと'だった。
初めての'頼みごと'。
私が、召喚されたあの時からずっと、奉仕したいと思っていたことが、'頼みごと'として来たのだった。
勿論、状況を一切掴めない私としては疑問は山程あったが、マヤが話そうとしないのだから無理に聞き出そうとはしない。
私は、その'頼みごと'を黙って聞いた。
「承知した」
私は首を軽く縦に振った。
一瞬だけだが、水晶玉に入る直前、自動ドアを破り何者かが侵入して来たように見えた。
銀の甲冑を来た人物。
マヤによく似た角を、額から生やしていた。
ーーーーさて、水晶玉の中に来た訳だが。
ふむ。
狭い訳では無いのだが、どうも居辛いな。
マヤの部屋に比べれば、比べ物にならない程にこちらの方が広いのだが、物一つ無い白い空間だからな。誰でも退屈して当然なのではないかな。
まあ私の場合は、’物を生み出して’しまえば良いだけの話なのだがな。
紅茶でも入れるか。
・・・うん、美味いな。心が安らぐ。
テーブルに椅子、あとは花もあれば風情があって良いな。
・・・うん、良い感じだ。
書物もあると、尚宜しいかな。
・・・この環境が、やはり落ち着くな。
と、いつの間にか寛いでしまったな。
・・・外がやけに騒がしいぞ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
何やら皿が何枚も割れる音がするのだが・・・。
何やら大きい家具が倒れてようなもの凄い音がしたのだが・・・。
これは部屋が滅茶苦茶になっているのではないか・・・。
姉妹喧嘩でも始めたのだろうか?姉妹喧嘩とは皿が何枚も割れるような激しい喧嘩なのだろうか?
・・・。
やっと治まったか・・・。
もう姉は帰ったのだろうか?
・・・いつになったら出ても良いのだろうか。
・・・。
おお・・・。
マヤでは無いが誰か来たみたいだな。
これでやっと戻れる訳か。
そうして、私はよく知る彼に召喚されたのだった。
賢治は、荒らされた部屋の中を隅から隅までとにかく探した。
割れたガラスの外側、倒れた食器棚、ひっくり返ったソファの下。
特に何かを探していた訳では無いのだが、この部屋で行われていたことの手掛かりが無いかとひたすら探していた。
無い。
ただ、マヤの部屋が散らかっているだけだった。
しかし、この有り様では絶対に何かあったのは間違い無いだろう。
だが、一番知りたい’何があったのか’という情報が一切無い。
いや、’まだ一つあった’。
「・・・・・・」
予想通り過ぎて、逆に賢治の心は意外にも落ち着き払っていた。
とりあえず、まず手に取ろうと思った。
一際存在感を増す、リビングテーブルの上に置かれた水晶玉に向かっていった。
「・・・おい、’そこにいるんだろ?’」
賢治は水晶玉に話しかけるが、返事は無い。屍では無いが。
水晶玉の中心部分に刻まれた六芒星マークを、賢治はよく知っていた。
’このマークが付いた物に触れれば、御伽話や神話の登場人物を召喚出来る’。
賢治は、六芒星マークが中心部分に刻まれた水晶玉を見つめる。
「アンタなら何か知ってるかもしんねェしなァ」
右手を伸ばして、そっと。
水晶玉に触れた。
途端、水晶玉からまるでLED懐中電灯をいきなり目に向けられたような激しい眩しさが部屋全体を包み込んだ。
だがそんな眩しさも暫くは続かず、ほんの数秒でゆっくりと消えていった。
とある人物の形を残しながら。
少しずつ、少しずつ。
光が消えた時に、彼女はそこにいた。
「私の主はマヤであって、本来なら本人の許可が無い限りは決して召喚をしてはならない筈なのだが」
星が無数に輝く夜空。
夏という季節であるが故に、割れたガラスのおかげで外から部屋に入ってくるそよ風が気持ちよく感じる。
そんな真夏の夜空を背景に、荒れた部屋の真ん中に一つ立っていたリビングテーブルに座る影が一つ。
透き通るようなベールを纏った紫のウェディングドレス。真夏だというのに雪を意識させるような、しかし人間味を保った白い肌。女性の中の美に相応しい見事な細身に、後ろで纏めても収まりきらない輝くような金髪。
その上で青色に輝く宝石が閉じ込められたティアラが女性の儚さを意識させていた。
そのスカイブルーに染まった瞳が、夜空の星達を見つめていた。
戯曲’夏の夜の夢’より召喚されし人物。
二つ名を”妖精王”。
名をーーーーーー
「この惨事は、私にもよく分からんぞ?」
オベロン。
”妖精王”オベロンは、そこにいた。