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どうもこんにちは、鬼々崎うららです。
投稿にかなり間を開けすぎてしまいました、すいません。
今回もぜひ楽しんでいただけると幸いです。
読んだら感想くれると嬉しかったりブツブツ・・・
ジリジリとした陽射し、身体の内部から吹き出る汗、どこまでも続くかのような道の先に揺れる陽炎。季節は夏真っ盛りの7月、爽やかな白色のYシャツを着た社会人や学生が飛び交う時間である朝の通勤ラッシュ。右を見ればビル、左を見ればビルという都会であるこの国では、今日も何の変わりも無くいつも通りに人々が集まり、車が走り、どこかのショッピングセンターの電子広告板が何度も同じCMを繰り返す、そんな国だ。
この国の中央部にそびえ立つ豪華絢爛な建物が王宮であり、国政及び外交関連の事柄が処理される場所である。王宮は、独特の無駄に馬鹿でかい敷地を6割方占める庭園で埋め尽くされており、そして豪華絢爛な建物もドドン!という効果音がぴったり合いそうな程に堂々と建っている。裸の天使やらシャンデリアやら何やら装飾が無駄に派手でもある。建たれた当時は、この国の代表者の権力を示す為にこんなドドン!ジャラジャラとした建物になったのだとか。
そう、この建物が建った時代はこれが主流だった。
王宮の目の前にはバイパス道路が通っており、現時間のような朝の通勤ラッシュ時には渋滞が数キロ続く場合もあったりする。
バイパス道路を挟んで王宮の反対側に、王宮に負けじと存在感を放つ30階建てのワインレッド色、深い赤色のビルが建っている。そのビルこそ、この国が世界に誇る場所、マーベラス国立学院である。
マーベラス国立学院。名前の通り、学校である。
この学校では学年別授業割り振り制では無く、珍しくもランク制である。ランクは低い順に1〜5まであり、ランクを上げたい場合にはそれぞれのランクの昇級試験を受けなければならない。その制度によって、生徒の成績優秀者を見極めていく、そんなシステムで出来ている。
また、学年別授業割り振り制では無い為に、10歳にも満たない子供から20歳の成人までと、生徒の年齢はバラつきがあるのが特徴とも言える。
この学校に通っている少年は、今日もいつも通り怠そうな姿勢の悪さで校門をくぐり、自分の教室のある合計30階のビル型校舎の20階へとエレベーターを進める。少年の目付きの悪さはやはりオーラとして伝わるらしく、エレベーター内で一緒に乗ってしまった人達から避けられてしまっていた。朝からである。
こんな肉体を朝から憎みつつ、エレベーターのチャイムが鳴ったと同時に開いた扉の向こう側へと足を進める。すぐ右側には階段の踊り場が見えるのだが、こんなに階数が多いにも関わらず階段を使う物好きが果たしていんのかよと少年は毎朝思う。少年の頭の硬さが良く出ており、エレベーターが一つしか無く通行者の渋滞を防ぐ為のものであるということに気付いた試しが無い程だ。
決して、エレベーターから教室までが近い訳では無く、窓の空いた廊下に多少篭る夏の暑さにシャツをビショビショに濡らし、多少バテながらどうにか教室の入り口まで辿り着いた。
その時だった。
「おはよう、賢治!」
賢治と呼ばれたこの少年の後ろ側、廊下側から朝恒例の挨拶が飛んで来る。それと同時に、トテトテと可愛らしい小走りで賢治の元へと近づいていく。満面の幼い可愛らしい笑みを浮かべながら、賢治の顔を覗き込むようにヒョイと横から登場。
が。
「・・・無視をすなっ、無視をっ」
スルーしようとした賢治はガッと背後から肩を掴まれて、身体の動作を阻止された。
賢治は面倒そうに頭を掻きながら後ろに振り向く。
「スズチャンオハヨウゴザイマス」
やはり怠そうに返答をした。
賢治の背後に立っていたこの少女は三上 鈴。身長が140センチの12歳という、犯罪級でも無ければ合法ロリでも無い、正真正銘のロリータである。服装は水玉模様をモチーフとした赤色の和風着物で、巻かれている帯は白色。黒髪ロングのパッツンである髪型は、彼女を人形のように見せる程に似合っている。
「何で毎朝毎朝挨拶をくれんのだ・・・、そもそも何で気付かないのだ」
賢治はそのまま気怠そうに教室へ入ろうとしながら、鈴に怠そうに手を振る。
「すまんな、お前がちっこいもんで視k」
「今日こそ、視界に入らなかったとは言わせないから・・・なっ!」
鈴がそう言うなり、いきなり息を吸い込んで気合を入れるかのようにする。その直後、鈴の身体から白く輝く何かが出始める。
"光"だった。
まるで水道管が破裂して水が一気に広がるかの如く、鈴の身体からとてつもない程眩しい白い光がブワッと周囲にまで広がる。鈴と会話をしていなかった周囲の生徒達もそちらに目が行ってしまうような、もの凄いまでのギラギラ感だった。
さすがに賢治もびっくりしたようで、鈴の方へとツカツカ歩いていき、輝くのをどうにかして辞めさせる。
「お前なァ!?今のは別にそこまで怒ることでもねェだろうが!?いつものことじゃねェか!」
「神より授かりし後光はこう言っています。'ちっこい'という害的発言をすぐさま撤回しなさいと」
「あァ!?細けえな・・・」
「撤回しなさいと」
「・・・」
賢治は口をあんぐり開けたまま返答せずにいた。
何故なら。
「はァ、事実を否定してどうすんだ?」
鈴を見ていた賢治の視界は、その発言の直後に白く染まってしまった。
まずい、何も見えない。
「あーあーあーわァった分かったスミマセンデシタ!謝りゃァいいんだろ!!」
「・・・言動と態度が全然違う気がするけれど、まあいいだろう」
鈴はフッと自分の発していた眩しい光を消し、やっと元の状態へと戻る。
そう、鈴はたった今、自分の身体から光を発した。
これは、この世界における人類全てに与えられた力、能力である。能力は、この世界の人類なら必ず5歳までには自然に習得するもので、被る場合はあるものの、人それぞれに違った能力が発現することが多い。鈴は、自身を発光させることの出来る、"光"(ライト)の能力者だ。
鈴は9歳の頃にこの学校の入学試験を受けに来た。入学試験は志望者の能力を見てその素質を見極める面接試験と、能力に関する応用的知識を問う筆記試験があるのだが、'たった光るだけの能力'が特に際立って素晴らしかったらしく、入学時には既にランク3を取り同期生では成績1位を取っていた。
そう、マーベラス国立学院は、生徒それぞれの能力強化や性質について学習していく、世界一の、世界で唯一の"能力者育成施設"である。
この学校の育成方針に、「世界へ羽ばたける、次世代の開拓者達」という厨二病チックなものを掲げているが、この少年ーーー、元い沙村賢治の内では。
どうも引っかかるものがあった。
「ほれっ」
目の前で高いパチンという音がして、賢治は反射神経で目を瞑ってしまった。
猫騙し、されたらしい。
「・・・はァ」
賢治は溜め息をついた。その鬱とでも言わんばかりに酷い目付きは、イライラしているそのものだった。
ーーーーまた、鈴の実力を疑った。
ーーーーーー能力がイマイチだってェのに、なんで入学時からランク3?
ーーーーそんなこと疑っていいのかよ。
鈴がイカサマして入学試験時にランク3を取ったか、もしくは学校側の何かの考えか企みか。賢治は、鈴の実力で入学時からランク3はおかしいというレッテルを貼ったまま、それをずっと剥がせずにいた。
ーーーーくそが。
ーーーーこんな純粋なガキも信じてやれねェのかよ、俺は。
賢治は、完全に行き場の無い怒りに襲われ、ただ顔を顰めることしか出来ずにいた。
最も、いや多分、自分が許せずにイライラしているだけだと分かってはいても、どうも嫌な感覚を覚える。
だが、賢治の意見としては。
'学校の教育方針が実行されている外見の裏には、何か企みがあるのでは無いか?'
鈴の成績が学校側に操作されているのではと疑い、こんな根拠の無い予想をしている自分に、賢治は相当腹が立っていた。
このランクには計30名しかおらず、クラス分けを到底出来るような人数でも無い為、賢治のいるこのクラスのみ。席順は黒板から見た順であると、6人並んだ縦の列が5列出来ている。賢治の席は右奥から3番目、窓側から見て一番手前列の前にから4番目の席である。
賢治は自分の席に着くなり、バッグを床に放り投げて突っ伏してしまった。
正直、前日に森の中で1時間以上に渡って'ある男'を、休憩もせず止まらずに全力で追いかけていた為に全身が痛い。走りだけならばまだ足の筋肉痛のみでどうにかなったが、森の中で木々を掻き分けながら走らなければならない為ほぼ全身の筋肉をアクティブしてしまい、翌日である今現在では悲惨な程全身を動かす度にギシギシと鳴り、その度に全身が一気に痛む。
学校に来るのに腰と太ももを摩りながら来ている程だ、賢治にとっては登校だけでもだいぶキツかった。
つまり、全身痛過ぎて、どこでもいいから寝れる所があれば良かった。
そこからは賢治の記憶は無く、気付いたら一限目の授業は終わっていた。気付いたというより、一限目の教師に起こされたと言う方が合っているのだが。
「いやー、四限目の模擬戦闘も中々に面白いものを見させてもらったぞ?」
四限目もやっと終了し、これから学食へと昼食を食べに行く。四限目では選択科目にいって分かれる授業となる。模擬戦闘か、もしくは薬物研究の二つとなっている。その内賢治が選択している科目である模擬戦闘は、屋外で能力を発動させて、実際に戦闘の際の自分に合った戦略を立てて試合をするといったもの。個人戦と団体戦があるが、どちらも最初にはある程度の陣地が置かれ、模擬戦闘範囲内に制限された運動場を移動しながら相手の陣地にあるフラッグを取った側の勝利となる。
全身筋肉痛という賢治には、今日の模擬戦闘は地獄でしか無かった。
学食へと行かなければならないのに、まるで足が動かない。何百キロの重りを付けられた気分で、賢治は現在保健室のベッドの上でシップ塗れになっていた。
「面倒だ・・・」
賢治は横たわりながら、言葉通り面倒そうに溜め息をつく。この少年はきっと幸運が全て逃げてしまっているのかもしれない。
お腹は空いているし、その後には五限目と六限目が待ち構えている。
正直、まず何か食べなければ絶望的である午後だった。
鈴が隣で椅子に座りながら賢治に話かけている。
「戦闘開始のブザーが鳴った直後に、5、6歩ぐらい走った後に転けたとはな。しかもそれきり起き上がらないから保健室行きとはな!あれは笑い者にされるも同然だろう!しかもただの筋肉痛と来た!」
フッと少々悪戯っぽい顔で賢治に対して笑う。
「それよりお前、飯食わなくていいのか?」
賢治は鈴の話を無視して問う。
「私は賢治の見舞いをしに来たのだぞ?人の心配など無用っ」
「お前がここに勝手に来たんだろが」
はァ、とまた賢治は溜め息をつく。
それを聞いて、少々顰めっ面になる鈴は、賢治に言った。
「その口から漏れているのは、賢治自身の幸運だということに気付いているのか?」
「あァん?・・・前も同じこと言われた時に言ったろ、んな根拠もねェ空想話なんざ俺が気でも狂わなきゃ信じねーよ」
「とにかくだな・・・、その溜め息の癖をどうにかしたらどうなのだ?・・・見てるこっちが心配になって来るのだ」
そうだな、と、まるで何を言っても聞こうとしない子供に対して何かしらの策を練る母親のように、仕方無いように間を空けて考えてから、最善策を思い付いたかのように嬉しそうに言った。
「その口からどうしても溜め息が出てしまうなら、口を口で封じてやろうか?」
とんでもないことをしれっと言い放った鈴に何も動じず、賢治もまた返答する。
「お気遣いありがてェが、生憎俺はそんなサービス的展開はリアルに求めちゃいねーよ」
これが、賢治のいつもの生活。
これが、普段だった。
特に良いことも悪いことも起きず、学校へ通い、面倒な授業を受け、鈴とどうでも良いようなやり取りをして家に帰る。
今日という何も無い日もまた、いつもの日の筈だった。
暫くしても鈴がベッドの隣から離れて昼食を食べに行こうとしない。賢治と一緒に食べに行きたいらしいため、自分が食べれなくて午後がピンチでも、せめて優等生である鈴にはどうしても授業には万全の状態で臨ませないと教師の方から俺が鈴の音に何か仕出かしたと違う事実を想像させるのを避けたい賢治は
「後で追いつく。だからお前は先に学食行って俺の分まで買っておいてくれ」
と声を掛けておいた。すると鈴は立ち上がり、
「後で絶対に来るんだぞ!」
と笑顔で保健室を出て行った。
今度は一段落付いた意味での溜め息が漏れる。鈴にああ言ったからには、賢治も後から行かなければならない。
保健室はこの校舎の5階にある。学食が一般人も入るレストランになっているため一階にある。これはつまり、賢治が学食まで行くのに降りるということになる。
ベッドから立ち上がり、のそのそと保健室出口へと歩いて行く。
「ったく、いってェなァ」
調子の悪い機械の摩擦のように軋む全身を、痛がりながらどうにか辿り着き、外から見えないように白くぼかしたデザインとなっている自動ドアが勢い良く開く。
「んろ?もう寝なくてだいじょぶなんろ?」
保健室担当の女教師、ラス=ウェナースは相変わらず訳の分からないような言葉で聞いて来る。白衣の下にジャージと、保健室担当教師とはとても思えない服装と変な言葉遣いの彼女はよくも教師になれたもんだと賢治は思う。
「歩くくらいは出来るようにはなった」
その言葉だけ発し、賢治は保健室を後にした。
廊下を歩きながら、賢治は思う。
昨日、あの男を捕まえれなかった。あの男が持っていた神器"抗力逃走"(ベータ)と取引されていた、つまり元々あの男が持っていた神器"魔王媒体の契約書"(イオタ)は、何としてでもその在り方を突き止めなければならなかった。あの神器が危険であることは賢治の所属する停戦同盟軍で既に説明を受けていたため、その神器の効果がどれだけ恐ろしいものかをよく承知していた。
"魔王媒体の契約書"(イオタ)は、神器の中でも珍しい複数個ある神器である。合計で6つあり、神器は6つとも古紙のもの、なにやら長ったらしい利用規約のような文章と右下にサイン欄のある契約書そのものである。そして何より、異例で、そして異端な神器でもある。
殆どの神器が、史実にある偉人や神の各々の人生経歴に則った効果を持つ。確かに"魔王媒体の契約書"(イオタ)も効果を持つ為、どうも変とは思わないだろう。
だが、"魔王媒体の契約書"(イオタ)は、史実上元の誰のものでも無い、つまり元の持ち主のいない神器である。ということは、その神器もまた史実上ありもしないものであるということになる。
何より、その効果がまた恐ろしい。
"魔王媒体の契約書"(イオタ)を使用した者は、誰でも魔王になれるという点。
合計で6枚ある訳だが、誰かがその中の一枚を使って魔王になったとする。その次に、また別のの誰かが使った場合には、一つ前に使用して魔王となった者が死亡し、次に使用した者が新たな魔王となるシステム。
なお、この神器を破いても炎で焼いても紙としてリサイクルされた場合でも、例えこの地球上から無くす方法をいくつ使用したところで、"魔王媒体の契約書"(イオタ)は必ず再生して地球の何処かに出現する。
つまりは、高級な権限を求める欲望者達を集め、「この神器を使って生き残った者こそ魔王に相応しい者だ」という、その宗教じみたたった一声のみでその場の者達に"魔王媒体の契約書"(イオタ)を使用させ、それを別の複数箇所で同時刻に同じことをすることによって大量虐殺出来る訳である。過去に、このような"魔王媒体の契約書"(イオタ)を使用したテロ行為が行われた事例があるが、警視庁側がそれを恐れて一向に阻止しようとしない為、停戦同盟軍が自分達だけで"魔王媒体の契約書"(イオタ)回収任務を立ち上げ、実行している。
まず、"魔王媒体の契約書"(イオタ)の使用によって魔王になれるらしいが、それが社会的権限を持つことが出来るのか、はたまた魔王級の莫大な能力及び身体能力かは定かでは無い。仮にこれが本当だとすると、大量虐殺どころか全世界の支配権を握ることの出来る者が出て来てしまうということになる。
しかし、その話は聞いたというものの、結局は賢治自身がその効果を体感したり見た訳では無いため、決して危機感を持ちながら男を追えた訳では無かった。
廊下を歩いていると階段に着いた。
賢治は現在自分のいる5階から1階まで学食に向かうべくエレベーターを使用しようとする。賢治は2つある内の下の方、逆三角形のボタンを押した。
「あ?」
2、3分待っても一向に目の前のドアが開かない。
チーンというエレベーター到着のチャイムも鳴らない。
「・・・はァ」
溜め息をついたと同時に、賢治は凄まじい速さで左親指を下のボタンを連打しまくった。
「いいじゃねェか!運ぶだけしか能のねェお前が俺にケンカ売るなんざ百年早ェんだよ出直しなァ!!!!」
数分後。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
息切れをする程、とにかく押しまくっていた。
フルコンボだドン。
「クソッタレが・・・!」
開くことのないエレベーターのドアを一蹴りし、仕方が無いのでエレベーターを諦め階段を降りることにする。
そして、全身がとにかく軋んで痛い。
「んだってんだよ今日は・・・」
ブツブツ文句を吐き出しながら嫌々階段を降りてゆく。何だか他にも嫌なことが起こりそうでまたイライラしてしまう賢治であった。
タン、タンと自分の足音しか響かない階段がちょうど4階まで降りたところだった。
「あァ?」
なんだが砂埃のようなもので踊り場が一面雲っていた。砂埃などあるはずの無いところに。
何かがおかしいことを直感で察知した賢治は少し身構えながら、階段を降りてゆく。一段一段、タン、タンという踏みしめる足音がまるで自分の心臓の鼓動のようにも感じる。一つ一つ踏みしめるその足が速くなるにつれ、比例するかのように心臓の鼓動もまた速くなってゆく。
ーーーー嫌な予感しか、しない。
ハッと昨日の出来事が頭の中にフラッシュバックしてくる。まるで電撃を打たれたかの如く、その記憶は賢治の脳内をある一つの答えに辿り着かせた。
なぜだか知らないが。
ふと、"魔王媒体の契約書"(イオタ)が頭に浮かんだ。
賢治の脳内で意味深な答えに辿り着いた時、そこは既に3階の踊り場だった。
踊り場には、大きな穴がぽっかりと空いていた。普段から清潔感はあるが薄暗い階段の踊り場が外の明るい太陽光を取り込んでおり、白い内装の学校内側は明るく照らされていた。
その踊り場から砂埃は出ていることがここに来てやっと分かった賢治だが、それ以上に驚くべきことがあった。
砂埃は段々と消え、視界がクリアになるにつれ、それは分かった。
銀色の甲冑を着た低身長な誰かと、眼鏡を掛けたポンチョのようでマントのような民族衣装らしい服装のショートカットヘアーの女性が、晴れた砂埃の中に立っていた。
甲冑の性別不明の誰かも眼鏡の女性も、どちらもおでこ辺りから小さく角が生えていた。
「・・・誰だアンタら」
賢治は咄嗟に、無意識にそう聞いてしまっていた。
賢治自身、目の前の普段起こり得ない出来事がとても信じられずにいたが、その割には頭の中は落ち着いていた。
それなのに、手が腰に付いているガンホルダーに伸びている。
手が、震えている。
普段では強気で柄の悪いような賢治でも、信じられない唐突の出来事には思わず心の底から震えずにいられなかった。
まだ何も始まってはいない。
何も始まってはいない。だから、別に自分に100%関係ある訳じゃない。
階段は通れないが、その場がどうにかなるまで適当に無視してそこら辺で待っていればいいじゃないか。
だが、嫌な予感しかしない。
何と無く、諦め半分で。
だから、賢治は聞いたのだった。
甲冑を着た方がこちらにゆっくりと兜を向け、賢治を見つめる状態になった。
兜も前面に少しだけ空気孔と視界穴が空いた西洋の鎧のものだった。だがそれ以外がびっしりと顔を包み込むように全面ガード構造になっており、顔の確認が上手く出来ない。
だが、やはり小さく生えた角は見える。それを見て、賢治は少し間が空いたが、どこかで見たことのあるものだとすぐに理解した。
「ウチのマヤと同じ、ということはコイツら・・・」
賢治の嫌な予感は、ある意味的中していたのかも知れない。
「・・・テメェら妖鬼か!!!」
その言葉を放つと同時に、'保身のために'手の伸びていた腰のガンホルダーからすぐさま銃を取り出し、目の前に構える。銃身を固定し、サイトがブレないようにしっかりとグリップを握り締める。両手に持たれたハンドガンはデザートイーグル、銃身の重い実践向きでは無さそうなハンドガンを賢治は構えていた。
銃を抜いてから構えるまでの間、たった2秒。
途端、甲冑の方が喋った。
「そのせっかちな銃の抜き方といい、その目つきの悪い面といい。ラアナ、目の前のこの無力な'人間が'、賢治という少年で合っているのね?」
それは、少し低めで、大人の女性が放つ色香が含まれたような声だった。
声から察するに、女性だった。
側にいた眼鏡の女性が少し顔を顰めて、賢治の方に視線を移す。
「・・・ええ、彼で間違いありません」
この一言が、眼鏡の女性の口から出た。なぜ俺の名前を知っている?賢治の脳内はそれだけを考えるのに精一杯だった。
訳の分からないままに事が進んでいく。
なぜ俺の名前を知っている?
なぜそこにいる?
妖鬼サイドのどこの国から来たヤツらだ?
ーーーーそもそも、これは一体夢なのか?
そんなことを考える間も与えないように、事は急展開を迎えた。
そこで、賢治の'普段'は最後と言っても良い瞬間だっただろう。
それの直前に、事は起こった。
「なら、手加減は無しね」
とんでもない程、怪物級。そんな言葉がお似合いの動きを見せた甲冑の彼女は踊り場から階段を一気に跳躍し、
「!!?」
右拳が目の前に見えた瞬間の次には、全然違った光景が広がっていたのだった。
その光景が変わる僅かな間、視界が真っ暗になった瞬間があったのだが、この瞬間に次のような会話を聞いたような気がした。
「・・・待ってください、王!」
「どうしたの?何か気に触るような'人間が'どこかにいたのかしら?」
「いえ。そうでは無いんです」
片方の声ーーー、恐らく眼鏡の女性の方が言った。
「無能力の'人間を'殺害したところで、王の国民的支持が低くなる可能性もあるのです。それに彼にはまだ、この世界が2つに分かれている知識はあっても、現状は決して知り得ません。どうか、未来のある者に慈悲をと、私は王に頼みたいのです」
温かみのある言葉だった。
「無礼で申し訳ありません。ですがどうか、こればかりは」
甲冑の煩い足音がどこかへ行き消えたあと、残った眼鏡の女性と思われる方が。
少年に、力を与えたのだった。
「どうかこれで・・・、マヤも救って・・・」
そっと耳元で、温かいその声は囁いた。
「・・・ごめんね」
優しい日差しが差し込み、薄い絹で出来たカーテンがひらひらと踊っている。真っ白なその部屋に、ベッドがいくつも置いてある相部屋だった。
その一番窓辺にいる彼に、少女は会いに来たのだった。
「おはよう、賢治!」
空いた窓から外を眺めていた少年は、ベッドに座ったまま少女の方へと振り向く。
「あァん?また来たのかお前・・・」
相変わらずの溜め息が漏れる。体調は大丈夫そうだった。
「ほら、今日は果物たくさん持って来たのだぞ」
そう言うなり、右手に持っていたフルーツバスケットを、少年が座っているベッドに付けられている机に堂々と置いてみせた。
「感謝するといいっ」
「じゃあ感謝しねェ。感謝される為にここ来てんだったら残念だったなァ?という訳でおさらばさん」
「うむぅー」
頰を膨らませて怒る辺り、やはり12歳のガキだなと少年は思う。
「ところで、いつ退院するのだ?一層の事もう退院してしまえ」
「それ見舞いに来たヤツが言うことかよ・・・。まあ、後少しってところじゃねェの?」
少年は言葉を濁す。
確かにその日は近い、いや、'そう偽りの現実を作らなければならない'。
彼女には、決して察しさせてはならない。巻き込みたくない。
顔を殴られた筈なのに、額に包帯がグルグルと巻いてある。
それは。
あの時額に埋め込まれたコインのようなものが、決して無害な訳が無いから。
決して、無関係な訳のが無いのだから。
不安ではある。得体の知れないものを額に埋め込まれたから、焦って当然だ。
不安で、怒りで、混乱で、驚嘆で、そして1人で抱えなければならない悲痛。
もう二度と帰って来ない。普段はもう、二度と無い。
だが。
だから。
「そうか。楽しみだなっ!」
彼女の笑顔くらいは守り切ろうと思う。
彼女の前でくらいは、普段でいてやろうと思う。