僕は字が書けない
――僕は字が書けない。
僕は普通に喋れるし、他人の話声もちゃんと聞こえる。歩くことも普通にできるし、サッカー程度の運動ならそつなく、とはいかないまでも楽しむことが出来る。
運動するって、気持ちいい。
――僕は字が書けない。
そんな僕は今、両手を使ってパソコンのキーボードを思い通りにタイプし、文字をどんどん打っている。
学校の宿題で【将来の夢】という作文を思うままに打ち込んでいる。
僕の将来の夢――
僕が大きくなったら、
――僕は字が書けない。
宿題を終え、とても大きな満足感に大きく息を吐く。
そのまま目の前に手を翳し、ゆっくりと右回りに円を描くと、メニュー画面が現れた。その画面の右端にあるログアウトボタンを押して、僕は現実世界へ、僕の実体へと意識を再リンクさせる。
……僕は何も書けない。
けれど僕は世界を見つめ、音を感じ、さまざまな感覚をこの現実世界で学んできた。
何かを書くことはまだまだできそうにないけれど、きっと将来、義手を着けて思うがままに文字を、絵を、書きたいものを自由に書けるようになるって信じている。
僕は字を打てる。
仮想世界と現実世界をリンクさせた、そのデータの塊を通じて。
僕は生きていける。
優しい家族、優しい友人、優しい世界が僕を生かそうとしてくれる。
だから僕は生きる。
この現実世界で、仮想世界という端末を使い、思うが侭に両手を広げながら。
(おわり)