第三章「魔道を使う妙なネコ」その1
ここまでが第一部「パーティ結成編」です!
ここからバトルもセクハラ度も(笑)パワーUPしていきますのでお楽しみに☆
第三章 魔道を使う妙なネコ
1
そのただならぬ気配に最初に気付いたのはジークであった。
「ん?」
ジークは二日酔いでボーッとする頭を懸命にこらしてその気を探っていたが、すぐにその顔が引き締まった戦士の表情に変わっていった。
「……ヒョウ!」
ジークが鋭くささやきかける。
「ああ……わかってる」
ヒョウは目でうなづくと、レイピアの柄に手をかけた。
「ねぇ、どうしたの?」
一人キョトンとしているクリスがジークに問いかける。
「……どうやら油断しちまったみたいだな」
ジークが軽く舌打ちする。
「すげぇ殺気だ……囲まれてるぜ」
「えっ!?」
クリスももちろんただの女の子ではない。言われてみると自分たちを中心に凄まじいまでの殺気が渦巻いているのに気付いて、クリスは身体に戦慄が走るのを感じた。
その時、突然クリスの乗っていた馬がヒヒンと暴れ出すと、クリスを振り落として後方へと一目散に走り出した!
「きゃっ!?」
得意の身のこなしで、何とか怪我をせずにすんだクリスであったが、その目の前で、同じようにジークとヒョウの乗馬も荒れ狂い始める!
「くっ!」
とても抑えきれる状態ではない。やもなくジークとヒョウが飛び降りると、馬達はたちまち走り去ってしまった。まるで迫る恐怖から本能的に逃げ出そうとするかのように!
--クックックックッ。
どこからともなく笑い声が聞こえてきた。
--辺境警備隊を壊滅させたというからどんな奴らかと思えば、ガキが3人とはな。拍子抜けもいいところよ。
「……岩陰に隠れてるのはわかってるんだぜ」
嘲笑の声にも顔色一つ変えずに、ジークは言い放った。
「つまらねぇ隠れん坊はやめて出てきやがったらどうだ?」
--クックックッ、いいだろう。
声が答えると、周囲の岩陰から次々と、トロール、オーガーなどの強力な魔物が次々と姿を現した。
どの魔物も鉄の鎧に身を固め、様々な得物を構えて凶悪な笑みを浮かべている。
その数、ざっと十余匹!
--貴様らごときに俺が出る必要はあるまい。俺の部下達がせいぜい可愛がってやるとしよう。
グヘヘヘ、その声の命に魔物達は不気味に笑った。
「……おい、ジーク」
じりじりと包囲の輪を狭めてくる魔物達の動きに油断無く目を光らせながら、ヒョウはジークにささやきかけた。
「何だ?」
「……オレに策がある。ここはもうこれしかない」
自信ありげなヒョウに、ジークが興味深そうに視線を送る。
「オレとお前で闘えばこいつら自体には何とか勝てるだろう。だが問題なのはクリスちゃんの事だ。彼女を危険な目に会わすワケにはいかないだろう」
「ああ」
うなづくジークに、ヒョウは真剣そのものといった顔をして続けた。
「そこで考えたんだが……」
その瞬間、突然ヒョウはクリスの肩をつかんでグイと引き寄せると、キッパリとジークに言い放った。
「オレはクリスちゃんを連れて逃がすから、お前は頑張ってこいつらを食い止めておいてくれ!」
ヒョウが『後は任せた』とばかりにジークの肩をポンとたたく。
「ちょ、ちょっと待ちやがれ!!」
慌てて何か言い返そうとしたジークだったが時にすでに遅く、ヒョウはクリスの手をつかむと全速力で駆け出していた。
じゃあな~~! 手を振るヒョウの姿がどんどん遠くなっていく。
「じゃ、じゃあなじゃねぇ! 俺はどうなるんだ、おい!?」
思わず狼狽するジークだったが、その背後から強烈な殺気が迫るのを感じてそ-っと振り返った。
その視界に飛び込んできたのは、一斉に襲いかかってくるガロウ軍の魔物達であった!
「どえええええええっっ!」
ジークの絶叫。そしてその姿はそのまま、魔物の群の中に飲み込まれるようにして消えていった。
2
「ハァ、ハァ……ここまで来ればいいだろう」
ヒョウは額に噴き出た汗をぬぐうと、クリスに向かって優しく微笑みかけた。
「クリスさん、大丈夫ですか?」
「う、うん、ボクは平気だけど……」
荒く息を整えながらクリスは答えた。だがその声は不安そうである。
「ね、ねぇ、ジークはどうなっちゃったの??」
クリスはわけがわからない内に、ヒョウに強引に引っ張られてこられたため、ヒョウとジークの間に交わされた会話を知らない。
「ジークは……多分もう戻ってこない」
ヒョウはわざと表情を曇らせて言った。
「えっ……!?」
「あいつはオレ達を逃がすために『自分から』犠牲になってくれたんだ……」
「そ、そんなぁ!」
クリスは悲鳴を上げると、慌てて元来た方向へと駆け出そうとした。
その腕をヒョウがつかみ、止める。
「放して! 急がないとジークが死んじゃうよぉ!」
ベソをかきかきヒョウの手を振りほどこうとするクリスであったが、ヒョウは放そうとしない。
「ヒョウさん、放して! お願いよ!」
「……駄目だ!!」
ビクッ、意外なほど厳しいヒョウの口調に、思わずクリスは動きを止める。
「クリスさん、君はジークの想いを無駄にするつもりか!? 奴はオレ達に生きろと言ったんだ。俺の事はどうでもいいから逃げろ、逃げて生き延びろって言ったんだよ! 今戻ることは奴の最後の想いを踏みにじることになるんだ!」
とても置き去りにしてきた奴のセリフとは思えないが、ヒョウの演技は完璧だった。
ヒョウはクリスの嗚咽に震える肩に優しく両手を置くと、そのつぶらな瞳をじっとのぞきこんだ。
「君の気持ちはわかる……でもオレだって本当はつらいんだ……」
キラリ、ヒョウの瞳に涙が光る。ヒョウは涙をクリスに見られまいと顔を背けた。
(そうだよね……何だかんだ言ってもヒョウさんは本当はジークの事を……それなのにボクったらそんな気持ちもわかんないで……)
とんでもない誤解であるが、これこそヒョウの思う壺であった。ヒョウはクリスの表情の変化から素早くそれを読み取ると、ゆっくりとクリスの瞳に視線を戻した。
「クリスさん……!」
突然ヒョウは肩に乗せた手に力を入れると、グイとクリスを胸に抱き寄せた。
「キャッ!?」
クリスはさすがに驚いたが、ヒョウに対して好意を抱いた矢先であったので、すぐに抵抗するのを止めた。
さすがは天下のプレイボーイ、ヒョウ・アウグトース。まさに恐るべきまでの絶妙のタイミングである!
(決まったな……)
ヒョウは心の中でほくそ笑むと、再びクリスの瞳を見つめ続ける。
(ここまで来たら言葉は必要ないぜ。後はムードで一気に押し流す!)
しばらく二人は無言で見つめ合っていたが、やがてヒョウの方からゆっくりと顔を近付けてきた。
クリスはドキッとしたがすでにヒョウの呪縛にかかっている。結局そのまま目を閉じるとヒョウの動きに身を任せてしまった。
「……クリスさん」
二人の間の距離が急速に狭まって行く。
そしてヒョウの勝利の想いとともに、唇と唇が触れ合おうとした……その直前!
「ヒョウ~~て-め-え-はな~~!!」
「どわぁぁぁぁぁ!?」
突然ぬぼ-っと現れた血塗れのジークを見て、思わずヒョウはのけぞった!
「ジ、ジーク!!」
瞬間、我に返ったクリスの顔がパッと明るくなる。
「あ、あはは、なーんだ生きてたのか」
「あったりめぇだ! どうせこんなこったろうと思って急いで良かったぜ」
ジークはワナワナと怒りに震える手で、ヒョウの胸ぐらをつかんだ。
「おいおい何すんだよ、生きてたんだから良かったじゃないか」
あはははは、ヒョウは爽やかに笑ってみせる。
「ちっとも良かねぇ! 人がどんだけ苦労したと思ってやがんだ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて、落ち着いて。まぁもう過ぎたことだし、パーッと水に流そう、パーッと!」
「て~め~え~は~な~!!」
ジークが怒りに震えて拳を振り上げる。
が、そのとき、ヒョウがジークの後ろを指差して叫んだ!
「お、おい、ジーク! ちょっとあれ見ろ!」
「やかましい! ごまかすんじゃねぇ!!」
グッ、ますますジークの拳に力が入る。
「お、おい、信じろ! マジだマジ!!」
「本当だよジーク! 後ろっ!」
「何!?」
クリスまでが指差すので、ジークはさすがに拳を止めて振り返ってみた。
そこにはいつの間に現れたのか、一人の筋骨たくましい、いかにも武人めいた中年の男が立っていた。その顔にはニヤニヤと不敵な笑みが浮かび、ジークの方をじっと見つめている。
「フフフ、なかなかやるではないか小僧。どうやら貴様を見くびっていたようだ……我がガロウ侵攻隊の精鋭をことごとく倒すとはな」
しかしそのわりには、むしろその声は喜びに満ちているようである。
「ククク、面白い。こうでなくてはな、わざわざ俺が来た甲斐が無いというものよ。喜ぶがいい小僧、貴様はこのガロウ四天王の一人、ダルシス様がじきじきに葬ってやろう……!」
はあぁぁぁぁぁっ、不気味な呼吸音と共にダルシスの両手が複雑な構えをとってゆく。そしてその動きに呼応するかのように、ダルシスの全身から膨大な量の《闘気》が渦を巻いて立ち昇った!
「と……《闘気》っ!? それも何て量だ!」
すかさずジークが剣を構える。その瞬間、ダルシスの目がギラリと光ると、爆発的な勢いでジークめがけて突進した!
「ゆくぞ、小僧!」
ボムッ! ダルシスの右手に《闘気》が集う!
「カイザン龍皇拳、《襲牙突槍》!」
うなりをあげてダルシスの右手がジークめがけて襲いかかる!
「くっ!?」
かろうじて身をかわしたジーク。だがその時、かすめただけのはずの肩口が大きく裂け、鮮血があたりを朱に染めた!
「キャァッ!?」
クリスのの悲鳴の中、ダルシスの左手による第二撃がジークに迫る!
「ちぃ!」
間一髪、ダルシスの手刀はジークの頬をかすめていった。
「この野郎!」
頬から血が噴き出るのにもかまわず、ジークは同じく《闘気》を身に纏うと、体勢を立て直すと同時にダルシスの左手めがけて斬りかかった!
だがそんな必殺の一撃をかわそうともせずに余裕の笑みを浮かべるダルシス。
ガシィィィ!!
「何だと!?」
ジークは一瞬我が目を疑った。まるで鉄の塊にでも斬りつけたかのような手応えと共に、ジークの剣はダルシスの左手に受け止められていたのである!
「うそっ!?」
唖然と叫ぶクリスの横で、ヒョウがうめくようにつぶやいた。
「あ、あれはまさか《カイザン流武闘術》……」
「カイザン流武闘術って!?」
「オレも見たのは初めてだが……はるか東方の古王国カイザンには、《闘気》を用いて素手で敵を殺すことを目的とした二千年の歴史を持つ秘拳があるという……それが《カイザン流武闘術》……もしかしたら奴はその一派なのかもしれない」
「じゃ、じゃああいつは殺しのプロだってこと!?」
そんな二人の会話の合間にも、ジークとダルシスの激闘は続いていた!
「ふははははは、さすがだな! こうでなくては面白くないと言うものよ!」
哄笑と共に無数のダルシスの突きがジークめがけて襲いかかる!
「くっ!」
ジークはそれらをことごとく剣で受けきったものの、ダルシスの凄まじいまでの剣圧に身体が泳いでしまった。
そしてその好機を逃すダルシスではない!
「くらえっ! カイザン龍皇拳奥義……《龍撃衝》!」
ゴオオオオッ! ダルシスの右の拳底突きがうなる!
「ぐはっ!?」
直撃を受け鉄の鎧の胸部が砕け散ると、そのままジークの身体が大きく弾き飛ばされる!
どしゃぁぁぁ! 勢いよく地面に叩き付けられてジークの口から血が噴き出る。直撃する前に咄嗟に身をのけぞらせていたのと、《闘気》を瞬時に高めていなければ、致命傷になっていたほどの一撃だった。
「くくく、なかなか見事な反射神経だな。本来なら今の一撃で貴様の身体には風穴が空いていたものを」
「……へっ、それはこっちのセリフだぜ」
ジークはペッと口の中の血を吐き捨てると、よろめきながら立ち上がった。
「てめぇの拳がもう一瞬遅けりゃ、今頃てめぇの首が飛んでたってのによ」
「何?」
そのときダルシスの首筋にかすかな痛みが走った。
「ま、まさか!?」
慌てて首筋を押さえた手にぬめりとした感触を覚えて、ダルシスの顔が驚愕に歪む。
(こ、こいつ、いつの間に!?)
そんなダルシスの前で、ジークが不敵に笑う。
「こう見えても《カイザン流武闘術》となら、これまでに何度か闘ったことがあるんだよな。流派は微妙に違うみたいだが、おかげである程度は見切れたぜ」
「何だと?」
その言葉を受けてダルシスが急にハッとなる。
「そう言えば、まだ若いのに《闘気》を操る『謎の武術大会荒し』がいるという話を聞いたことがある……もしや貴様か!?」
「フッ……まぁ『武者修行』みたいなもんさ。それに何せその手の大会の優勝賞金はトロキアにとっては貴重な臨時収入になるしな!」
(……それって「武者修行」って言うよりむしろ「出稼ぎ」なんじゃ……)
多少呆れはしたものの、クリスは少し希望を感じてジークを見つめた。
(でも、てことはまだまだ充分勝ち目があるってことよね……!)
そんなクリスの視線の先で、ジークは剣を両手で構え直すと、挑むように言い放つ!
「さぁ、勝負はこれからだぜ! ダルシスさんとやら!」
「なるほど……少しお前のことを甘く見ていたようだ」
スッ……ダルシスの顔からそれまでの嘲るような表情が消える。そして代わりに浮かび上がったのは、得物を確実にしとめんとする冷徹な狩人の顔だった!
「ならもう遊びは終わりだ……」
瞬間、以前にも増した凄まじい《闘気》がダルシスの全身にみなぎる。そしてダルシスは手刀を構えると、勢いよくジークめがけて襲いかかった!
「その身体、一片余すところ無くズタズタに引き裂いてくれるわっ!」