第二章「二枚目王子の挑戦」その4
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「乾杯!」
ヒョウが音頭をとり、三人はグラスを勢いよく合わせた。
夜、一行は火を囲んで、ささやかな新パーティの結成式を開いていた。そうなるとやっぱお酒でしょう♪ということで、ヒョウがライデル王家秘蔵のとっておきのワインを、ジークとクリスに気前良く振る舞う。
しかし、実はこれはヒョウの仕組んだ策略だったのである!
(ふっふっふ、ここで邪魔なジークさえじゃんじゃん飲ませて潰してしまえば、後はお酒の入った女の子一人……そうなればこっちのものさ)
内心の笑いを隠すために、ヒョウはワインを一口飲んだ。ちなみにヒョウはプレイボーイの基本として酒の強さには自信がある。飲み比べに持ち込めば負ける気はしなかった。
だが、そんなヒョウの思惑とは裏腹に、ジークはちびちびと口をつけるだけで、あまり飲もうとしない。
「どうした? 飲まないのか?」
「んー、こんないい酒、一気にやるにはどうももったいないくてなぁ……」
ジークはしみじみとつぶやいた。
(……ど、どこまでもセコい奴……)
このままではラチがあかない。焦れたヒョウは無理に笑って言った。
「いいから飲めよ、ここはオレのおごりだ」
「……そう言えば親父、酒好きだったよなー。なのにいつも貧乏でろくに飲むこともできないで……何か悪い気が……」
酒が入ると妙に暗くなるジークだった。
ぷっつん、ヒョウの堪忍袋の緒が切れる。
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと飲まんかっ!」
ヒョウは無理矢理ジークの口を開かせると、ワインをビンごと突っ込んだ!
もが~~、ジークはしばらく目を白黒させていたが、ビンが空になると同時に真っ赤になってぶっ倒れた。
(さてと……)
ヒョウは一息入れると、一人やけにおとなしく飲んでいるクリスに目をやった。
クリスはすでに酔っているらしく、顔をほんのり赤く染めて、また一段と可愛らしさを増していた。
「静かな夜だね」
ヒョウはキザにささやくと、クリスの横に腰を下ろした。
ぐが-、ぐが-とジークの豪快ないびきが辺りに響く。
「やかましい!」
ヒョウはジークにさるぐつわをかましてくると、気を取り直してクリスの横に座り、空を見上げてみせた。
「ごらんよ、星がきれいだ。まるで君の瞳みたいに、ね」
こんなセリフを平気で吐いて、しかもきっちりキメる所がヒョウの恐ろしさである。
しかし、クリスはピクリとも反応しない。--というか、まるで聞いていないようだった。
ヒョウは右手を軽くクリスの前で振ってみせた。
反応が無い。
ヒョウは思わず地面に両手をついた。
(せ、せっかくキメたと思ったのに……)
しばし落ち込むヒョウだったが、じきにあることを思い付いて顔を上げた。
(ものは試しだ)
ヒョウの右手がそーっとクリスのミニスカートに伸びる。
クリスはぼーっと虚ろな目をしたままである。
そんなクリスに対し、ヒョウは慣れた手つきで、すっと優しくその太股をなで上げた。
ぴくん--一瞬クリスの表情が微妙に変化したが、相変わらずその目は宙を泳いでいる。
(よし、今なら何をしても気付かれん。なら遠慮せず……)
ヒョウの目がキラリと光る。どうせなら口説き落とす方が面白いとは言え、基本落としさえできれば何でもアリというのがヒョウであった!
(フッ、どうせその後はオレの虜になるんだから、順番が少々逆になっただけのことさ。久々の上玉……楽しませてもらうぜ!)
ヒョウはほくそ笑むと、まずはクリスの愛らしい唇を奪うべく、ゆっくりと顔を近付けていった。
そして二人の唇がまさに触れ合おうとしたその寸前! 急にクリスが口を開いた。
「ねぇ……」
ギクゥゥゥッ! ヒョウは一瞬心臓が止まるかと思った。
「あ、あの、これは、つまり、その……」
わたわたとうろたえるヒョウ。だが次にクリスが言ったセリフはいささか予想外のものだった。
「……お酒ない?」
「は、はぁ?」
「お酒はもうないの? って聞いてるの……」
(やっぱ酔ってるのかな……?)
と、クリスの様子をうかがおうとしたヒョウの鼻先に、いきなりナイフの刃が突き付けられた!
「どわぁぁっ!?」
心底驚いて飛び退くヒョウに、クリスの罵声が飛んだ!
「耳ついてんだろ!? 酒持ってこいってんだよ! 酒!!」
「は、はい……ここに……」
大慌てでヒョウは新しいワインのビンを差し出した。
「よーし」
クリスはワイルドにナイフの柄でビンを砕き割ると、グラスになみなみと注いで一息に飲み干していく。
ひっく、あっという間にクリスはビンを空けてしまうと、とろんとした目をヒョウに向けて尋ねた。
「もっと……ないの?」
「あの……クリスさん、もう止めた方が……」
ひきつるヒョウの横をナイフがかすめて飛んでゆく。
「わ、わかった! わかりました!!」
ヒョウが残っていた最後の二ビンを取り出すと、クリスは満足そうに微笑んでさっそく一本をぐびぐびやり始める。
(ま、まさかこんな可愛い顔して酒ぐせが悪かったとは……)
頭を抱えるヒョウだったが、その肩がガッ!とつかまれたかと思うと、その口の中にいきなりワインのビンが突っ込まれた!!
「何辛気くさい顔してんだよ! ほら、お前も飲めよ!! オラオラッ!!」
「☆※★△£♂●▽!!」
「キャーハッハッハッ、おっかし~!」
目を白黒させて手足をばたつかせるヒョウの様子を見て、クリスは無邪気に笑い転げる。
「し……死ぬかと思った……」
やっとすべてを飲み干して、ゼーゼー荒い息をつくヒョウ。さすがに頭もガンガンする。だが、そんなヒョウに追い打ちをかけるべく、クリスが口を開いた。
「もう無くなっちゃった……新しいのちょーだーい」
「え、あ……あの、今のでその……」
思わず口ごもるヒョウ。
「何、何? もっと大きな声じゃないと聞こえなーい」
「あの……もう……終わりなんです……け……ど……」
冷や汗だらだらでヒョウは答えた。
「そっか……もうないのかぁ……」
「そ、そう、今ので終わりなんです……よ……」
ははは……とヒョウが乾いた笑い声を立てる。
「ふーん、そうだったのかー☆」
にっこりと、やけに明るくクリスが微笑んだ。まるで天使のような無邪気な笑顔に、ヒョウは内心ホッと胸をなで下ろす。
(良かった……これで一安心……)
と思ったその瞬間!
バキィィ! ヒョウの首にクリスのラリアットが炸裂し、「げふっ!」とたまらずヒョウは吹き飛んだ!
「ゲホッ、ゴホッ……な、何を……!?」
咳き込みながら転がり回るヒョウの背中に、クリスが勢い良く飛び乗った!
「ぐへっ!」
カエルがつぶれたような悲鳴を上げるヒョウの背中に、クリスがピッタリとくっつくようにうつぶせになると、その耳元にささやきかける。
「……てことはキミ、ボクの分のお酒を飲んだんだね?」
(ボクの分って……無理矢理飲ませたんじゃないか!!)
ひきつりまくるヒョウ。今のヒョウには押しつけられたクリスの身体の柔らかさ、暖かさを味わえる余裕はまるで無かった。
「吐き出せよ……」
ボソリとクリスはつぶやくと、いきなり両手でヒョウのあごをつかみ、思いっきり引っ張り上げた!
「ギャァァァァ!!」
メキメキと骨のきしむ音と共に、ヒョウが絶叫する!
「吐けよ! ボクのお酒だゾ!! 吐き出せよ!!」
クリスは叫びながら、容赦なくヒョウの身体をエビぞりに締め上げる!
「た……たるけ……れ……」
ヒョウは激痛と闘いながら、かすかな期待を込めてジークの方を見たが、ジークはさるぐつわをされたまま、酔いつぶれて完璧に熟睡していた。
うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! そこら中の闇を引き裂くかのように鳴り響くヒョウの絶叫と共に、荒野の夜は静かに(?)更けていった。
※ ※
翌朝。
「何よキミ達ってば、たったあれだけのお酒でへばっちゃったの? だっらしないなぁ!」
二日酔いで苦しむジークと全身の痛みに耐えるヒョウに対し、クリスはやたらと元気そうだった。どうやら昨晩の事はまったく覚えてないらしい。
(く……くそ……だがこれしきのことで諦めてたまるか! このヒョウ・アウグトースの名に賭けて、次こそは必ず落としてみせる……!!)
襲いかかる激痛と闘いつつも、心の中で強く誓うヒョウ。
だが、そんなヒョウをジークが真っ向からにらみつける。
(……ぜーったいにてめぇの思うようにはさせねぇからな……!!)
バチバチと二人の視線が火花を散らす!
「ほら、ヒョウさんもジークも元気出しなよ! 冒険の旅がボク達を呼んでるんだから☆」
そして、そんな二人の想いも知らず、今日も明るく元気に笑う、クリスであった--
※ ※
ヒョウを加えて三人になった一行が迎えた朝の一光景--
だが彼らはその時まだ気付いていなかった。彼らを狙う闇の牙が、すでにすぐそこまで迫っていたことを!!
(第三章「魔道を使う妙なネコ」に続く!)
第二章についての裏話&こぼれ話はこちらから!
http://yuya2001.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-21e7.html
第三章は9/23(日)にUPの予定デス(´ω`)