第一章「貧乏王子と盗賊少女」その4
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(あ……あんな奴に期待したボクが馬鹿だった……)
クリスはがくっと地面に手を突いて、ふくろだたきにされているジークを見つめた。
とりあえず《闘気》の守備力でかろうじて致命傷は避けられているようだが、ボコボコにされてるのには変わりはない。
「まったく情けねぇ騎士さまだこって」
ゴードンはせせら笑うと、からかうようにクリスを見下ろした。
不意にその視線が少女の胸元に止まった。
横に大きく切り裂かれた胸元から、少女の胸の膨らみがかすかにのぞいている。痛々しい赤い血の線が、一種奇妙な色気をかもしだしていた。
「ふふ……面白ぇことを思いついたぜ」
ゴードンはぐびりとつばを飲み込むと、ジークをふくろにしている部下達に向かって叫んだ。
「おい、ヤス! ハン! こっちに来いや」
そこはさすが下衆野郎ども。親分の表情を見て、二人の手下はすぐに呼ばれた意味を理解すると、いやらしく顔を崩して少女の手足を押さえつけた。
「ちょ……ちょっと、何するのよ!?」
クリスは必死でもがいたが、ゴロツキ共はビクともしない。
「決まってんだろ? 『ナニ』するんだよ」
ゴードンは舌なめずりすると、剣を鞘にしまった。
「これだけ俺に恥をかかせてきてくれたんだ。おまえさんにもそれ相応に恥をかいてもらおうじゃねぇか。町のみなさんが見ている前でよぉ」
ゴードンの言葉の意味を悟り、クリスの顔がサッと青ざめる。
「おっ、更にいいこと思いついちまったぞ」
そんなクリスを楽しそうに眺めていたゴードンは、そこで何事か閃いたらしく、ニタァと笑って手下に声をかけた。
「おい、ザン! ゲキ! そのガキまだ生きてるだろ? ちょっと連れてこいや。冥途の土産にいいものを見せてやるとしよう」
ザンとゲキはぐいっ、とジークの鎧をひっつかむと、ゴードンの所へ引きずって来た。ジークはすでに意識が朦朧としているらしく、薄く開いた目には力が無い。
そんなジークに、ゴードンはニヤリと笑うと、じつに楽しそうにささやきかけた。
「おい、小僧。今からお前にいいもんを見せてやるよ。まぁ女嫌いのお前には、あんまし嬉しくねぇかもしんねぇけどな」
そう言うと、ゴードンはぐっと少女の裂けた胸元に手をかけた!
「や……やめてっ!」
その邪な意図に気が付いて、クリスが思わず懇願の叫びを上げる!
「やめないね! さぁ騎士さんよ、目ん玉かっぽじってよーく見ろや! あんなのお姫様のあられもねぇ姿をよ--っ!」
ゴードンの腕に力が入り、そしてそのまま一気に服を引き裂いた!
「いやぁぁぁ!!」
クリスが涙声で叫ぶ。その可愛い胸の膨らみは完全に露出して、ジークの目にモロに飛び込んできた!
「どわぁぁぁぁ!!」
ジークの鼻から鮮血がほとばしる!
「おらおら、もっとよく見ろや!」
ニヤニヤ笑ってザンとゲキがジークの顔にクリスの胸を近付ける。
「やだぁぁぁぁぁ見ないでぇぇぇ!」
(あ……あはは……お……女の子の……おっぱ……)
視界一杯にクリスのむき出しの胸が広がったとき、ジークは頭の中でぷつっと何かが切れたのを感じた。そして同時にスッと意識が遠くなっていく--
「ん……こいつ、気絶しやがったのか? おいおい、こんな美味しい時に気ぃ失ってたらもったいねーぞ」
ゲラゲラ笑ってザンがジークの頭をこづいた。
そのときであった。
「……痛ぇな」
ボソッとジークがつぶやいた。
「なんだ、こいつ起きてんじゃねーか。気ぃ失ったフリなんかしやがって」
ボカッ、またザンがこづく。
「……痛ぇ」
「あ~~ん? なんだ、ハッキリ言えよ」
ボコッ、今度はゲキがこづいた。
その瞬間、不意にジークが動いた!
ジークの身体からすさまじい量の《闘気》が噴きだしたかと思うと、ジークは一瞬にして、二人の手を振りほどき、間髪入れずにザンの腹に正拳をぶち込んだ!
「ぐはっ!?」
ザンの身体が勢い良く吹き飛び、周囲でニヤニヤと様子を眺めていたゴードンの手下たちに激突した。
「!?」
突然の出来事に慌てふためくゲキに、間髪入れずジークが飛びかかる!
「痛ぇっ、って言ってんだ! 耳の穴……」
ジークの右回し蹴りがうなる!!
「腐ってんじゃねぇのかぁぁっ!?」
バキィィィィ、ゲキの身体が大きく弾けると、再び周りの仲間達を直撃する!
「な……何だぁ!?」
ジークを見つめたゴードン達の目が、驚愕に見開かれた!
ジークは今、全身から闘気をまるで燃え盛る炎のようにゴウゴウと放ちながら立っていた。ボサボサの黒髪も天を突くかの如く逆立ち、目ははっきり言って、正気ではない光に爛々と輝いてる!
「ウ……ウガァァァァァッ!!」
ジークは野獣のような雄叫びをあげると、ゴロツキの群れに突入した!
「げふっ!」
「おぼぼっ!」
ジークが拳や蹴りを繰り出すたびに、面白いようにゴロツキどもが吹き飛んでいく。三十人からいた手下が、みるみる蹴散らされていく様にゴードンは戦慄した。
「な、なんて奴だ……まるで狂戦士……!!」
ゴードンはクリスを突き飛ばすと、大慌てで腰の半月刀を引き抜いた。
「ガァァァァァ!!」
ジークが吠える毎に、二人、三人とゴロツキたちが血反吐を吐いて宙を舞ってゆく。まるで鬼神が如き、恐ろしいまでの強さであった!
「ね、ねぇ……一体どうなってるのよ!?」
胸を隠すのも忘れ、クリスはガウェインに説明を求めた。
「それが……」
ガウェインは悲しげに答えた。
「あれは若の女性恐怖症のせいなのですじゃ。女人の裸を見てしまわれたので……」
「えっ!?」
ガウェインの言葉に自分の格好を思い出し、クリスは真っ赤になると慌てて胸を隠した。
「人間は……特に戦士は、極限状態におかれて理性を失うと、闘争本能だけで狂ったように闘う《狂戦士化現象》を引き起こす事があるのですじゃ」
「バ、バーサークって……それにジークはなっちゃったの!?」
「そうなのですじゃ……」
ガウェインはうなづくと続けた。
「若は女人の……特に若い娘さんの裸をご覧になると、いつも必ずバーサークしてしまわれるのですじゃ。素直じゃないとでもいいますか……『見たい!』という年相応の本能的な欲望が起こるのと同時に、そうした悩ましげな女性の姿はシーラ先生のトラウマを強く思い出させてしまうのでしょう……なので『怖い!!』という恐怖心も起こされてしまう……そしてその矛盾する二つの強い心理要因が頭の中でぶつかり合ってスパークし、理性が吹き飛んでしまわれるのですじゃ……」
ガウェインは実においたわしい……と首を振った。
その頃、闘いはすでに終わろうとしていた。
「こ……こんな馬鹿な……」
あっ、という間に手下どもを一人残らずたたきのめされてうめくゴードンに、ジークが鋭く一喝した。
「どうしたよ……かかってきやがれ!!」
「く……くそっ!」
ゴードンがやけくそとばかりに猛然と斬りかかる!
「オォォォォォォォォッ!!」
だが、難なくそれをかわしたジークの右拳が、ゴードンの下あごにたたきつけられた!
「ぐ……ぐがっ……」
ゴードンの身体は高々と宙を舞うと、三回転ぐらいした後に勢いよく地面に叩き付けられ、それっきりピクリとも動かなくなった。
「……つ、強いなんてモンじゃない……」
わずか一撃でゴードンをのしてしまったジークに、野次馬達も化け物でも見るかのようにしてジリジリと後ずさる。
その「化け物」がくるりと振り返った。
ビクウッ! 凝固する野次馬達の前で、ジークが牙をむく!
「ガァァァァァッ!!」
どひゃぁぁ-、野次馬達はクモの子を散らすように逃げていった。
「ね、ねぇ、一体どうしたら正気に戻るのよ!?」
「そ、それが……こればっかりは何とも……自然に戻るのを待つだけですじゃ……」
「そんな無責任な!!」
冗談じゃないわよ~、正直言ってクリスも逃げたかったが、ギックリ腰のじいさんを置いていくわけにもいかない。
「ちょっ、ちょっと……ね……来ないでったら……暴力反対……」
ゆっくりとこちらへ歩いてくるジークをなだめながら、クリスはガウェインを引きずりつつじりじりと後ずさった。
「ガルルルル……」
だが、理性を失ったジークはそんなことでは止まらない!
ヒィッ、とクリスが恐怖に首をすくめた瞬間、ジークは少女めがけて飛びかかった!
「イヤァァァァァッ!」
クリスが悲鳴を上げる!
が、そのとき不意にジークはバランスを崩すと、少女に向かって倒れ込んだ!
「キャアッ!」
勢いに押され、クリスもたまらず転倒する!
そして……
(えっ?)
ジークの重さの他に、何か熱い感触を唇に感じて、クリスはそーっと目を開けた。
(!?)
瞳の真ん前に、同じように目を見開いているジークの顔があった。
そしてその下で、お互いの唇がしっかりと触れ合っているのに気が付いて、二人の顔が同時に真っ赤になった!
「キャ……キャアッ!」
今度は恐怖からではない叫びをあげて、クリスがジークを突き飛ばす!
ジークは盛大に鼻血を噴き出すと、そのまま白目をむいて卒倒してしまった。
9
「へへ……お待たせ☆」
ちょっぴり照れたように頬を赤らめて、クリスはドアから姿を見せた。
クリスはなめし革でできた軽い胸当てと、布製のミニスカート、そして革製のブーツという大変動きやすそうな装備だった。後、腰のベルトにはナイフが四本ほど差してあり、額には兜の代わりに、魔よけの宝石をはめこんだ金色のサークレットをつけている。
「どう……? 全部母さんの形見だけど、似合うかな?」
クリスはくるりと一回転してみせた。栗色の髪がサラサラと風になびく。
「う、うん、あの……なんだ……その……似合ってるぜ」
男の子の格好から一転した少女の姿に思わずドギマギして、ジークは頬をかきながら思わず視線をそらせた。
「と……とにかくだな、早く町を出ようぜ。奴らが起き出たらまた面倒なことになるしな」
ジークはそう言うと、ひらりとクリスが調達してきた馬に飛び乗った。
「……うん」
クリスは自分が生まれ、そして16年間暮らしてきた小さな家をじっと見つめた。
思わず目から熱いものがこぼれ、少女の頬を濡らしてゆく。
クリスは胸のペンダントをギュッと握りしめた。それは優しかった母が最後に彼女に残したものだった。中には、その母の絵姿が入れられている。
(さようなら、お母さん。ゴードンをのしちゃったからにはもうこの町には居られない。ボクはジークと一緒に行くけど、心配しないで。ボクはいつかきっとここに帰ってくるからね……)
こみあげてくる思いをこめて、少女はもう一度心の中で亡き母に語りかけた。
(いつか……きっと……)
クリスは母への別れを告げ終わると涙をぬぐい去り、明るく笑ってジークのもとへ駆け寄った。
「お待たせっ! さぁ出発しよ☆」
馬に飛び乗ると、元気よく叫ぶクリス。
ちなみにガウェインの姿はここにはない。ギックリ腰で入院してしまったのである。もちろんその費用はクリスが全額負担した。
「なぁ、クリス」
ジークがおもむろに口を開いた。
「何?」
「……おまえ本当に俺についてくる気か?」
「何よ、迷惑そうね」
「い、いや、別に……迷惑ってほどじゃないんだが……」
困ったように髪をかくジーク。
「ふーん、そんなこと言うんだー」
クリスは冷ややかにつぶやくと、意地悪く続けた。
「じゃあキミはこれからの旅のお金とかどうする気なのかなー?」
ぐっ、と口ごもるジークに対し、クリスはふふん♪と胸を張ると更に追い打ちをかける。
「だったら言いなさい。『お願いします、ついてきてください』って♪」
ジークはしばらく聖王家のプライドと闘っているようだったが、諦めたようにがっくりと肩を落としてつぶやいた。
「お、お願いします。ついてきてください……」
「分かればいいのよ☆ 大体、誰のせいでこうなったって思ってるのよ。しかも裸は見るは、乙女の大事なファーストキスまで奪うわ……ちゃんと責任とってよね!」
「ま、まぁそりゃできるだけ守ってはやるけどさ」
風向きの悪さを感じてジークはムリヤリ話題をそらせた。
「この旅は危険な旅なんだぜ。頼むからせめて自分の身くらいは守ってくれよ」
「ふんだ、足手まといになるくらいなら、初めからついてきたりしませんよ~だっ!」
べー、とクリスが舌を出す。
そんなクリスに苦笑いしつつ、ジークは急に真顔になって告げた。
「んー、それと後、もう一つ頼みだ。聞いてくれ」
「何なの?」
「正直言うとだな、あんまし女らしく振る舞わないようにしてくれ。怖い」
ずるっ、クリスが馬から滑り落ちそうになる。
「ど、どうしろってゆーのよ、まったく……」
「まぁ俺もできる限り、お前を女と思わないように努力するからさ」
「……それで?」
バキッ、ボキッ、クリスがこめかみをピクつかせながら拳を鳴らし始めたのを見て、ジークは慌てて言葉を続けた。
「ま、まぁ、そんなに難しく考えるなよ。今まで通り、ふつーにやっててくれればそれでいいんだから……」
「全然フォローになってない!!」
女の子らしくなくて悪かったわね! クリスの怒りの一撃を受けて、ジークは思いっきり馬から転がり落ちた。
(第一章完、第二章「二枚目王子の挑戦」に続く)
週2回ペースで投稿する予定デス!
★ブログの方に各章の裏話&こぼれ話を書いてマス。
第一章に関してはこちら!
http://yuya2001.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-79ed.html