終章「魔を退ける光の剣」その2
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「あーっはっはっはっ! どうした? 逃げるのが精一杯か!?」
嘲りに満ちた高笑いとともに、バドウの真ヴォルザードがうなる!
何とかそれを受けようとしたジークをまるで嘲笑うかのごとく、当たる直前で真ヴォルザードの《魔闘気》の刃が突然ムチにようにしなり、シェルザードの刃を乗り越えてジークの左肩をえぐる!
「ぐっ!?」
たまらず後ろに退いて距離を取ろうとするジークを、すかざす真ヴォルザードが追撃する!
《魔闘気》の刃がジークを追ってぐんぐんその長さを伸ばすと、更には幾筋にも分裂してジークを包み込むように襲いかかった!
「なっ!?」
ジークはそれらをかろうじてシェルザードで撃ち落としたが、さすがにさばききれなかった一本が右のふくらはぎの肉を削り取る!
「ち、ちくしょう……何て攻撃だ……!」
肩と足の痛みに耐えながら、ジークがうめく。
固形の刃で無い分、真ヴォルザードの太刀筋はまさに変幻自在。さしものジークも予想外の攻撃の連続に、初手から苦戦を強いられていた!
〈どうだシェルザード! バドウ様の力で甦ったオレ様の力は……!〉
まるで地獄の底から響くような声で、ヴォルザードが叫ぶ!
〈砕かれるというのがあれ程痛ぇとはな……お前がヘタレになっちまったのもわかるぐれぇだったぜぇぇ。この恨み……!〉
真ヴォルザードの意識を司る真紅の《魔光石》が、その瞬間あふれる憎悪にドス黒く染まった!
〈倍返しじゃすまねぇぞぉぉぉ!!〉
真ヴォルザードの《魔闘気》の刃が、うなりをあげてシェルザードの《太陽石》に向かって伸びる!
〈うわぁぁぁぁ!?〉
強烈な突きの直撃を受けて、シェルザードが悲鳴を上げる。そしてその後も、執拗にシェルザードの《太陽石》へと直接攻撃を続ける。真ヴォルザード!
だがその強烈な突きの連撃を浴びながらも、ジークは憎悪に目がくらんでシェルザードを攻め続ける真ヴォルザードへの、反撃の機会をとらえていた!
(……今だ!)
その瞬間、ジークは真ヴォルザードの一撃にたまらず弾かれた風を装ってシェルザードを左に受け流すと、そのまま返す刃で再度襲い来る真ヴォルザードの切っ先を両断した!
「いくら早かろうが、狙いがハッキリしてる以上、見切るのは簡単なんだよ!」
そう叫ぶと、ジークはその一瞬の隙を見逃さず、一気に距離を詰めると《闇の魔神》の懐に飛び込んだ!
「ほう……」
それまで薄く残忍な笑みを浮かべながら、左手にした真ヴォルザードが好きなように暴れるのを眺めていたバドウの顔に、わずかとは言え驚きの影がよぎる。
すかさず真ヴォルザードの伸びきった刃を高速で呼び戻し、ジークの一撃は受け流したものの、そこから繰り出される怒濤の連撃に、バドウは防戦を余儀なくされた。
「フッ、やりおる。さすがに剣士としての技量は、『この身体』よりお前の方が上か……」
ジークの渾身の連撃によって追い込まれながらも、しかしバドウは余裕の表情を崩さなかった。むしろその紫の瞳には何か言いたげな、嘲弄するような光が妖しく宿っている。
「もらったっ!」
そんな意味ありげな微笑など気にも留めず、ジークはついに真ヴォルザードの刃を弾き飛ばすと、必殺の一撃を叩き込むべくシェルザードを振り上げた!
「見事だ。だが……」
自分を両断すべく振り上げられたシェルザードの刃を、薄笑いと共に見上げながら、バドウがからかうような口調でささやきかけた。
「余を攻撃してもいいのか? 『この身体』はもともとあの猫のもの。いざとなれば余はこの身体に手放せばすむことだが、持ち主である猫は死ぬぞ?」
「……なっ!!」
正直頭に血が上ってそのことをすっかり忘れていたジークだったが、バドウの一言にピタッと動きが止まる。
「……フッ、愚かな奴め」
そんなジークを見てニヤリと笑うと、バドウが容赦なくジークのがら空きの腹を蹴り飛ばした!
「ぐはぁっ!」
たまらず吹き飛ぶジークに、続いて真ヴォルザードの闇の刃が迫る。それを必死に受けながら、ジークはかみつくように叫んだ。
「ひ、卑怯だぞ! ニャーゴロを人質に取るなんて!」
「卑怯? 余を誰だと思っているのだ? 《闇の魔神》にとってそれは……」
その瞬間、上から振り下ろされる一撃を受けようとしたジークに向かって、密かに地面を這うように進んでいたもう一本の刃が、下から急角度で跳ね上がった!
「褒め言葉というものよ!」
「うぐっ!?」
予想外の角度から放たれた《魔闘気》の刃が、ジークの脇腹を貫く! 灼けるような痛みを感じたかと思うと、ジークの口から鮮血が吹きだした!
〈ああ!? ジークさん!!〉
泣きそうな声をあげて、シェルザードが懸命に《霊光》を治癒の方に回そうとするも、次々と迫るヴォルザードの攻撃をさばくので精一杯で、それもままならない。
「さぁ、どうする!? ジーク、そしてシェルザード!」
嗜虐に満ちた高わらいを発しながら、魔剣の連撃を繰り出すバドウ。
もはや完全にジークとシェルザードは防戦一方であった!
「あああ、もうダメです! このままじゃやられちゃいますよぉ!」
激闘を見守っていたウインが、たまらずワタワタと両手を振り回す。
「……かといって、相手が《闇の魔神》じゃ、あたし達には何もできないよ……」
勝ち気な瞳を悔しそうに歪めて、拳をギュッと握りしめるフレイ。
だがそのとき、それまでじっと黙って足の怪我を癒すのに専念していたヒョウが、おもむろに口を開いた。
「……フレイさん、ウインさん。私に一つだけ策があります。力を貸してもらえませんか?」
「何!? 何かいい方法があるのか!?」
「ええ。一か八かではありますが、私の予想が正しければ、これで多分バドウをニャーゴロから引き離すことができるハズ。そのためには一瞬でいい。何とかして飛び込む隙をバドウから作ってもらいたいんです」
「お前……お前だってボロボロな身体なのに……ただのスケベじゃなくて友達想いのいい奴なんだな……見直したぜ!」
熱血バカだけにそういうシチュエーションには弱いらしく、フレイが思わずグスッと涙ぐむ。
「いや、断じてオレはあいつの『友達』なんかじゃないが……」
思わず鼻白んで、素の口調に戻るヒョウだったが、やがてフッと笑うと、バドウの猛攻に必死で耐えるジークの姿を見つめて言った。
「でも……たとえ気にくわない奴でも、あいつは同じ目的のために闘ってきた『仲間』なんだ。だからあいつが命がけで闘ってるんなら、力を貸してやらなきゃ、天下の二枚目、ヒョウ・アウグトースの名が泣くってものさ!」
そんなヒョウの姿に胸がキュンとするのを感じて、慌ててフレイが拳法の構えを取る。
「わかった! じゃあ、あれいくよ、ウイン!」
「おっけーです、フレイ! 全力でいきますよ!」
そう言うと、二人の魔竜拳法少女は「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」と一気に《闘気》を高めていった!
「「カイザン双竜拳、究極奥義!!」」
ウインの身体からあふれ出した《闘気》が巨大な竜巻となって立ち上り、続いてフレイの全身が《闘気》の炎に包まれる!
「「《嵐撃獄炎波》!!」」
そして二人が声をあわせて叫んだ瞬間、ウインの両手から放たれた竜巻とフレイの拳から放たれた紅蓮の炎が、混然一体となってバドウめがけて襲いかかった!
(今だ……!)
そしてそれと同時に、ヒョウもまたバドウめがけてダッシュする!
「チッ!?」
もはや守るのが精一杯のジークを嬲ることに夢中になっていたバドウであったが、突如として巨大な《闘気》が迫ってくることを素早く察すると、舌打ちをして振り返った。
「ザコどもが! くだらん邪魔をしおって……」
バドウはそううそぶくと、真ヴォルザードの刃の形状を巨大な盾の形に変化させ、魔竜少女たちの渾身の一撃を易々と防ぎきった。
「この程度の攻撃でこの《闇の魔神》にダメージを与えられるとでも……」
冷たい美貌を嘲りの色に染め、バドウが笑った--その瞬間であった!
「に”ゃ、に”ゃああっっ!?」
突然、誰もが耳を疑うようなとっぴょうしも無い悲鳴をあげて、魔神バドウの動きが固まった。
驚くフレイとウインの視線の先で、彼女達が生み出した一瞬の隙にバドウの背後に回り込んでいたヒョウの両手が、再び雷電の速さで動く!
そしてヒョウの《黄金の指》と恐れられた魔性の指先が、魔神バドウの背中の全ての弱いところを--次から次へと攻めまくった!
「に”ゃあああああっっ!!!」
そこから走る電流のような刺激に、再び《闇の魔神》とは思えぬ程の可愛い悲鳴をあげて、バドウが身体を硬直させる。
いくら意識を乗っ取っているとはいえ、身体自身はあくまでウブな乙女のものである。そして操る身体がダメージを受ければ痛みを共有するように、快感を受ければ身体が自然に反応してしまうだけでなく、その刺激はバドウの意識そのものにも伝わる。
そしてさすがの《闇の魔神》といえども、こんなセクハラな攻撃を受けるのは、誕生して以来初めてのことであった!
「フッ、女の身体を乗っ取ったのがお前の運の尽きだ、バドウ!」
まるで指が何十本にも見えるほどの、怒濤の連撃を繰り出しながらヒョウが叫ぶ!
「た、確かにある意味ダメージは与えてるみたいですけど……」
「な、何だかなぁ……」
自分達の最強奥義がこんな攻撃の前座に使われたのかと思うと、思わずジト目になるフレイとウイン。特にフレイなんかはさっき無駄にときめいた分を返せと言いたいぐらいの気持ちであった。
その一方で、ヒョウとバドウの壮絶な死闘(?)は、更にその激しさを増していた。
「お、おのれぇ! この《闇の魔神》に対して何たる無礼な……に”ゃああああ!!」
怒りのせいなのか快楽のせいなのか、氷の美貌を赤く染めて叫ぶバドウであったが、ヒョウの指の動きは攻撃を重ねる内に更にその精度を高めてゆき、再び黄色い悲鳴を上げさせられてしまう。
そしてその渾身の指先の一撃が、バドウの背中の最も弱い部分を寸分の違いなく打ち抜いたとき、バドウは「×▲○★♀%◎!!」と声にならない叫びを上げるとともに、ついにたまらず天を仰ぐかのように大きくその身体をのけぞらせた!
そして--その瞬間!
「ジーク、今だ! その『鈴』をぶっ壊せ!」
「--!?」
ヒョウの叫びに、すでに意識が朦朧としていたジークはハッと我に返ると、のけぞった胸元で揺れる大きな黄色い鈴めがけてシェルザードを一閃させた!
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
真紅の首輪につけられたその鈴を、シェルザードの刃があやまたずに両断したその瞬間、バドウの口から今度は凄まじい絶叫が発せられた!
続いて、《闇の魔神》の身体全体が、突如として銀色の光に輝く。その光の中で、漆黒の髪がさっきとは逆にみるみる元の銀色に戻り、見開かれた瞳の色も紫から黒に変わっていく。
そして大きく開かれた口元から、これ以上はたまらぬとばかりに、大量の《魔闘気》の塊がドロドロとあふれ出すと、そのまま空中に拡散した!
カラン……その左手から真ヴォルザードが床に落ちる。そしてすべての《魔闘気》を吐き出し終えると、《銀の聖女》は力無くその場に倒れ伏し、次の瞬間には元のニャーゴロの姿に戻っていた。どうやら意識は失ったままのようだが、命に別状は無いらしく穏やかな寝息を立てている。
--オ、オノレェェェェ! ナゼワカッタ!?
空中に充満する《魔闘気》の塊が、憎々しげに叫ぶ。
「この世界に肉体を持たぬ存在であるお前が、ニャーゴロほどの魔道士を精神支配するんだったら、絶対何か『触媒』になる《魔道器》のようなものがあると思ったのさ。それにニャーゴロを通じてオレ達の旅をずっと影で操ってきたんなら、監視したり指示を送るための道具も必要だしな」
フッ、と前髪を払ってポーズを決めながらヒョウが叫び返す。
「そうなると、猫の姿の時だけでなく、《銀の聖女》の姿の時も、海での水着姿の時も、そしてお前に身体を乗っ取られた時でさえ、いつも肌身離さず身に付けていたのは、その鈴しかないだろ!?」
そう言うと、ヒョウはどうだ! とばかりに今や実体を持たぬ《魔闘気》の塊となったバドウを指差した。
--ナルホド、タダノ雑魚カト思ッテイタガ、ドウヤラアナドッテイタヨウダナ。
だが、突然、《闇の魔神》はクックックックッと低く笑い始めると、やがてそれは邪悪に満ちた哄笑へと変わった。
--ダガ、コレデ勝ッタト思ッタラ大間違イダ! 我ガ『ヨリシロ』トナレル《魔道器》ハ、マダ残サレテイル! 《う゛ぉるざーど》!!
〈はっ! バドウ様!〉
《闇の魔神》の命令に、刃を持たぬ柄だけの状態のヴォルザードが一声叫ぶと、再び空中に浮かび上がる!
--今コソ完全ニ余ト一ツニナレ! ソシテ最強ノ魔剣トシテ生マレ変ワルノダ!
そしてその叫びとともに、空中に満ちていた大量の《魔闘気》が、ヴォルザードの《魔光石》へと奔流になって流れ込む!
「な、何だとっ!?」
絶句するヒョウたちの前で、全ての《魔闘気》を吸収したヴォルザードの《魔光石》が禍々しい輝きを放つ。そして次の瞬間、凄まじい量の《魔闘気》の刃が柄からほとばしり、巨大な暗黒の刃と化してそびえ立った!
〈どうだ! これこそが最強にして究極の魔剣--《魔神剣》よ! 肉体など持たずとも、この剣の姿のまま世界を滅ぼしつくしてくれるわ!〉
ヴォルザードの意識を乗っ取り、その魔剣としての身体を支配したバドウが、高らかに叫ぶ。そして、燃え上がる炎のように噴出する《魔闘気》の刃の中に、憎悪に充ち満ちた魔神の顔が浮かび上がった!
〈そして、まずは貴様らからだ! 遊びはこれまで……今度こそ確実に--息の根を止めてくれる!!〉
その瞬間、魔神剣の《魔闘気》の刃が更に数倍の大きさに膨れ上がると、怒濤の勢いでジーク達に襲いかかった!
「くっ!?」
すかさずヒョウは身をかわすものの、すでに立ち上がる気力さえ失っていたジークは、どうすることもできずに、ただ迫る《魔闘気》を見つめるのみだった。
そして次の瞬間、魔神剣からあふれ出た《魔闘気》が、まるで雪崩のようにジークとシェルザードを一息に飲み込む!
「……っ!?」
〈わああっ!?〉
短い悲鳴を残して、ジークとシェルザードの姿が《魔闘気》の中に消える。
「ジーク!?」
「「ジークさん!?」」
ヒョウ達が叫ぶも、ジークとシェルザードの姿は、もはや全く見えなかった。
代わりに、ジーク達を飲み込んだ巨大な《魔闘気》の刃が、まるで夜のとばりのように次第に《竜王の間》全体に広がっていく。
〈クククク……フハハハハハ!!〉
魔神剣と化したバドウの哄笑が轟いた。
その邪悪な笑い声と共にじわじわと広がっていく漆黒の《魔闘気》--それはまさに全てを飲み尽くす完全なる《闇》そのものであった!
ちなみにタイトルの読みは「まをしりぞけるひかりのつるぎ」デス(笑)




