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退魔光剣シェルザード!  作者: 優パパ★
終章&エピローグ
37/40

終章「魔を退ける光の剣」その1

 終章 魔を退ける光の剣


      1


--ハハハハハハハ!!

 《竜王の間》に邪悪な哄笑がこだまする!


「誰だっ! どこにいやがる!?」

 シェルザードを握りしめて、ジークが叫ぶ!


--ハハハハハハハ!!

 だが、声はいきり立つジークを嘲笑うかのように響き続けた。


「どこだっ! 姿を見せやがれっ!」

 しかしそう叫びつつも、同時にジークは違和感をも感じていた。この笑い声、あまりに悪意に満ちた響きのせいで最初は気が付かなかったが、声自体は何か聞き覚えがある……?


「バ、バドウなのか!?」

 姿を見せぬ声に向かって、ガロウが叫ぶ。

「バドウならオレに力を貸してくれ!」


--ホウ……

 邪悪な声がニヤリと笑う。


「あのときのように……もう一度だけオレに力を!」

 執念の炎に瞳を燃やして、ガロウが絶叫した!


 ……が!


--クッ……ククク……ハーッハッハッハ!

 そのとき、声がもはやこらえきれぬと言った風に笑い出した。悪意に満ちた嘲笑が容赦なくガロウに降りかかる。


「な、何故だ!? 何故笑う、バドウ!?」

--オ前ガツクヅク愚カダカラヨ。

「!?」

 愕然とするガロウに向かって、声は冷然と告げた。


--マダワカランノカ? モハヤオ前ノ役目ハ終ワッタノダ。

「ど、どういうことだ……!?」

 ガロウが叫んだその時、気配を察したシェルザードがジークの手を引いた。


〈ジークさん! あの魔神像! あの後ろからとんでもなく邪悪な気を感じます!〉

「そこかっ!」

 それまでその聞き覚えのある声に気を取られていたジークはハッと我に返ると、シェルザードを斜め一閃に振り下ろした!


 ゴウッ! シェルザードからほとばしった緑光の刃が、たちまち魔神像を両断する!


--フッ……

 声がニヤリと笑うと同時に、切断された魔神像の上側が音を立てて崩れ落ちる。そして、舞い上がった粉塵が収まった後で、そこに姿を現したのは……


 チリン……涼やかに、だが妖しく鈴の音が鳴る。


「ニャ……ニャーゴロ……!?」

 そこに立っていたのは、ニャーゴロ--正確に言えば《銀の聖女》であった。


 だがそれは、ジークたちが知っているあの悪戯っぽい微笑みを浮かべた清楚な乙女などではない。薄く開かれた目を妖しく輝かせ、別人のような邪悪な笑みが口元を歪ませている。そして、その全身を包み込んでいるのは、禍々しいまでの漆黒のオーラ!


「……!?」

 絶句するジークに向かって、《銀の聖女》が冷たく笑った。


「よくぞガロウを倒したジーク、そしてシェルザード。まぁまさか、お前たちが勝つとは思わなかったがな」

「な、何だって!?」

 思わぬ《銀の聖女》の言葉に、愕然とするジークとシェルザード。


「だが、そこだけは予想外だったとは言え、結果は同じ事だ。礼を言わせてもらうぞ」

「……さ、さっきから何言ってるんだよ!? 頼むぜ、いつものニャーゴロに戻ってくれよ!」

〈そうですよ、ニャーゴロさん! どうしちゃったんですか!?〉

 哀願するように叫ぶジーク達であったが、その時、それまで黙って《銀の聖女》を見つめていたヒョウがそれを制した。


「無駄だ、ジーク。あれはニャーゴロじゃない……」

「ど、どういうことだよ!?」

「目が普通じゃない……あれは何らかの精神支配を受けている目だ……」

 ゴクリと息を飲みながら、ヒョウがつぶやいた。


「ほう……さすが女を観る目はあるのだな」

 半開きの瞳のまま《銀の聖女》が薄く笑う。

「お前の言うとおり、こやつの意識は今は眠っている。まぁ調子に乗って攻撃呪文を使いすぎたのだな。猫にしてはなかなか大した魔力の持ち主だが、そうなれば意識を乗っ取るなどたやすいことよ」


「じゃ、じゃあ、お前が……!?」

 ジークの背中に戦慄が走る。そしてその手の中で、シェルザードがまるでうめくように言った。


〈《闇の魔神》……バドウ……!〉


 それには直接答えることなく、《銀の聖女》はニヤリと笑うと、その左手をギュッと握りしめると感無量とばかりにつぶやいた。

「おお……力がみなぎる……完全復活にはほど遠いが、これだけの力があれば、ルーマのいない地上など、たちどころに我が支配下に置いてくれようぞ」


 そして《銀の聖女》--いや、《闇の魔神》バドウは、再びジーク達に視線を移すと、嘲りの笑いでその口元を歪ませた。

「全くお前達は実に良く踊ってくれた。何もかも余に仕組まれていたとも知らずに、な」


「……!? どういうことだ!?」

「ガロウにヴォルザードを与えたのが最初の一手。そしてそれを知れば、ルーマがシェルザードを復活させようと《代理人エージェント》たるこの猫を遣わすことも想定通り。その後はこの猫を影で操ることで、お前達にシェルザードのパーツを集めさせ、更に幾多の激闘を経験させることで《所有者ブリンガー》として充分なレベルにまで鍛え上げることにも成功した」


「!?」

 ジーク達が驚く様を楽しそうに眺めながら、《闇の魔神》が続ける。

「そして計画の仕上げは、この決戦の地までお前達を導き、ガロウと闘わせること……」


「な、何のためにそんなことする必要があるんだ!?」

「知りたいか? なら教えてやろう」

 そう言うと、バドウはクックッと低く笑った。


「シェルザードとヴォルザード、二振りの《神の剣》が全力でぶつかれば、その衝撃は時空間をも引き裂く。《神魔戦争》における最後の激突の時、ルーマめはその裂け目を利用して、余を異空間である《魔界》へと封印しおった。シェルザードを打ち砕いた余が勝利を確信した、その一瞬の隙を突いてな……」

 忌々しげ気に虚空を睨むバドウ。


「だが余は諦めなかった。ルーマはそのとき生まれた時空の裂け目をすべて封印できたと思っていたようであったが、《大砂漠》上空で行われた激突の余波は、ごく小さなものとはいえ、この地の空間にも亀裂を生じさせていたのだ」

 恐らく、『特異点』とでも言うべき、もともと空間の不安定な場所だったのであろうな、そう言って薄く笑うと、バドウは独白を続ける。


「そして余はこの地に残された時空の隙間を通じて、少しずつこの世界へと我が《魔闘気》を送り続けたのだ。そして三千年の月日が経ち、《闇の魔神》たる余としては微々たるものにすぎぬとはいえ、ある程度の力を行使できるようになった今、余は計画を発動した」


〈ま……まさか、その計画って……!?〉

 バドウの言わんとすることを悟って、シェルザードがワナワナと小刻みに震えだした。


「ようやくわかったようだな。全ての目的は一つ……それは貴様とヴォルザードを再びこの地で激突させ、時空の扉を開くこと! 余が再びこの世界に降臨するためにな!」


「……!」

 あまりにもの衝撃に、ジーク達が凍り付く。


「そして全ては成し遂げられた。余の予想通り、シェルザードとヴォルザードの激突の衝撃は時空の裂け目をほんの一瞬とはいえ、数倍に押し広げた。だがその一瞬でも、余にとっては充分な時間であった。これまでの三千年分の優に十数倍もの《魔闘気》を送ることができた今、余はこの地上における最強の存在となったのだ!」


 その瞬間、まるでその力を見せつけるかのように、バドウに操られる《銀の聖女》の全身から怒濤のような暗黒のオーラがあふれ出す。それはまるで天に向かって燃え盛る漆黒の業火のような凄まじさで、その場にいる者すべての心を圧倒した!


「なら……これまでの俺達の冒険は……一体何だったんだ……」

 高笑いするバドウを前に、うちのめされたジークが思わずうめく。


〈ジークさん……〉

「俺達は……《闇の魔神》を甦らせるために闘ってきたっていうのかよ……!」

 あまりの悔しさに、唇を噛みしめるジーク。だが、圧倒的なまでの《闇の魔神》の放つプレッシャーに、身体はまるで射すくめられたかのように言う事を聞かない。


「まぁそう卑下するな。先にも言ったように、お前達は一つだけ余の予想を超えてみせたのだ。まさか、お前達がガロウを倒しヴォルザードを砕いてしまうとはな……そこだけは計画が狂わされたというものよ」

 そんなジークを楽しそうに眺めながら、バドウがせせら笑う。


「予想外だったぞ。まさかあの小娘の死がそこまでの力をお前に与えるとはな。しかしあの小娘もみすみす死にに飛び込んで来るとは、馬鹿げたことをするものよ……」


 ビクッ、その瞬間、ジークの身体がかすかに震えた。


「馬鹿げたこと、だ、と……?」

 ジークのシェルザードを握る拳にギュッと力が入る。


「そうだ。他人のために自分が命を捨てるなど、馬鹿げているとしか言いようが無かろう。他人とはあくまで自分のために利用するものだ。違うか?、」

「……てめぇ……」

 肩を小刻みに震わせて、まるで血がにじむぐらいに強くシェルザードを握りしめるジーク。そんなジークを嬲るように、バドウは残忍に言い放った。


「あの娘はお前を愛していたようだが……フッ、くだらんな、そんな愛などというものは!」

「ふざけんのも……いい加減にしやがれぇぇぇ!!」

 その瞬間、ジークが爆発した。激しい怒りにより、魔神の呪縛を打ち破ったジークが、絶叫と共に《闇の魔神》目がけて突き進む!


「フッ……」

 だが《銀の聖女》の美貌がさげすむような笑いを浮かべた--まさにその時!


「ぐはっ!?」

 バドウが左手をほんの軽く払うと同時に、いきなり強烈な衝撃を受けたジークの身体が軽々と宙を舞い、そのまま激しく床に叩き付けられる!


「ジーク!?」

「ジークさん!?」

 信じられないような光景に、ヒョウたちが絶句する。


「な、何だ……今のは……?」

 激痛にうめくジークを、酷薄な薄笑いを浮かべたままバドウが見下ろす。

「余を誰だと思っている? 余は偉大なる《闇の魔神》。いくらお前が《神の右手》を手にしていようと、勝負になどなるものか」


〈ジークさん……ムリです……バドウには勝てません……〉

 シェルザードが弱々しくつぶやいた。だが、それはこれまでの彼の気弱さから出たものでは無く、その圧倒的な力を知り尽くすが故のものであった。


〈いくらジークさんでも死んじゃいますよ! 僕はそんなの見たくない……だから……だからお願いです! 逃げてください!〉

「……ありがとよ、シェルザード」

 しかし、ジークはシェルザードにニヤッと笑いかけた。


「だがな……」

 激痛に耐えながら、ジークがゆっくりと立ち上がる。


「俺は奴を倒さなくちゃいけねぇんだ。俺が奴を甦らせたんなら……俺の手でカタを付けないとな……」

「フッ、なかなか見上げたものよ、その根性だけは、な」

 バドウがむしろ楽しげに笑った。


「どうだ? お前は本当によく働いてくれた。余はこれでも義理は重んじるのだよ。お前をここで殺すのは簡単だが、いささか忍びんのでな。もしもお前が余に忠誠を誓うというのなら、ガロウにかわって魔軍司令にしてやってもよいぞ?」

「ほざきやがれっ!」

 ジークの叫びが、バドウの甘い囁きを打ち消す。そしてジークは再び《闇の魔神》へと突進した!


「フッ、余の情けがわからぬとは……」

 バドウはやれやれと首を振ると、スッと左の掌を前に突きだした。

「神に逆らう愚か者め……」


 瞬間、その真紅の瞳が妖しく光る!


「神の裁きを受けるがいい!」


 ゴウッ! バドウから放たれた暗黒の波動が、奔流となってジークの身体を吹き飛ばす!


「ぐわぁぁぁぁ!」

 ジークの身体が柱の一つに叩き付けられる! 柱に亀裂が走る程の衝撃に、たまらずジークは崩れ落ちた。


「も、もうやめてくれっ!」

 その時、それまで魂の抜けたように呆然と成り行きを見守っていたガロウが、バドウに向かって叫んだ。


「ほう……?」

「奴を……奴を助けてやってくれ! オレはあいつの愛する女を殺してしまった男だ。もう今更《光》などには戻れん。貴様が望むなら、オレの魂でも何でもくれてやる! だからせめて……」


「フン……」

 バドウの顔が冷酷に歪む。

 その瞬間、ガロウの身体は激しい衝撃を受けて吹き飛ばされた!


「ぐはっ!?」

「ガロウ!?」

 悲鳴をあげてティアナが駆け寄ると、ガロウを抱き起こす。


「言ったはずだぞ。お前の役目はもう終わった、とな」

 嘲るように笑うバドウ。


「冥土の土産に教えてやろう。あの《氷雪の大地》でお前を襲った猛吹雪、あれはな、余が起こしたものだ」

「な、何だと!?」

「わかったか、お前は最初から余の手の平の上で踊っていたのだよ」

 クックックッ、バドウの嘲笑がその激しさを増した。


「さぁ、これで満足だろう。せめてもの情けだ。お前の恋い焦がれたティアナと一緒に殺してやる……」

 バドウの左手に、漆黒の炎が燃え上がった。


「己の愚かさを、地獄で悔やむがよい!」

 バドウの手から、暗黒の鬼火がガロウ達に飛ぶ!


「ティアナ!」

 ガロウがティアナをかばうようにして、その身体を抱きしめた。


 だが、《闇》の炎が二人の身体を包み込もうとした、まさにその寸前! 緑の光弾が黒き火球に激突した!


 一瞬の閃光を残して、炎も光弾も消え失せる。


「ほう……まだ動けるとはな」

 少し意外といった風にバドウが振り返る。その視線の先には、痛みによろめきながらもシェルザードを構えるジークの姿があった。


「だが、そんな身体で何ができる? 素直に寝ていれば良いものを……」

 せせら笑うバドウに向かって、ジークが小さく、だが確かな意志を込めて答えた。


「……闘ってやるさ」

「……何?」


「人の心を弄んで……そんなに楽しいか? 人の想いを踏みにじって……そんなに満足か!? てめぇは……てめぇは……人の心の痛みを何だと思ってやがる!!」


 瞬間、ジークの全身から凄まじいまでの《闘気》が立ち上った!


「……!?」

 その《闘気》の勢いに、さしものバドウもかすかにたじろぎをみせる。そんな《闇の魔神》に向かって、ジークは叩き付けるように叫んだ!


「許さねぇ!! てめぇだけは……絶対に!!


〈バドウ……僕も同じです!〉

 そしてその叫びに呼応するかのように、シェルザードの霊光があふれんばかりに輝きを増してゆく!


〈あなたのことは正直怖いけれど……でもあなたは悲しみを人々にもたらす、この世界にいちゃいけない邪悪な存在なんだ。だから僕は《退魔光剣》の名にかけて……あなたと闘います!〉

 その言葉を聞いたジークの口元が、フッと一瞬満足げに緩む。そしてジークはシェルザードを握る右手に力を込めると、その切っ先をゆっくりとバドウに向けた。


「いくぜ、バドウ! たとえてめぇが神だとしても、この俺が……いや……」

 怒りと闘志に燃えるジークの瞳が、《闇の魔神》を見据える。そして煌々と輝くシェルザードの光に照らされながら、ジークは魔神に向け力強く叫んだ。


「『俺達』が、ぶっ倒してやる!!」


      2


「余を倒す……だと?」

 ジークの叩き付けた挑戦に、一瞬虚を突かれたかのような表情を浮かべたバドウであったが、しばらくしてクックッと笑い出したかと思うと、やがてそれはこらえ切れぬといった哄笑へと変わっていった。


「やはりお前は面白い奴だな! 人間ごときが、この《闇の魔神》を……倒すだと? シェルザードを持ったぐらいで、まさか余と対等に闘えると思っているのではあるまいな!?」

 目元に浮かぶ涙を拭くぐらいにひとしきり笑い終えると--不意に、バドウの放つ《気》の質が変化した。


「いいだろう……余もせっかく取り戻した力を使いたくてウズウズしていたところだ……」

 バドウがそうつぶやいた瞬間、突如として《銀の聖女》の名の由来である美しい銀色の長髪が、みるみる夜の闇のような漆黒へと変わっていった。そして切れ長の黒い瞳は、深淵の暗さをたたえた妖しい紫色に染まってゆく。


 続いてその身を包んでいた薄紫色のローブが弾け飛んだかと思うと、次の瞬間には胸元の大きく開いた、黒と赤の豪奢なイブニングドレス姿へと変わった。ニャーゴロの姿の時から首につけていたピンク色の首輪もまた血のような赤に染まり、右手にした魔道士の杖も、ドクロを象った禍々しいものに形を変える。


 リン……と不吉な音色とともに首元の鈴が鳴る。今や《銀の聖女》の面影を無くし、まさに《闇の魔神》に相応しい魔性の美女へと変貌したバドウが、その瞳に残忍な光をたたえて、ジークを見つめ返した。


「少しだけ……遊んでやろうではないか!」


 ゴウッ! その瞬間、バドウの全身から圧倒的なまでの邪悪の波動がほとばしった!

 凄まじいまでの《魔闘気》の嵐が、《竜王の間》に吹き荒れる!! 


「くぅっ!?」

「「きゃあ!!」」

 まるで暴風のように吹き荒れる《魔闘気》に、決戦の行方を見守っていたヒョウ達がたまらずなぎ倒される。ガロウとティアナも必死で身を寄せ合って、荒れ狂う《魔闘気》の奔流に耐えていた。


(ぐっ……! な、何て、《気》だ……!)

 そしてジークもまた、その怒濤の《魔闘気》に為す術もなく棒立ちとなっていた。自らの《闘気》を全開とし、更にシェルザードの《霊光》がその身体を包み込んでいるため、なぎ倒されることこそないが、しかし一歩も前に進むことができない。


「さぁ……神の力を受けるがいい!」

 そんな様子を楽しそうに眺めながら、バドウは左の掌をスッとかかげると、ジーク目がけて勢いよく突きだした!


「《神魔重激衝ゴッド・ディグニティ》!!」


 バドウの掌からほとばしった暗黒の波動が、今度は奔流どころではなく、圧倒的な破壊の鉄槌と化してジークの身体をたたきのめした!


「ぐわぁぁぁ!?」

 まるで超巨大な拳による一撃を受けたような衝撃に、ジークがたまらず吹き飛ぶ! その身体が勢いよく壁にたたきつけられ、更にはその壁面をもガラガラと崩壊させた!


〈す、凄すぎる……ぼ、僕の全力でも……まるで防ぎきれない……〉

 刀身に小さな亀裂を走らせたシェルザードが、弱々しくうめく。


「どうした、もう終わりか? 先程の威勢の良さはどこへ行ったのだ?」

 いまやその邪悪な本性をむき出しにして、《闇の魔神》が嘲笑う。


「……シェルザード」

 全身を襲う激痛をこらえて、ジークがシェルザードにささやきかけた。


「……お前の《霊光》を……切っ先に……集中させろ……」

〈そ、そんな!? そんなことしたらジークさんの身体が……!〉

 ジークの意図を悟り、思わず反対の叫びをあげようとするシェルザード。


「いいからやれっ! そうでもしなきゃ、奴に近付けねぇ!」

 ジークの瞳に浮かぶ決意の色に、シェルザードはしばらくためらった後、小さく刀身をうなづかせた。


 瞬間、すべてのシェルザードの《霊光》が、その切っ先へと集まる!

 その代わり、ジークの全身を包むのは、今となってはその《闘気》のみ!


「いっくぜぇぇぇぇ!!」

 内なる気力を奮い起こすように叫ぶと、ジークは立ち上がるやいなや《闇の魔神》めがけて突き進んだ!


「ほう……考えたな。だが、余までたどり着けるかな?」

 たちまちにして吹き荒れる《魔闘気》の奔流がその行く手を阻む!


 だが魔神のプレッシャーを真っ向から受けながらも、ジークは止まらない。突進突きの形に構えたシェルザードの切っ先で迫り来る《魔闘気》を突き破りながら、バドウとの距離を一気に縮めてくる!


「……何だと!?」  

 バドウの口元から余裕の笑いが消える。だが、それならばとばかりにその瞳を妖しく光らせると、《闇の魔神》は再び左の掌を突き出した!


「ならば今一度受けるがいい! 砕け散れ! 《神魔重激衝》!!」


 ゴオッ! 再びバドウの掌から凄まじく巨大な《魔闘気》の塊がほとばしり、至近距離からジークめがけて叩き付けられる!


「ぐわああああぁっ!!!」

 圧倒的なまでの魔神の一撃は、ジークの《闘気》の鎧をやすやすと突き破り、先程とは比べものにならない程のダメージをその身体に与えた。肉が裂け、血がしぶき、全身の骨が悲鳴を上げる!


〈ジークさん!〉

 自らも魔神の波動に耐えながら、泣きそうな悲鳴を上げるシェルザード。


 だが、全身を襲う激痛にジークの瞳が裏返り、その意識が消し飛んだ--その瞬間!


「うおおおぉぉぉぉっっ!!!」

 雄叫びと共に、ジークがシェルザードの切っ先を突き出した! 


 切っ先に集められたシェルザードの《霊光》が、押し寄せる魔神の暗黒の波動を突き破り、唖然と目を見開くバドウの左手をかすめる!


「ぐっ!?」

 左手から血をほとばしらせ、バドウの顔が苦痛に歪む。そして次の瞬間、間髪入れずに振り下ろされたシェルザードの斜め上からの一撃が、《魔闘気》がゆるんだその一瞬の隙をついて、バドウに命中した!


「ぐはっ!?」

 衝撃を受けて、《闇の魔神》の身体が後ろによろめく。そんなバドウに向かって、ジークは続けざまの一撃を放とうとしたが、さすがに力尽きたのか、剣の軌道が途中で折れたかと思うと、ジークはその場にひざをついた。


〈だ、大丈夫ですか!? ジークさん!!〉

「あ、あぶねぇ……意識……飛んでたぜ……」

 シェルザードの光によって傷を癒されながら、ぜーぜーと荒い息をつくジーク。本来なら畳みかけるべき場面だが、さすがにその気力は残されていない。先程見せた攻撃も、闘争本能のまま無意識に繰り出したものにすぎなかった。


「だが……まぐれでも当ててやったぜ。そしてこの距離なら……俺の間合いだ!」

 充分な回復を受ける余裕などあるはずもないが、それでも何とか最低限の力を取り戻し、再び立ち上がったジークの瞳が不敵に光る。


「さぁどうする? バドウ! ここからはさっきみたいにはいかないぜ!」

「……フッ、言いおるわ」

 それまで肉体的なダメージというよりは、たかが人間に攻撃を当てられたことへの衝撃に、しばし呆然としていた様子のバドウであったが、ジークの挑発を受けて、その顔が再び余裕に満ちた表情を取り戻した。


「確かにこの距離となれば、お前ほどの剣士を相手に魔道で闘うのは不利。そしてこんなちゃちな杖では、シェルザードとはとても闘えぬか……」

 そう言うと、バドウが芝居がかった様子で軽くため息をつく。だが、次の瞬間、その口元がニヤリと歪んだかと思うと、紫色の瞳を妖しく輝かせて、《闇の魔神》は叫んだ!


「ならば……来い! ヴォルザード!!」


 バドウが高らかにその名を呼ぶと、刀身を粉々に砕かれて《竜王の間》の片隅に転がっていた邪悪の魔剣が独りでに浮き上がり、真の所有者目がけて一直線に飛来する!


「なっ!?」〈えっ!?〉

 ガシッ、バドウがその柄を左手で握りしめると、その瞬間、砕け散った刃の代わりに《魔闘気》がまるで黒い炎のようにあふれ出した!


 そして愕然とするジークとシェルザードの前で、バドウは暗黒の《気》により復活した魔剣を構えると、妖しい笑みをその冷たい美貌に浮かべて言った。


「では、次はこれで相手をしてやるとしよう。この、いわば『真ヴォルザード』で……な!」

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