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退魔光剣シェルザード!  作者: 優パパ★
第三部 決戦!《光》と《闇》編
34/40

第九章「《神の右手》と《魔王の左手》」その2

      3


「《魔王の左手》だと!?」

 シェルザードの叫びに、ジークが唖然とつぶやいた。


「……何だそりゃ……?」

 ずるっ、せっかくのシリアスな雰囲気をぶち壊されて、ジーク以外の一同がよろめく。


〈ちょっと待て! 貴様……シェルザードを持っているくせに、まさかオレのことを知らんのか!?〉

 プライドをいたく傷付けられてヴォルザードが叫ぶ。


「う、うるせぇやい! 知らなくて悪いか!!」

「フッ……無知とは怖いものだな」

 いつもの冷静さを瞬時に取り戻したガロウが、薄く笑うとともに左手にしたヴォルザードを高々とかかげてみせる。


「ならば教えてやろう。この剣こそがかつて闇の魔神バドウが創造神ディーンより与えられ、《神魔戦争》でルーマと闘いし伝説の超魔剣! 人呼んで《魔王の左手》だ!」


〈そうだ……久しぶりに会えて嬉しいぞ、我が兄弟!〉

 シェルザードを見据えて、ヴォルザードが不敵に笑う。


〈な……何でお前がこんな所に……!?〉

「知りたいか? 《神の右手》」

 ガロウの瞳が妖しく光る。


「この剣はオレがバドウ様より直々に授かったのよ。世界を《闇》の物とするためにな」

「世界を《闇》の物にする、だと!?」

「その通り。《魔界》に封印されしバドウ様に代わり、オレはこのヴォルザードによって世界を征服する! それが魔軍司令、《竜の支配者ドラゴン・マスター》であるこのオレの使命だ!」


「へっ、何言ってやがる。そんなことさせるかよ!」

 ジークは不敵に言い放つと、真っ向からガロウとにらみ合った。


「世界征服どころか、追いつめられてるのはそっちだぜ? おとなしく降伏して、ティアナ王女を返しやがれ!」

「ふふ……なかなか面白い奴だな」

 『ティアナ』という言葉を聞いた瞬間、ガロウの瞳が更に妖しい光を増して輝く。


「いいだろう……殺してやるから早くかかって来るがいい!」

「なら行くぜ、我が名はトロキア王子、ジーク・アルザード! 勝負だ! ガロ……」


「……おい、ちょっと待て」

 だが、ジークが猛然と切り込もうとした瞬間、不意にその肩を後ろからヒョウが止めた。


「何だよ!? せっかく決まってたのに!」

「無闇に突っ込むのは無謀すぎる。ここはまずオレと替われ」

「!?」

 思わぬ発言に驚くジークの前で、ヒョウはいつになく真剣な表情で続けた。


「……多少ムカツク事実だが、あのヴォルザードが本物ならガロウを倒せるのはお前しかいない。だからまずはオレが全力で仕掛けてみるから、お前はそれでガロウとヴォルザードの力を見極めろ」

「……おいおい、どういう風の吹き回しだよ??」

 目を白黒させるジークだったが、そのときヒョウの瞳がキラリと意味深な輝きを帯びた。


「まぁもちろん条件がある」

「……どうせそんなこったろうと思ったけど、何だよ?」

「ガロウを倒してこの冒険を終えた時に、アルカディア王からもらえる報酬の話だがな」

 そこでヒョウは一旦言葉を切ると、おもむろに続けた。


「土地と金は貧乏人のお前に全部恵んでやるから、代わりにティアナ王女はオレがもらうってのでどうだ?」

 ずるっ、あまりにも身も蓋もない提案にずり落ちるジーク。だが、そんなジークにはお構いなしで、ヒョウはキザに前髪を払うと、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「フッ、『アースラル大陸一』と謳われる美女をモノにできるなら、男の命を賭ける価値があるってものだろ?」

「……『だろ?』って言われてもなぁ……」

 思わず呆れるジークであったが、ヒョウは不意にニヤリと笑うと、逆に冷やかすような視線を返してきた。


「まぁ、大体お前にはクリスちゃんがいるもんなー」

「なっ!!」

 思いもよらない角度から反撃されて、赤くなってうろたえるジーク。


「ばっ、バカ言うな! 俺は別にそんな……!」

「ふーん、じゃあお前はティアナ王女と結婚する気があるのかよ? クリスちゃん、悲しむだろうなー」

「…………」

 その言葉に、目に一杯涙をためたクリスの顔が思い出されて、沈黙してしまうジーク。


「だからティアナ王女はオレがもらうということで、いいな?」

「………………」 

 そんなジークに念を押すと、ヒョウはスッとレイピアを構えて前に歩み出た。


「ということで、待たせたな。まずはこのオレ、ライデル王子ヒョウ・アウグトースがお相手するぜ」

「フッ……良かろう。ではまずお前から死ぬがいい」

 別に誰に変わろうが大した問題ではないとでも言いたげな、余裕に満ちた表情でガロウが薄く笑う。


「じゃあ、遠慮無く……」

 瞬間、ヒョウの左手からいきなり《魔道弾マジック・ミサイル》が放たれた! 

「行かせてもらうぜ!」


 そして同時にレイピアを突進の形に構え、ヒョウがガロウへと一気に距離を詰める!


「くらえっ! ライデル流剣術奥義、《摩弾三連突》!」

 《魔道弾》と同時に疾風の三段突きを叩き込む--それは《魔道》と《剣技》を組み合わせた、魔道戦士であるヒョウならではの最速の奇襲攻撃であった!


「フッ、ザコが……」

 だがガロウは表情一つ変えることなく、まずは無造作にヴォルザードを上に払って《魔道弾》をかき消すと、続けて迫るヒョウの三連続の突進突きを、すべて最小限の動きでかわしてのける。


 そして必殺の奇襲をかわされて無防備な状態になったヒョウめがけて、ガロウはヴォルザードを振り下ろした!


「貴様などに、オレと闘う資格は無いわっ!」

「くっ!」

 その一撃を何とかレイピアで受け流そうとするヒョウ。


〈ダメです! よけて下さい!〉

 だがその瞬間、それまで沈黙していたシェルザードが絶叫した!


〈そんなものじゃヴォルザードは止められません!〉


「!?」

 その叫びにヒョウが咄嗟に身をひねる。


 間一髪、ヴォルザードの黒い刃が鎧をかすめる。だが、その瞬間、刀身より噴き出た凄まじい衝撃波に、ヒョウの身体が軽々と吹き飛ばされた!


「ぐわっ!?」

「ヒョウ!」

 勢いよく柱にたたきつけられたヒョウに向かって、ジークが叫ぶ。


「……なんてパワーだ……鎧にはかすっただけのはずなのに……」

 慄然としてつぶやくヒョウの鎧は、そのわずか一撃でボロボロに砕けてしまっていた。


「ジーク! 気を付けろ! 奴の……そしてヴォルザードの力は本物だ!」

「ああ……良く分かったぜ」

 ジークはゴクリと息を飲むと、シェルザードを構えた。そんなジークに向かって、ガロウが薄い笑いを浮かべたまま、ヴォルザードの切っ先を向ける。


「さぁ次はお前の番だ、シェルザードの《所有者ブリンガー》よ。三千年の時を超え、再びどちらの剣が上か、試してみようではないか!」

「へっ、望むところだぜ!」

 ガロウの挑発に、不敵な笑みを返すジーク。そしてそのまま、《神の右手》と《魔王の左手》の剣士たちは、お互いににらみ合ったまま、じりじりと間合いを測る。


 最初に動いたのは、ガロウの方だった!


「行くぞ、《神の右手》!」

 瞬時に間合いに飛び込むと同時に、ガロウのヴォルザードが、うなりをあげてジークに襲いかかる!


(速い……! だが……見えるぜ!)

 ほんの一瞬の攻防だったとはいえ、やはりヒョウのおかげでガロウの太刀筋を見られたことは大きい。確かに凄まじい斬撃であるが、反応できない程ではない!


「行くぜ、シェルザード!」

 ガロウの斬撃を紙一重でかわし、全力でのカウンターをたたきこむ! ジークは自分のイメージした必殺の一撃を放つべく、しなやかな野生の獣のようにその身体を動かした--


 が、その手に握るシェルザードが、まるで強ばったかのように動かない!


「……!? バカ野郎!」

 ジークはかろうじて力任せにシェルザードを引き上げると、ギリギリの所でヴォルザードの一撃を受け止めた!


 カッ! シェルザードの刃から緑の、そしてヴォルザードの刃からは赤の火花が飛び散り、まばゆく光る!


「シェルザード、てめぇ、何考えてやがる!?」

 ヴォルザードのプレッシャーに押されながら、ジークが怒鳴る!


〈…………〉

 だが、シェルザードは無言のまま、ただ小刻みに身体を震わせていた。


「大丈夫か、ジーク!?」

「ヒョウ! いいからお前は今の内にティアナ王女を助けるんだ!」

 慌てて加勢をしようとしたヒョウに向かって、ジークが叫んだ。


「……わかった。ティアナ王女はオレにまかせろ!」

 しばらくの逡巡の後、ヒョウは《竜王の間》の奥にある豪奢なカーテンへと走った。そこを抜ければ、ティアナ王女の幽閉されている一室は目前のはずだ。


 しかしその前に、漆黒のローブをまとった一人の男が立ちはだかった。


「おっと、ここより先には行かせませんよ」

 男の手がスッと前に出た。その手の平が銀色に輝いている。


(魔道士!?)

 瞬間、男の手から銀色の光線が放たれた!


「くっ!」

 ヒョウがかろうじて身をかわすと、その光線を浴びた床の一部がたちまちにして凍り付く!


「《氷結コールド》の呪文か! だが……!」

 次の瞬間、ヒョウはすかさず男の懐に飛び込むと、フードに包まれたその首を一刀の下にはね飛ばした!


「フッ、接近戦に持ち込めばしょせん魔道士など敵では……って、何っ!?」

 前髪を払ってポーズを決めようとしたヒョウの瞳が驚愕に見開かれる!


 男の首は地面には落ちてはいなかった。宙に浮かび、しかも--笑っていた!


「フフフフフフ……やってくれましたね」

 切り離されたフードの部分がめくれ、ゴブの頭部が露わになる。その灰色の髪の下からは二本の角が鋭く生え、笑う口元からは牙がのぞく。


 そしてその瞬間、頭部を失った胴体の背中から、灰色の竜の翼がローブを突き破って現れた!


「まさか、魔竜族か!?」

「フフフフフ……魔竜族の中で《竜魔人》形態を取っているのは、何もあの格闘好きのお嬢ちゃんたちばかりではありませんよ」

 そう不敵に笑いながら、男の首はそのまま空中を移動すると、何事も無かったかのように胴体とくっついてしまう。


「あのお嬢ちゃんたちが格闘を極めたいように、私にも夢がありましてね。暗黒魔道の奥義を極める……そのためには魔竜の姿よりこちらの方が都合がいいのです。あなたのお仲間の猫さんのように、ね」


(……こいつ……何て魔力だ!)

 不気味に笑う男の魔力が段々と膨れあがっていくのを感じ、ヒョウの背中に冷たい汗が流れる。


「私もね、正直伝令役ばかりやるのには飽き飽きしていたのですよ。まぁこの玉座の間であまり強力な呪文を使っては、ガロウ様のお邪魔をしてしまいますから、代わりに……」

 その瞬間、男の口元が嗜虐的につり上がった!


「じわじわとなぶり殺しにしてさしあげましょう!」


 そして男の手が複雑な印を結び、その口からは低い呪文の詠唱が漏れ始める。


 やがてその身体が一瞬ブレたように見えたかと思うと、男の姿が二体に分裂した!


「何ぃっ!?」

 驚愕するヒョウの前で、男の身体が二体から四体、そして更に八体へと増殖する!


「あなたのお相手をするのは『私たち』です。このガロウ四天王最強の魔道士、《智魔竜ワイズ・ドラゴン》ゴブが、ね」


 そして愕然とするヒョウの周りをグルリと取り囲むと、八人の魔道士たちは全員同時に不気味な笑い声を《竜王の間》に響かせた。


      4


「みんな……大丈夫かな……」

 それまで押し黙ったままガロウの城の方角を見つめていたクリスが、ポツンとつぶやいた。


「大丈夫だよ! きっと!」

 何とか元気づけようとフレイが断言する。


 ちなみにクリスとフレイの間でこのやり取りが交わされるのは、これでざっと十五回目である。


「……そうだよ、ね……」

 それだけ言うと、クリスは再びふさぎこんでしまった。


(あ”あ”あ”あ”~もう!!)

 どうしたものかと途方に暮れるフレイ。


「あのークリスさん」

 そんな二人を見かねて、ウインが仕方ないとばかりに切り出した。

「そんなに心配なら、みんなの様子を見せてあげましょうかぁ?」


「えっ!?」

 クリスの瞳がパッと輝く!

「ほんと!? できるの、ウイン!?」


「はい、実はさっきあの猫さんから、《遠見の鏡》をあずかってたんですよぉ。もし三日たっても帰ってこなかったら、一応この鏡で様子を確かめてみろって」

「おい、ウイン! なんでそんな大事なことを早く言わないんだよ!?」

 思わずかみつくフレイに、ウインは身をすくめる。


「だってー、逆に心配させちゃいけないから、クリスさんには見せるなって言われてたんですよぉ」

「ボクは大丈夫だから! 見せてよ! ウイン、お願い!」

 懇願するクリスに、ウインは言い付け破っちゃうけど仕方ないですよね、と言い訳しながら懐から小さな水晶球を取り出す。


「えーと、一緒にもらった紙に発動の呪文が……あった! ミラーク・マリア・マータ・シー 真実の光よ水晶の目に……宿れ!」

 カカッ! ウインの呪文の詠唱が終わると同時に、水晶球が一瞬まばゆく光った!


 そして光が収まったかと思うと、そこには《竜王の間》で繰り広げられる死闘の様子が、鮮やかに映し出されていた--!!

 

      ※      ※


「ぐっ!」

 ガロウの稲妻のような鋭い一撃をかろうじて受け止めると、ジークはジリッと後ずさった。


「死ね! 死ね! 死ねーっ!」

 嵐のように襲いかかるヴォルザードの猛攻を前に、ジークは一方的に押され続けていた!


「どうしたジークとやら!? 《神の右手》とはその程度かっ!」

 二本の神の剣が激しくぶつかり合う!


「ぐわっ!」

 圧倒的なヴォルザードの暗黒のオーラに、ジークは軽々と吹き飛ばされると、そのまま激しく壁にたたきつけられる!


「く……くそっ……」

 ジークはよろよろと身体を起こすと、相変わらず小刻みに震えるシェルザードを忌々しげににらんだ。

「シェルザード! てめえはな~っ!」


 ジークとガロウの剣技はほぼ互角。だが、いくらジークは反撃に出ようとしても、シェルザードが言うことを聞かないのだからどうしようもない!


〈ご、ごめんなさい。でも……でも……怖いんです! 怖くて……怖くて……また……砕かれてしまうんじゃないかって思うと……〉

「だからって防戦だけじゃ勝てっこねーだろーが!」

〈でも……でも……身体が動かないんですよ~!〉

 泣きそうな声でシェルザードは叫んだ。


〈フッ、相変わらず情けない奴め。しょせん貴様など《神の剣》などとは名ばかりの、オレには遠く及ばぬナマクラよ!〉

 せせら笑うヴォルザード。


「おい! 言われてるぞ! いーのかよ、このままで!?」

〈……いいんです……どうせ……どうせ僕なんか……〉

「◆○■◇★※~~!!」

 ジークは思わず天を仰いだ。


「フフ、とんだ相棒だな」

 そんな二人の様子に薄笑いを浮かべながら、ガロウがヴォルザードを振り上げる。


(何をする気だ?)

 ジークとの間にはかなりの間合いがある。ジークはいじけるシェルザードを無理矢理構えると、ガロウの出方をうかがった。


「情けない相棒を持ったことを、地獄で悔やむがいい!」


 ガロウがヴォルザードの切っ先を前に突き出すようにして振り下ろす。 ゴッ! その瞬間、真紅のオーラの塊が剣先から弾け飛び、一直線にシェルザードにぶち当たった!


「ぐはっ!?」

 赤き光弾は勢い衰えず、そのままシェルザードごとジークの身体を弾き飛ばす!


 どしゃあぁぁ、ジークの身体が再び宙を舞い、そのまま勢いよく床にたたきつけられた!


「く……くそっ……」

 それでも何とか立ち上がるジークに、ガロウが半ば感心したようにつぶやく。


「ほう、《魔光弾》の直撃を受けてまだ立てるのか。しぶとい奴め」

「あいにく……頑丈にできてるんでね……」

 少しよろめきながらも、不敵に笑うジーク。  


「まぁ良いだろう。なら次はその首をたたき落とせばすむだけのこと」

 ヴォルザードを構えたガロウの白い顔に、残忍な笑みが浮かぶ。


「さぁ……お遊びはここまでだ!」

 

      ※      ※


(くそっ……一体どいつが本物だ……!?)

 ヒョウのレイピアを握る手が汗でしめる。


 そのまわりを八体のゴブが取り囲んだまま、ぐるぐると円を描いて移動していた。足は地面についておらず、魔竜の翼をはためかせて高速で浮遊している。


「クククク……ではいきますよ!」

 ゴブの嘲笑が八方より響く。


(こうなれば……一か八か!)

 覚悟を決めると、ヒョウは右の一体に斬りかかった!


「残念でした」

 レイピアの一閃がそのゴブの身体を切り裂いた瞬間、左から飛んできた冷却光線がヒョウの左腕に命中した!


「ぐわっ!?」

 ヒョウは鋭い痛みにひざまづいた。


 左腕が全く動かない。


「オレの手が……凍った……」

「フフ、さぁ次はどこを凍らせてさしあげましょうかねぇ?」


「こ、この野郎!」

 ヒョウは再びゴブに斬りかかった! 

 そして目にもとまらぬ疾風の剣技で、ゴブ達を次々と斬り裂くヒョウ!


 だが、まるでそんなヒョウを嘲笑うかのごとく、斬られても斬られてもゴブ達は平然としている。


「なかなか当たらないものですねぇ」

「な、なめやがって!」

 カッとなったヒョウの一撃が、挑発してきたゴブの首をはね飛ばす。


 だが、その瞬間、後ろから飛んできた光線が、ヒョウの右足を直撃した!


「ぐわっ!?」

 右足が動かなくなって、たまらず転倒するヒョウ。


「ち……ちくしょう……!」

「さぁて……そろそろ飽きてきたことですし、とどめといかせてもらいますか」

 ぐるぐると周囲を飛び回りながら、八体のゴブの手が一斉に光る。


(このままやられてたまるかよ……!)

 痛みに耐えながらも、ヒョウの目がゴブの本体を見極めようと懸命に動く。


(諦めるなヒョウ・アウグトース! 本物と偽物の違いが必ずどこかにあるハズだ……)

 その瞬間、ヒョウの視線が床の上を滑るように動くゴブの影をとらえる。高速で移動しているためわかりにくいが、一体だけ他より影が濃い!


(わかった! なぜこいつらがこんな動きをするのか……他の七体の影はあくまで残像。そして本体は……)

 ヒョウはそう閃くと、最後の力を振り絞ってレイピアを右手一本で投げつけた!


 グサッ、狙い過たず、レイピアのが一体だけ影の濃かったゴブの胸元に突き刺さる! 


「ごはっ!?」

 ゴブが口から血を吹き出す。続いて他のゴブ達の姿が次々と消え去っていく。


「勝った!」

 ヒョウが快哉をあげた--だが、その瞬間!


「ざーんねんでした!」

 ゴブが胸元に剣を突き立てたままニターッと笑う。


「影がヒントだと思ったんでしょ? 面白いぐらい見事にひっかかりましたね」

 そしてその姿が幻のように消え去ると、ヒョウの背後で最後に残ったゴブが嘲るように言った。


「いやぁたまりませんねぇ、弱者が一生懸命がんばった結果を踏みにじるのは!」

 《智魔竜》ゴブの陰気な顔に、邪悪そのものの笑みが浮かぶ。


 カラーン、レイピアが床に落ちて立てる音がまるで絶望を告げる鐘の音であるかのように、ヒョウには思われた。

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