第八章「激突!《竜の台地》」(後編)」その1
第八章 激突!《竜の台地》(後編)
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ザッザッザッザッ、未だ夜の明け切らぬ薄闇の中、二人の戦士と一匹の猫がゆっくりと山を下っていく。
(……)
ジークは半ば下った所で、山の上の洞窟--かつては《猛き竜の顎》と呼ばれた洞窟を振り返った。
しかしクリスの姿はやはり見えない。
(……やっぱだめか)
あの後、クリスは出発するジークたちの前に姿を見せなかった。
そのため、別れの言葉もないまま、ジークたちはフレイとウインにクリスの事を任せて、洞窟を後にしたのである。
フレイとウインには三日たって戻らなかったら、安全な場所までクリスを連れて行ってやって欲しいと頼んである。師匠であったダルシスのあまりに非道な行為に、ガロウ軍に居る事にすっかり嫌気がさしていた二人は、それを快諾してくれた。
(これで良かったんだよな……)
ジークはもう一度心の中でつぶやいた。
ジークはわかっていた。これからの闘いは更に命がけのものになるだろうということを。
だからこそ、ああするしかなかったのだ。自分ですら生きて帰れるかわからないような闘いに、クリスを連れて行くわけにはいかない。
クリスの性分を考えると、あそこまで言わなくては、ついて来ると言って聞かなかっただろう。
(……俺はしなければならないことをした。だのに……)
なんでこんなに胸が苦しいんだろう。
ジークの耳から、クリスのあの泣き声が離れようとしない。
だからせめてもう一度だけ、例え笑顔で無くてもいいから、クリスの顔が見たかったのだが……
(……仕方ねぇよな。ひどいこと言って傷付けたのは俺なんだから)
ジークは軽くため息をつくと、後ろ髪引かれる想いを振り切って、再びゆっくり歩き出した。
目指すは広大なる《竜の台地》の中心、薄闇の中にも高々とそびえ立つのがわかる漆黒の城塞--《竜魔城》!
「ところで、作戦はどうなってるんだ、ジーク?」
「ああ、基本的にはこうだ」
ヒョウの問いに、ジークは暗い気持ちを吹き飛ばすかのように、勇ましく口を開いた。
「まずこの明け方の薄闇を利用して、一気に城門まで走る。そして城門をぶち破って城に突入! 後は城を守る連中を蹴散らしてガロウを見つけ、その首を取る!」
その発言を聞いて、ヒョウとニャーゴロ、そしてジークの腰のシェルザードまでもが思わずよろめく。
「……おい」
「何か言いたげだな」
「それのどこが作戦だ? ただの『大無謀』以外の何物でもないじゃないか!」
〈そーですよ! 大体《竜魔城》に着くまでにも見張りの竜がたくさんいるって、フレイさんたちも言ってたじゃないですか!〉
「……」
実はそのときはクリスのことで上の空で、そんなことは聞いちゃいないジークである。
「まぁお前らが無謀なのは今に始まったことではないしな。仮に見張りの竜どもが現れたら、ワシが《結界》を張ってやるわい」
半ば呆れつつも、ニャーゴロが請け負う。
「よし、なら急ごう! 夜明けまで時間が無いぜ!」
ジーク達は気炎を上げると、最後の決戦への道を、一歩また一歩下っていった。
「……行っちゃったよ。ホントに見送らなくて良かったのか?」
その頃、洞窟では、膝を抱えてしょんぼりとうずくまったままのクリスに、フレイが声をかけていた。
「うん……良いんだ。ボクはジークに会わせる顔が無いし」
フレイの言葉に、元気なく首を振るクリス。
「それにしてもあの男、ヒドイですぅ! いくら何でも言い方ってもんがありますよね、『足手まとい』だなんて!」
「ううん。でも実際、ボクはずっとジークに守ってもらってばかりだったから……『足手まとい』なのは本当だもの」
ぷんぷん怒るウインをなだめながら、クリスは心の中でつぶやいた。
(お願い……神様! ボクは何にもできないけど、でも一生懸命ここで祈るから……)
小さな手の平を胸の前でギュッと組み合わせるクリス。
(だからお願い……ジークたちを守って!)
「クリス……」「クリスさん……」
思わず胸打たれるフレイとウインの前で、クリスは胸の前で手を組んだまま、ずっと祈り続けていた。




