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退魔光剣シェルザード!  作者: 優パパ★
第三部 決戦!《光》と《闇》編
26/40

第七章「激突!《竜の台地》」(前編)」その2

       2


「カイザン双竜拳だとぉ~?」


 武闘家……と呼ぶにはまだまだ幼い少女たちの大仰な名乗りに、思わず唖然とするジークだったが、フレイと名乗った赤毛の少女と同じくウインと名乗った緑の髪の少女は、決まったね☆とばかりに互いに微笑みあうと、「「とぅ!」」と一声叫んで、二人同時に洞窟の中央にある闘技場の上へと飛び乗った。


 その弾みに、外見に似合わず充分すぎるほど発達した二人の胸が大きく揺れる。


「「さぁ、かかってきなさい! シェルザードの《所有者》(ブリンガー)!」」

 そして二人は息の合った動きで、ビシッと同時にジークを指差した。またもや胸が小さく弾むとこまで、二人ピッタリである。


(喩えるなら赤い武闘着の子の方はスイカで、緑の武闘着の子はメロンってとこだよなー)

 東方風の武闘着の下で窮屈そうに揺れる胸にそんなバカなことを考えつつも、ヒョウがジークに向かって鋭く叫ぶ。


「油断するなよジーク! この二人、ただの女の子じゃないぞ!」

「……お、おぅ!」

 突然現れた二人の美少女にすっかりペースを狂わされていたジークだったが、その言葉に多少気を取り直してシェルザードを構え直す。


「そうこなくっちゃ♪」

「うふふ、楽しみですぅ☆」

 それを見て、やや吊り目のフレイはにんまりと勝ち気な笑みを浮かべ、逆にややタレ目なウインは穏やかながらも楽しそうに微笑む。


「さぁ小僧、お前も闘技場に上がるがいい! もしもその二人を見事倒せたなら、次はこの俺が闘ってやるとしよう!」

 外界へと通じる巨大な扉の上から、ダルシスが叫ぶ。だが、その余裕に満ちた態度からは、そんな機会は無いだろうがな、という嘲りが、ありありと見て取れた。


「……面白ぇ。じゃあすぐに引きずり出してやるから、せいぜい準備体操でもしてやがれ」

 その態度にカチンときたジークは、ダルシスに向かい不敵にそう言い放つと、少女たちに続いて闘技場の上に飛び乗った。


 正方形の広い石畳の闘技場の上で、ジークと少女たちが対峙する。


「……正直言えば、あんまし女を相手にしたくはねぇんだが。色んな意味で……」

 黒髪を左手でかきむしりながら、軽くため息をつくジーク。


 だが次の瞬間、ジークの表情が精悍な戦士のそれへと一変し、少女達を鋭くにらみつけた。


「言っておくが、俺はかなり強ぇぞ。それでも邪魔するって言うのなら……」

 ゴゥ! 不敵な笑みを浮かべるジークの全身から《闘気オーラ》の光があふれ出す。そしてジークは右手に持ったシェルザードの切っ先を、勢いよく少女達に向けて突き出してみせた!


「多少ケガするぐらいは覚悟しとけよ!」

 並の相手なら戦意喪失してしまいそうな程の凄みを見せつけたジークであったが、そのとき、その手にしたシェルザードから実に情けない声が上がった。


〈えー、相手はか弱い女の子ですよ~。やめましょうよぉ、闘うの〉

「……お前さぁ、こういう場面でそういうこと言うか?」

 せっかくキめていた所を台無しにされて、ジークがシェルザードをジト目でにらむ。


 が、そのとき!


「!?」

 突然、懐に強烈な《闘気》を感じて、瞬時に反応するジーク。その視線の先にあったのは、にっこりと微笑む緑の髪の少女ウイン!


「気を遣ってもらって悪いんですがー、あたし達もぉ……」

 ウインの右の拳が、下から上に突き上げる形でジークの腹部にのめり込む。その小さな竜巻をまとった拳の一撃は、ジークの身体を軽々と上空へと吹っ飛ばした!


「ぐはっ!?」

 吹き飛ぶジークの頭上に、竜の翼をはためかせたフレイが待ち構える。そして炎をまとった足の一撃が、今度は上から下にジークを蹴り飛ばした!


「かーなーり、強いんだよね!」


 バキィィィ! フレイの一撃をモロに喰らって、ジークの身体が闘技場の石畳に叩き付けられる。その後で「いぇーい♪」とハイタッチを交わすフレイとウイン。


「きゃぁぁぁ、ジーク!?」

 悲鳴を上げるクリスの横で、ニャーゴロが珍しいものを見せてもらったとばかりに目を細めた。


「あれは《竜魔人》形態という奴じゃな。魔竜族の中には人間に近い姿に成れるものがいて、ああ見えてもパワーは魔竜並じゃ。むしろスピードが増しとる分、手強いかもしれんのぉ」

「そ、そういう事は早く教えろ~!!!」

 石畳にくっきりと跡を残して、ジークが身を起こす。だが、《闘気》で防御していなければ、即死していたであろう程の攻撃を受けただけに、さすがのジークも多少ふらふらしていた。


 そしてそんな隙を見逃すこの二人では無い!


「いくよ、ウイン!」

「OKですぅ、フレイ☆」

 互いにアイコンタクトを交わして、二人の美少女拳士が猛然とジークに襲いかかる!


「カイザン双竜拳、《炎舞脚》!」

「カイザン双竜拳、《嵐撃拳》!」


 たちまちにしてジークは炎の蹴りと竜巻の拳によってめった打ちとなった。

 絶妙なコンビネーションによる怒濤の連撃に、さしものジークも防戦一方。そしてついにガードがゆるんだその瞬間、フレイの蹴りとウインの拳が同時にジークに叩き込まれた!


「「カイザン双竜拳奥義! 《風炎乱舞》!」」


「!!!」

 奥義の凄まじい衝撃に、声さえ出せずジークの身体が宙を舞い、再び闘技場の床にたたきつけられる!


「ふん、口ほどにもない。弱っちくて話にならないわ」

 フレイがははん、とばかりに両方の手の平を上に向けると、ウインも悪戯っぽい視線を扉の上のダルシスに向ける。


「ほーんと、こんなのに負けたんですかぁ~師匠?」

「……バカもん、油断するな! こいつは尋常じゃなくしぶといんだ!」

 苦い顔で吐き捨てるダルシスの視線の先で、まさにその言葉通りジークがゆら~りと立ち上がった。


「……甘くみてたぜ。強いなぁお前たち」

 かなりのダメージは負ったものの、ジークの瞳はまだ輝きを失わず、逆に強敵を前にした激しい闘志に燃えていた。


「だったらこっちも遠慮はしねぇ! こっからは全力でいかせてもらうぜ!」

 ジークの身体からそれまで以上の《闘気》が燃え上がる!


〈えー、あの娘たち強すぎですよ~。やめましょうよぉ、闘うの〉

「……おまえはどっちにしろ闘いたくねぇだけじゃねぇか!」

 再びシェルザードが情けない悲鳴を上げるも、今度はジークも取り合わず、赤毛のフレイめがけて猛然と躍りかかった!


「そうこなくっちゃ!」

 フレイは勝ち気な瞳を輝かせてにんまりと笑うと、真紅の《闘気》を身にまとい、両手に炎を宿してジークの攻撃を迎え撃つ!


 見た目は可憐な少女とは言え、そこは《竜魔人》である。シェルザードの一撃をも左腕でガードすると、逆に右の炎の拳をジークめがけて叩き込む!


 ジークはそれを紙一重で交わし、再びシェルザードの刃を横殴りに叩き込むが、その斬撃をフレイは大きく体をのけぞらせてよけた--そのとき!


「……う、うわっ!?」

 身体をのけぞらせたフレイの胸がぷるるん♪と大きく弾む。瞬間、思わず目がそちらに向いてしまったジークの首筋に、「ばぁーか!」と舌を出すフレイの右足が容赦なく叩き込まれた!  


「ぐはぁぁぁっ!!」

 三度吹き飛ばされるジークを見て、扉の上のダルシスが嘲るように笑った。


「フハハハハハ、どうだ小僧! この二人の武器は拳法だけでなく、その胸もまた男の視線を奪う凶器なのだ! これぞ名付けて《カイザン双乳拳》よ!」 

「「ししょ~その呼び名はやめてくださいよぉ……」」

 高笑いしながらのセクハラ発言に、さすがにジト目になるフレイとウイン。


 だが、恐るべきは《カイザン双乳拳》。相手が女の子だからというためらいこそは、強敵を前にした戦士の本能で払拭できるものの、これほどに揺れる胸を前に、どうして男が--まして女の子に対してウブすぎるジークが抵抗できよう!


「ち、ちくしょ~!」

 それでもかろうじて立ち上がるジークに、今度はフレイの方から襲いかかる!


 炎に包まれた拳の連撃を受け流しながら反撃の隙をうかがうジークだったが、やはりその目が連撃とともにぶるんぶるん揺れる巨乳にどうしても吸い寄せられてしまう。


 武闘家としてのフレイの技量は以前闘ったダルシスに及ぶ程のものではないのだが、ドギマギと集中力を乱されながらの闘いでは、さすがに分が悪い!


「もう、ジークのバカっ! 何やってんのよ!」

 何だかちょっとむかつきつつも、ジークの苦戦を見かねたクリスが、狙い澄ましたナイフの一撃をフレイめがけて投げ放つ。


 だが、その必殺のナイフはフレイに命中する前に、ウインの生み出した竜巻の壁に阻まれて吹き飛ばされてしまった。


「ダメですよぉ、正々堂々の勝負を外野が邪魔しちゃ♪」

 めっ☆とばかりに、にっこり笑うウイン。


 そんな中、ジークとフレイの激闘は続いていたが、防戦一方だったジークは不意にあることに気が付いて、スッとその目を閉じた。


「あら、観念したの?」

 そんなジークをバカにするように、フレイの炎の拳が迫る! 


 だがジークはその拳を目をつむったままスッとかわすと、逆に反撃の一撃をフレイめがけて叩き込んだ!


「くっ!?」

 その斬撃をかろうじて腕をクロスさせ受け止めるフレイ。そしてそのまま両者はつばぜり合いのような状態になる。


「……要するに見なきゃいいんだろ? 目をつむってたって、《闘気》の動きを感じれば、まぁ何とかなるもんさ」

 目をつむったままジークがニヤリと笑う。


〈凄いじゃないですかジークさん! まぁ実は僕もさっきからずっと目をつむってたんですけどね!〉

「……それ単に怖かったからだろ」

 ジークとシェルザードが相変わらず漫才のようなやり取りを交わすその前で、フレイがフッと笑う。


「目をつむるとは考えたわね。でも……甘いなぁ!」

 その瞬間、フレイの可愛い口が大きく開くと、紅蓮の炎がそこからほとばしった!


「あちゃちゃちゃちゃちゃ!!」

 顔面に炎のブレスの直撃を受けて、たまらず闘技場の床を転がり回るジーク。


「見たか! これぞカイザン双竜拳《ゼロ距離ブレス》!」

 えへんと大きな胸を張るフレイに、どうにか髪についた炎を鎮火したジークがかみつくような声で叫んだ。


「そんなの全然拳法じゃねぇじゃねぇかっ! 正々堂々って言っといて卑怯すぎ……」

 だが言い終わるよりも早く、フレイの口から次々と火炎弾がほとばしる!


「うわぁぁぁ!」

 再び床を転がり回ってさけるジークだったが、更に殺気を感じて慌てて身をかわすと、今度は小さな竜巻がその横を通り過ぎていった。


「あらら、気付かれちゃいましたかぁ。惜しいですねぇ♪」

 翼をはためかせて宙に浮くウインが、にっこりとした笑顔のまま残念そうにつぶやく。


「今度はこっちか!」

 さすがに顔を引きつらせるジークに、ウインが両手から放つ竜巻が次々と襲いかかる!


 小さいとはいえそれはただの竜巻ではない。当たれば瞬時に相手をズタズタに引き裂く風の刃の塊だ。ジークはそれをあるものはかわし、あるものはシェルザードで払うものの、ウインはにこにこ笑いながら、次から次へと攻撃を続けてくる。


 そしてその好機を見逃すフレイではない!


「……もらったっ!」

 ジークのガラ空きになった背中めがけて、フレイの火炎弾が迫る!


 だが、火炎弾がジークに命中するかと見えたそのとき、そこに割って入ったヒョウの剣の一閃がそれを斬り倒した!


「「!?」」

「外野からの手出しはダメでも、2対2なら文句はないでしょう?」

 思わぬ乱入に動きを止めるフレイとウインに向けて、ヒョウは金色に輝く前髪を払いながら、フッと微笑みかけた。


「こんな可愛いお嬢さんたちのお相手を、こんなバカだけにさせとくのは勿体ないというもの……。ということで、私も仲間に入れてもらいますよ、お嬢さん☆」


         3


「くっ、一旦距離を置くよ、ウイン!」

「わかったですぅ、フレイ!」

 突然の新手の登場に、フレイとウインがひとまず様子をうかがう構えをみせたため、どうにか一息つく事ができたジークが、ヒョウに向かってぎこちなく声をかけた。


「おい、ヒョウ。あのーそのー何だ。助太刀、その……ありがとよ」

 だが、それに対するヒョウの返答は思いっきり冷ややかなものだった。


「ふん、前にも言っただろ。オレは別にお前を助ける気なんてないね」

 そう言い捨てると、さすがに鼻白むジークには目もくれず、フレイとウインに視線を向けるヒョウ。


「オレが乱入した理由はただ一つ!」

 そのスカイブルーの瞳の奥で、熱い炎が燃え上がる!


「強くて可愛い美少女拳士とのバトルに、この天下のプレイボーイ、ヒョウ・アウグトースの血が騒いだ--それだけさ!」


 ぐっ! と力強く拳を握るヒョウを見て、シェルザードが呆れたようにつぶやく。

〈……あのージークさん、この人もひょっとしておバカさんなんですか?〉

「……まぁその通りだが、『も』は余計だ。『も』は!」

 シェルザードをじろりとにらんだ後、ジークはヒョウに向かって言った。


「……まぁお前のことだからそんなこったろうと思ったけどさ。でもこう言っちゃ何だが、あの娘たちの方がお前よりはるかに強いぜ?」

「フッ、大丈夫さ。オレには勝算がある」

 ヒョウはそう言うと、スッとレイピアを突進に向けて構えた。


「ジーク、オレはまずあのフレイって子を『落とす』ことにするから、その間、お前はもう一人の相手をしとけよ!」

「お、おう! ……って、『落とす』??」

 ジークの疑問には答えず、ヒョウはたちまちフレイめがけて駆け出していった。


「おい、ちょっと待てって!」

 慌てて後を追うジークだったが、とりあえずはヒョウの指示通り、少し離れた距離からウインに向けてシェルザードをなぎ払った。


 ザン! シェルザードから放たれた緑光の刃が衝撃波となってウインに襲いかかる!


「うふふ、戦闘再開ですね♪」

 ウインは満足そうに微笑むと、右手を大きく振り払う。瞬間、そこからかまいたちが発生し、シェルザードの放つ光の刃とぶつかって相殺させた!


 そのままウインは翼をはためかせて上空に舞い上がり、次々とジークめがけて真空の刃を放つ。だが、ジークも負けじとそれをすべてシェルザードでたたき落としていく。


「始まりましたね。じゃあこちらもバトル開始と行きましょうか」

 一方、すでにフレイと対峙していたヒョウが、ウインとジークの激闘を横目に見つつ、そう声をかけた。


「まぁあんたじゃ正直役者不足だけど、さっきは攻撃の邪魔をされたしね……」

 それまでイマイチ気が乗らない感じのフレイだったが、しかしいつまでもウインを一人で闘わせておくわけにも行かず、気を取り直すようにそうつぶやくと、ヒョウめがけて襲いかかった!


「じゃあいくよ! 少しは楽しませてみせてよね!」

「やだなぁ、満足させてみせますよ、お嬢さん☆」

 軽口をたたきながらヒョウがパチリとウインクしてみせる。


「そ、そんな減らず口、すぐに言えなくしてあげるよ!」

 数々の女性を虜にしてきたその魅惑の眼差しに、さしものフレイも一瞬心が騒ぐのを感じたが、そこは武闘家、すぐにそれを振り捨てるとヒョウに向かって炎の連撃を叩き込む!


 だが、ヒョウは余裕の微笑みを浮かべたまま、その攻撃をすべてかわしてのけた!


「ヒョウさん、すごい!」

 ハラハラしつつ観戦していたクリスが、その動きに目を見張る。

「あやつ、あんなに強かったかのぅ?」

 ニャーゴロも思わず首をかしげる程、ヒョウの動きにはキレがあった!


「あたしの連撃をかわした!?」

 フレイもまた一瞬驚きの表情を浮かべたが、これならどうだ! とばかりに、今度は炎をまとった蹴りを次々と叩き込む!


 だが、その蹴りのラッシュもみな紙一重でヒョウに当たらない。まるで武道の達人を相手にしているかのような完璧な見切られ方に、さすがのフレイも驚愕の色が隠せなくなった。


 --そう、まさにフレイの技は見切られていたのだ。ヒョウの類い希な女性観察眼は、一目見ただけで相手のスペックをほぼ一瞬で見抜くことができる。しかも、相手がフレイほどの美少女となればなおさらその能力はとぎすまされ、ジークとの闘いにおける彼女の一挙手一投足をくまなく観察し終えた今、この程度の攻撃をかわすことなどはヒョウにとっては造作も無いことであった!


 だが、先程の闘いをそんな風に見られていたことなど、夢にも思わぬフレイは、すべての攻撃をかわされた後、しばし悔しそうに唇を噛みしめていたが、持ち前の強気を取り戻して、ヒョウにむかって挑むように叫んだ!


「ふん、避けてばっかりだけど、少しはやるじゃない!」

「いえいえ、あなたこそさすがにお強い。正直かわすので精一杯です」

 と言いつつも余裕たっぷりなヒョウの様子にプライドを傷付けられて、誇り高き《炎魔竜》(ただし「見習い」)はギリリと歯がみする。


「で、でも反撃できないんじゃ意味ないね! こうなったら……当たるまで攻め続けてやる!」

 ゴゥ! フレイの両手両足から今までに倍する炎が燃え上がり、そのまま爆発的な勢いでヒョウに向かって襲いかかる。そしてそのまま息もつかさぬ炎の連撃が、次から次へと叩き込まれた!


 相変わらずそれをかわしまくるヒョウだったが、今度はフレイも止まらない。一撃でも当たれば粉々にされそうな怒濤のラッシュが、休む間もなくヒョウに迫る! 


「そらそらそらそらそらそらそらそらぁぁぁ!!」

 いくら動きを見切っているとはいえ、魔竜のスタミナを誇るフレイに対し、優男のヒョウはもともと体力に自信がある方ではない。ヒョウの額にはいつしか汗が浮かび、その表情からは次第に余裕が失われていった。


「あははは! どうしたの? もう息が切れてるじゃない!」

 そんなヒョウの様子を見て、勝ち誇ったように叫ぶフレイ。

「大体、多少かわすのが上手いからって、その程度の腕であたしに挑むなんてなめてくれたもんだよね! まさかこのあたしの方がウインより弱いとでも思ったわけ!?」


 だがそのとき、そんなフレイの挑発に、ヒョウがフッと微笑みを返してきた。

「違いますよ。あなたを相手に選んだ理由はそうじゃありません」


「……!? じゃ、じゃあ、何だっていうのさ!?」

 その絶体絶命の状況にはあまりにそぐわぬヒョウの微笑みに、戸惑ったフレイの攻撃がほんの一瞬ゆるむ。

「わかりませんか? それは……」


 その瞬間、ヒョウはぐっとフレイに顔を近付けると、爽やかな笑顔とともにこうささやきかけた。


「あなたのことを--好きになってしまったからですよ」


「な”……な”ぁぁっ!!??」

 至近距離から臆面もなくそう言ってのけられて、思わずフレイの頬が赤く染まる!


「な、何だそりゃ!? ふ、ふざけんな!!」

 ヒョウのまさかの一言に、唖然として動きを止めてしまったフレイだったが、すぐに我に返ると怒りに燃える拳を次々と放つ。だが内心の動揺が反映しているかのように、その拳の精度は明らかに落ちていた。


「いやだなぁ、私はふざけてたりなんかしませんよ」

 そんな拳を軽々とかわしながら、ヒョウはその都度フレイの耳元に魔性のささやきを吹き込んでいく。


「なにせ顔はきりっとして美人ですし」/「鮮やかな赤い髪もホントに美しい……」/「やっぱりポニーテールって萌えポイントですよね」/「もちろんスタイルも抜群!」/「それにその勝ち気な性格もとても魅力的ですよ」


「い……いい加減にしろぉぉぉぉ!!」

 だが、怒りの言葉とは裏腹にヒョウの一言ごとに、段々とフレイの顔の赤さが増していき、それに合わせて拳が大振りになっていく。


 そしてその瞬間、ヒョウはフレイの懐にスッと飛び込むと、更なる一撃をその耳元に叩き込んだ!


「……そして実はすっごく照れ屋なところが、とっても可愛いですよね☆」


「ば、ばかにすん……!」 

 今やその髪や胴着に負けないくらい顔を羞恥に赤く染めたフレイであったが、それでも何とか最後の切り札として必殺のブレスを放とうとしたその瞬間--開き駆けたその口を、まさに一瞬の早業でヒョウの唇が塞いだ!


「!!!!!!?????」

 ボン! その瞬間、フレイの頭からまるで火山が爆発した様な音がした!


 ヒョウにしてみたら、ほんのあいさつがわりの軽いキスであったが、真っ赤な顔のまま目を渦巻きのようにぐるぐるにしたフレイは、しばらくふらふらとよろめくと、やがてガクッとその場にへたりこんだ。


 フレイの耳からぷしゅーとまるで蒸気のようなものが噴き出す。そして思考停止状態に陥ったフレイの首筋を、後ろからヒョウが手刀でポンと叩くと、フレイはそのままがっくりと前のめりに崩れ落ちてしまった。


「フッ……勝った」

 ヒョウが見抜いたのはフレイの身体的なスペックだけではない。勝ち気な性格とは裏腹に、物心付いた頃から周囲にはドラゴンか、人間の異性と言ってもせいぜい師匠であるダルシスぐらいの環境で育ってきたフレイが、実はとてもウブなことを見抜いた上での勝利であった。


「……ま、まぁ勝ちは勝ちだけど、何だかなぁ……」

 いくら相手は魔竜とはいえ、同じ女の子として何だか複雑な表情を浮かべるクリス。

「相変わらず計算高い男よのぉ……」

 ニャーゴロもまた呆れたようにひげを引っ張った。


「きゃあぁぁぁ、フレイ!?」

 一方、それまでずっとジークと闘っていたウインが、盟友のダウンに思わず悲鳴を上げて振り返る。瞬間、空中から次々と放たれていた真空波が止まり、そしてジークはその隙を見逃さない!


「今だっ!」

 それまで防戦一方だったジークが、急に走り出す。そしていきなりシェルザードを石畳に突き刺すと、その柄を踏み台にして大きく飛び上がった!


「えっ!?」

 いくら翼があるとは言え、魔竜の姿の時とは違い、《竜魔人》形態での小さな翼では、しょせんそんなに高くまで飛べるわけではない。


 それとは逆に、《闘気》をまとったジークのジャンプ力は、たとえ《バーサーク》していなくても常人の倍を軽く越える!


「ふにゃあぁぁぁ!?」

 ジークの左腕がギリギリの所でウイン右足首をつかまえた! 突然の重みにバランスを崩したウインが、可愛い悲鳴をあげてジークともども墜落する!


「どりゃあああっ!!」

 さらに激突の寸前、ジークは大きく身をひねると、ウインの身体を固い闘技場の石畳に叩き付けた!


 どごぉぉぉぉぉぉん!!


 モウモウたる爆煙が収まった後には、フレイと同じく目をぐるぐる巻きにしたウインが、石畳にめり込んだままの状態でのびてしまっていた。


「ふぅ……手強い相手だったぜ」

 額の汗をぬぐいながら肩で息をするジークに、シェルザードが抗議の声をあげる。


〈ヒドイじゃないですか! 仮にも僕は伝説の超聖剣ですよ! それを踏み台にするなんて!!〉

「うるせーなー、いいじゃねぇか役に立ったんだから」

〈……うう、なんて横暴な《所有者ブリンガー》なんだ……〉


「まぁとにかく、これでどうにか勝ちってとこか……」

 しくしくとべそをかくシェルザードを完全に無視して、ジークがつぶやく。


「ま、今回は完全にオレの作戦勝ち、ってとこだな」

 そんなジークに、ドヤ顔のヒョウが「オラ、礼を言いやがれ」的な口調で声をかけた。


 ヒョウがフレイを対戦相手に選んだのは、不思議ちゃんな感じのウインよりも落としやすそうだったからだけではない。遠距離攻撃の得意なウインよりも接近戦にたけたフレイの方が『愛のささやき攻撃』が使い易く、またジークも遠距離戦の方が《カイザン双乳拳》こと『揺れる巨乳』を意識せずに闘えるという計算からであった。


 そしてさらにそこには、フレイの攻撃をかわしながらその揺れまくる乳を至近距離でたっぷりと鑑賞しようという、ヒョウの実によこしまな思惑まで加わっていたりするのだが!


「……くっ、ま、まぁ確かに今回ばっかりはお前のおかげで助か……」

 多少釈然としない気はしたが、ジークがしぶしぶそう言おうとした--そのとき!


「「ま、まだ負けてないんだからぁぁ!」」

 声をはもらせながら、フレイとウインの二人が立ち上がる。身体こそはよろよろしていたが、立ち上る《闘気》にはまだまだ衰えは見えない。


〈うわあぁっ!? 復活してきましたよ??〉

「チッ、意外としぶとい奴らだな!」

 内心では礼を言わずにすんで少しホッとしながら、ジークがシェルザードを構えて二人に向き直る。


「よ、よくも乙女のピュアな心を弄んでくれたな~!」

 羞恥と怒りにわなわなと震えるフレイの横で、ウインもまたぷんぷんと怒りを見せていた。


「そうですよ! フレイのファースト・キッスは私がもらう予定だったんですからぁ!」

「!? ……ウ、ウイン、あたしそれ初耳なんだけど??」

「とにかく私の大事なフレイの純情を踏みにじった報いは受けてもらいますぅ!」


 どうやら単に不思議ちゃんなだけでなく、百合な人だったらしいウインの身体から、その瞬間、今まで以上の《闘気》があふれ出し、巨大な竜巻となって立ち上る!


「あれをやる気ね、ウイン!」

 それを見て、相方の爆弾発言にあたふたしていたフレイも、気を取り直して全身の《闘気》を爆発的に高めた!


 ボウ! 続いてフレイの全身が《闘気》の炎に包まれる! 


「「はぁぁぁぁぁ!!!」」

 燃え上がる炎と荒れ狂う竜巻の中で、魔竜少女たちが拳を構える!


 だが、そんな『奥義発動寸前』! という状況の中で、ヒョウはいたって冷静だった。

「やめておいた方がいいですよ、可愛いお嬢さん方。どうあがいてももう勝負はついていますから」


「うるさい! あたし達の奥義をくらって消し炭になれ! いくよ、ウイン!」

「OKですぅ、フレイ!」


「「カイザン双竜拳究極奥義! 《嵐撃獄炎拳》!!」」


 二人が声をあわせて叫んだ瞬間、ウインの両手から放たれた竜巻がフレイの身体を飲み込んだ!

 そしてその勢いで一気に加速したフレイが、全身を《闘気》の炎に包んだまま、ジークとヒョウめがけて襲いかかる!


 それまさに爆炎と竜巻の究極の合体攻撃!!


 --だが、その必殺の拳がジークたちに届こうとした、まさにその寸前!


「きゃあああああっっ!?」

 突然フレイの武闘着の胸元がバラバラにちぎれとんだ。むきだしになった巨乳がその反動で大きく弾み、攻撃どころではなくなったフレイは、悲鳴を上げつつ胸を隠そうとうずくまる!


「フ、フレイ!? だめぇぇ!! み、見ちゃだめですぅぅぅ!」

 愛する盟友が、汚らわしい男共の前で裸にされたことに耐えられず、慌ててウインが駆け寄ると、いきなり自分の武闘着を脱ぎ捨てて、フレイの身体を覆い隠した。


「フレイの裸は私しか見ちゃだめなんですからぁぁ!」

 その結果、今度はウインの双乳が露わになって大きく弾むが、そんなことは気にした様子もなく、フレイを優しくかばうウイン。


「……ぐすん、ウイン、ありがとう」

 それは多少百合は入っているものの、《双竜拳》の名にふさわしい麗しい友情の姿であった……が!


「「……え”っ!?」」

 その瞬間、フレイとウインは圧倒的な《闘気》の存在を目の前に感じて、思わず顔を引きつらせた。


 そして顔を見合わせた後、恐る恐る視線を上げた二人の前で、野獣のような咆哮をあげたジークがシェルザードを一閃させた!


「「きゃあああああああああ!!」」


 時間差巨乳披露によって《バーサーク》したジークの一撃をもろにくらって、フレイとウインが胸を大きく揺らしながら宙を舞う!!


「ま、こんなこともあろうかと、隙を見て服にも細工をしておいたんだよね」

 やっぱ、格闘少女の負けッぷりはこうじゃないとなー、と満足げに目を細めるヒョウ。


「「ダルシス師匠、ごめんなさ~い!」」


 そしてフレイとウインはそのまま勢いよく場外へ転落すると、胸丸出しのあられもない姿のまま、今度こそ完全にのびてしまったのだった。

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