第七章「激突!《竜の台地》」(前編)」その1
こっからはもうバトルですよ!
第七章 激突!《竜の台地》(前編)
1
《竜の台地》--周囲を魔竜山脈と呼ばれる山々に囲まれたガロウ伯爵の領土。その麓、険しい山々の一角に、奇妙な形をした岩があった。
その岩は、今にもその恐るべき吐息を吐かんとする巨大な竜の頭部の形をしており、その開いた口は《竜の台地》へと通じる唯一の洞窟の入り口となっていた。
そのためここにはガロウ伯爵の命により強力な守備隊が置かれ、難攻不落の一大要塞と化していた。
今までこの洞窟を生きて突破した敵は一人としていない。
人々はこの洞窟を、その入り口の形から恐れを込めてこう呼ぶのだった。
--《猛き竜の顎》と!
※ ※
「あれが噂に名高い《猛き竜の顎》って奴か……」
竜形の入り口より少し離れた草むらから、ジークの声がした。
「ああ、そうらしいな」
別の岩陰からヒョウの声がする。
「見張りはオークが、ひい……ふう……十匹ってとこだな」
「見張りですらそれだけいるとは、さすがに守りが堅いのぉ」
そう言いながらもニャーゴロの口調は相変わらず呑気そうである。
「さーて、どうするのじゃ?」
〈……やっぱりやめましょうよぉ〉
ジークの腰で、シェルザードが情けない声で提案する。
「ここまで来て何言ってやがるんだ、てめぇは!」
ジークがギロリとにらむと、シェルザードは身をすくめるように震える。
〈で、でも……敵の方が倍以上多いじゃないですか~!〉
「へん、オークなんかに負けてたまるか。一気に突撃しようぜ!」
「……相変わらずの単細胞だな」
そんなジークを今度はヒョウが呆れたように止める。
「いいか、こっちの戦闘要員はオレとおまえの二人、むこうは十匹。いくら大した相手じゃないとはいえ、あいつらは所詮見張りだ。たとえ一撃で何匹か斬り倒したとしても、生き残りが本隊を呼びに行くだろうが」
「うっ……な、なら全部まとめて倒しちまえばいいじゃねぇか!」
「どうやってだよ」
「……」
言葉に詰まるジークに、クリスが助け船を出した。
「まーかせて! ボクだって二匹ぐらいはナイフでしとめてみせるよ!」
えへんと胸をたたいてみせるクリス。
「じゃあ、ワシも五匹ほど倒してやるかの」
ニャーゴロが呪文とともに右手を開くと、その爪先にそれぞれ魔道の光が宿る。
「なら残りの内オレが二匹斬るから、ジークおまえはあの一番強そうな隊長っぽいのを仕留めろ。それで十匹、何とか一瞬で倒せるだろう」
「よし……!」
サッとめいめい身構えると、ジーク達はチャンスをうかがった。
そしてしばらく経った時、抜け目なく周囲をうかがっていたオーク兵達の視線が、一瞬ジーク達の方向から離れた。
「いくぜっ!」
ジークとヒョウがオークに突撃するのと、クリスのナイフ、ニャーゴロの魔道の光弾が飛ぶのが、ほぼ同時だった。
魔道の光弾は決して外れない。それぞれが正確に心臓を直撃して、五匹のオークがうめき声をあげる間もなく倒れた!
そしてクリスの投げたナイフも狙いあやまたず、二匹のオークの額に突き刺さり鮮血を噴き出させる!
「!?」
突然ばたばたと仲間が倒れたのを見て、狼狽える残りのオーク達に、ジークとヒョウが突っ込んできた!
「あべしぇっ!?」
「ぎょべはっ!?」
ヒョウのレイピアが華麗に舞い、たちまちにして二体を斬り伏せる。
「あ、あわわわわ……」
たちまち残り一匹となった隊長格のオークが、慌てて後ずさって逃げようとした。
「逃がすかよっ!」
すかさずジークが、その顔面めがけてシェルザードを振り下ろす!
命中! 誰もがそう思った。
ところが。
〈わぁぁぁぁっ!〉
シェルザードは悲鳴をあげると、咄嗟に身をかわした。スカッ、刃が空しく宙を切る。
その隙にオークは一目散に洞窟の中へと逃げ込んでしまった。
「バ……バカ野郎かっ!? てめえはっ! よける奴があるかっ! よける奴がっっ!」
〈そ、そんな事言ったって……顔が怖かったんですよぉ~!〉
「何考えてんだ! てめぇそれでもホントに伝説の超聖剣か!?」
「きゃあっ、援軍が来たっ!」
クリスが絶望的な声で叫ぶ。
わらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわら。
来るわ来るわ援軍の怪物達がまさに怒濤のごとく押し寄せてくる。
その数、ざっと百余匹!
「くそっ、もうこうなったらヤケだ! 何百匹来ようがぶった斬ってやる!」
〈む、無茶ですよ~降伏しましょうよ~〉
「うるせぇ! 誰のせいでこーなったと思ってやがる!」
ジークは手の中でじたばた暴れるシェルザードを力づくで押さえつけると、《闘気》を解放して怪物の群れの中に突っ込んだ!
たちまちにして乱戦の火ぶたが切って落とされた!
「ぐおおむ!」
全身を堅固な鋼の鎧で覆ったオーガーが、クリスの身体ぐらいある蛮刀を振り回して、ジークに襲いかかる!
「いくぜっ、シェルザード!」
〈こ……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっっ!!〉
泣き叫ぶシェルザードを振り上げ、ジークはオーガーの蛮刀に叩き付けた!
スバッ! シェルザードはまるで紙でも切るかのように敵の剣を両断すると、そのまま鎧ごとオーガーの身体を引き裂いた!
そして同時に、後ろにいた敵までもが、その衝撃波で吹き飛ばされる!
「す……すっごい! なんて破壊力!」
クリスは思わず目を見張った。
「うおおおっっ!」
ジークがシェルザードを一振りするごとに、たちまちにして五、六匹の怪物が緑の光に飲まれるように消し飛んでゆく。
光の刃は触れたものを一撃で両断し、滅し去りながら怪物の群れの中を突き進んだ!
(すっ……すげぇ! これだけ剣を振るっているのに、疲れるどころか逆に力が湧いてきやがる! それに剣が……羽のように軽いっ!)
シェルザードの一撃が、また八匹のオークをまとめて吹き飛ばす!
はっきり言って、桁外れどころの騒ぎではない。百匹を越えた魔群は、まさにあっと言う間にわずか七匹にまで減っていた。
「さぁ、どうした! かかってきな!」
ジークが叫ぶと、呆然としていた魔物達はビクッと身を震わせるやいなや、きびすを返して逃げ出した。
「じょ、冗談じゃねぇや!」
「ば、化け物だぁぁ!」
「誰が化け物だ! てめえらこそ本当の……」
ジークは逃げていく怪物達めがけて、シェルザードを振り下ろした。
「化け物じゃねぇかっ!」
カカッ! シェルザードの切っ先から緑の閃光がほとばしる!
「ギャアアアッ!」
あふれ出た一条の光が怪物達を貫き、一瞬にして七匹ごと滅し去る。
百匹の魔物はわずか一本の剣の前に--全滅した。
「ふう……。おいシェルザード!」
ジークは額の汗を軽くぬぐうと、目を輝かせてシェルザードに視線を移した。
「おまえすげぇじゃねぇか! 見直した……」
だが、その目がすぐに点となる。
「どうしたの?」
「こ……こいつ……」
駆け寄ってきたクリスに、ジークは呆れ返ってシェルザードの柄の宝玉を指差した。
知性を司るその宝玉が、いつの間にか青から赤に変わっていた。
「こいつ……気絶してやがる!」
2
「しょ、将軍! 司令官閣下!」
《猛き竜の顎》の中央部、司令室の扉が勢いよく開いた。
「何事だ、騒々しい」
司令官と呼ばれた男は、息せ切って飛び込んできたオークをジロリとにらむと、ノドにワインを流し込んだ。
その不機嫌そうな声に、伝令のオークは背筋に冷たいものを感じると、慌てて敬礼し、続けた。
「し、失礼しました。報告です! 侵入者により、城門の守備部隊は……全滅!」
「何だと……?」
男の目がギラリと光る。
「敵の特徴は?」
「は、はい! 黒髪と金髪の戦士に、女が一人。どれもまだ子どもです。それとわけのわからぬ猫が一匹! 奴らは凄まじい破壊力の剣を持った黒髪の戦士を中心に、今も次々と各部署を撃破しながら侵攻中です!」
「黒髪のガキだと……そしてその金髪の連れと小娘……」
男がボソッとつぶやいた。
「は、はい、それと猫が一……」
そこまで言うと、哀れなオークの首は宙を舞っていた。
グシャ、地に落ちた首を右足で踏み付けると、続いて男は手にしたグラスを激情のまま砕き割った。
「きゃ、お師匠様、大丈夫ですか!?」
ワインボトルを手にして右横に控えていた緑の髪の少女が、小さな悲鳴をあげるが、男はさらにグラスの破片を握りしめ、粉々にしていく。
「……とうとう来おったか! クックックッ、待ちかねたぞ!」
男が不気味に笑う。それはまるで地獄の底から響くような、憎しみと邪気に燃える笑い声だった。
「今度こそは逃がさん。この俺が守るこの城塞を攻めたのが、貴様らの不運だ……!」
その瞬間、男の右手が一閃した!
ズバッ! ワインのびんが砕けるのではなく、真っ二つに切断されて、中の赤い液体をあふれ出させる。
「さすが師匠! 以前にも増しての凄い切れ味ですね!」
その絶技を見て左横に控えていたもう一人の少女、まるで床に流れたワインのような真っ赤な髪の少女が、感嘆の声を漏らす。
「クックック、ズタズタに引き裂いてやる。そして……」
床に流れ落ちるワインを見つめる男の顔に凄惨な笑みが浮かび、そして男は憎悪の限りを込めて叫んだ。
「このワインのように……貴様らの血で、この城塞を赤く染め上げてやるわっ!」
※ ※
「《爆裂》!」
どっぐわーん! ニャーゴロの叫びとともに、部屋に一歩でも入ってきたら矢を撃ち込んでやろうと待機していたゴブリン達は、その部屋ごと吹き飛んでしまった。
「ここも違う……か。どこだよ出口は! ザコばっかり湧いてきやがって!」
毒づくジークに、シェルザードが不安そうな声で尋ねた。
〈あのー……気のせいでしょうか?〉
「何だよ?」
〈さっきから見てるに、敵が来たら突撃、部屋があったら突入……何かやたら無謀な気が……〉
「いーんだよ。勝てば」
ちなみにジークのその戦法のもと、すでにこの城塞の90%までもがその機能を停止していた。
『難攻不落』などどこ吹く風で突き進むジーク達。城塞にとっては天災にでもあったようなもんである。
しかし、シェルザードの声はいまだ重い。
〈そーゆー問題じゃないと思うんだけどなぁ……〉
「うるせーなぁ! じゃあ他にどうしろってんだよ?」
〈いや、そりゃまぁそうなんですけどね、何と言うかもう少し控え目には……〉
「ねぇジーク、また扉があるよ。どうするの?」
通路の奥を指差すクリスに、ジークはサクッと答えた。
「おっし、ブチ破るぞ。どいてろ!」
〈また~~~!〉
シェルザードがわめくも、ジークは聞いちゃいない。
「いくぜっ!」
ジークがシェルザードを打ち下ろす!
バキイッ! 扉は木っ端微塵に砕け散った!
「いくぜ! 突入だ!」
ジークを先頭に一行は勢いよく中に足を踏み入れた。
中は巨大な空洞だった。今までは城塞らしく舗装された部屋が多かったが、ここは完全に洞窟そのままで、天井からは鍾乳石がつららのように垂れ下がり、そこかしこに大きな岩がゴロゴロ転がっていた。どこからか地下水の流れる音まで聞こえる。
「何だ……この部屋は?」
ランプや松明などは無いが、天井の隙間隙間から光が漏れており、また鍾乳石についた光ゴケがあちこちで淡い光を放っているため、さほど暗いという感じでは無い。
だが一つだけただの鍾乳洞と違うのは、その中央に石造りの舞台のようなものがあることであった。
正方形で広々と作られたその造りは、まるで闘技場を思わせる。
「……闘技場? 何でこんなものが?」
「見て! すっごく大きな扉があるよ!」
クリスが空洞の奥、左側を指差した。その扉の隙間からも光が漏れ出ている。おそらくは外界へと繋がる、この洞窟の出口ではないか?
「よし、行ってみようぜ!」
扉に向けて駆け寄るジーク達。
だが、そのとき、ビュッといきなり空気の裂ける音がすると、ジークの左頬から血がしぶいた。
「!?」
ジークはシェルザードを構えるとすばやく周囲に目を遣った。しかし誰もいない。
「ジーク、上っ! 誰かいるよ!?」
「『上』だと!?」
クリスの叫びに、上を見上げるジーク。
巨大な扉の上に、一人の男が立っていた。
鋼のような肉体を鎖帷子に包み、こちらを軽く見下ろしている。
「フッ……」
男の目がギラリと光る。
「久しぶりだな、小僧!」
「誰だ、てめぇはっ!?」
露骨に言い返されて、ダルシスは扉から転げ落ちそうになった。
「おのれ、お約束のボケをかましおって……」
かろうじて這い上がると、ダルシスは怒りに燃えて叫んだ。
「忘れるなっ! ガロウ四天王の一人、カイザン龍皇拳のダルシスだ!」
「ダルシスぅ? ああ、あの俺にボロクソに負けた拳法使いか。てめぇ生きてたのか?」
「やかましい! あの程度で俺がやられるか!」
怒鳴りつけるとダルシスは、鎧の胸元をぐっとはだけた。
見たいとも思わぬ毛でもじゃもじゃの胸に、生々しい刀傷が刻まれている。
「この前は貴様のわけのわからぬ技に不覚をとったが、今度はそうはいかんぞ! この胸の傷のお礼に、ズタズタにしてくれるわっ!」
「わかった、わかった。あんまりヒマねぇから、わめいてないでさっさと降りてきな。手っ取り早くぶっ倒してやるからよ」
さも面倒くさげに、ジークが髪をかきむしる。
「ねぇジーク、今度はちゃんと勝てるんだよね?」
前回の恥ずかしすぎる思い出に、思わず頬を赤らめるクリス。
「まーかしとけって。あんな奴、もう俺の敵じゃねーよ」
だが、余裕綽々のジークに対し、ダルシスはニヤリと不気味な笑みを浮かべて見せた。
「クックックッ、たいした自信だな。だがそれは俺のセリフだ。俺はあの後、更に修行を積み、以前よりもはるかに強くなった。はっきり言って貴様などでは十年早いわ!」
「つまんねぇ事言ってねぇで、とっととかかってこいよ。それとも怖じ気づいたのか?」
「フッ、慌てるな……」
ダルシスは不敵に笑うと、パチンと指を鳴らした。
「まずは貴様に俺と闘う資格があるか試してやろう」
そのとき、鍾乳洞の暗がりの中から、女の子二人の元気な声がした。
「「出番ですね、師匠!」」
「!?」
声のした方向を振り向くジーク達の前に、東方風の武闘着を身にまとった二人の少女が姿を現した。
燃えるような赤毛をポニーテールにした少女はいかにも勝ち気そうな瞳を輝かせ、一方もう一人の淡い緑色の髪をお団子ヘアにした少女は、何だかおっとりとした微笑みを浮かべている。
だが、見た目はクリスと同い年ぐらいの彼女達が普通の少女と異なっているのは、額から小さな二本の角を生やし、背中にはそれぞれ髪の色と同じ竜の翼が生えていることであった!
「《炎魔竜》見習い、フレイ!」
「同じく《風魔竜》見習い、ウインですぅ♪」
二人の美少女はそう名乗ると、ババッと拳法の構えをとって叫んだ!
「「二人合わせてカイザン双竜拳! いざ、勝負!」」




